泰緬鉄道、捕虜たちの心を甦らせた「友」は…

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

私は大学でも通訳を教えています。なにより面白いのは、ウォーミングアップで学生たちの近況ニュースを聴くこと。誰もが自分の日常は取るに足らないと思っています。でも、それは自分だけ。自分以外の誰にとっても想定外の珍事です。大いに盛り上がります。

ただ、ある学生の近況にクラスが絶句、のち激怒したことがありました。

彼女は留学時代の「友人」と目上の人を訪問する約束をしていたのに、友人は待ち合わせにちっとも現れない。電話も通じない。目上の方に遅れることをわびる電話を入れると、なんと友人はすでに目上の人を別の友人と訪問中。彼女だけ約束をすっぽかしたことになるところでした。で!彼女は友人に怒れない、というのです。この友人がいないと留学時代の友人たちに連絡がとれなくなるから仕方ないのだそうで。

なんだそりゃ!

「そんなの友達じゃない。貸し借り関係。利用し合っているだけ。」クラスのみんなは一刀両断。よく言った。

さて、私はどう答えたものか。私は心理カウンセラーではないし、人生の諸問題を心理問題化するのには抵抗があります。

そうだ、文学ほどの心理カウンセラーはいない。

次週はカリール・ジブランの「預言者」から「友人について」の章と「クワイ河収容所」から、次の場面を紹介しました。

第二次大戦中、日本軍はイギリス軍が諦めたタイ―ミャンマーインドの鉄路建設に着手、アジア人労務者、英連邦捕虜に強制労働を求め、10万人あまりを死なせます。布のみを腰に巻き、裸足で朝から晩まで工事にあたった捕虜たちが帰ってくると… シャベルが1つ足りません。このままでは隊全員射殺されます。そこでアガーイル隊員がとった行動は…

クワイ河畔。山辺に鉄路が見えます

「その日、一日の仕事が終了した。ただちに工事用具の確認が行われた。確認がすみ宿舎へ帰る寸前というところで日本軍の俘虜監視兵が、シャベルが一本足りないと宣言した。その日本兵は、タイ人に売ろうとして誰かが盗んだのだと主張した。俘虜たちの列の前を彼は大股で歩きつつ、どなりちらしていた。俘虜たちが卑劣で愚かであること、さらに最も許しがたいことには天皇に対する忘恩の不敬をおかしていること、それらをなじった。
 さらに彼は、ブロウクン・イングリッシュの憤怒の声を張りあげて、盗んだものは一歩前へ出て罰を受けろと命令した。だが誰一人動かなかった。監視兵の怒りは一段と強まった。すぐに暴力をふるうだろうと誰もが思った。『全員死ぬ!全員死ぬ!」と、逆上した彼は、金切り声で叫んだ。彼は自分が本気であるのを示すために、銃を取り安全装置をはずし、肩にあてて狙いをつけた。俘虜たちをひと通り眺めたうえで左端の者から射殺しようとした。
 その時、そのアガーイル隊員が列の前に進み出たのだ。彼は直立不動の姿勢をとり、こう言った。穏やかな声だった。

「私がやりました」

監視兵はそれまで熱しつづけていた怒りを一気に爆発させた。彼はその気の毒な俘虜を蹴とばした。こぶしでなぐった。それでもアガーイル部隊の兵士は姿勢をくずさなかった。鮮血が顔に流れた。それでも彼はうめき声を出さなかった。その声1つたてない落ち着きが、監視兵の憤激をよけいに駆りたてた。監視兵はいったん手放した銃の銃身を握って高く頭の上に振りあげた。そしてひと声わめき声をあげて、銃尻をアガーイル兵の頭蓋骨へ振り下ろした。彼の身体は、ぐにゃりと地に倒れて、それきり動かなかった。死んだのは歴然としていた。それなのに、完全に死んでしまっているのにであるが、その監視兵は、幾度も銃尻を振り下ろしてアガーイル部隊の兵士をなぐりつけた。ついに、やっと自分が疲れはてたとき、なぐる手をとめたのである。

 労働班の仲間たちは戦友の遺体を持ちあげ、用具をかついで収容所へ向かって行進した。

収容所の門衛のところでも検査がある。用具はもう一度勘定された。ところがシャベルは、一本足りないはずなのが、全部そろっていたことがわかった。

 この話がくり返し伝えられた。そして、すばらしいことだと言ってよいと思うが、いつ語られても、アガーイル兵に対する俘虜たちの賞讃の念のほうが、日本軍の監視兵への憎悪を超えて強かった。」

(「クワイ河収容所」アーネスト・ゴードン著 齋藤和明訳)

「人その友のために己の命を棄つる。これより大いなる愛はなし。(ヨハネ伝 5章13節)」

さきほどの学生は、別人のように力強い眼差しでこう言いました。「だめだ。私たちぜんぜん違う。」

「クワイ河収容所」読書会はじまります。無料体験は6月21・25日です。

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