「あしあと」の神とピエタと

サイトそのものを大改築構想しつつ、工事がすすまずお粗末さまでございます。

今日もこれから通訳養成の授業に出かけます。授業のことは四六時中あたま、こころのなかで煮込んでいるのですが、ふと手を動かした拍子にそういうことか!と気づくことがあります。

訳の練習の前に、通訳のために大切なこと

自 然で上手な通訳のためには、訳の練習そのもの以前に、英語、日本語の豊かなインプットが必須です。百人一首や外郎売の口上、ミルトンの失楽園の出だしを 26行覚えるような…クラシックをカラダにしみわたらせ、10000%覚えた感覚が大切です。このとき、もう言語は勝手に口から出て来るけれど、あたまの なかはイメージが映し出されています。この境地に少しでも近づくために、ある程度ボリュームのある、心にひびく題材を自分で語れるようになることを大事に しています。いわゆる、やっとやっと思いだせるけれど大してイメージのわかない暗記とはちょっと次元が違うつもりです。

マーガレット・パワーズさんの人気の詩「あしあと」

さて、4月から授業で紹介しているのがこの詩。
20 年ほど前、「あしあと」という詠み人知らずの詩が人気を呼び、作者は誰かと噂になりました。自分だ、と名乗る人も複数現れる事態になりまし た。そんななか、マーガレットさんが「私が書いたものです」とカミングアウト、詩作の背景をしるした著書とともに来日なさいました。私はお茶の水での集い に参加していました。

Footprints by Mary Fishback Powers

One night I dreamed a dream.

As I was walking along the beach with my Lord.

Across the dark sky flashed scenes from my life.

For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,

One belonging to me and one to my Lord.

 

After the last scene of my life flashed before me,

I looked back at the footprints in the sand.

I noticed that at many times along the path of my life,

especially at the very lowest and saddest times,

there was only one set of footprints.

 

This really troubled me, so I asked the Lord about it.

“Lord, you said once I decided to follow you,

You’d walk with me all the way.

But I noticed that during the saddest and most troublesome times of my life,

there was only one set of footprints.

I don’t understand why, when I needed You the most, You would leave me.”

 

He whispered, “My precious child, I love you and will never leave you

Never, ever, during your trials and testings.

When you saw only one set of footprints,

It was then that I carried you.”

 

前 回、ひとりの学生がcarried youとはどういう身振りか不思議に思う、と言いました。私もはっとしました。ここで「そうねえ、人を運ぶんだからだいたい背負っていたのではないかし ら」と憶測を答えのように聴かせるのはとんでもない大きなお世話です。carried you on my backなんて書いてありません。書いてないことを作ってはいけない。

ところが、日本でポピュラーな訳を調べてみると「背負っていた」が多いのですね。

ふー ん、と思いながらGWを挟んで私は絵を描いていました。私も詩を1000%覚えること、イメージを描く手立てとして学生と一緒に絵を描く宿題をしていま す。この描画法はシュラフーアといって、輪郭を描かず、斜めの線を重ねることで姿が立ち現われるままにするのです。私はフランス人の画家、ダニエル・モ ローさんの通訳をつとめながら、門前の小僧よろしくずいぶん教えて頂きました。

なんとなく手を動かしながら、carrying最後のところ、どうしてもこんなふうに描けてきてしまいました。
あ、ピエタだ。
そう思いました。

ミケランジェロは4つのピエタを残しています。その順が、憐れむ者と憐れみを受ける者の関係がdependence からinterdependenceに変容していくと言われています。マリア、ヨセフのイエスを抱く、支えるしぐさのすべてはcarryに含まれるのです。

マーガレットさんがcarried you on my backと書かなかったとき、carried youで止めたとき、ピエタのイメージがあったかどうかはお尋ねしなければわかりません。

ただ、私にはon my backを書き忘れたんじゃないの、みたいなつもりで「背負う」と訳すことはできません。背負う、と訳すとしてもひっかかりを呑み込んだうえで、となるでしょう。
背負う、が間違いだというわけではありません。ここはひとりひとりに開かれている、と言いたいのです。ひとりひとりの苦難と、大いなる存在者とのかかわりが、それぞれのしぐさになることでしょう。

だから、翻訳を辞書にはいつくばったままやってはだめなのです。
ひとりひとりの胸のうちを通したからこそ、ひとつに決めにくいこともあるのです・
それでもえいっと言葉に結晶しなくてはならないこともあるのです。
こういう思いを重ねると、イギリスのビールがますます美味しく感じられるようになるものです。
ただし、3年生以上。

4つのピエタをご参考までに。(お借りした写真ばかりですみません)

第一ピエタ

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第二ピエタ

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第3ピエタ

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第4ピエタ

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