英語教育の「なんだかなあ」を”場の量子論”で透視すると

経営を心をみがく道とするトータルゲーム。開発者の嶋崎喜一さんには言葉に尽くせないほど多くのことを教えていただきました。お金アレルギーのような初歩的な問題から、通訳者としての値決め、シュタイナー教育関係団体の健全経営ヒントなどなど。

今朝もフェイスブックで「虚数の情緒」(吉田武著 東海大出版会)という分厚い本をもとに、ワクワクするやりとりをさせていただきました。


 

【英語教育の「なんだかなあ~」を「場の量子論」 で透視すると!!~「虚数の情緒」より】

「経営を心を磨く道とする≪トータルゲーム≫」開発者の嶋崎さんよりシェア。嶋崎さんとは、ここのところ「虚数の情緒」という本をめぐってアンサンブルを楽しんでいます。

今朝のテーマは「場の量子論」。嶋崎さんのところに書いたコメントを加筆、再掲します。

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嶋崎さん:

場が生成・消滅させる、変幻自在なゲージ粒子(ボソン)、物質を形成する物質粒子(フェルミォン)、その間を仲立ちするヒッグス粒子(南部※・ゴールドストーン粒子)。どうやらこれら幾つもの素粒子達が、我々の複素的世界を形成しているようです。

※南部 陽一郎(なんぶ よういちろう 1921~ 2015年)、2008年にノーベル物理学賞を受賞した。日本の福井県福井市出身。アメリカ国籍の理論物理学者。シカゴ大学名誉教授、大阪市立大学名誉教授、大阪大学特別栄誉教授、立命館アジア太平洋大学アカデミック・アドバイザー。専門は素粒子理論。理学博士(東京大学 1952年)。

虚数に惹かれて不思議の源を辿ると、「場の量子論」に行きつきました。これについて著者吉田武氏は、深い想いを次のような言葉に託しています。

・・・・・・・「虚数の情緒」より抜粋・・・・・・・

中国,戦国時代の思想家である荀子は
『青はこれを藍よりとりて,藍より青し』
と言った。これは,藍からとった青色が,もとの藍よりも青いことから,弟子がその師よりも優れている事のたとえとしてしばしば用いられる。これを短く「出藍(しゅつらん)の誉れ」と言う。

現在我々が有している最良の物理理論である「場の量子論」は,量子力学を基に生れたにも拘わらず,量子力学自身のみならず,古典力学までも含む広大な枠組にまで成長し,更に加えて無限個の粒子の生成・消滅をも記述し得るのである。これぞ物理理論の「出藍の誉れ」ではなかろうか。

場の量子論の発展は,主に半導体などの固体物質の性質の解明を念頭に置いたものであった。然し,一旦その枠組が出来てしまえば,それに拘泥する必要は全くない。

現在の人類が所有する最良の理論が「場の量子論」なのであるから,それを考え得るあらゆる対象に当てはてみるのは当然の事である。

この様な考え方こそが,物理学の持つ最大の強みであり,個別の対象から離れて一般的な原理を探ってきた利点なのである。

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この言葉に力を得て、「場の量子論」を「情報処理」に当てはめてみることを試みます。これより後は仮説ですが、私なりに検証したものを「場の量子論」の力を借りて説明していきます。

冠木:

まったく同感です。私は「場の量子論」を語学にあてはめてみます。文系でなぶられて不要な悪者にされた「文法」と「音声」をつなぐ平面を見つけます。この二つは遠いものと思われていますが、観点を変えると隣り合っている、あるいは重なっているものです。

文法と音声を切り離したがる群れには2つあります。ひとつは学習プロセス理解不足のネイティブスピーカーです。身体的に無意識に体得した音声で言語をあやつる彼らはそこに内在する文法にも無意識です。もう一群は古い頭の日本人教員。文字言語として外国語にふれ、漢文的に読んで日本語に置き換えて「意味がわかった」とすることがしばしばです。文法を日本語への置き換えの暗号と勘違いし(これは翻訳でもない)、文法がもとの言語の音声を支えていることを実感できません。

神経学的にまったく異なるプロセスを「外国語学習」と同じレベルで呼ぶ彼らは話が通じません。

これでは若い学び手が気の毒です。頭のスイッチが入っているとつらい。

いまテレビ国会中継で遠藤大臣が「2020年の東京オリンピックに向けてグローバル人材を育成するために小学校から英語を」ですって。

以下、ちょっと私が言いたい放題なやりとりはこちらをクリックしてご覧ください。


 

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