通訳者の注意集中パターンは?

専門知識の多い人と少ない人の注意集中について、面白そうな論文が新聞で紹介されていたので、ウェブ上でざっと読んでみました。

Natureがウェブで公開している東大の植田一博先生たちの論文です。

Natureのサイトはこちらをクリック


こんなに大雑把にまとめては申し訳ないことこの上ないのですが…

「専門知識の多い人は対象の細部に集中して、ぶっとんだ新しい発想が難しくなることがある。専門知識の少ない人は、対象の周囲も視野に入れて、新しい発想もわりと容易」というような内容です。

ははあ。

通訳藝術道場では、この「専門知識の多い人」と「少ない人」の感覚を超高速で往来するワザを磨いているように思います。

しかも、「専門知識」への迫り方はビョーテキです。「私は語学科卒の通訳なので○○は専門じゃないから…」という言い訳は通用しません。

この往来の感覚は、第3の視点があってこそと思います。

以前、通訳の認知科学を研究したいと思ったこともありますが、どうもピンとくる大学院がありません。ピンとくるところは「開講中止」。おやおや。

ならば、同志を共に稽古しながら顧みたほうがよい。

そんなときに、通訳の仕事を始めたころに出会った「言語造形」の諏訪耕志先生に嬉しいお誘いをいただきました。


言語造形と通訳藝術コラボ②オンライン対談「中高生の『なんで英語やらなくちゃいけないの』に本気で応える」10月30日に迫る!

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いまこそ、シュタイナー学校の英語が光る

去る15日、言語造形の諏訪耕志先生と初めてのオンラインライブを開催しました。

金曜の、おそらくは夕食後の時間、みなさま、ご参加ありがとうございました。

きっかけは…8月末土曜、別の講座で諏訪先生がこう話されたのです。「通訳は全く芸術のわざです。一緒にこのことに取り組むのはいかがでしょう。」 願ってもないことです。

それからはすぐに日程を決め、私がもたもたお知らせ文を書き…昨日に至りました。

昨日伺ったお話は初めて耳にすることばかり。

諏訪先生の高校時代、教室が舞台と見えるほど、生き生きと漢文を語り降ろされたとある先生。

ケニアの湖ツアーで、スワヒリ語はまるでわからないのにひとの英語をばかにしたアメリカ人観光客。当時は日本の経済力がうとましかったのかもしれません。

日本の英語のこと、諏訪先生は「沢山訊きたいことがある」とおっしゃいます。

私が本当と信じることは、惜しみなく、喜んでお応えしたく存じます。

以下、コラボは続きます。お申し込みはFB、webいずれかご都合のよいほうでどうぞ。

10月30日(土)20時~21時 【1時間】
中高生の「なんで英語やらなくちゃいけないの」に本気で応える
【言語造形と通訳藝術コラボ②】
FB https://www.facebook.com/events/572032667373848/
web https://ycats.linguamusica.jp/csf02whyenglish/ .

11月27日(土) 12月11日(土)19時半~21時 【1時間半×2】
英語入門から通訳養成までをひとすじ の道とする「芸術としてのことばの学び
【言語造形と通訳藝術コラボ③】
FB https://www.facebook.com/events/1069411890474422/
web https://ycats.linguamusica.jp/csf03theartoflanguage/

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「先生」と呼ばれるなら〇〇算ではなく△△算を

こんにちは。通訳藝術道場の冠木友紀子です。

若い人たちから「先生」と呼ばれると、しゃきっとしますねえ。

私も以前は中高生から「先生」と呼ばれていました。いまも大学生、通訳道場の生徒さんからは「先生」と呼ばれています。私にとって「先生」って「生徒」を面白がってます、応援団長です、という意味ですが…もっと小さい子どもたちから「先生」と呼ばれる立場の皆さんはなかなか真剣なようです。

「さあ、しっかりしなくちゃ。」
「自分の学生時代はなにもアップデートしない教師たちにわけのわからない校則をで縛られた…だから、これからの子どもたちにはいい教育を提供したい。」
「ホリスティック教育の資格もとったから、ちゃんとやらねば。」
「最近は子どもの発達も話題。感覚統合や原始反射も学んで授業にプラスしたい。」(日本語で得られる小児科以外の原始反射情報はほぼINPPの剽窃です)

それは誰のため? こんなふうに思っていませんか?

「このひどい教育システムのなか、次はだれが担当するかわかったもんじゃない。せめて自分が担当している間はよいもので満たしたい…」

それは「先生」自身のエゴです。メサイア・コンプレックスです。メサイアではない自分を認められない心のくせです。

若いころに、親や先生にありのままを認められなかった、自然にのびのびとはしていられなかった、そんな思いをひきずっていませんか?

教育、educationの語源は引き出すこと、と言われます。しかし、ラテン語源学 としてはこれはガセネタ。引き出すこと自体余計なお世話。ほうっておけば抜ける乳歯をひっこぬいているようなもの。

もし子どもたちの可能性を引き出すことができるとすれば、それは不可測な「ノイズ」に満ちた自然の十八番。理想を言えば、10歳くらいまで子どもたちは野に、森に放っておくことです。ひとりで生き物を観察する、心もとないときは仲間と交流する…1年生から教室につめこんで無理やり教えていることなど、勝手に身に着けることでしょう。5,6年相当、10歳くらいから学校に通えば、だいたいのことは2年ですむでしょう。

いまの学校教育制度は発達がゆっくりな子どもには無理を強い、利発な子はひまにさせますが、互いの助け合いを促すのはうまくありません。それなら、それぞれ、自然の中で過ごした方がいい。

自然の中で過ごすのに比べれば、文科省一条校の教育だろうがナニヤラ教育だろうが、どんぐりの背比べ。(まあ、ナニヤラ教育のなかで授業という看板のもとで自然遊びをしているのは、まあ、なかなかやるな、と思いますが。)

