1月6日まではクリスマス。商業的でも騒いでもいい、ただ…

みなさん、クリスマスはいかがお過ごしですか?明日から16日あたりまでずっとクリスマスですからね、ここいらでくたびれていてはいけませんよ。

えっ、昨日、今日で散財してしまった?
なるほど初もうでのお賽銭はしょぼいわけだ。

日本では「クリスマスが商業的すぎる!」との批判の声を耳にします。中高生のころの私もそうでした。毎朝讃美歌、説教、祈り、讃美歌からなるきちんとした礼拝で1日を始めていたのですから、骨身に沁みていました…「なんにも知らない人たちはみっともないわね」と思っていた…青かった。

あのねえ、クリスマスに辛気臭い顔しててもしょうがないでしょ!
めでたく騒いでいいんですよ。


だいたい明治のキリシタン禁令解除以降クリスマスが入ってきたころには、欧米のクリスマスはすでによっぽど商業化していました。

昼3時過ぎにはなんだか暗くなるイギリスだって夜までこのとおり。
INPP関係でよく行くチェスターのクリスマスマーケット。まあ、程よい暗さですが。

 

 

そもそもイエスの母子手帳にお誕生日1225日と書いてあるわけではありません。

3世紀、クリスマスをいつにするかは大議論の的でした。520日、418日か19日、525日、12日、1117日、1120日なども候補に挙がっていたのです。

どなたか当たった方は…?あら、うちの親戚3人も当たってる。もとになる暦が違いますが。

1225日なったのはローマ暦の冬至だから、とか春分から9か月でちょうどいい、とか異教の太陽の祭り、とかいろいろな説があります。

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ストックホルム近郊、イエルナの共同体。バイオダイナミック農場の土壌はびろうどのよう。リンゴも来年の土壌に。

決めた理由はいろいろでしょうが、受け入れられた理由は「異教の太陽の祭り」が腑に落ちます。異教というのは何とも上から目線な訳語です。私は人びとの感覚に沿うものになった、と思うことにしています。

北半球の人たちにとって冬至とその次の日の昼の長さの違いは、425日と26日の違いよりありありと感じられたことでしょう。ああまた暖かい春が来る!生き延びられそうだ!という喜びでいっぱいになったことでしょう。

それは理屈でなく、ハラで感じる喜びだったはず。

このハラの感覚が予熱となっているところに、すべてのヘマを何事もなかったかのようにしてくれるというイエスの誕生が重なったら…そりゃ自然にうまくいくでしょう。

さて、身も蓋もないようですが…めでたく騒いで散財した後は2つ気に留めてほしいことがあります。

  1. 1回目のクリスマスの前は「いつまで待てばよいのか知りようもないまま待つしかなかった」時間であったこと。そういう時間は永遠の長さに感じられます。こんな待ち方は最近あまりきかなくなりました。
  2. 光の復活(おとずれ)=命の復活(あらわれ)ではないこと。命の復活=芽吹きにはなお3か月あまりかかります。その間目に見えぬ土壌の中はなかなか忙しいのです。そんなにインスタントじゃないのよ。なにごとも前触れ、本番と二段構え。

こんな話もしているから忙しんだわね。

ご関心おありの方はお気軽にご連絡ください。道場見学はお断りしていますが、おひとりずつお話伺っています。

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