ひとの期待を裏切っている自分が情けなくなったとき

ひとの期待を裏切っている自分が情けなくなったことはありませんか?

結論から言います。そんなこと気にしないでいいです。自分から約束したなら話は別です。でも勝手な期待に応えようとして自分を責めることはありません。

心の痛みを知るあなたにこそ加わってほしいことがあります。それは人の期待に応えるのとはまるで違います。

とあるボードゲームを囲んでいたときのことでした。いつもおしゃれで、いかにも聡明なK子の打つ手がいまひとつ。結果の暗算も苦手な様子。周りのかすかな苛立ちをK子もひしひしと感じています。

「私、いつも『初対面では頭よさそうに見えたのに、たいしたことないじゃないか。』…って言われるの。」

その目にはうっすら涙が浮かんでいました。

誰だそんなこと言ったのは!

勝手に期待しておいて相手に落ち度があるような言い方をするとはけしからん。真に受けるK子もどうかしてる。

そんなことに消耗するよりも、ね…

人間どうし、初めて出会ったときに、今はまだ常に維持できないけれど、将来実現するであろう姿を一瞬垣間見せることがあるようです。表面的な取り繕いではなく、本人にも思いがけないような未来の姿の輝きを。

それを見たということは、将来の姿を預かったということです。その輝きを覚えて、信じ、待つ責任があります。

本人が落ち込んだり、諦めかけたり、はたまた舞い上がったり…その輝きから離れて見えるときほど、はじめの輝きを鮮やかに思い出し、信じ、待つのです。

はじめと同じ眼差しを注ぐのです。 どんな姿の中にもあの輝きがあることを信じて。(ああ、これが難しい。輝きが見えないのはこちらの目が曇っていることもあるので。)

きっとそれがひとを支える。
きっとこうやって互いに支え合っている。

あなたもこの支えの輪のどこかにいてくださいね。

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