「エール」で光子(薬師丸ひろ子さん)が焼け跡で歌った讃美歌は

こんにちは!持続可能な未来のための通訳者・通訳道場主宰の冠木友紀子です。

NHK朝ドラ「エール」で10月16日、薬師丸ひろ子さん演じる関内光子さんが歌った讃美歌が話題です。「うるわしの白百合」の名で知られるこの讃美歌は、讃美歌集に496番として収録されています。

日本でも愛唱される讃美歌のひとつで、母校の朝の礼拝でこの讃美歌が指定されるとなんとなく嬉しくなったものです。讃美歌の分類では「その他・復活」に含められ、なるほど明るくおだやかなメロディーはイエスの復活を静かに喜ぶ心地にぴったりだわ、なんて思っていました。

その讃美歌が空襲の焼け跡に響くとは…。今までにない迫力と深みを感じました。

「キリストはきれいな教会や礼拝堂の中にとどまるのではない。この焼け跡にいる。豊橋の人たちの一歩先を歩いて、その悲しみと苦しみをすでに、すべて、味わっている。そして光子さんの隣りに立ち、一緒に涙しながら、復活を共に誓っている。」

そんなふうに感じました。光子さんもそう感じていたのかもしれません。彼女の声には静かな強さがありました。

さて、「エール」で歌われたのは1番だけですので、3番までご紹介しましょう。

1.
うるわしの白百合 ささやきぬ昔を、
イエス君の墓より いでましし昔を

(おりかえし)
うるわしの白百合 ささゆきぬ昔を
百合の花、ゆりの花 ささやきぬ昔を
2.
春に会う花百合 夢路よりめさめて
かぎりなき生命に 咲きいずる姿よ

3.
冬枯れのさまより 百合白き花野に、
いとし子を御神は 覚したもう今なお
讃美歌より 496番

讃美歌の多くは欧米の讃美歌の翻訳ですが、「歌えるように」「詩を詩に」訳すのは並大抵のことではありません。しかも個人名で業績にするのではなく「讃美歌委員会」の取り組みという扱いです。昨今の「セルフブランディング」や、洋楽におまけでついてくる日本語訳歌詞とは別次元の境地です。

さて、原作はAlice Jean Cleator(1871年1月? – 1926年4月27日?)のBeautiful Lilies.
クリーターはイギリスのマン島に生まれ、アメリカに家族と移民し、オハイオ州で日曜学校のための讃美歌の歌詞を沢山書きます。200ほどもあるとか! 

この讃美歌は、ペテロの第1の手紙、1章3節に基づくとあります。
「私たちの主イエス・キリストの父なる神が、ほめたたえられますように。神は、豊かな憐みにより、死者の中からのイエス・キリストの復活を通して、私たちに新たに生まれさせ、生ける希望を与えてくださいました。」(聖書協会共同訳 )

さて、英語の楽譜はこちら。

脚韻のふみ方が日本語訳詩と違うのでとっても縦長になります。間があくので隣に拙訳を載せてみます。歌うための訳ではなく、もとの英語を示唆するための訳です。

1.
Beautiful lilies,    
White as the snow,
Speak to us softly
Of long ago;
Telling of Jesus,
Who from the grave
Rose all victorious,
Mighty to save.

[Refrain]:
Beautiful lilies,
White as the snow,
Speak to us softly
Of long ago;
Beautiful lilies,
Beautiful lilies,
Speak to us softly
Of long ago.