というわけで、ゆめゆめ「いいことしたい」エゴでセラピー足し算をなさいませんように。子どもを教室で忙しくさせるだけです。子どもたちをあなたのセラピストとして利用しないように。

どうしても新しい要素を加えたければこっそり割り算なさいませ。

そもそも人が人を「教える」など不可能です。「先生」のお面をかぶろうとしてもすべて学び手はお見通し。

ただ「先生」がそのままでいる。生徒たちを「面白がる」。先生たちに面白がられる生徒たちはごきげん、元気です。

これで十分ではありませんか。

育ちのよい英語を教えたいなら、プレ通訳養成にもなるプログレスで英語の土台徹底リノベを

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千葉の〇〇学園、面白すぎます。

こんにちは。通訳藝術道場の冠木友紀子です。

千葉の○○学園…この学校名をきいたら、皆さん「え、あのすごく勉強する学校でしょ」と思うことでしょう。

まあ、それもそうなんですが、それだけでもないんです。

学外からいろんな大人を招いて、土曜講演会やゼミを開いたり、生徒が学外で発表して受賞したり。とにかく風通しがいいんです。

私も某「出前授業チーム」に招いていただいたのがきっかけで、この学校にご縁ができました。今は思いっきりわがままに楽しんでいます(経緯は割愛)。

夏の3日間朝から晩までのワークショップで1学期分ゼミを担当したとみなしてくださるのですから、自由です。ありがたい。(毎週90分のゼミに横浜から千葉に通うのは大変すぎます。)

今年も3日間、あっという間に過ぎました。そして、高校生の素晴らしいストーリーテリングに感服しました。

何をやっていたかというと…英語で話芸です。

正直、初日は焦りました。

だって、大喜利なんか朝飯前。立川志の輔さんの有名な小噺「ハイジャック」のオチもみんな見事に当てちゃうし…。

(ハイジャック概略:「おい、この飛行機はハイジャックした。おとなしく言うことを聴け。メキシコへ行け。」「バカか」「なんだと!メキシコへ行け」「〇〇〇〇」←ここを創作)

2日分のお話の素材が1日で尽きてしまう!小噺を増やしてもなんだか退屈だし、落語は一朝一夕では嘘くさいし…

ここで生徒諸君に相談すると、物語をアレンジして語ってみたい、という声が。

そこで「ロバを売りに行く親子」を提案しました。Doorways to the Soulに収録されている英語版です。

selective focus photography of gray donkey eating grass
Photo by Felix Mittermeier on Pexels.com

先刻ご承知かもしれませんが…ロバを売りたい親子はいまいち自信がなく、市場に着くまでにいろいろな人々の無責任な助言に翻弄され、ロバには逃げられるというお話です。

まず私が語り、少しずつ生徒諸君に語りに参加してもらい、だいたい渡せたところで今度は登場人物気分グラフ。少人数グループで気分グラフを互いに見せ合うことで、知らないうちに物語を語ることになります。

その後、インタビューもしました。登場人物(ロバ含む)役とマスコミ役にわかれてロールプレイです。ロバ役の男子生徒君、最高でした。少しの単語でも使い方次第で大爆笑になるんです!いい味出してました。

さて、ここで新たなミッション。「ハッピーエンドにお話を変える。」

どのアイデアも素晴らしかったのですが、これには皆一瞬静まりかえりました。

簡単に日本語で書きますと…

「市場に着くと、ロバコレクターのお金持ちから引き合いがありました。けれど突然、ロバが涙を流し悲しい鳴き声をあげはじめたのです。広場の隅のおんぼろ動物園に、赤ん坊のころ別れたお父さんロバを見つけたからです。ひとりぼっちになったお父さんはいっそう老けて見えました。農夫はロバが親子水入らずで暮らせるよう動物園にロバを寄付しようと決意します。周りの人たちは金持ちにロバを売れ、金持ちが寄付すればいい、と忠告します。今度ばかりは農夫も毅然と答えました。「寄付したいのは私の意志だ。売ってお金をもらったら、あとは買い主の思うままだ。お金をもらうより、いまは意志を実行したい。」人々は恥じ入り、感激しました。めいめい農夫に贈りものを持ち寄りました。おかげで農夫の奥さんも喜んだとさ。」

これを思いついた高校生は、2日間でこの部分だけでなく冒頭から全部英語で覚え、みんなの前で語ったのです。みんなも英語のうまいへた、正しい、間違っている、というものさしから自由になって、心できいていました。

心で生み出すものは心にしみいる。心のスイッチが入ると、頭だけで覚えられる限界の何倍ものことばが、あっというまに身につく。

そんなことを、みんな身をもって示してくれました。

この学校には9月初めに立川志の春さんが2回目のご登場です。もちろん行きますとも。

伝説の検定外教科書プログレス旧版で通訳養成の準備…のはずが、「育ちのよい英語」を教えられる先生が育っています。→英語の土台徹底リノベ講座

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【英詩講座レポート⑩】王様も悩ましい

通訳藝術道場の冠木友紀子です。

まったくブログが追い付いていませんが、英詩講座第10回のレポートです。この回はまたまた大物「詩篇23篇」です。

あの、「主はわが羊飼い」で始まる、ダビデ王の有名な詩篇。

私も、これまで礼拝や聖書の授業でなら何度となく触れる機会がありました。

中1のとき、校長先生が担当なさった聖書の授業で出た宿題を忘れもしません。詩篇を水彩で描くことでした。私ふくめ期限の授業で提出できなかった者たちは、教室でその理由を問われ、翌日校長室に持参することを約束しました。次の日、おそるおそる校長室を訪れ、絵を広げると…先生は笑顔で眺め、あれこれとお訊ねになり、それはそれは楽しいひとときでした。「提出期限は約束のひとつだから、次からは守るように。」と笑顔で念押しされ、送り出されたのを覚えています。(さもないと、宿題が遅れるのはラッキー、しめしめと思いかねない楽しさでした。)

ところが、この英語訳を詩としてとらえるのは初めてです。

詩の訳なんて意味がない?

