今日はいい日でした。

今日はうれしい日でした。日能研とシュタイナーのアントロポゾフィー医学の医師会がなんとも楽しい時を共にしたのです。両方とも通訳者としてとてもお世話になっている大事なチーム。いつかコラボを!と願っていました。

 え、シュタイナーの医学講座が中学受験の日能研で?

 でもよく考えてみて。日能研は公立中高があるのにあえて私学中高を望むご家庭と縁のあるところ。しかも日本ではなく世界のユニークな学びの取り組みをいち早く取り入れている。保険でカバーされる病因撲滅作戦に違和感を抱く人々と相性ぴったりではないですか。

 そもそもの始まりは…

 2004年のことでした。ある私学に務める友人が「あなたの好きな『シュナイダー』(!)のセミナーがうちの学校を会場にして開かれるから、来てみたら?」と言うのです。その頃の私は人生のどん底で、通訳修行に救われながらも、二度と日本の教育には関わりたくないと思っていました。それでも手続きもそこそこに出かけてみると…なんと日能研が主催するシュタイナー教育の理科セミナー。講師はオーストラリアのブライアン・キーツ先生でした。通訳していたのはアメリカ育ちの若い方。ちょっと苦しい通訳でした。彼の日本語では思考の流れが見えなかったのです。

とはいえ私も脇から口をはさむのははばかられました。ある学校で先輩教員の誤訳を指摘したために嫌がらせを受け、そのショックが残っていたのです。気になりながらも10のうち2を言うのがやっとでした。

 そのとき、日能研のリーダー、みっきー氏がちょこちょこっと私のほうへいらしたのです。

 まただ。

 「君、もう帰って。もう来ないで。」と言われるにきまってる。

私は排除されるのに慣れていました。

 …ところが!

「ねえ、もっとじゃんじゃん言って。君の訳と説明ですごくすっきりする。」

 拍子抜けしました。

びっくりは続きます。

 「シュタイナー関係もサイエンスとアーツをわきまえたプロの通訳が必要。でもだいたい経営がうまくなくてプロは雇えない。うちのメンバーになったら。うちの通訳を最優先にしてさ、空いてる時間はこちらの給料の範囲と思ってあちこちのシュタイナー関係団体で通訳をしたら?」

 ありがたくあちこちへ行きました。

 ところが疑問が沸き起こりました。通訳に1日で2万円しか払えない、という団体はそもそもなってない。相場を知らない。チラシが自己流、配布のタイミングも遅い。誰の役に立ちたいのかあいまい。ただ体制に駄々をこねたい。社会貢献より趣味優先。値決めも間違っている。この調子では誰かに私のギャラを負担させているのでは、という想像は働かない。

 このころ、みっきー氏と氏が応援していた北海道の団体との親しさが目立っていたのも事実です。「北海道がうらやましい。冠木さん、みっきーさんの寄付を引っ張って来て」としばしば言われたものです。そんなのまっぴらごめん、まったく不健全でした。

春の芽吹きは凍てつく冬に準備してこそ。スウェーデン、イエルナにて。

そこでホリスティックな経営を共に体験できるツールを探しました。それがトータルゲームです。シュタイナー関係の多様な方々に体験していただきました。もちろん医師会の忍先生、百合子先生にも(←空前の超人成績)。

日能研、アントロポゾフィー医学の医師会、トータルゲーム。

共通点は新しいルールを作る人たち。この人たちはひと、もの、お金の流れを気血水の流れのように見ることができる。

今日はばっちりタッグが組まれた実感があります。ありがとう!

ああ、これからが楽しみ!またご一緒しましょう。

ライブ同通上映会「ルドルフ・シュタイナーの挑戦」とバイオダイナミックを味わう会

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ひとの期待を裏切っている自分が情けなくなったとき

ひとの期待を裏切っている自分が情けなくなったことはありませんか?

結論から言います。そんなこと気にしないでいいです。自分から約束したなら話は別です。でも勝手な期待に応えようとして自分を責めることはありません。

心の痛みを知るあなたにこそ加わってほしいことがあります。それは人の期待に応えるのとはまるで違います。

とあるボードゲームを囲んでいたときのことでした。いつもおしゃれで、いかにも聡明なK子の打つ手がいまひとつ。結果の暗算も苦手な様子。周りのかすかな苛立ちをK子もひしひしと感じています。

「私、いつも『初対面では頭よさそうに見えたのに、たいしたことないじゃないか。』…って言われるの。」

その目にはうっすら涙が浮かんでいました。

誰だそんなこと言ったのは!