2.
Lilies of Easter,
Blossoms of spring,
Wake from their slumber
Gladness to bring.
O they are ever
Heaven’s bright sign
Of life beyond us,
Endless, divine. [Refrain]

3
E’en as our Father
From winter’s night
Waketh the lilies
To summer’s light,
So His dear children
His love will keep,
Waking them softly
From death’s long sleep. [Refrain]
1.
うるわしの白百合
白きこと雪のごとし
語りませわれらに、優しく
遠き昔を
イエス君のことを
墓より
立ち上がり 全て勝ち
力強く救い給う君のことを

[折り返し]
うるわしの白百合
白きこと雪のごとし
語りませわれらに、優しく
遠き昔を
うるわしの白百合
うるわしの白百合
語りませわれらに、優しく
遠き昔を

2.
イースターの百合よ、
春の花よ
まどろみから目覚め
喜びをもたらす。
おお、百合の花とこしえに
天に輝き印す
命は、我らのかなたに
終わりなく、聖し。

3
なおも我らが父は
冬の夜から
百合を目覚めさせたもう
夏の光へと。
そのように子らをも
御父は愛もて守りたもう
子らを優しく目覚めさせたもう
死の長き眠りより [おりかえし]

実は…私は英語より讃美歌の日本語詞の方が成熟して、抑えがきいていて、無駄がなくて、心に響きます。speak softlyは英語の韻のや言葉数あわせでこうなっていますが、「ささやきぬ」とはお見事。さすが、文語韻文。

なんと!こちらに藤堂先生のお母さまが歌う「うるわしの白百合」がありました。
森山良子さんの歌声が、みなさまの慰めと励ましになりますように。

冠木友紀子のプロフィール

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芸能人は政治的発言をすべきでないと思うなら…「この人を見よ」Last Week Tonight with John Oliver

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。このところ字幕づくりにかかりっきりでした。

さて、近頃、タレントさんのなかにも国会や憲法に詳しい人たちが出てきました。以前は芸能人が政治的発言をしようものなら、「黙ってろ」のような反応があったものです。大きな影響力を政治的に使うな、という意見もありました。

そんな意見の持ち主もぶっとぶすごい人を通訳道場生のE子さんが見つけてきてくれました。

こちら、ジョン・オリバーさん。アメリカ在住のイギリス人コメディアン&役者です。えくぼがなんともかわいいけれど、この方ただものじゃありません。HBOという有料テレビでLast Week Tonight with John Oliver という番組をもち、これが大人気で今年もエミー賞に選ばれました。

その内容ときたら、アメリカ大統領選、ウィグル自治区への中国政府の仕打ち、新型コロナウィルス騒動に子どもへのワクチン、と時事問題に堂々切りこんでいます。特にトランプ大統領への面白おかしく辛辣なコメントにはトランプ大統領自身ツイッターでけんかをふっかけるほど。オリバーさんは米国籍も持っているようですが、それにしてもここまでコテンパンに言うとは。

それでも多くの人がゲラゲラ大笑いしてこの番組を楽しんでいます。

たとえば想定外のギャップ。
笑いは究極の緊張が弛緩するときに生まれる、といいますが、まさにそうなのでしょう。。ギャップの大きな2つの事柄を並べるお手並みは見事な「なぞかけ」のよう。

たとえば「トランプ大統領は背中に現れた悪性のほくろのよう。去年までは無害だったけれど知らないうちにでかくなって今年はもう無視したらまずい」など。

そして可笑しいほど格調高いイギリス英語。さすがケンブリッジ大学のご卒業。知性に支えられたお笑いはお手の物。このアクセントでfuckingを連発されると脱力してしまいます。

いまのところ日本は微笑ましいゆるキャラで取り上げられていますが(でも、最後のほうでちらりと今年の大統領選をくさしていますが)、さて、どうなりますやら。

もし日本で、日本人女性と結婚した北京大学卒の中国人の男性が…あれ?何語で…?

