通訳メモはどこに取る?

こんにちは。エキスパート通訳トレーナーの冠木友紀子です。

以前、担当していた医療通訳養成講座でのことです。

受講生のTさんの通訳がなかなか始まりません。話し手の発言が終わって3秒以内に訳し始めないと、リズムが乱れ、不穏な空気が漂い始めます。それなのに…。

私「どうしました?」
Tさん「待ってください。」

さては…!

こういう場合は十中八九メモの取りすぎです。

案の定、Tさんは速記のようなメモを取っていました。しかも、メモを取り終わったころには出だしの話を忘れていました。

これでは何のためのメモかわかりません。

Tさんはメモとり術を教えてほしい、と言いました。

私は断りました。努力の方向が間違っていると考えたからです。

black woman with pen taking notes in planner
Photo by SHVETS production on Pexels.com

通訳学校ではメモとりの臨時講座も人気です。「速記ではなく、簡略化・記号化して要点のみを」とアドバイスもごもっとも。

しかし、それで「簡略化・記号化した要点のみのメモ」が取れるようになった人はどのくらいいるのでしょう。

うっかりすると、先生の記号を覚えたり、自分なりの記号を開発したり、余分な仕事を増やしかねません。

紙のメモなんてとらずにすめばそれに越したことはありません。

私は基本、メモは頭にとっています。頭の中ですから、わざわざ記号を使うこともありません。聞こえたらすぐに映像化して、次々格納します。

この方法は名人芸ではなく、理に適っています。生理学研究所の先生に伺ったところ、人間の思考は抽象的な映像のようなもので始まる、とのことでした。思考は「原初の映像→音声→文字」の順で言語になっていくと見なすことができるそうです。

「音声→文字メモ」と「音声→映像メモ」では方向が逆でしょう?音声を聞いて音声で通訳するのだから、文字への寄り道は最低限にしたいものです。

ひとりよがりな映像にならない決め手が文法と写真撮影の共通点です。今は「一眼レフ法」と名付けてお伝えしています。

ちゃんと聞けば、紙メモはなくても大丈夫。

まあ、メモしないと周囲が不安がるので適当に書きます。新たな記号は使いません。英日通訳の場合はほぼ漢字です。簡体字もどきのようですが。

何事も、なぜそれをしているのか見失わぬよう、俯瞰し続けたいものですね。

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若者に投票を促す前に考えたい

こんにちは!通訳藝術道場の冠木友紀子です。

先日、私と同世代に人たちの集まりで、子ども世代、つまり20代の人たちの投票率が低いことが話題になりました。
「投票に行く時間がもったいない。スマホでできればやるけど。」
「投票する習慣がないんです。」
そんな声に親世代の真面目な人たちはがっかりしているようです。

まあ、確かにね、棄権はほめられたことじゃありません。
でも、毎回投票している私も、彼らの態度に「なんかわかる」感じがしています。

たぶん、彼らはその違和感、虚しさをうまく言葉にしていない。
けれど、そのハラで感じているバカバカしさは本物では?

これは私がいつも思うことですが…
共同体の大きさには最適サイズと最大限界があるのでしょう。

from Swimmy by Leo Lionni

日本はもう共同体の最大サイズを超えている。投票行動には儀式的意味しかない。

若者はそのことを感じているのではないでしょうか。

だって、選挙に行かなかったという学生も、大学での選挙は投票するそうですから。

そんな若者に精神論として選挙権を説いても、それこそ空しいでしょう。

共同体の最適サイズなどということを想ったのは、震災後、福島県浜通りの自治体の首長さんたちをテレビで見た時です。

はっとしました。なんといい顔、いい眼差し…。町や村の人たちを知っている人の顔でした.

この人たちの共同体はちょうどいいサイズだったのだ、と思いました。

一方、選挙直前だけ騒音公害くり広げる方々は…

共同体がサイズ限界を超えてもそれ以前の仕組みで回そうとすると、いろいろなところで悪循環が始まるようです。

一例をあげれば、投票率がどんなに低くても選挙が成立してしまうこと。

こんなこと、多くても2000人程度の中高の生徒会では通用しません。「おかしい」という声が上がり、全体に響きます。

総選挙が始まって以来、世界でも日本でも想定外に人口が増えました。一方、仕組みは修正の限界を超えているのではないでしょうか。

ではどうすれば…

いま、切り札として注目している考え方がありますが、それはまた後日。

若者たちよ、おばちゃんはシステム思考が好きなのだ。今日の推測はどのくらい当たっているかい?

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ホリスティックな学びはまるで〇〇〇?!

こんにちは。通訳藝術道場の冠木友紀子です。
冬らしい寒い日が続きますね。

この冬は地元のとても居心地の良いカフェ、きっちんぴいすさんでクリスマスの歌(讃美歌)を英語で歌う会を開きました。

採り上げたのは、「O Little Town of Bethlehem」。

数日後、オーナーさんにお目にかかると、「振り返るとなんだか不思議な余韻…」とおっしゃるのです。

室内、、「甲宇和司 税위) O little town of Bethlehem How still we see thee lie! Above thy sleep Thesilent stars go by. Yet inthy streets shineth dark The Thehopes evertasting Light; and tearsof Aremetitthee all the tontght years」というテキストの画像のようです

英語のリズムを体感するワークはあった。でも、英語をうまくしゃべることを目的としているわけではなかった。英語の歴史、語源にもふれたけれど英語の勉強ではなかった。英語で歌うヒントも示されたけれど、音楽の授業ではなかった。なんと呼べばよいのか…

自分でも思いがけない言葉が飛び出しました。

「赤ちゃんのお世話をする感覚なんです。」

はるか昔、妹の子守りをしていたときのことを思い出しました。

赤ちゃんをお世話する人は、赤ちゃんのすべてを見るでしょう。

おむつを替えるとき、お風呂に入れるとき、ごはんを食べさせるとき、皮膚だけ、ごきげんだけ、食べる量だけ見ているわけではない。表から裏からひっくりかえして、赤ちゃんのすべてを確かめたい、見たいでしょう。

赤ちゃんも、歌も、ひとつの枠に居着くと「出会えない」気がするのです。

確かに、一時的にひとつの枠に注目する効用もあります。
ただ、そこで止まっていては残念。やがてそれをどう自分の武器として利用してやろうか、なんてことばかり気になったりはしませんか(テストでいい点を取ることしか考えないとか)。

赤ちゃんをお世話するときに、子守りの姉が第一に自分のメリットを考えるでしょうか(まあ、父母の顔色を窺うこともあるでしょうが)。赤ちゃんに無心に尽くす。だって、自分のことなんかかまっている余裕はないから。それに赤ちゃんが無垢な信頼で応える。赤ちゃんの信頼を勝ち取るために世話をするのではありません。

そんな関わりが、学びにあってもいいと思うのです。

きっと、私はずっとそうだったのです。それが、リベラル・アーツの学び、ホリスティックな学びだと思っています。

試験勉強にはあまり興味がわきませんでしたが、損をしたとは思っていません。後悔もしていません。

通訳の準備もそんな気持ちでしています。

時代遅れかもしれません。

でも、世の中が赤ちゃんだらけに見えたら、何かが変わる気がするのです。

(もっか、文中の「赤ちゃん」を「猫」に置き換えたような暮らしです…。)

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