シュタイナー「魂のこよみ」に通訳者も困った!

今週の「魂のこよみ」の詩には参りました。ひとつ、らちが明かないことがあったのです。3行目の’empfind’です。 ‘ich’が主語なら ’empfinde’とEが最後につくのでは?つかないのってどんな形?接続法?いや、違う。なにこれ ?!

そこでシュタイナー教育の自然科学教育に詳しくてご著書も多い森章吾さんにお訊ねしました。森さんとはIPMTという医療者限定のアントロポゾフィー医療研修で、幸運にも通訳仲間としてご一緒させていただいたご縁です。

びっくりするほどすぐに届いたお返事には、たぶん韻律の関係ではないか、とのこと。たぶん、の部分は私が調べてご報告差し上げることにしました。

あ…!

ロンドン、緑の木陰で深呼吸

それ、英詩でもあります!文字より音声が優先するのです。 たとえば、シェイクスピアの「As You Like It お気に召すまま」では貴族アミアンスが人々と声を合わせてUnder the Greenwood Treeを歌う場面があります。

Who doth ambition shun,
欲を振り捨てて
And loves to live i’ th’ sun,
太陽のもとに暮らしたいひと(ここにおいで…)

おおすごい。in the sunが i’ th’ sun。 でもアポストロフィがあるからすぐわかる。シュタイナーはどうしてアポストロフィをつけなかったのでしょう?

さて、くだんの詩はこちらです。

 Ich fühle fruchtend fremde Macht 
Sich stärkend mir mich selbst verleihn,
Den Keim empfind ich reifend
Und Ahnung lichtvoll weben
Im Innern an der Selbstheit Macht.

私は感じる、実りゆく未知の力が
勢いづき、私に私自身を授けるのを
私は覚る、その種が熟し
予感が明かにきらめくのを
心の内に、みずからの力に依って。

詩の翻訳は終わりのない旅です。私はイメージの順を守ったり、語源のしぐさを活かしたりするのは得意です。でも、ここにこうして書いても、私の中では終わっていません。ことに、シュタイナーの詩の韻律はほぼ弱強のアイアンビックですが、それを日本語に写すことはできていません。できたところで、日本語として奇妙かもしれません。まあ、翻訳はそういう前例ナシの変なことで言語の枠をひろげるという役割もありますが。

ともかく、詩を訳していると豊かな充電時間を過ごせるのは確かです。気分一新して、また数百枚のパワポを自動翻訳したものの編集へと戻ります。

みなさんはどんな充電時間をお過ごしですか?

訳した感まるでなし、セミナー集客を楽にする通訳者★冠木友紀子のプロフィール


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