ジョン・オリバーさんはイギリスとアメリカの間のニッチに他にまねのできない立ち位置を確立しているのですね。

通訳道場の朝稽古では、この方を同時通訳するという変な自主練が通訳道場生の間で流行っていて…おおいに結構。

通訳道場★横浜CATSはこちら

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横浜の戦没捕虜追悼礼拝で心に響いた、ニュージーランド来賓のスピーチ

こんにちは。持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

今年も8月の第1土曜に横浜は保土ヶ谷の英連邦墓地で、戦没捕虜追悼礼拝が執り行われました。通訳道場も慎重を期し、今年は横浜在住の私だけで奉仕に参加しました。

新コロ騒動の先行きも見えない中、奥津隆雄牧師を代表とする実行委員会は、礼拝を中止することは考えませんでした。ここに眠る戦争捕虜の方々は、日本に連行され、食糧も医療も衣服も充分に与えられず、病状が悪化する中、強制労働につかされ、多くは20代で亡くなっています。一方、私たちはマスクも消毒液も手に入れることができます。こんなことで引っ込んでいるわけにはいきません。

検温、消毒液の用意、書籍販売の中止、讃美歌は1番だけ、FBライブ配信、参加申し込みはネットで、など皆でできるだけのことをして、当日を迎えました。

旧英連邦大使館の来賓の方々は「よくぞ中止にしないでくれた。」と熱っぽく語られ、距離がいっそう縮んだように感じられました。数多くのイベントが中止されるなか、この礼拝の存在感が例年よりひときわ大きくなったのかもしれません。

なかでも、ニュージーランド大使館付武官のマクミラン大佐のスピーチが2つの点で心に響きました。

ひとつは、武勲を称賛するイベントと和解を友好をともに誓うこの礼拝の違いを率直に述べていること。もうひとつは、歴史を通じてどの国も自国の捕虜たちへの顧慮不足を繰り返してきたと指摘していること。

相当する2か所を引用します。当日配布された奥津隆雄先生の翻訳を大いに参考にさせていただきました。ありがとうございます。

Although I have attended services at Hodogaya for ANZAC Day and for Remembrance Day, this is the first time that I have attended the Prisoner of War Memorial Service. I was moved by how different the circumstances are. Here we have a group of people who have made an amazing step at reconciliation in order to highlight the dreadful circumstances experienced by the Allied Prisoners of War.
私はこれまで、ここ保土ヶ谷の墓地でアンザック・デーとリメンバランス・デーの式典に出席して参りましたが、この戦没捕虜追悼礼拝に参加するのはこれが初めてです。その様子があまりに異なることに心動かされております。ここに集う皆さまは、和解を目指して素晴らしい一歩をすでに踏み出し、連合国の捕虜たちが体験した恐るべき境遇に光をあてようとしておられます。….

In every war there have been specific battles or incidents that draw our attention to the human toll. We frequently remember those who have died in war, and we honour their sacrifice. But in war, there is one constant that we may overlook: its prisoners.
Prisoners of War often account for a large proportion of the combatants. Yet the sheer scale of war means that we sometimes reflect on the enormity of the battles, and sometimes we are overwhelmed by the many other parts of war, and miss seeing what we should.
どの戦争にも際立った戦闘や事件があり、私たちはその犠牲者数に気をとられます。私たちはしばしば戦いのさなかに死んだ者を想起し、その犠牲を讃えます。しかし、戦争について相も変わらず見過ごしてしまうことがひとつあります。戦争捕虜たちのことです。戦争捕虜が戦闘員の大部分を占めることもしばしばです。それでも、こと大戦争となれば、諸戦闘の烈しさをふり返ったり、他の要素に圧倒されたりはしても、見るべきものを見逃してしまうのです。

from the Greeting at the 26th POW memorial service by Group Captain Nicholas McMillan, Defence Attache, New Zealand Embassy
ニュージーランド大使館付武官 ニコラス・マクミラン空軍大佐の第26回英連邦戦没捕虜追悼礼拝挨拶より

通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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通訳準備、専門用語と同じくらい大切なのは

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

最近、おや?と思うことがありました。

私が主催する通訳道場の朝稽古でのことです。ある道場生が自分の専門分野の最新動向についてのプレゼン動画を稽古に提供してくれました。ほかの参加者は私を含め門外漢です。

