学習優位感覚、その活用法で大丈夫?

やっぱり自分のことって気になるもの。タイプ判定アプリは相変わらずの人気です。教育では「学習スタイル」がそれに相当するようです。

こんなふうに言われたこと、ありませんか?
「あなたって聴覚優位ね。歌うみたいに話すし、擬音語も多いからすぐわかったわよ。」

おおっ、そういう見方があるのか、面白そう、もっと知りたい、と思っても無理はありません。

そんなに簡単に…まあ…
そんなに簡単に…まあ…

学習優位感覚(VAK)とは視覚Visual、聴覚Auditory、体感覚Kinaestheticの3つの感覚を学習に主に用いられる感覚とする考え方です。何十年も前にこのことを初めて提唱したのはゴードンメソッドのスタッフだったと言われています。(ゴードンメソッドは日本では「親業」として知られています。)

私もこの見方を面白いと思ったことがありました。ただ、なんとなく気になる違和感があったのです。教育関係でもたびたびブームになってはいました。でもいつもきまってある壁を超えられずに尻すぼみになっていたのです。なぜだろう、と気になっていました。

The University of Virginia で神経科学・心理学をベースに認知と学習を研究するDan Willingham 教授の著書”Why Don’t Students Like Schools?”を読んで腑に落ちました。

世間のプロのハラって賢いものですね。要らないもの、怪しいものはさらりと拒む。いくらごり押ししても入らない。

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そもそもこのフレームワークは人をタイプ分けするためにあるのではなく、活動のバラエティを担保するためのものだったそう。

“Learning-style theories don’t help much when applied to students, but I think they are useful when applied to content.”(p.165)
学習スタイル説は生徒にあてはめてもあまり役に立たないが、学習内容にあてはめると役に立つようだ。

確かに、私もレッスンを組み立てるときはこんなアクティビティ表を作っていました。どのアクティビティがどの感覚を主に使うか「相対的」に印をつけたものです。出前授業を頼まれるようになったのもその頃からです。

Activity

V A K

Recitation

Read and Look Up

Cards

実は生徒たちのタイプを見立てようとしたこともあります。でも深い違和感がありました。同じ人でも日によって、話題によって様子ががらりと違うからです。毎日会っていなければ気づかなかったことでしょう。

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実はVAKを人に当てはめた場合の妥当性は証明されたことがありません。

It’s important to keep in mind what the hypothesis behind learning styles actually is. The prediction of any learning styles theory is that teaching method one might be good for Sam but bad for Donna, whereas teaching method two might be good for Donna but bad for Sam….An enormous amount of research exploring this idea has been conducted in the last fifty years, and finding the difference between Sam and Donna that would fit this pattern has been the holy grail of educational research, but no one has found consistent evidence supporting a theory describing such a difference….Children are more alike than different in terms of how they think and learn.

留意すべきは、学習スタイルの背後にある仮説はどんなものか、ということだだ。あらゆる学習スタイル説が決め込んでいるのは…サムにはよさそうな教授法①はドナにはだめで、教授法②はドナにはよいがサムにはダメでということだ。この観点を検証すべく膨大な研究がここ50年の間になされた。サムとドナの間にこの見方にぴったりあてはまる差異を見出すことは、教育研究界の「聖杯」でありつづけている。しかし、まだ誰ひとりとしてそのような差異を唱える説を支持しうる恒常的な証拠を見出していない。…子どもたちの考え方、学び方は違っているところより似ているところの方が多いのだ。

人の多様性はゆっくり付き合うに値すること
人の多様性はゆっくり付き合うに値すること

私は証明されていない=存在しない、と考えているわけではありません。証明されていないけれど、わりといんじゃないか、ということは少なくありません。

でも一抹のためらいも感じずに「愛」を理由にそこに手を伸ばすことはできません。

ためらいを感じるには標準的、アカデミックな知識とプロトコルが必要です。

If you have felt nagging guilt that you have not evaluated each of your students to assess their cognitive style, or if you think you know what their styles are and have not adjusted your teaching to them-don’t worry about it. There is no reason to think that doing so will help. And if you were thinking of buying a book or inviting someone on for a professional development session on one of these topics, I advise you to save money.

もし自分はまだ生徒ひとりひとりの認知スタイルを見定めていないと気が咎めている、あるいは生徒たちのスタイルはわかってはいるのに自分の教え方をそれに合わせられていない、と思っているとしても、心配無用。そうしたほうが役に立つという理由などない。本を買ったり、職場研修に誰かを呼んできてこの手の話をしてもらおうと思っているなら、財布のひもを締めるようお勧めする。

人は結局自分のことが気になる。VAK説の濫用にはそんな人の性が影響している気がしてなりません。

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