たしかに音をそのまま生かすことはできません。でも、意味や情景を伝えることはできます。言語に新しい刺激を与えたりすることもあるんです。

今回はみなさんに欽定訳の詩篇23篇をよーく観察してもらいました。

A Psalm of David
The Lord is my Shepherd;
I shall not want.
He maketh me to lie down in green pastures;
He leadeth me beside the still waters.
He restoreth my soul;
He leadeth me in the paths of righteousness
for His name’ sake.
Yea, though I walk through
the valley of the shadow of death,
I will fear no evil:
For thou art with me;
Thy rod and thy staff, they comfort me.
Thou preparest a table before me
in the presence of mine enemies;
Thou annointeset my head with oil;
My cup runneth over.
Surely goodness and mercy shall follow me
all the days of my life,
and I will dwell in the House of the Lord forever
(King James Version)
ダビデのうた
ヱホバは我が牧者なり
われ乏しきことあらじ
ヱホバは我をみどりの野にふさせ
いこひの水濱にともなひたまふ
ヱホバはわが霊魂をいかし
名のゆゑをもて
我をただしき路にみちびき給ふ
たとひわれ死のかげの谷を
あゆむとも
禍害をおそれじ
なんぢ我とともに在せばなり
なんぢの笞なんぢの杖われを慰む
なんぢわが仇のまへに
我がために筵をまうけ
わが首にあぶらをそそぎたまふ
わが酒杯はあふるるなり
わが世にあらん限りはかならず
恩惠と憐憫とわれにそひきたらん
我はとこしへにヱホバの宮にすまん
(文語訳)

「ん?韻は踏んでませんね。」

そのとおり。

「これまでのもともと英語の英詩と何かちがう…」

何か違う、のは何かが多すぎるのですか?それとも少なすぎるのですか?あるいは思いがけないものが入っているのでしょうか?

「あ…少ないんです。というか、ほとんどないんです。」

なにが?

「形容詞や副詞が。」

そう、まさにそれがヘブライ詩の特徴です。

韻は踏みません。
新築マンションのチラシのように修飾語で飾り立てることもしません。

「3音節以上の語もありません!」

本当に!さっぱりしたヘブライ詩の特徴と「誰でも読める聖書を」と願ったティンダルの願いを合わせて受け継いでいるようですね。

また、詩篇23篇ではわかりにくいかもしれませんが、パラレリズムといって一つのことをいろいろ言い換えて繰り返すのもヘブライ詩の特徴です。

ここでは、神の恵みに守られたありようを「羊」になったつもりで描いたり、「敵の前に宴を」「わが頭に油を注ぎ」と人にもどって描いたりしています、

さて、つらい思いをしてこそ惹かれるのが「我れ死の影の谷を歩むとも、災いを恐れじ」の一節。

災いが「ない」のではなく「そりゃあるだろうけど、びびらない」のがいいじゃないですか。このごろはゼロ放射能とかゼロコロナじゃないと、とうい人までいるそうですから。

これはあどけない幼子には???な気分でしょう。自分は世界から切り離されている、という寂しさに気づくとされる3年生以上には覚えがあるでしょうか。

でも、王様ダビデもそんな思いを…?

David SM Maggiore.jpg
ダビデ像(ニコラス・コルディエ 於 サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂)

この一節でダビデが何を想ったのかは推測の域を出ませんが、ダビデはなかなか人間臭いエピソードが豊かです。絵画や彫刻のモチーフとしても魅力的なのは聖人君子ではないからかもしれません。

ダビデはイスラエル王国第2代の王です。在位期間は諸説ありますが、紀元前1000年を挟んでの数十年とされています。

王といってもダビデ自身が王子だったわけではありません。もとは初代王、サウルの宮廷にハープの名人として召し抱えられます。その賢さからサウルの息子と親しくなり、サウルの娘と結婚します。サウルを悩ませたペリシテ人との戦いでは、巨人ゴリアテの眉間に石を命中させた逸話が知られます(あのダビデ像です!!)。

ただ、ここまで魅力的だと嫉妬がつきものです。

なんとサウル王にうとまれ、命の危険にさらされます。サウル亡き後王位につき、イスラエルは繁栄したかに見えますが、すでに在位中から下り坂の兆しがちらほらと。なんとダビデ王自身が部下ウリヤの奥さんバテシバが水浴びをしている姿にムラムラし…ウリヤは絶望のあまり自ら命を絶ちます。預言者ナタンに厳しくとがめられ。ダビデは反省します。やがてバテシバとの間に生まれたソロモンが王位につきます。

いやはや…。

おまけに詩篇150篇をすべて自分で作ったとしたら…。

アウトプットすごすぎます。

ええ、詩篇にはダビデ含め複数の作者がいるとされています。なぜなら、神をヤハウェ、エロヒムと明らかに違う呼び方をしたり、ダビデの死後起きた出来事が含まれたりしているためです。

さて、第11回のヨハネの福音書冒頭「はじめにことばがあった」ももう済んでいまして、次回、最終回とシェイクスピアの「真夏の世の夢」「あらし」からセリフを詩として味わいます。

【シュタイナー学校の先生のための英詩講座 4年生シリーズ あと2回!】

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【英詩講座レポート⑨】史上初の「いいね」 The Genesis (創世記)1:1-5

通訳藝術道場の冠木友紀子です。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座も第9回となりました。たった9回ですが、なぜかもう100回くらいのような気がします。みずからの問いを手掛かりにたったひとつの詩に2時間向き合う時間はとても密度が濃いのです。

これまでの詩は、一見『めだかの学校』みたいにあどけないものばかりでした。ところが、子どもの心にすっと届くよう選び抜かれた言葉たちは、かえって奥深い綾を織りなしていたのですねえ。

それが今回は「一見『めだかの学校』」どころじゃございません。

「旧約聖書 創世記 1章1-5節」

うう…。

講座でも話題になりました。「なぜこれが英詩として小学4年生に?」

この問いをもとにかいつまんでご報告します。

この英語、いつごろのものと感じますか?