この方は懇切丁寧に説明しようとしながら、「イメージわきます…?」と不安そう。

「やっぱり難しいです」という答えを期待されていたのかもしれませんが…

私は「イメージわきまくりです。」

だって、その動向は世の中のトレンドの一部。他分野の動向と共鳴しないはずがない。孤立していたら滅ぶはず。日常生活にも容易に比喩が見つかります。

「専門家でないとわからないのでは」と思い込むと、自分の言葉が干上がります。

自分の分野で起きていることが、よその専門分野でも起きていないか、という目できょろきょろすれば、自分たちのことを他者の言葉で語ることもできるでしょう。それは豊かなことだと思います。

そんなこと言われたって具体的にどうすれば?

まずはユヴァル・ノア・ハラリさんの「サピエンス全史」やデービッド・クリスチアンさんの「ビッグ・ヒストリー・プロジェクト」などで「人類史」の視点に慣れることです。

通訳の準備といえば「専門用語」を想いますが…それは点に過ぎません。

点と点をつなぐ思考の線、ビジョンの面を捉え、専門家の頭の中にある景色がだいたい見えるようになること。その専門家の頭の中の景色を「人類史」を背景に捉えること。人類史をふだんから気にすること。

通訳の適性としては、こうした歴史や社会の動向への関心ほうが海外生活の有無や外国語運用力よりよほど大事です。

英語ができるので通訳を頼まれてしまう方たちのために小冊子作りました。こちらからどうぞ。

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イギリス好きなら訪れてほしい、横浜のもうひとつの外人墓地

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

ご存知ですか?横浜には2つ外人墓地があります。

え?山手は有名だけれど、もうひとつはどこ?

保土ヶ谷は狩場の丘の上、巨木の森深くに「英連邦戦死者墓地」はあります。ここにはイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、パキスタン、オランダの戦死者の方々2000名近くが眠ります。

なぜ、ここに?なぜ、こんなに沢山の方が?

世界中でいろいろなことをやらかした大英帝国は戦没者を亡くなった現地で埋葬する方針をとりました。遺骨を祖国の遺族のもとに戻すのはとても大変ですから。

ということは、この方たちは日本で…?

美しい墓石の享年は17歳、19歳、…胸つぶれる思いがします。

そうです。

日本軍の捕虜となった英連邦の兵士たちは日本に連行されました。「生きて虜囚の辱めを受けず」と唱導した日本軍が捕虜に関するハーグ、ジュネーブ協定を守るはずもありません。捕虜たちは人間以下の扱いを受けたのです。彼らは大船、鶴見、函館など各地の工場で強制労働に就かされ、体調を崩し、充分な栄養と医療を与えられることなく亡くなりました。

同じような捕虜虐待はタイとミャンマーをつなぐ泰緬鉄道の突貫工事でも起こり、2万人ほどの英連邦の方々、8万人ほどのアジア人労務者が亡くなっています。

このことに居てもたってもいられなくなった「クワイ河に虹をかけた男」永瀬隆さん、青学の雨宮剛先生、ICUの斎藤和明先生が、英連邦戦死者墓地で初めての追悼礼拝を始めたのは1995年のこと。今年も新コロ感染予防に必要なことをしたうえで、8月1日11時から礼拝が行われます。各大使館からも大使館付武官の方々が7名も参加してくださいます。私もインド大使館の方の締めのスピーチを通訳します。当然のことながら原稿ナシなのでいつもどおり準備します。

インド大使館のボーズさんの通訳をしています。

イギリス大好きだけれど、新コロ騒動で行けないわ、という皆さん、横浜の英連邦戦死者墓地での追悼礼拝にぜひお出かけください。次に渡英するときのよい準備にもなることでしょう。

