人は生まれ変わる?

人生は一回きり!と信じてもいいし…
人は生まれ変わる!と信じてもいい。

でも、どっちかは正直いってわからない。

まあ、そういうことは死んでみなくちゃわからないし、
死んじゃったらわからないかも。
そんなこと考えてる暇があったら今日に集中!

なんて私は思っていました。

でも、このごろ、死ななくても人は生まれ変わり続けていると
思うことが多いのです。

どういうこと?

半年くらい前のこと。通訳道場のEさんと毎日のようにやりとりしていました。友人Tさんの紹介で出会ったEさんとはびっくりするくらいご縁があって…

ふと思ったのです。去年の今頃、私はEさんがこの世にいることすら知らなかった、と。その頃の自分を思い出すと、前世としか言いようのないほど遠く感じられました。

その変化は、ああなりたい、こうなりたいと自分のアタマで考えるよりずっとダイナミックであるように思われました。

(まあ、出会いといっても誰でもOKではなくて、昼間のアタマが考えるのとは違う次元でなんらかの選択はしているのでしょうけれど。)

ずっと前からTさんの世界にはEさんと私の両方が存在していたことも不思議です。

あなたがすでに知っているAさんをBさんに紹介することが、それぞれが生まれ変わるくらいの体験につながる。

人は出会いで生まれ変わる。

それってちょっとステキなことだと思いませんか。

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子どもに「将来の夢」を職業で答えさせるのに違和感があるなら

小学校のクラス文集でよく見かける「将来の夢」。

弁護士…公務員…学校の先生。

職業で答えさせることに違和感を覚えたことはありませんか。

子どもたちが大人になるころ、保護者、先生の世代が知っている職業はもうなくなっているかもしれません。 

でも「ユーチューバー」なんて答えられると今度は大人がぽかんとしてしまう。

ご自身が子どもの頃はいかがでした?

私は幼稚園の頃に「ケーキ屋さん」「お花屋さん」と答えたのを覚えています。いや、答えそのものより違和感をはっきり覚えています。嘘じゃないけれど、なんか違う。我ながらガラじゃない。でも憧れの役者、歌手、武士なんて答えたらめんどうなことになりそう…。

ふと思い浮かんだのは、身近な「魔法使い」みたいな大人たち。

ケーキ屋さんすごい…どろんこみたいな生地があっという間にきれいなケーキに…。

お花屋さんすごい…お花って組み合わせで雰囲気ががらっと変わる。

自分でケーキを焼きたかったわけではありません。
お花を売りたかったわけではありません。

自分の手で変化を起こし、思いがけない新たな美しさを生み出す。そうして人に驚き、喜んでもらう仕事を素敵と思っていたのです。振り返ってみると、幼い憧れの中にいまの通訳につながるものを感じます。

子どもに「将来の職業」を訊くなら、「なぜ」をもう一歩掘り下げてみてはいかがでしょう。

子どもに「将来の自分の職業」を訊く代わりに「身近な魔法使いは誰?」を訊いてみてはいかがでしょう。

人間、生きていること自体すでに労働であるという考えもあります。

Carpe diem. Seize the day.
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カンパニーはなぜ会社?

カンパニーといえば会社、と思い浮かべます。

確かに14世紀にフランスでcompaingnieが会社という意味で使われていたという記録があります。

でも元の意味は意外。この忘年会シーズンにぴったりです。

company、2つの部分に分けられそうな気がしませんか?

分けるとしたら?…そう、comとpanyですよね。

comは「一緒に」でしょう?panyは…?

今朝召し上がった方もいらっしゃることでしょう。平日はお米でも週末の朝食はコレ、という方もいらっしゃるでしょうね。

そう、パンです。イタリアのパニーニって流行りましたね。パンをパンと呼ぶのはラテン語系(ポルトガルも)。ブレッド、ブロートと呼ぶのはゲルマン系。

さて、comとpanyを足してひとつにすると…「一緒にパンを食べる人」。仲間ってそういうことです。命をつなぐ食べ物をわかちあい共にする。それは志を共にしてこそ。

カンパニーを名乗る劇団が多いのも頷けます。

会社もそうありたいですね。酒の勢いでイヤな上司、同僚の悪口を言い合うのはcompanyではありません。くれぐれも感謝と慰労の忘年会をお楽しみください。

元の意味を知るこつは「細かく割ること」です。細かく割るとアルファベットの羅列だったものから映像が蘇ります。

細かく割るのは、武道の動きでも音楽でも語学でも同じですね。初心者が大きなひとかたまりと捉える単位を10にも100にも割っている。止まって見える。自由にできる。新しい単語を大量に覚え続ける通訳者に欠かせないセンスです。

語源で「細かく割る」をご自分で楽しんでいただくツール(ヒミツ)と解説本を創る企画があります。参加者(無料、中学生以上)のみなさんにツールで遊んでいただき、私がご質問に応えて語り下ろします。

ご関心おありの方はお問合せからご連絡ください。日時、場所決まり次第ご連絡します。

お問合せ

 

Want to know why Japanese language has three sets of letters?