THE CREATION
GENESIS 1:1-5
In the beginning God created the heaven and earth.
And the earth was without form, and void;
and darkness was upon the face of the deep.
And the Spirit of God moved upon the face of the waters.
And God said, Let there be light: and there was light,
And God saw the light, that it was good:
and God divided the light from the darkness.
And God called the light Day,
and the darkness he called Night.
And the evening and the morning were the first day

1900年ごろ?1850年ごろ?それとも1800年?

実は、1611年に出版されたものです。江戸初期の日本語よりずっと現代に近く感じませんか?

これは欽定訳聖書。欽の字は金欠と書くのに王様のことなのが不思議ですが、ジェームズ1世(スコットランドではジェームズ6世)の命により進められ、初めて全巻翻訳が完成した英訳聖書です。

King-James-Version-Bible-first-edition-title-page-1611.png

いまでこそどこの本屋さんでも聖書を売っています。キリスト教主義学校では新入生に入学祝いとして聖書を贈り、毎朝の礼拝でほんの少しずつ精読、講話を聴きます。(このスタイルが私の詩の読みに大いに影響しています。)

でも、昔、カトリックの世界では聖書は専門職のものだったのです。一般ピーポーが読むと間違うから無理、ダメとされていたのです。

よく凝りに凝ったキンキラキンの写本が博物館に展示されているでしょう?あれが本屋さんに並んでいるわけがありません。修道院や教会の外に出ることのない1点ものです。

KellsFol032vChristEnthroned.jpg

なので、ルターが「聖書と信仰のみ」と言い出したのは大変なことでした。

イギリスでもウィクリフ(1320頃―1384)、ティンダル(1494(5)-1536)が、ギリシャ語、ヘブライ語の聖書原典を英訳しようとつとめました。(この前にもすごい人たちがいますが、長くなるので割愛します。)

ところが、ウィクリフはカトリックに死後異端と決めつけられ、遺体を掘り起こされ著書と共に火あぶりにされるという何とも恐ろしいことに。

ティンダルは離婚再婚しまくりのヘンリー8世と対立し、国外逃避行の最中ベルギーでこれまた火あぶりにされます。

気の毒な最期を迎えたティンダルですが、子どもにもすっと伝わるような翻訳を心がけたとされ、のちの欽定訳の土台になりました。

ウィクリフやティンダルにしてみれば、王様が「俺が責任取るからとにかくやれ」と命じ、一般ピーポーも読める英語聖書が生まれるなんて、夢のような話でしょう。

さて、聖書は何のためにあるのでしょう?

民族の歴史を記し…預言者の声を残し…とさまざまですが、なによりひとの心を動かし、信仰を抱かせることでしょう。

ならば、心に響くような工夫を凝らさないはずがありません。

おのずと、始めから終わりまで工夫を凝らした一大文学作品となったのです。散文の部分まで、ありきたりの論文やジャーナリズムのような散文とは次元が違います。

だから、英詩としてWaldorf Book of Poetryに収録されているのでしょう。

英語と縁のある日本の皆さんも、信仰は別として、英語聖書をひもとくことを強くおすすめします。

それに、ちょっと面白いこともあります。

今回の部分には「神の霊が水のおもてを被って」とあります。でも、ちょっと先まで読んでみると「大地は乾いていた。でも地下から水が湧いた」のようなことが書いてあります。

さらに、「神は人を男と女に創造された」と書いてあるのに、その後でアダムのあばらからエバが造られる話が出てきます。

ん?おーい、編集者!

これ、別々の資料のつなぎ合わせという説が有力です。前者はP(Priest祭司)資料と呼ばれ、神こそ創り主、と念押しします。後者はJ(ヤハウィスト)資料と呼ばれ、あまり神話的ではなく、社会的、歴史的な記述が目につきます。

昔はモーセが旧約聖書最初の5巻、創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記はひとりで書いたということになっていましたが、本当ならちょっとアウトプット過剰では?

さて、今回の部分に戻りますと…

①プレグナントな瞬間

さて、P資料部分の欽定訳、音読してみると、心拍のように心地よいリズムが感じられます。まるで胎児の身体に血が巡り、心臓が脈を打ち始めるときのようです。

赤ちゃんつながりで思い出されるのは高橋巌先生著の「デュオニソスの美学」です。この本のなかで高橋先生は繰り返し「プレグナントな瞬間」と書かれます。プレグナントは語源的には「誕生gnantに先立つpre」という意味です。誕生の一瞬前に生まれ来るものを想い、胸高鳴るときです。

4.5年生ともなれば、絵を描くにも、文章を書くにも、この胸の高鳴りを知るのではないでしょうか。まだ世と一体の幼子は知らない緊張と興奮を。

In the beginning…と声に出す前に、このプレグナントな一瞬を想いたいものです。

②光にまかせ?

日本語では「光あれ」の部分、なんだか光が「親分、お呼びですかい」と飛んでくるよう…と妄想するのは私だけでしょうか。

ここ、英語ではLet there be light.です。Let S VはSがそうしたいと願うままにさせる、というニュアンスです。光自身が「世に在りたい」と願い、神様は「いいよ」と認めたということでしょうか。And God sawa the light, that it was good.そして神は「いいね」した。史上初の「いいね」です。このあとずっと「いいよ」「いいね」が続きます。

今日の世界を神様が眺めたら「いいね」できる?なんてことを問う子どももいるかもしれません。

③エロヒム?