横浜 英連邦戦没捕虜追悼礼拝 8月1日 11時 詳細とお申し込みはこちらから

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休校中の子どもの勉強、学校の真似をしなくていい。

新コロ騒動の休校中、家で子どもの勉強を見なくてはならなかった方も多いことでしょう。

ご自分もリモートワークしながらであれば、大変な負担だったに違いありません。

学校に指定された単元を終えられていない。周りの子どもより進度が遅れているのでは。子どもが引け目を感じたらどうしよう。

大丈夫。急ぐ必要も、子どもを叱る必要もありません。指定の単元が終わらなくても、進度が遅れていても、全く心配いりません。大丈夫です。

私も中高の教員を20年ほど経験しました。不思議だったのは近代の学校教育はなにごとも1回やったら終わり!ということです。反復がないのです。それで身につく生徒はどのくらいいるでしょう。

こちらのビデオにもありますが、近代学校教育以前は、宗教が教育を担っていました。その中核は反復です。聖書、クルアーン、トーラー、お経をなんどもなんども繰り返すうち、わけのわからなかったところがわかるようになる、見落としていたことに気づくというふうに 自分が変わっていく、成長するのです。感覚が細やかになるのです。

反復なしにどんどん進むだけでは、感覚が荒いまま、ほぼダダ洩れです。身につくのは、退屈していても大人しくしている術くらいでしょう。

そんな教育方法を家で模倣する必要はありません。

では何をしたら?

古今東西の、繰り返すに足るものに取り組むのです。
百人一首、平家物語などを歩き、動きながら唱える。
なにか1曲、暗譜して演奏できるようにする。
ベランダの植物を毎日スケッチする。
科学者の伝記を音読、録音して自分で聴く。

新コロ騒動がおさまったら、発表会ができるものがいいですね。

ウィルス騒動はこれで終わりではないでしょう。私も通訳養成を活かした素材を何か作りましょうかね。

くれぐれもご自愛ください。

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「ブレない自分」と言えなくてもいい

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子です。

世の中には2種類の人がいるようです。自分は「ブレない」と言い切れる人と、そうでない人。

最近は、前者の方がしっかり生きていると評価されがちです。「自分はブレない!」と明言できないと自分はダメ…?

そんなことはありませんよ。

私も「ブレない」礼賛派には違和感を感じつつも、理由をうまく説明できずにいました。

でも、謎が氷解しました。言語造形家の諏訪耕志先生によるシュタイナーの「普遍人間学」オンライン講座でのことです。やっと腑に落ち、慰め、励まされる思いがしました。(以下、変なところがあるとしたら、私の表現の拙さゆえです。)

ひょっとして「なぜやろうとしたのか頭ではわからないけれど、どういうわけか自然に実行できている」ことってありませんか?普通に考えたら寄り道、無駄、ブレだけれど、続いていることってありませんか?

それをわざわざ辞めたらもったいないです。

なぜなら、導かれてのことかもしれないから。

私たちの心にはさまざまな働きがそなわっています。ものごとを対象化して分析する働きもあれば、わけもなく何かを自分に取り込み、ひとつになりたいと「欲する」働きもあります。

「欲する」という働きには昼間の頭では捉えきれない、野生のような、闇のようなところがあります。その全体像は昼間の頭が幅をきかせる地上の生では捉えようがありません。地上では完成をみない働きであるともされています。