“Why do you have to spell such a simple thing like ‘an eraser’ with three different sets of letters? Look at  消しゴム!”
Once a friend of mine  from France complained and the following is my explanation.

There are a variety of languages in the world. Some of them are without letters but there is no language without sound and speech as languages originate in sound.

Japanese language did not have letters until they borrowed Chinese letters (Kanji).

Chinese letters are unique that only one letter can have a meaning such as  魚fish 草grass. But in Japanese they had to be used as sound alphabets as there were no letters at all in Japan.

So fifty letters were chosen as regular members on the phonetic alphabet team.

About a thousand years ago, government officials began to use simplified letters based on the entire form of Kanji to take notes. This what we now call Hiragana.(middle)

Katakana seems to originate about two centuries earlier than Hiragana. While reading Chinese scrolls, Buddhist scholars annotated their text with simplified alphabet based on just one part of Kanji. This is the beginning of Katakana.(bottom)

Some children who have difficulties learning Hiragana (maybe over processed) find Kanji letters cool and exciting and learn them quickly. I was amazed when a seven year old son of my friend, who hated Hiragana lessons at school, proudly showed me beautiful hand copy of Sake label calligraphy in Kanji.

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海外の友達に「なんで日本語は文字が3種類も?!」と訊かれたら

フランス人の画家さんが真剣な顔で言いました。

「『消しゴム』って見たときはショックだった。こんなの無理と思った。」

「???」

「三種類も混ぜて使うなんてどうかしてる。日本語の文字ってどうなってるの!」

皆さんも海外のご友人から日本語の書き方、orthography正書法に関する質問、あるいは苦情を受けたことはありませんか。

漢字は意味を表し、仮名は音を表す…こんな説明では「アルファベットみたいに表音だけでいいじゃん!」と言われてしまいます。

私はこんな風にしています。(カタカムナ、手話のことは今回は別にします)

言語はもともと音声。文字のない言語はあっても音声のない言語はない。日本語はもともと文字がなかった。

だから漢字を借りてきた。漢字はひとつで魚、草、のように意味も音ももつ。でも日本語は文字がないんだから音を表す記号としても漢字を使わなくてはならない。

そこで音を表すレギュラーメンバーに決まったのがこちら。(ほかにもありますが、お友達のためにKeep It Silly and Simple)
これ、イギリスでスロヴァキア出身の友人のために書いたもの。ファイルが日本ぽくありません。

これを漢字の全体を簡略化したのがひらがな(写真中)。1000年以上前に官僚が使った形跡があるそう。送り仮名(消しゴムの「し」)や内容語どうしの関係を示す機能語をしるすのに使います。

カタカナは漢字の一部を抜き出したもの(写真下)。ひらがなより前に学僧が漢籍を読むときのメモに使っていたそうな。外来語(消しゴムの「ゴム」)はもっぱらカタカナで記します。

ひらがなを覚えるのに苦労する子も漢字はすらすら覚えられたりします。想像力を働かせやすいし、覚えがいがあるのでしょうね。学校の勉強が楽しめない男の子が、お父さんの飲むお酒の名前「花春」をばっちり書いたのには感心しました。

Click here for English 英語はこちら

あなたの常備薬にコレ入ってますか?

ずいぶん冷え込んできましたね。ちゃんとあったかくしていますか?

風邪流行ってますね。あなたは大丈夫?ちゃんと休めなくて、風邪気味のまま2週間…なんてことになっていませんか?

実は私も2年前、いわゆるインフルエンザにかかったらしいんです。

いわゆる?