しばしば日本のひとたちが一神教のことを単純化し過ぎているのが気になります。これについては別稿にて。

「私以外を神としてはならない」なんて、「私」以外に誰もいなかったら言うもんですか。

さて、Waldorf Book of Poetryでは欽定訳の左隣にヘブライ語のアルファベット音写があります。フリガナ(?)どおり音読すると、真言のような迫力がありますがさっぱり分かりません。一言を除いては。エロヒムです。

(シュタイナーによるエロヒム説も講座では触れましたが、ここでは「語」に注目します。)

英語では神はずっとGodですが、ヘブライ語ではElohimと書かれています。
この語はアッラーをはじめ、中近東のさまざまな神の名と語源を共有しています。ときに単数扱いされたり、複数扱いされたり、はたまた動詞の形も単複揺れがあったり…ととても複雑です。

とかく私たちは海外というと欧米ばかり想像したり、その源をギリシャ・ローマまでしか認識しなかったりします。

まだその奥があるのです。

そして今週土曜、7月17日はなんと詩篇23篇「主はわが羊飼い」です。
お申し込みはこちらからどうぞ。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座 第10回 The 23rd Psalm

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【英詩講座レポート⑧】人間はそんなに偉いか?-“Unstooping” by Walter De La Mare

第1回でとりあげたウォルター・デ・ラ・メア(1873-1956)。
Some Oneでは人間の世界の向こうに広がる、自然の世界の不思議を感じさせてくれましたー夜明け前の森の小屋の扉を叩くノックの音…扉を開けると誰もいなくて、向こうの森からはフクロウの声…

さて、今回は…?

え?なんだか人間中心、動物に優位?

え、まさかデ・ラ・メアが、そんな…

Unstooping 
                       Walter De La Mare 
 
Low on his fours the Lion 
Treads with the surly Bear;
But Men straight upward from the dust
Walk with their heads in air;
The free sweet winds of heaven,
The sunlight from on high
Beat on their clear bright cheeks and brows
As they go striding by;
The doors of all their houses
They arch so they may go,
Uplifted o’er the four-foot beasts,
Unstooping, to and fro.

1,2行目のLion, Bearは大文字でしかもtheがついています。
初登場でtheがついていると、ライオンのなかのライオン、ライオンたるもの、というふうに本質を体現する代表を示します。「ライオンは百獣の王である」のライオンはthe Lion ですが、「オスのライオンは子育ても狩りもせず昼寝ばかりしている」はthe ではなく、そんじょそこらのa lionです。

さて、のしのしと大地をふみしめる立派なザ・ライオン(ビール?)とザ・熊と対比される人間は…ただのMen。ザ・人間ではなくただの複数形の「人々」。3行目のdust (塵)からまっすぐ立ち上がる、のくだりは、土くれから作られたアダムが神様の息吹に魂をもって人として生き始めた、アダムの創造を想い起こします。

アダムの創造は1回きりではないのでしょう。
ひとりひとりがアダムであり、「人々」はそれぞれ日々創造され続けているのです。

そのことが、第2連の天の風と光という精神の糧を頬に受け続け、晴れやかな面差しでいる、あたりに現れているのではないでしょうか。

strideも大股でさっそうと歩いていて爽快です。

第3連、玄関扉がアーチしているのは直立姿勢を保つため、と聞いた子どもは、アーチ扉を見るたびに思わず姿勢を整えるでしょうね。

close up photography of brown lion
Photo by Pixabay on Pexels.com

直立、とは書きましたが、デ・ら・メアはuprightという言葉は使っていません。upliftedと過去分詞です、受け身です。人がまっすぐ立つのは自分の気合頼みではなく、天から引き上げられてのことなのだ、と思えます。

そして最終行はunstoopingとタイトルにもなっている語で始まります。

unstoopで辞書を引いてみてください。たいていの辞書にはないでしょう?。OEDでも用例は4,5文しか載っていません。そんな言葉、第一印象はきっと「造語」です。しかも否定の接頭辞unがついています。

人間は肯定文を想像し、それをもとに否定文を作ります。いきなり否定文は作れません。

Unstoopingの場合、まずstoop(身をかがめる)が目に浮かびます。これは受け身ではなく、自動詞の現在分詞です。自分でしちゃうんですね。

となると…どうも「人間よ、お前は動物より優位だ。世に君臨せよ」とはだいぶニュアンスが違います。そもそも「人間の皆さん」がそんなつもりになったらSDGsどころではありません。

実は、この詩に描かれている人間はそんな強者ではないように思うのです。

弱い人間が絶望にうなだれ、孤立するのは簡単。

だからこそ、他者と共に、自らのみをより頼むのではなく、天に任せ、望みをもって思うように歩み続けよ、と励ましているのではないでしょうか。

この詩が何年に書かれたのかは不明です。

ただ、1910年ごろから英仏露と独・オスマン・ハンガリーの関係が悪化し、戦争の暗雲が近づきます。

人間がみずからの内なる獣性に屈服し、互いに戦い続ける時代の到来です。
立派なライオン、立派な熊が呆れるようなことを人間が性懲りもなく続けた時代です。

そんな時代に飲み込まれた普通の人々を、この詩は激励しているように思います。

新コロ騒動をデ・ラ・メアだったらどう描くことでしょう。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座、明後日は何と旧約聖書、創世記の出だしです。
英語表現を深く理解するには、キリスト教の知識が不可欠です。一方通行講義はしません(できません)。ご参加の皆さんの疑問、発想を中心に一緒に旅をします。ぜひご参加ください。

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【英詩講座レポート⑦】「見る」は「見られる」-“Fishes” by Roy Wilkinson

こんにちは。通訳藝術道場の冠木友紀子です。

シュタイナー学校の先生たちのための英詩講座、英語圏の4年生向けの詩シリーズも前半が終わりました。まだたった7篇ですが、もっともっと長い旅をしてさまざまな景色を見てきたような気がしてなりません。

今回はシュタイナー教員養成に尽力したRoy WilkinsonによるFishesでした。2時間の講座の一部をダイジェストでお目にかけます。

シュタイナー関係ではよく「すべてを知れ」と促されます。医師は医学のハウツーだけではなく、教師も専門科目のハウツーだけではなく、音楽家も演奏スキルだけではなく…皆、音楽、哲学、歴史…すべてに心開くことが求められます。大変?そんなことはありません。「専門外だから関係ありません」という姿勢では到底想像できない、世界への畏敬と喜びに満たされる道です。その道を生涯かけて歩んだのがRoy Wilkinson (1917-2007) と言えそうです。

おお、また「めだかの学校」みたいな詩?と思いきや、とんでもない。人間とは何者か、お前はどう生きているのか、と問われるようです。

FISHES

In the ever flowing water
Up and down I love to roam,
Whether it be lake or river
Water, water is my home.