勝手に期待しておいて相手に落ち度があるような言い方をするとはけしからん。真に受けるK子もどうかしてる。

そんなことに消耗するよりも、ね…

人間どうし、初めて出会ったときに、今はまだ常に維持できないけれど、将来実現するであろう姿を一瞬垣間見せることがあるようです。表面的な取り繕いではなく、本人にも思いがけないような未来の姿の輝きを。

それを見たということは、将来の姿を預かったということです。その輝きを覚えて、信じ、待つ責任があります。

本人が落ち込んだり、諦めかけたり、はたまた舞い上がったり…その輝きから離れて見えるときほど、はじめの輝きを鮮やかに思い出し、信じ、待つのです。

はじめと同じ眼差しを注ぐのです。 どんな姿の中にもあの輝きがあることを信じて。(ああ、これが難しい。輝きが見えないのはこちらの目が曇っていることもあるので。)

きっとそれがひとを支える。
きっとこうやって互いに支え合っている。

あなたもこの支えの輪のどこかにいてくださいね。

通訳道場★横浜CATSの上映会イベント

ルドルフ・シュタイナーの挑戦 関東最終回です!⇒こちらをクリック

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それを教育に求めるのは野暮よ。

「お買い得な中高一貫」。

大学進学実績?その後の就職?
ここまで消費者マインド丸出しだとあっぱれです。

いかにもおりこうで損をしなさそう。

でも日本には面白い物言いがあるもので。

「あほうかしこ。
かしこあほう。」

ずば抜けた学び手はバカなんです

損得勘定を超えてはるか遠くに憧れている。
周りと比べない。
アタマで考えないからどんどん動く、近づく。

結果的にずば抜ける。

でもそれが目的だったわけじゃない。
ただ憧れに近づきたかっただけ。

ところが世間は放っておかない。
人が集まり、本人はきょとんと
したまま仕事がはじまる。

きょとんとしたまま、粗相があってはならないと
人のために尽くす。

え?

損をしたくないから確かな選択肢から選びたい?
そりゃいつまでもイワシの群れの中。

ほら、クジラがすぐそこに。

話芸レベルの通訳が聴けるライブ通訳上映会は【こちら】

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あなたの翻訳を磨く本当の辞書は…?

正しく、美しく、読みやすい翻訳をしたいのに。
手間を惜しまず辞書を引いているのに。
なぜか自分の訳文が腑に落ちない、っていう時はありませんか?

そう、その感覚は素晴らしい。

そう感じることができるのは自分の読書経験全体と
今作った訳文を比べているからです。

辞書的に字面を作って、英文和訳として〇をもらえればいいや、
と思っていたらそんなこと気にもならない。

せっかく気になったのだから、徹底的に気にしましょう。

私も今、大切な友人のストーリーテリングCDを預かって
訳詞づくりに夢中です。
その物語は北欧の2つの古いお話を撚り合わせて
1つの新しい物語に蘇らせたもの。

イギリスでもマスター・ストーリーテラーと呼ばれる
ニックの語りもさすが生き生きとしています。
ニックの語りにふさわしい訳にしたい。

でも王子、馬、指輪、乙女、トロール…
普段お目にかからない方々ばかり…

馬に乗って、階段を登って、扉を閉じて…

間違いではないけれど、これでは動詞が平板。
物語の薫りを保つ決め手は動詞。
ありふれた動詞では物語の画素数が減って、
絵が荒れてしまう。

ええと、何をたよりにしよう…

ああ、「平家物語」。

じっくり読みたいところですがそれはまた後で。
こんなとき、昔習った速読法が役に立つのです。
(決して好きではありませんが)

さーっとスキャンすると、あっ、これこれ。
ちょっと怖いところですが…

「…太刀、長刀のさきにつらぬき、たかくさしあげ、夕に及ンで…」
(若宮出家より)

「(たかく)さしあげ」がここになじむかしら…
he took it from his pocket and held it up for them to see

1つ探せば1つ見つかるものではありません。
探しても見つからないこともあるし、
ぼうっと読んでたまたま覚えていた
一言がなじむこともある。

そういうもんです。

あなたの読書体験があなたの辞書。
あなたの日本語の土台を作った作品は何?
作家は誰?
必ずあるはずです。
まさかお母さんだけじゃありません。

自分の訳文が気に入らないときに戻るところを
いくつか意識しておくといいですよ。

こんな読み方、平家物語にはなんだか申し訳ないので、
いつか琵琶法師の語りを
拝聴したいと思っています。

このストーリーテリングCDに関心おありの方は
ご連絡先お知らせください。
準備整い次第ご案内いたします。
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