そう、治ってからいろいろ話を聞いてみるとどうもそうだったらしいのだけれど、診断を受けなかったのでわかりません。別の変なウイルスだったかもしれません。

ある朝、出かけようと自転車のハンドルをさわると寒気が。ハンドルが冷たいから?違う。何か変。体の中に変に冷たく暗い塊があるよう。あっという間に頭はカーッ!!更年期?いえいえ、まだ成長が年齢に追いついていません。

でもその日は休めない事情がありました。とりあえずマスクをして出かけ、用事をすませて最寄り駅で電車を降りると、身体には力が入らず、歩いてもふわふわ。自転車を引きずって帰宅し、夕食を用意したところでスイッチが切れました。熱はロケットのように上昇、節々が痛み出して…

「このまま寝よう。」夕飯を食べないなんて100年に1度あるかないかの珍事です。でも迷いはありませんでした。

翌日は38度台後半の発熱。ゆざまし以外口に入りません。普段欠かさぬ食べる、話す、歌う、聴く…まったく関心がわきません。 ただ、身体からメッセージが次々送られてくる感覚がありました。ゆざましを飲め、寝ろ、少しだけ食べろ、薬はいらない、病院行くのは無理、今日はお風呂もダメ、ビール?ふざけるな。

この熱がどんなカーブを描いて下がっていくかも次第に見えてきました。

そのとおり、2日半のちに平熱に戻った時…あまりの爽快感にびっくりしました。大掃除をしたあとのような、拭きたての板の間のような、しわしわのシャツにアイロンをかけたような…。熱を出す前よりがぜん調子がいい。熱デトックスだったんですねえ。

その後、風邪気味のときに薬で症状を抑えたこともあります。でも、もとに戻ってもあの絶対的な爽快感はありませんでした。

あのときはひとつ大きな仕事が終わった後だったので、3日も寝込んでいられたのですね。

果たしてやっかいなのはウイルスなのでしょうか。症状なのでしょうか。それとも寝込む時間もないことなのでしょうか。

身体の自然には時間がいる。それを犠牲にするほどのことって?

こんな野良人間のプロフィール

 

 

 

ディベートやディスカッション、空しくならず楽しむには

英語ディベートやディスカッションを見ていて残念に思うことがあります。
 
誰でも知っているようなメジャーなメディアを資料にしている。
隠された視点を明らかにしたい!という思いのないまま、口先技術に熱意を傾けている。
それじゃ嘘つきの練習でしょう。

 
一次資料を自分の足で探せ!とまでは言わないけれど、たとえばこういう対抗軸となるメディアも視野に入れたらどうでしょう?
イギリスのNew Internationalist。巨大資本としがらみのない雑誌です。電子版があるといいのですが。


それが面倒なら自分にとってリアルかつ笑えることをテーマに据えてはいかが。
「人参と大根、どっちが偉いか」「猫と犬、どっちがおりこうか」とか。
通訳道場★横浜CATS 第4期そろそろ発表?

クリスマスの悲しみ―コヴェントリ・カロル

今週末のキャロリングに選んだ2曲目はコヴェントリ・カロル。
アイルランドのヴォーカル・グループ、ANUNAの声は美しい…けれど
なぜクリスマスにこんな悲しげな…? サンタさんもしょんぼりします。

いったいどうしたのでしょう。

昔々、テレビもYouTubeもなかったころ、クリスマスやイースターとなると町の人々が小さな山車を仕立てて聖書の場面を飾ったり、演じながら町を練り歩いた(ページェントPageantという)ものです。

聖書の場面ですからクリスマスツリーもプレゼントもディナーもまだ影も形もありません。

聖書が描くのは王とはかけ離れたイエスの誕生とエジプトへの逃避行。イエスの誕生を天使に告げられた羊飼いたちはまっすぐベツレヘムの馬小屋にやってきます。ところが東方の賢者たちは星をたどり、賢いはずなのになぜかヘロデ王のもとに参上、「新たな王はどちらに」などと間抜けなことを訊いてしまうのです。ヘロデは「そんなこと聞いてない。こりゃアブナイ」となり幼児虐殺を命じます。イエスは両親に守られてエジプトに逃げますが、多くの少年が犠牲になったとされています。

このカロルはそのときの母親の思いを歌っています。起源は14世紀~16世紀と諸説幅がありますが、コヴェントリ(コーヴントリといったほうが音が近い)の町で演じられた「毛刈屋と仕立屋のページェント」に収録されています。なんだか村歌舞伎みたいですね。

(コヴェントリの大聖堂は第二次大戦中にドイツ軍に爆撃され大破しました。ところがその後司教が捧げた「Father Forgive」という祈りに復讐を望んでいた人たちも絶句することになります。これはまた別稿にて。)

