必見!松永安左エ門【経世済民の男】

松永翁
松永翁

今晩のNHK【経世済民の男】シリーズは松永安左エ門が主人公。戦争直前後が中心のよう。これは楽しみです。

私は震災直後から「国がエネルギー安定供給を!」「東電国有化!」とエコっぽい民衆が声を合わせる様子に違和感を直観しました。みんなで同じ文句を声をあわせてとなえていると…どこか罠にはまるのです。

そこで日本電力史を学ぼうと思い立ったのですが、そこに現れたのは想像を超える大きな力の攻防でした。原発は発電所ではない。民間企業が負うべきではない安全保障上の軍備ツールのひとつである、と考えています。

私なりの日本の電力史の見方をご披露するまえに、ちょいとクイズです。検索などせずに、素頭、地頭でお答えください。のちほど答えと解説をお知らせします。

 

  1. 明治日本では最大どのくらいの電力会社があった?
    い) 5社   ろ)40社以上  は)130社以上
  2. 戦時、政府は電力を国有化するために誰をつかって電力会社を批判させた?
    い)プロレタリア作家  ろ)ドイツの研究者  は)皇族
  3. 国有化した電力事業を行った国策会社のひとつ日本発送電。戦後の解体後、本店機能を継承したのは?
    い)電源開発  ろ)東京電力  は)科学技術庁
  4. アイゼンハワーの「核の平和利用」に賛同した中曽根氏が推進しようとした核(原子力)発電。松永と当時の東電幹部、木川田一隆氏は原子力発電をなんと描写した?
    い)西側の要衝  ろ)科学技術の粋  は)悪魔の力
  5. 東電第四代社長、木川田一隆氏が学生時代より傾倒していたのは
    い)河合栄治郎  ろ)福沢諭吉  は)渋沢栄一
  6. 木川田氏のふるさとは
    い)長崎  ろ)福島  は)神奈川
  7. 木川田氏が熱心にかかわったのは
    い)経団連  ろ)同友会
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違和感②「神さまはあなたが耐えられないような試練は課さない」への違和感

神様でも仏様でもよいのですが、これってなんだかイヤなやつだなあ、と思います。人間に試練を課して自分は観客席から見ているみたいで。そんな神様&仏様あてにする気にゃなりません。

多くの方が私に指さしてくれた存在はちょっと違う。順風のときも逆風のときも共にいる。

人間さんの方も辛い、とか耐えられるか、耐えられないかなんて考えてる時点で余力がある、まだヒマ。考えてるヒマがあったら動き続けるべし、淡々と取り組み続けるべし。その結果カミサマと一緒に行き倒れになっても一興。元気でいても、倒れていてもカミと共にあれば至福という境地を目指したいもんです。250px-Michelangelo_pietà_rondanini

ん…!ウチによく来るのはデュオニソス?

Footprints by Mary Fishback Powers

One night I dreamed a dream.
As I was walking along the beach with my Lord.
Across the dark sky flashed scenes from my life.
For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
One belonging to me and one to my Lord.

After the last scene of my life flashed before me,
I looked back at the footprints in the sand.
I noticed that at many times along the path of my life,
especially at the very lowest and saddest times,
there was only one set of footprints.

This really troubled me, so I asked the Lord about it.
“Lord, you said once I decided to follow you,
You’d walk with me all the way.
But I noticed that during the saddest and most troublesome times of my life,
there was only one set of footprints.
I don’t understand why, when I needed You the most,
You would leave me.”

He whispered,
“My precious child, I love you and will never leave you.
Never, ever, during your trials and testings.
When you saw only one set of footprints,
It was then that I carried you.”

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違和感①「英語が話せることより、語るべき内容をもつことが大事」への違和感

「英語が話せることより、語るべき内容をもつことが大事」って聞くたびに「感じ悪~」と思っていました。

語るべきことは、持とうとして持てるものではないと思います。そもそも持たなきゃなんて思うことはないのです。持とうとしなくてもすでに持っているのですから。

私は、すべての人は生きているだけで語るべき内容をそなえていると思っています。今これを読んでくれているあなたもそうです。

あなたがはじめて留守番をしたときのこと(さびしくて泣いた?喜んでいたずらした?)、初めて幼稚園に行った日のこと(泣いてお母さんを困らせた?あっさり教室に入った?)、はじめて飼ったペット(かめ?ねこ?いぬ?めだか?)、いちばん悲しかった日、いちばん嬉しかった日、私は何も知りません。それだけで私には耳をすませる尊さがあります。

平凡な人生なんてない。自分の人生を平凡と思うのはご自由だけど、たぶんそんなふうに思うのはご自分だけ。

私は法事や地元の合唱が楽しくて仕方ありません。一見フツーのおじさんおばさんに見えるひとたちがとんでもなく面白い話をしてくれるから。地上のあちこちで私たちはそれぞれに小宇宙旅行をしているんだ、と思うほど。

むしろ、「語るべきこと」を持つために何かの一人者になってやろうとするのはおやめなさいな。ノンジャパ受けをねらってお稽古事などはじめるのもおやめなさいな。そんな魂胆では亜流、目も当てられない空港のおみやげ浴衣みたいになるのが関の山。

それにしても、どうして英語は「話す」「語る」になってしまうのだろう。いくらおしゃべりしてもひとが耳をすませなかったら、商店街のエンドレステープ放送と一緒。フランス語やドイツ語の世界と比べておしゃべりバカが多い。自戒をこめて。

相手が耳をすませてくれるひとは、まず自分が耳を澄ませている。

だから何を語ろうかなんて思いめぐらすのはおやめなさいな。耳と心をからっぽにしてひたすら耳をすませれば、語るべきことはそのとき、その場で与えられます。語らなくてもいい。泣く者と共に泣き、笑う者と共に笑えばよいではないですか。

ただ、泣く者と共に泣き、笑う者と共に笑うには頭までからっぽではいけません。

言語の構造感覚と言語の文化的背景を知っておくこと。これは最低限の礼儀です。あなたのアタマはこれらを容易に受け入れるようにできています。人間のアタマと言語は相似していますから、入れ子のようにおさまります。

構造感覚を身につけるならロゼッタストーンがおすすめ。
文化的背景を学ぶなら…これは今はナイショにしておきます。さてなんでしょね。

「ブロークンでもいい」「会話に文法なんていらない」なんて言われたらご用心、「グダグダ英語詐欺」です。あなたは上等なマウンテンバイク。箱根も一気に駆け上がれるのに、詐欺師はタイヤの空気を抜いて住宅地の大したことない坂を上らせ、声援ばかり張り切りますからね。

 

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