Perhaps a glimpse of me you saw,
In the water something shone.
You looked again, what did you see?
Nothing, I had gone.
魚たち

たえず流れる水のなか
ここかしこへとさすらいたい
みずうみであれ、川であれ
水、水こそは私の住みか

もしかして、ちらりと私が見えたでしょう。
水のなかに何かがきらり
あなたもいちど見入って、何が見えた?
なあんにも。もう私はいなかった。
謎めいた複数形のFishes。スイミーを思い出します。みんなでひとつの「私」だったり、それぞれに「私」があったり…「私」の感覚が人間とは違うのでしょうね。(講座で話題になりましたが、書くとややこしくなりそうです。ぜひ講座へどうぞ。)

一行ごとに揃った行末の音(脚韻)と、強弱のリズムが淡水のさざ波のようです。

さて、第1連、水が魚の住まいだというのは、当たり前と言えば当たり前。「水魚の交わり」(劉備と諸葛孔明のこと)など日本語でもなじみのある表現です。

さらっと読み流してもいいのですが…、水と魚を鏡に自分たち人間を振り返ってみると…

35年ローンを組んで手に入れた家(ハウス)も、コロナ以前は寝に帰るばかり。リモートワーク用の部屋はないし、1日中在宅する家族の食事作りにうんざり…。おやおや。

魚は水を専有しません。食べ物も、排せつも水中に。汚い?そんなことはありません。不垢不浄の循環です。

いきなり魚をお手本にするわけにはいきませんが、人間のhomeも見直す機会ではないでしょうか。

ひとりごとのような第1連から打って変わって、第2連はyouが登場します。

youは詩の読者、人間と考えるのが自然でしょう。(まあ、猫でもいいんですけど…)

水中で魚が体をくねらせでもしたのか、一瞬光った。それを人がちらりと見て、何だろうともう一度のぞき込むと、魚はもういなかった、というだけの出来事です。

さて、その出来事はどう語られているでしょう?

panoramic photo of bushes near pond
Photo by Pixabay on Pexels.com

再掲しますと…

Perhaps a glimpse of me you saw,
In the water something shone.

どうもこの魚、自分のことをsomethingなんて言って、見ていた人間の側から語っているようではありませんか。

You looked again, what did you see?
Nothing, I had gone.

人は魚を見ようとするけれど見失っている。一方、魚のほうがよほど人を見通している。自分が去った後、人が「あれれ?」と覗き込んでいるところまで見届けている。そして、人には何も見えなかったのを承知で「何が見えたの?」なんて訊ねるのだから、一枚上手。

私たちは魚を釣りの獲物として、食物として、ペットとして…「対象」として「見て」いるつもりでいます。

こんなふうに、魚に見られているとしたら…

見るは、見られる。

見られることを想わない「見る」はそろそろ終わりにしませんか。

6月19日 シュタイナー学校の先生のための英詩講座 第8回はWalter De La Mare のUnstoopingを読みます。単発参加OKです。

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【英詩講座レポート⑥】目をとめる、ひとつになる、望みを託すー”Duck’s Ditty” by Kenneth Grahame

この詩もまたのどかな景色です。あひるたちが頭を水に突っ込み、しっぽを立て、足をびくつかせて餌をとっている…

なんだか、またまた童謡みたいな…と思いがちですが、これまたなかなか味わい深いんです。

Duck’s Ditty
Kenneth Grahame

All along the backwater,
Through the rushes tall,
 Ducks are a-dabbling,
  Up tails all!
 
 Duck’s tails, drake’s tails,
Yellow feet a quiver,
Yellow bills all out of sight,
Busy in the river!
 
Slushy green undergrowth
Where the roach swim
 Here we keep our larder,
Cool and full and dim!
 
Everyone for what he likes!
WE like to be
 Heads down, tails up,
  Dabbling free!
 
High in the blue above
Swifts whirl and call-
WE are down a-dabbling
Up tails all!
あひるのうた
ケネス・グレイアム (冠木友紀子訳)

よどみのほとり
   いぐさをすりぬけ
あひるたちは水底つつく
   全員しっぽ上!

めすのしっぽ、おすのしっぽ
   黄色い足がぴくぴくり
黄色いくちばし見えません
   おとりこみ中、川のなか

ぬかるむ緑の草むらかすめ
   ローチ鯉が泳ぐあたり
ここに私ら糧たくわえる
   ひんやり満タン、薄暗い!

めいめい自分の好物を!
   「私ら」好むは
頭は下に、しっぽは上に
   水底つつく、思うまま

はるか見上げる青空を
   めぐって鳴くはあまつばめ
「私ら」下で水底つつく
   全員、しっぽ上!
それにしても、weをどう訳すか、悩ましい!我ら、わたしら、僕ら、おらだち…
英国、エマソン・カレッジ近くのbackwater. さて、どちらに流れているのやら。

さて、シュタイナー学校の先生のための英詩講座は、お互いの近況を聞きあうことから始めます。

次に英詩を朗読し、詩について気づいたこと、気になることを分かち合います。まあ、いろいろ出てくること。

皆さんからの「気づいたこと、気になること」を元手に私が問いかけ、皆さんが思いめぐらし、扉を開けて進みゆきます。

決して、私がはじめから作者の人物伝紹介や1行目からの解説をしたりはしません。

そういえば30年前、私もそのように導かれ、ことばと想像の旅に心躍らせていたのでした。

今回はR先生の問いが口火となりました。

「Swiftsってなんでしょう。」

さて、何者でしょう?可能性としては…?

