「英語くらいできないと恥ずかしい…」って思ってない?

英語くらいできないと恥ずかしい、って聞いたことありませんか?

確かに堂々と英語を話している人を見ると「おおっ、いいな」と思うかもしれません。

でも英語ができなくても恥ずかしいことはありません。

だいたい「英語くらい」なんて見くびっていたらできるようにはなりません。

それなのに、みんながやっているらしいことを、みんながやっているくらいにできるようになってもほとんど意味はありません。

多少英語ができても使う機会はほとんどないこと、年収アップにはつながりにくいことは社会学的にもデータで証明されています。(寺沢拓敬さんの「英語教育と日本人」)

それよりあなたの内に特別、特殊を探してください。

話し手の頭の中の景色を聴き手の頭の中で再現するのが通訳

その道でプロとしてやっている人は、みんながやっているらしいことをみんながやっているくらい、とはまるで反対です。

途方もない繰り返しに夢中。
日々の積み重ねを続けている。
少しずつ変化し続けている。
さらっとした顔をしていてクレージー。

どんなに常軌を逸していてもそのひとの人生には必然。この特殊なしではその人の人生ではなくなる。

あなたにもそんな何かがあるでしょう?

だって、あなたがあなたであるだけで充分特殊です。

私は平凡だから、と内なる宝に目をつぶって英語でもできれば、なんてもったいない。

しつこくあなたの特殊、人の役に立つ宝を探してください。

それが見つかったら半端な英語に未練はなくなる。

よほどプロに頼んだ方がいい。

こちら、普通に日本語話すより同時通訳の方が楽、という変人が主催する映画同時通訳イベントです。字幕と吹替のいいとこどり、音楽としての英語と意味を担う日本語、両方お楽しみください。第2回上映会、まもなく締め切りの見込みです。

同時通訳上映会「ルドルフ・シュタイナーの挑戦」

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「英語のレポート、まず日本語で書いた方がいいでしょうか?」

大学では前期末が見えてきて、レポート執筆始まるころ。

「あの、別の授業なんですけど、英語で提出するレポート、どう書いたらいいでしょう?まず日本語で書くんですか?」

なにィ? ストーップ!!!!

書くのは最後の最後です。頭の中にすっかり書けてから、キーボードを打つ。まちがってもうんうんうなりながらずーっとキーボードにかじりついていてはいけません。え?PCじゃなくてスマホで書いている?!

それって大変でしょう?言いたいことが最後まで自分でも見えなかったりしない?

学生の頃から、私は持ち時間の8割以上は考えることにあててています。考えるなら電車の中でもできる。

今回のテーマは?研究調査ではなくて自分の体験レポートなのね。それはラッキー。

①まず思い浮かんだことを片っ端からポストイットに1項目1枚書いていって。頭の中を外に引っ張り出すんです。これをブレインストーミングといいます。こんなのやめておこう、とかだぶってるな、とか考えなくてよし。沢山かければよし。(電車の中でもできる)

電車内でもちょこちょこと

②似たものをまとめてみます。これがグルーピング。

③グループ同士はどんな関係?グループの間にはどんな言葉が浮かぶ?その言葉の背後にはどんな考えがあるの?あ、さっきはでは気づいてなかった?よかったね、忘れないうちにそれも書く。

これを寝かせては眺めて並べなおしていくと、順番、筋が見えるときがきます。

その順に並べたものがアウトライン。これに沿って書きます。

大学で大事なのはライティングアメリカのリベラルアーツ大学ではライティングセンターを設置するほど。しゃべれればよし、で止まらないでがんばって。それじゃ植民地でしょ?

アマースト大学のライティングセンター

通訳道場★横浜CATS 公開イベントはこちら

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通訳が「うまい」とほめられないのは…

「うーん、うまく通訳できたと思うのにクライアントの反応がいまいち。また頼んでくれるかな…。」

通訳者はリピートと紹介が大切。だから依頼主の反応は気になる。
でもね、うまい、と言われているうちは普通なのよ。
うまい、を超えて自然になると何も言われなくなるんじゃないかと思う。

そんなこと心配してないで寄席にいってごらん。

通訳は話芸。伝統の話芸に触れるのも立派な修業。
しかも笑えるんだからありがたい。

ことに落語には日常のモノサシを吹っ飛ばしてくれる
とんでもない人たちがゾロゾロ。

自分の頭の枠をこわすのにぴったり。

昨日のトリは古今亭菊丸師匠の「中村仲蔵」。

本当にすごいと「うまい」も「すごい」も言われない、というお手本。

安藤広重「仮名手本忠臣蔵」

昔は役者の階級も細かく分かれていて、昇進も厳しく抑えられていたそう。
にもかかわらず、中村仲蔵は底辺の「稲荷町」から「名題」に大出世。

ところが仮名手本忠臣蔵ではひとつしか役が与えられず、それも
弁当食べながらの5幕、元サムライのしょぼい山賊、定九郎。
ドテラのような衣裳でやぼったい役と相場が決まっていました。

引き受けたものの、もちろん不本意。

ある日蕎麦屋で水もしたたるイイ男の浪人に出会います。
その風情こそ本来の定九郎!と着物、帯、傘…細かく訊ね
徹底的にパクりました。

さて上演したところ…あまりの凄みと美しさに観衆は
言葉にならないうなり声をあげるのが精いっぱい。
「○○屋~」なんて呼ぶ者はおりません。

これを当の仲蔵は大失敗と信じ込み、江戸を離れ
上方に向かいます。

実は町では前代未聞の演出が大評判。
座長が行方不明の仲蔵を探していました。

見つけ出された仲蔵はこれを聞いて仰天…

だからいいのです、毎回褒められなくて。
褒められるために通訳しているのではないでしょう。
もちろん、下手なのは話にならないけど。

そうそう、昨日は我が母校、国際基督教大学が
漫才のネタになるという想定外の笑いもありました。

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