クリスマスの悲しみ―コヴェントリ・カロル

今週末のキャロリングに選んだ2曲目はコヴェントリ・カロル。
アイルランドのヴォーカル・グループ、ANUNAの声は美しい…けれど
なぜクリスマスにこんな悲しげな…? サンタさんもしょんぼりします。

いったいどうしたのでしょう。

昔々、テレビもYouTubeもなかったころ、クリスマスやイースターとなると町の人々が小さな山車を仕立てて聖書の場面を飾ったり、演じながら町を練り歩いた(ページェントPageantという)ものです。

聖書の場面ですからクリスマスツリーもプレゼントもディナーもまだ影も形もありません。

聖書が描くのは王とはかけ離れたイエスの誕生とエジプトへの逃避行。イエスの誕生を天使に告げられた羊飼いたちはまっすぐベツレヘムの馬小屋にやってきます。ところが東方の賢者たちは星をたどり、賢いはずなのになぜかヘロデ王のもとに参上、「新たな王はどちらに」などと間抜けなことを訊いてしまうのです。ヘロデは「そんなこと聞いてない。こりゃアブナイ」となり幼児虐殺を命じます。イエスは両親に守られてエジプトに逃げますが、多くの少年が犠牲になったとされています。

このカロルはそのときの母親の思いを歌っています。起源は14世紀~16世紀と諸説幅がありますが、コヴェントリ(コーヴントリといったほうが音が近い)の町で演じられた「毛刈屋と仕立屋のページェント」に収録されています。なんだか村歌舞伎みたいですね。

(コヴェントリの大聖堂は第二次大戦中にドイツ軍に爆撃され大破しました。ところがその後司教が捧げた「Father Forgive」という祈りに復讐を望んでいた人たちも絶句することになります。これはまた別稿にて。)

さて、訳の語調はいろいろです。「めんこいややこ」「あねさまたちもなじょすっぺ」とやってみたのですが…それは現地ネイティブにおまかせします。ネット上にも和訳がいろいろありますが、言葉を探しきるまえに別の耳障りのいい語で埋めてしまったケース、新聞調で子守歌カテゴリからずれているケースがありました。これはぎりぎりまでねばってみたつもりです。

楽譜と詩はキャロリング当日にお渡ししますからプリントアウトしなくて大丈夫ですよ。

実費以外は国境なき医師団に寄付します。

キャロリングお申し込みはこちら。


Coventry Carol (日本語は下)
Lully, lulla, thou little tiny Child,
By by, lully lullay, thou little tiny Child,
By, by, lully lullay

O sisters, too,
How may we do
For to preserve this day
This poor youngling,
For whom we do sing
By by, lully lullay?

Herod, the King, in his raging
Charged he hath this day
His men of might,
In his own sight,
All young children to slay

Then woe is me,
Poor Child, for thee
And ever morn and day,
For thy parting,
Neither say nor sing
By by, lully lullay!

ねんねこ、ちいさなおさな子よ
ねんねんころりよ、ちいさな子
ねんねんころりよ、おころりよ

姉さまたちも、
何としょう
この日いちにち守るには
このかわいそうな幼子を
この子のために私ら歌う
ねんねんころりよ、おころりよ

ヘロデの王さま、怒りにまみれ
この日命じた、
つわものどもに、
見える限りの
幼子殺せと

憂い哀しむこの私
哀れ幼子、おまえを思い
その旅立ちは
語りも歌もないままに
ねんねんころりよ、おころりよ

 

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