「動詞で最後のsが三単現のsである場合と、複数形の名詞の場合ですね。」

動詞とすると…?

「主語がないです!」

ということは…?

「複数形の名詞ですね。swiftが名詞って何でしょう…アマツバメ!」

アマツバメが上空を旋回して、大声出してるんですね。

「callのあと、ピリオドじゃない…?ん…ピリオドみたいにぴしゃりとここで切れる!という感じがしませんね。次の下の方であひるが水に頭突っ込んでいるのとコントラストがはっきりする感じがします。」

「ん?なんで突然第3連でWEなんでしょう。誰のコト?」

…こんな感じです。どこから旅が始まってもいいのです。必ずぐるりと一周できるのが詩の楽しいところ。アカデミック・ライティングやスキミング・スキャニング飛ばし読みではこうはいきません。

また、ひとりよがりのなんとなく、な読み方はしません。小さな気づきも理詰めに根拠を確かめたほうが確かな発見があり、心躍ります。

少々端折ります…

はじめに出てくるbackwaterはいかにも英国の小川。もう、どちらに流れているのかわからないような、ゆったりとした流れです。微生物で濃い緑色になり、水中はよく見えません。標高差が大きな日本の澄んだ急流を想像すると頓珍漢なことになります。同様に、英国に生息するあひるの種類も確かめます。

この5連からなる詩、第2連まで、詩人はあひるたちとその環境にひとつひとつによく目を止めています。けれど、Up tails all!なんていう掛け声もあり、どうも自然科学者が対象物を突き放して観察している空気ではありません。

(そういえば、見る、同時に見られている、という説もありますねえ。)

ついに第3連、weが登場します。もう、詩人はあひるたちとひとつになっています。

このあひるの群れ、めいめいが好きなものを食べています。食べものの幅が広いのもあひるの特徴だとか。

そして、アマツバメとのハイフンを挟んだ対比は「ひとはひと、自分は自分」の境地です。

鳥たちの姿を借りて、人の望みを語っているようですね。

この詩の作者、ケネス・グレイアム(1859-1932)は”The Wind in the Willows”「たのしい川べ」で知られています。

スコットランドに生まれ、幼いうちに母を亡くし、アル中の父の意向で兄弟とともにイングランド、バークシャーの祖母に預けられました。そこはテムズ川上流の自然豊かな田園地帯だったそうで、「たのしい川べ」もこの詩も当時の思い出の景色のようです。

オクスフォード大への進学で知られる学校では成績優秀、当然オクスフォードに…と本人は望んだものの、経済的理由で叶いませんでした。その代わり、なんとイングランド銀行に就職することに…

銀行では重役まで勤め上げますが、勢力争いや銃撃未遂事件もあり、49歳で退職、幼少期を過ごしたバークシャーに戻ります。

この間、文筆活動を続けます。40歳で結婚して間もなく生まれた息子に読ませたいとも願っていたようです。ただ、この息子は病弱で悩み多く、グレイアムが61歳の時に自ら命を絶ちました。

英語圏のシュタイナー学校の4年生にちょうど良いとされている詩の多くが、この詩のように100年ほど前に書かれたものです。

急速に工業化、近代化が進み、戦争に突進した時代、青年となった詩人たちは幼年時代とはずいぶん違う世界に飲み込まれていったことでしょう。その様変わりした世界から幼年時代を振り返り、我が子にも読ませたいと願う詩は、天衣無縫な童謡にはない影を帯びているように思えます。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座 
第7回は6月5日 Fishes by Roy Wilkinson

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【英詩講座レポート⑤】一見ちゃらい詩こそ侮れない!”Grasshopper Green” by George Cooper

こんにちは!通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

GWの最中、しかも週末だというのに、無粋にも「シュタイナー学校の先生のための英詩講座、第5回」を開きました。それくらい、英詩を皆さんと読むひとときは、深い喜びに満たされるんです。「楽しい」「わくわく」なんて言葉では表せないほどです。この喜びが「いまを生きる」のキーティング先生を支えてもいたのでしょう。

それにしても、おおつきあいくださった先生方、ありがとうございます。ご家族のみなさま、すみません。

さて、この講座の準備のごく一部をお裾分けいたします。

今回の詩は「Grasshopper Green」。

Waldorf Book of Poetryには作者名が書かれていませんが、アメリカのGeorge Cooper(1840ー1927)であることがわかっています。

(スマホの縦画面では改行が見にくいかもしれません。)

Grasshopper Green by George Cooper

Grasshopper Green is a comical chap; 
He lives on the best of fare. 
Bright little trousers, jacket and cap, 
These are his summer wear. 
Out in the meadow he loves to go, 
Playing away in the sun; 
It’s hopperty, skipperty, high and low--- 
Summer’s the time for fun.

Grasshopper Green has a quaint little house:
It’s under the hedgerow gay.
Grandmother Spider, as still as a mouse,
Watches him over the way.
Gladly he’s calling the children, I know,
Out in the beautiful sun;
It’s hopperty, skipperty, high and low---
Summer’s the time for fun

青々バッタはおかしな輩、
もっぱら食べるは大御馳走。
派手な短パン、上着に帽子
これが夏のお召し物。
おもての茂みがお気に入り
遊びまくって日向ぼこ。
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。

青々バッタのイカした庵は
楽しい生垣、その下に。
蜘蛛の婆さん、鼠のようにじっとして
ずっと見守る、やっこさんを。
ご機嫌上々やっこさん、子どもら呼び出す
まことにみごとな日向へと。
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。
(訳 冠木友紀子 )

ふむ。

まあ、韻はふんでますね。

Hopperty, Skippertyの強弱弱のパターンが詩全体に通っていて、バッタの動きそのものを反映しているのね…

でも、別に深遠な謎は感じない…

AllinghamGravesの詩はよかった…妖精のことを描いているのに、詩人は妖精と目を合わせないし、言葉も交わさない。それが人間と妖精の距離。すぐ近くにいるのに、別の世界を作っている。人間の常識を超えた異界だから。

なのに!これじゃまるでディズニー。擬人化し放題。まあ、アメリカの方がこの詩をもとに作ったアニメもYouTubeにごっそりあるし。アメリカってそんなもんかしら…

第2連は…あら?突然the childrenって誰?