そしてなんと、その全体像、到達点が見えているのは彼岸の私!この彼岸の私が此岸の私を導いているそうです。

だから「なぜ?」とアタマで疑うのをやめ、安心して導きに任せればよいのです。

今日の此岸では「ブレてる」生き方も彼岸から見たら、一本の絹糸が通って見えるかもしれません。

そういえば、ビジョン(vision)、ヴォケーション(vocation)ももともとは人を超えた存在が、突然見せるもの、呼び出すことでした。

地上の人間にとっては意味不明で迷惑なことも静かに受け止める。そして遣わされる(ミッションmission)のも人の性ではないでしょうか。

通訳者・冠木友紀子のプロフィール

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新型コロナ騒動のさなか、嬉しいこと

持続可能な社会のための通訳者、冠木友紀子です。

新コロ騒動、メディアの街頭インタビューに登場する人たちは、異口同音に「不安」を唱えます。

それはそうだろうけれど、私はちょっと違うことを感じています。

私は「自粛」以降、皆さんの「優しさ」に感じ入っています。

オンラインで通訳練習をする大人も、遠隔授業の大学生も、たまに出かけるお店の人も…

皆さん、優しいのです。苛立った声は自分の声以外聞いたことがありません!!!とほほ…

この感覚は前に体験したことが…そう、父が急逝したときのことでした。それまで母と妹と私の会話はそれぞれが言いたいことをぶつけ合う乱暴なもの。それが、急に3人とも優しくなったのです。父の急逝という悲しみを共にして、「○○(相手)も悲しいに違いない。大丈夫か様子が知りたい」と相手本位に、静かに聴き、話すようになったのです。それまではそれぞれに別々の人生を歩んでいて、別々だからこそわーわーしゃべって分かってもらいたい、でも聞いてくれない、とわめいていたのです。

いま、新型コロナウィルスという課題を共にして、私たちは互いに「きっと大変でしょう。お疲れではないですか?」と言葉にしなくても心で思っているのではないでしょうか。

「私、優しくなった!」なんて思っている人はそうそういないと思いますが、きっと皆さんちょっとずつ優しくなっています。ちょっとずつでも皆さんなんですから、これは相当なこと。私は今の地元の町の空気はなかなかいいと思っています。

私たちが優しくなれるのは、自分に余裕があるときよりも、誰かと痛み、悲しみを共にしているときではないでしょうか。 優しさが友を想う行動につながりますように。

ロッシーニの「3つの聖歌」のひとつ、「愛」も「苦しみゆえに人はつながる」と歌います。この歌には観音様が思われてなりません?!フェリス中高OG合唱団では次のコンサートに向けて、この愛唱歌を今頃練習しているはずだったのですが…練習再開の見込みがたちません。海外の動画でお楽しみください。

愛にみてるわが主よ
ながみ手にいだかれて
ともとなりしわれらは
くるしみをわかちあわん

愛にやどる主なるかみ
まずしきものにのぞみをあとう
愛にみてるこころは
よにひかりをもたらさん

ながひかりおおうところ
にくみあらそいあとをたちて
とわにしらす主のあい
たたかいをうちしずめん
にくみあらそいあとをたたん
(訳 鈴木一郎)

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日本軍傷病兵を見た英連邦俘虜が咄嗟に行ったのは…?

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

戦争はいつ始まり、終わるのでしょう。

表向きはいがみ合う国家の指導者たちの号令とともに始まり、彼らの宣言をもって終わるように見えます。

でも、細かく見れば、そうした号令を受け入れる素地を人々が用意したときにすでに始まっているとも見えます。いまも戦場を農場、人々の財布、胃袋に変えながら戦争は続いているとも見えます。

また、戦いのさなかに一瞬の平和の光が差すこともあります。国籍、立場から自由に、ひとがひとに戻る瞬間があります。

第二次大戦のさなか、タイのカンチャナブリからバンコクへ向かう鉄路で、日本軍の捕虜となった英連邦の兵士たちの車両と日本軍の傷病兵の車両が近くに居合わせた時がありました。

このときの出来事を想うと、戦争も平和も毎日さまざまな形で生まれては消えていくように思われます。戦争はあの頃のことではない。だから今日も明日も平和を創り出し続けるのです。

