子どもに見せたい、政治家のスピーチ!イギリス・キャメロン首相(8月30日)

とんでもない混迷を深めるシリア。米欧が爆撃を検討するなか、イギリスでは下院が議案を通しませんでした。

The TIMES紙などは与党が恥をかいたという見方ですが、こういうときこそ器が出るものです。

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負けを認めるキャメロン首相の張りのある声、堂々とした話しぶり、

ことばの簡潔さ、力強さは印象的です。(ちょっと悔しそうですけどね)

時折メモに目は落とすものの、話すときはしっかり顔を上げて、

声と視線がばらけることはありません。

議場の最後列にいる議員たちのところまで空間を感じているのでしょう。

 

 

 

 

“I strongly believe in the need for a tough response to the use of chemical weapons

but I also believe in respecting the will of this House of Commons.

It is clear to me that the British Parliament, reflecting the views of the British people,

does not want to see British military action.

I get that and the government will act accordingly.”

 

「私は強く信じています。化学兵器を使用する者には断固たる対応が必要だと。

しかし、下院の意志を尊ぶべしとも信じています。

もうこれで私にははっきりしました。

英国のひとびとの観方を反映する英国政府は、英国軍の軍事行動を望まないと。

承知しました。政府もそれにしたがって行動します。」

 

英国下院のようすを伝えるBBCのビデオはこちらをクリック。

 

おお、快哉、快哉。さっそくお手本とさせていただきます。ほら、このとおり。

 

I strongly believe in the need for a decisive action to

secure  energy to support our economy

but I also believe in respecting the will of this House of Commons.

It is clear to me that the Japanese Diet,

reflecting the views of the Japanese people,

does not want to see any more nuclear facilities restarted.

I get that and the government will act accordingly.”

 

どうです、いいでしょ?

 

さて、日本の政治家のみなさまにも気をつけていただきたいこと。

①メモに視線を下げたまましゃべり続けない。

(ほんとはメモなんかないほうがよい。)

 

②議場のすみずみに想像の耳を置いて、そこに座っているひとのつもりで聴く。

(物理的な耳の位置ままで聞くと、ただのひとりごと)

 

③自分の骨の響きを聴く。そのためにも、自分にとってtrueであることを語る。

(全身の骨をひびかせてウソをつくのは辛いものです)

 

おかげさまで好評の「耳は不思議、声は宝」セミナー、10月も行います。

 

 

 

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私の趣味ではないアファメーション (8月11日)

「今日も一日、私はポジティブな気持ちで幸せに過ごします」
といわゆるアファメーションを唱えるようにすすめられた、と
友人が怪訝そうな顔で言いました。

それを聞いて、私はもっと怪訝そうな顔をしたことでしょう。
ポジティブって、どんな次元の、なんのことでしょう?
ネガティブってそんなにいけないことでしょうか?

人のからだが生きていることは
「リズムをもって動いていること」に見てとれます。

そのリズムがあからさまでなくても、内的、静的な動きであっても
生きているものにはリズムと動きが宿っています。

心も似ています。

さまざまな喜怒哀楽のあいだを、foucault_pendulum_630px
振り子のように行ったり来たりして
知らないうちに螺旋のような成長の道を
あゆんでいるのではないでしょうか。

だから、怒りも悲しみも、経験としては
喜びや楽しみと等しく尊いと思うのです。

問題は、一か所に滞る、スタックすること。
浅い、というか低い喜びにスタックしているのは
悲しみに沈み続けるのと同じくらい、心配な状況。

さまざまな感情を季節のように味わうことから
他者の気持ちに寄り添いたい、という想いも
生まれるように思うのです。

20090731_1046705   「あなた方を迫害する者のために祝福を祈りなさい。
祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。
喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」
—- ローマの信徒への手紙 12章14-15節—-

自分がポジティブかネガティブか、なんて
どうでもいいのです。

そんなこと気にしていること自体がすでに不自由。
自由に、他者と共にあるという至福を想います。

 

 

 

 

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