蜘蛛の婆さんが見守るというのものんきな情景。蜘蛛さん、もうおばあちゃんだから、動けないのかしら。

と思ったところで、Waldorf Book of Poetryでとりあげられているこの詩は、全3連中、元の第2連が抜けた版であることを発見。第1連と第3連だけでもバッタの幸せな「衣食住」というピースは揃うのですが、もとの第2連が気になります。

Grasshopper Green has a dozen wee boys,
And, soon as their legs grow strong,
All of them join in his frolicsome joys,
Humming his merry song.
Under the leaves in a happy row,
Soon as the day has begun,
It's hopperty, skipperty, high and low:
Summer's the time for fun!

青々バッタは十二の子福、
脚が丈夫に育つやいなや
倅揃って親父と遊ぶ、
親父の歌に鼻歌合わせ。
草葉の下に楽しく並び
朝まだきから
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。

ほほう、the childrenはここにでてきたa wee dozen boysのことのようです。いきなりtheはぎょっとしました。途中を端折るとこういうところが辻褄合わなくなるのです。

もとの第2連、バッタの息子たちは父から学び、父と共に歌い、育っていきます。なんとものどかな風景です。

ふと、ここで正反対の風景が頭をよぎりました。父は仕事、息子たちは学校。父から息子たちが学ぶことはなく、共に楽しむこともない。戦争になれば皆兵隊にとられていく。

それに比べたら、もとの第2連は平和そのものです。

第3連の蜘蛛の婆さんとも、食うもの、食われるもの、という関係ではありません。そういえば、似たような風景が…

そう、イザヤ書11章「エッサイの根より…」で始まる究極の平和の風景です。

狼は小羊と共に宿り
豹は子山羊と共に伏す。
子牛は若獅子と共に育ち
小さい子供がそれらを導く。
牛も熊も共に草をはみ
その子らは共に伏し
獅子も牛もひとしく干し草を食らう。
乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ
幼子は蝮の巣に手を入れる。
わたしの聖なる山においては
何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。
(イザヤ書 11章)

この詩はバッタのおおいに結構な日常を描きつつ、じわじわと平和への願いをこめていると言えそうです。

ここからは野暮な調べものです。詩を一言一言じっくり読むことと、調べもののバランスが崩れるほど、野暮なことはありません。そのことを肝に銘じた上で…

クーパーはNY下町のthe Boweryザ・バウワリに生まれます。今は安宿、安居酒屋街のようですが、1840年の頃は緑豊かな遊び場に恵まれていたようです。

13歳のころに実学志向な親の意向で大規模な学校に転校させられます。この学校がどうも合わなかったようで、当時から休み時間に忍び出た校庭で出会った生き物を主題に詩を作り、心なぐさめて過ごしました。(バッタの父子とはだいぶ違います!)

その後も法律を学ぶべし、という親の方針に従い、弁護士事務所に弟子入り、みずからも資格を得ますが、出世欲とは無縁だったようです。この間もあちこちの文芸雑誌に投稿、掲載されます。

そして南北戦争(1861-65)中、クーパーが作詩、14歳年上のスティーブン・C.・ フォスターが作曲し「戦時歌謡」を量産、ヒットを飛ばします。

もう、ゲティスバーグの戦いで撃たれた太鼓兵の少年が、かけつけた母の胸で息絶える歌などは劇的で、日本の「暁に祈る」「露営の歌」「若鷲の歌」を思わせます。

ところが、1863年1月、ザ・バウワリの安宿を転々としていたフォスターは熱を出してホテルで寝込みます。その数日後、メイドから連絡を受けたクーパーが駆けつけると、フォスターは床に広がる血の海に横たわっていました。

その時のことをクーパーはこう書いています。
“He lay there on the floor, naked, suffering horribly. He had wonderful big brown eyes, and they looked up at me with an appeal I can never forget. He whispered, ‘I’m done for.'”
「フォスターは床に横たわっていた。裸のままでひどく苦しんでいた。その見事な茶色の大きな瞳で私を見上げた。あの訴えるような眼差しを忘れられようか。そして彼はささやいた。『もうだめだ。』」

3日間の加療も空しく、フォスターは37歳で世を去りました。クーパーがフォスターの親族にその死を伝えた電報がこちらです。

(Western Union社サイトより)

フォスターの死が、親族が公表した通り、高熱で倒れた拍子に陶器の洗面台に頭と首をぶつけ切り傷を負ったためなのか、そうでないのかは諸説あり謎のままです。

フォスターとクーパーの関係についても芸能レポートなみに諸説あります。

左がフォスター、右がクーパー

ただ、私は南北戦争を背景に一世を風靡したフォスターとクーパー、そして彼らの蜜月時代の突然の衝撃的な終わりが、この詩の第2連と対照をなしているように感じられるのです。

フォスターは職業作曲家として音楽で身を立て、彗星のごとく現れ、消えてゆきました。

一方、クーパーは作詩を稼業とはしませんでした。「『イーリアス』のような立派な詩よりも、子どもがひとりでも喜ぶような詩を書きたい」と周囲に語り、書き続け、87歳で天寿をまっとうしたそうです。

野暮な調べものでございました。詩を読む前に作者のことをいろいろ調べるのはかえって楽しみを台無しにするように思われます。あくまでも詩を何度も読み、唱え、覚え、口をついて出てくるようになじむ。そして、ふと、何かが気にかかる。調べものはそれからです。そうして、自分の小さな好き嫌いの枠が壊れてゆくように思います。

第6回 シュタイナー学校の先生のための英詩講座 単発参加もOKです。
次回は“Duck’s Ditty” by Kenneth Grahame を読みましょう。

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