泰緬鉄道で強制労働についた元英連邦戦争捕虜、アーネスト・ゴードンさんの「クワイ河収容所」からご紹介します。英日読書会については投稿末のリンクをご覧ください。

「彼らはビルまでの先頭にもはや役立たなくなり、鉄道列車に積み込まれてバンコクへ戻されるレ途中の傷病兵たちであった。(中略)移送中はいっさい手当てが与えられないにもかかわらず生きなければならなかったのだ。
 彼らの状態は見るに耐えかねた。誰もが愕然として息をのんだ。私はそれまで、いや、いまもって、あれほど汚い人間の姿を見たことがない。戦闘服には、泥、血、大便などが固まってこびりついていた。痛々しい傷口は加納氏、全体が膿で覆われて膿の中からは無数のうじが這い出ていた。しかし、うじが化膿した肉を食うことから、壊疽を起こすのは防止されていた。
 私h達は日本兵が俘虜に対して残酷であることを体験してきた。それが何故にであるかということを、いまはっきり見てとった。日本軍は自軍の兵士に対してもこのように残酷なのである。まったく一片の思い遣りすら持たない軍隊なのである。それならば、どうして私たち俘虜への配慮など持ち得ようか。
 負傷兵は遠くを眺めるようなわびしい目で私たちを見ながら、貨車の壁に頭を寄りかからせて座っていた。彼らは死を待つ人々であった。(中略)
 私たちの班の将校たちは、ほとんどの者が、ひと言も発することなく、自分たちの雑能を開き、配給された食糧、布切れ1,2枚、手に水筒を持って、日本兵の列車へ歩きだした。
 私たちを見張っていた番兵は「ノー・グーダッ!ノー・グーダッ!」と叫んでいた。だが私たちをさえぎることができなかった。私たちは番兵の方を見向きもせず、適性のかたわらにひざまずき、水と食べ物を与えていた。そして海をぬぐいとり傷口に布を巻いてやっていた。やがて私たちが戻ってゆくとき、感謝の叫びである「アラガットウ!」という声が、私たちの背に何度も投げかけられた。」(第10章 最後の旅路 382-383ページ)

「クワイ河収容所」アーネスト・ゴードン著 齋藤和明訳 ちくま学芸文庫

「クワイ河収容所」はドキュメンタリー告発本ではありません。心のオデッセイです。新型コロウィルスを敵と呼び、ウィルス以上に不安にまみれる今こそこの本を読みたいと思います。消毒薬もマスクも、食事も服もなかった、強制労働しかない収容所から、どうして彼らの心が甦ったのか、静かに尋ねたいと願います。

「クワイ河収容所」名訳と英語初版にふれる読書会 無料体験へどうぞ!

横浜保土ヶ谷の英連邦墓地では日本国内で強制労働などにより死亡した捕虜たち2000名ほどが眠ります。
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新コロ騒動が開花させたチカラとは

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

新コロ騒動どうなりますやら。

皆さんそれぞれにこれまで通りでない生活に多少のご苦労がおありのことでしょう。

私はオサンドンと皿洗いが3日続いたときは、ダイニングの一隅に竹藪のパンダよろしく微動だにせず座って食べ続ける家人にキレました。ただ、パンダさんはおサルさんがキレても「???」。おサルさんはビールだか何かのおまけで貰って山ほどたまったダサいガラスコップを2つばかりオシャカにしました。

お耳汚しでございました。

でもね、私はおおっ!と感激していることがあるんです(パンダ氏にではなく)。

それは、セルフモニタリングの力。

大学の短縮授業はオンラインです。驚異の出席率に貢献度。なにがこれまでと違う…?

なるほど…ふだんは授業中に自分ではクラスメートも自分もそれほどよく見ていません。先生は教室をウロウロ。「へ、私のことなんかそんなに見てないでしょ。」

ところがZoomだと先生もみんなも、そしてなんと自分もモニターで同じように見える!

つまり、ずっと鏡を見ている状態になるんです。

ビデオをオンにする効果は絶大です。

人間は自分のことがいちばん気になる。こんなんでいいのか!と思う、修整する。これがセルフモニタリングの力です。先生にやいのやいの言われるより効果絶大。

オンライン授業にはできないことも沢山。でも、このセルフモニタリング着火はリアルよりよほどうまくいく。

というわけで、新コロ騒動も悪いことばかりではありません。それぞれ女優たるべく気が済むまで精進し、せいぜい「ごきげん」でいましょう。

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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