さて、訳の語調はいろいろです。「めんこいややこ」「あねさまたちもなじょすっぺ」とやってみたのですが…それは現地ネイティブにおまかせします。ネット上にも和訳がいろいろありますが、言葉を探しきるまえに別の耳障りのいい語で埋めてしまったケース、新聞調で子守歌カテゴリからずれているケースがありました。これはぎりぎりまでねばってみたつもりです。

楽譜と詩はキャロリング当日にお渡ししますからプリントアウトしなくて大丈夫ですよ。

実費以外は国境なき医師団に寄付します。

キャロリングお申し込みはこちら。


Coventry Carol (日本語は下)
Lully, lulla, thou little tiny Child,
By by, lully lullay, thou little tiny Child,
By, by, lully lullay

O sisters, too,
How may we do
For to preserve this day
This poor youngling,
For whom we do sing
By by, lully lullay?

Herod, the King, in his raging
Charged he hath this day
His men of might,
In his own sight,
All young children to slay

Then woe is me,
Poor Child, for thee
And ever morn and day,
For thy parting,
Neither say nor sing
By by, lully lullay!

ねんねこ、ちいさなおさな子よ
ねんねんころりよ、ちいさな子
ねんねんころりよ、おころりよ

姉さまたちも、
何としょう
この日いちにち守るには
このかわいそうな幼子を
この子のために私ら歌う
ねんねんころりよ、おころりよ

ヘロデの王さま、怒りにまみれ
この日命じた、
つわものどもに、
見える限りの
幼子殺せと

憂い哀しむこの私
哀れ幼子、おまえを思い
その旅立ちは
語りも歌もないままに
ねんねんころりよ、おころりよ

 

the United Nations、連合国、国際連合

国際的な機関と言えば、まず国際連合を思い浮かべます。

ニューヨークの国連本部ビルには参加国の国旗がはためき、国際的な平和と福祉に貢献しているイメージがあります。最近ではSDGsという持続可能な社会実現のためのゴールを設定しました。これを教育、ビジネスの指標として取り入れる学校、企業も少なくありません。

ところで…英語名、the United Nations って訳すと「国際連合」でしょうか?国際連合を英訳するとInternational UnionやInternational Leagueになりませんかね。

そもそもthe United Nations は第二次大戦中の「連合国」。枢軸国に対してトルーマン大統領の呼びかけで集まった国々のこと。国連憲章は1945年6月、つまり日本が降伏する前に批准され、10月に発効。

日本では連合国と国際連合をまるで別の団体のように感じている人が少なくないようです。中国ではそんなことないはずです。だって、国連の中国語ページはこちらですもん。「聯合国」

国連は連合国だから騙されるな、なんていうつもりは全くありません。

外国語では1つの存在なのに、日本語では分身の術を使っている場合があるので関心を持ちましょう、ということです。

その最たるものがnuclearですよ。これは次稿にて。

センチネルのセンスのない通訳者はAIにとってかわられるでしょうね。

通訳道場★横浜CATS第4期 そろそろ日程決定

この世にこんなに美しいものが!―OHoly Night

(12月16日キャロリング・テーマ曲ご紹介)

昨日のことのように覚えています。
中1のときですから昨日の訳はありません。

9月になると始まる礼拝でのクリスマスに向けた讃美歌の練習。

「中1はよく聴いているように」と始まった中2以上のみの讃美歌。その美しさに驚いてしまいました。声が響き合い、溶け合うようだけれど言葉がはっきり聞こえる。それもメロディーのビートにぴったり重なって。

ケンブリジ大学キングスコレッジの聖歌隊でどうぞ。

何語だろう?日本語じゃない。ラテン語っていうやつ?

いえいえ、英語だったんです。おばかですねえ。中1の頃の私はそれもわからなかったんです。

その後、ラテン語、フランス語、ドイツ語いろいろな言語に出会い、表現もディベート、スピーチ、ストーリーテリングとさまざま出会いました。

それでもこの讃美歌が美の軸であることは変わりません。

詩をひもとくにつれ、美しいメロディにのせられた喜びの言葉の背後に長い苦しみと待ち焦がれる思いが隠されていることを知りました。

解き放たれて自由になるほど、人間は大いなる存在の畏れと感謝を深める。そんなことを思います。

で、たった2時間の練習でキャロリングに出ようとはどういう考え?

まあ、やってみなけりゃわからない。

キャロリングお申し込みはこちからどうぞ。

明日は歌詞をご紹介します。