オバマ大統領広島演説①―「細かく見る」同時通訳

通訳道場では演説の原形の一つとしてリンカーン大統領のゲティスバーグ演説を精読、暗誦、通訳を練習しています。練習の段階で歴史、宗教、語源を含め背景を細かく捉えておくことが、やり直しのできない同時通訳の精度向上に役立つからです。

同時通訳ばかり回数を増やしても同時通訳はうまくなりませんからね。イチローもあれほど練習し、日常をコントロールして試合に臨んでいました。凡人の私たちはもっと仕込んで当たり前です。

それに「おおっ」と思える楽しみがあるのです。オバマ大統領の広島演説にはあちこちにゲティスバーグ演説が透けて見えるではありませんか。アメリカの理念を継承する姿勢がにじみ出ています。(トランプさんは…。)

ところが気になることが。

ネット上に公開されている主要メディア、あるいは翻訳者ブログの和訳に共通する「細かさ不足」があったのです。

間違いとまでは言いません。でも写真で言えば思いがけない手振れ、ピンボケ、露出アンダーの類で、気づいていれば別の選択があったのではないでしょうか。

これから少しずつ共通ポイントを指摘してみます。「実際目にした訳例」→「変更案」の順です。

先にこの部分の私の同通をお聞きになりたい方はこちらをどうぞ。
冠木同通①

(著作権蹂躙の意志はまったくありません。問題があればご教示ください。)

Seventy-one years ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world ①was changed. A flash of light and ②a wall of fire destroyed ③a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

Why do ④we come to this place, to Hiroshima? We ④come to ponder a terrible force unleashed in a not so distant past. We ④come to mourn the dead, including over 100,000 in Japanese men, women and children; thousands of Koreans; a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us. They ask us to look inward, to take stock of who we are and what ⑤we might become.
(出典:Obamawhitehouse)

①「変わった」→「変えられた」
自らすすんで変わったのではありません。ここは受動態を尊重すべき。We can changeがキーフレーズだったオバマさん(+プロのスピーチライター集団)が受動態を選んでいるのです。わざわざ能動態にする理由は?

ちなみに、ゲティスバーグ演説でも事態を客観的に描写する部分で受動態が目につきます。

②「火柱」「炎」→「壁のような炎」「壁なす炎」
素直に読みましょう。柱と壁は違います。抜かすのもいけません。景色が違ってしまいます。壁のような炎に取り囲まれた人々に思いを致してこそ書けたフレーズと拝察します。わざわざ柱にしたり抜かしたりする理由は?

③「この都市を」「広島を」「この町を」→「ひとつの都市を」「都市をひとつ」
a cityと書いてあります。this city, the city, this town, Hiroshimaのどれでもありません。この段落はまだ一般化された表現で、「閃光と炎の壁が都市をひとつ破壊するなんて!」と思わずことの重大さを想像します。それを早々と特定、具体化する理由は?

④「来ました」→「来る」
have come でもcameでもないのです。現在時制単純形(単純相)は永遠を代表する一片として現在を語ります。反復が前提です。The sun rises in the east.のように。太陽が東から登るのは今日に限ったことではありません。昨日も明日もそうです。そのように、オバマさんも我々が繰り返しここ広島に来て思いを致さなくてはならないことを示唆しているのです。それだけ世界の問題は深刻ですから。

④「何者だったか」→「何者たりうるか」
what we becameとは書いていないんですよね。過去のことではなく、今の、これからの今を生きる人類への死者たちの問いですから。辞書を引くと「形は過去でも現在の推量」なんて一番に出てきます。

言葉は語り手の頭の中に浮かんだ色つきの動画を聴き手の頭の中に復元する魔法の道具。

通翻訳者が、その色付き動画をすみずみまで検証、復元せずに、どうして聴き手、読み手のうちに甦るものでしょう。

通訳道場★横浜CATSはこんなところです。

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