【英詩講座レポート⑤】一見ちゃらい詩こそ侮れない!”Grasshopper Green” by George Cooper

こんにちは!通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

GWの最中、しかも週末だというのに、無粋にも「シュタイナー学校の先生のための英詩講座、第5回」を開きました。それくらい、英詩を皆さんと読むひとときは、深い喜びに満たされるんです。「楽しい」「わくわく」なんて言葉では表せないほどです。この喜びが「いまを生きる」のキーティング先生を支えてもいたのでしょう。

それにしても、おおつきあいくださった先生方、ありがとうございます。ご家族のみなさま、すみません。

さて、この講座の準備のごく一部をお裾分けいたします。

今回の詩は「Grasshopper Green」。

Waldorf Book of Poetryには作者名が書かれていませんが、アメリカのGeorge Cooper(1840ー1927)であることがわかっています。

(スマホの縦画面では改行が見にくいかもしれません。)

Grasshopper Green by George Cooper

Grasshopper Green is a comical chap; 
He lives on the best of fare. 
Bright little trousers, jacket and cap, 
These are his summer wear. 
Out in the meadow he loves to go, 
Playing away in the sun; 
It’s hopperty, skipperty, high and low--- 
Summer’s the time for fun.

Grasshopper Green has a quaint little house:
It’s under the hedgerow gay.
Grandmother Spider, as still as a mouse,
Watches him over the way.
Gladly he’s calling the children, I know,
Out in the beautiful sun;
It’s hopperty, skipperty, high and low---
Summer’s the time for fun

青々バッタはおかしな輩、
もっぱら食べるは大御馳走。
派手な短パン、上着に帽子
これが夏のお召し物。
おもての茂みがお気に入り
遊びまくって日向ぼこ。
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。

青々バッタのイカした庵は
楽しい生垣、その下に。
蜘蛛の婆さん、鼠のようにじっとして
ずっと見守る、やっこさんを。
ご機嫌上々やっこさん、子どもら呼び出す
まことにみごとな日向へと。
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。
(訳 冠木友紀子 )

ふむ。

まあ、韻はふんでますね。

Hopperty, Skippertyの強弱弱のパターンが詩全体に通っていて、バッタの動きそのものを反映しているのね…

でも、別に深遠な謎は感じない…

AllinghamGravesの詩はよかった…妖精のことを描いているのに、詩人は妖精と目を合わせないし、言葉も交わさない。それが人間と妖精の距離。すぐ近くにいるのに、別の世界を作っている。人間の常識を超えた異界だから。

なのに!これじゃまるでディズニー。擬人化し放題。まあ、アメリカの方がこの詩をもとに作ったアニメもYouTubeにごっそりあるし。アメリカってそんなもんかしら…

第2連は…あら?突然the childrenって誰?

蜘蛛の婆さんが見守るというのものんきな情景。蜘蛛さん、もうおばあちゃんだから、動けないのかしら。

と思ったところで、Waldorf Book of Poetryでとりあげられているこの詩は、全3連中、元の第2連が抜けた版であることを発見。第1連と第3連だけでもバッタの幸せな「衣食住」というピースは揃うのですが、もとの第2連が気になります。

Grasshopper Green has a dozen wee boys,
And, soon as their legs grow strong,
All of them join in his frolicsome joys,
Humming his merry song.
Under the leaves in a happy row,
Soon as the day has begun,
It's hopperty, skipperty, high and low:
Summer's the time for fun!

青々バッタは十二の子福、
脚が丈夫に育つやいなや
倅揃って親父と遊ぶ、
親父の歌に鼻歌合わせ。
草葉の下に楽しく並び
朝まだきから
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。

ほほう、the childrenはここにでてきたa wee dozen boysのことのようです。いきなりtheはぎょっとしました。途中を端折るとこういうところが辻褄合わなくなるのです。

もとの第2連、バッタの息子たちは父から学び、父と共に歌い、育っていきます。なんとものどかな風景です。

ふと、ここで正反対の風景が頭をよぎりました。父は仕事、息子たちは学校。父から息子たちが学ぶことはなく、共に楽しむこともない。戦争になれば皆兵隊にとられていく。

それに比べたら、もとの第2連は平和そのものです。

第3連の蜘蛛の婆さんとも、食うもの、食われるもの、という関係ではありません。そういえば、似たような風景が…

そう、イザヤ書11章「エッサイの根より…」で始まる究極の平和の風景です。

狼は小羊と共に宿り
豹は子山羊と共に伏す。
子牛は若獅子と共に育ち
小さい子供がそれらを導く。
牛も熊も共に草をはみ
その子らは共に伏し
獅子も牛もひとしく干し草を食らう。
乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ
幼子は蝮の巣に手を入れる。
わたしの聖なる山においては
何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。
(イザヤ書 11章)

この詩はバッタのおおいに結構な日常を描きつつ、じわじわと平和への願いをこめていると言えそうです。

ここからは野暮な調べものです。詩を一言一言じっくり読むことと、調べもののバランスが崩れるほど、野暮なことはありません。そのことを肝に銘じた上で…

クーパーはNY下町のthe Boweryザ・バウワリに生まれます。今は安宿、安居酒屋街のようですが、1840年の頃は緑豊かな遊び場に恵まれていたようです。

13歳のころに実学志向な親の意向で大規模な学校に転校させられます。この学校がどうも合わなかったようで、当時から休み時間に忍び出た校庭で出会った生き物を主題に詩を作り、心なぐさめて過ごしました。(バッタの父子とはだいぶ違います!)

その後も法律を学ぶべし、という親の方針に従い、弁護士事務所に弟子入り、みずからも資格を得ますが、出世欲とは無縁だったようです。この間もあちこちの文芸雑誌に投稿、掲載されます。

そして南北戦争(1861-65)中、クーパーが作詩、14歳年上のスティーブン・C.・ フォスターが作曲し「戦時歌謡」を量産、ヒットを飛ばします。

もう、ゲティスバーグの戦いで撃たれた太鼓兵の少年が、かけつけた母の胸で息絶える歌などは劇的で、日本の「暁に祈る」「露営の歌」「若鷲の歌」を思わせます。

ところが、1863年1月、ザ・バウワリの安宿を転々としていたフォスターは熱を出してホテルで寝込みます。その数日後、メイドから連絡を受けたクーパーが駆けつけると、フォスターは床に広がる血の海に横たわっていました。

その時のことをクーパーはこう書いています。
“He lay there on the floor, naked, suffering horribly. He had wonderful big brown eyes, and they looked up at me with an appeal I can never forget. He whispered, ‘I’m done for.'”
「フォスターは床に横たわっていた。裸のままでひどく苦しんでいた。その見事な茶色の大きな瞳で私を見上げた。あの訴えるような眼差しを忘れられようか。そして彼はささやいた。『もうだめだ。』」

3日間の加療も空しく、フォスターは37歳で世を去りました。クーパーがフォスターの親族にその死を伝えた電報がこちらです。

(Western Union社サイトより)

フォスターの死が、親族が公表した通り、高熱で倒れた拍子に陶器の洗面台に頭と首をぶつけ切り傷を負ったためなのか、そうでないのかは諸説あり謎のままです。

フォスターとクーパーの関係についても芸能レポートなみに諸説あります。

左がフォスター、右がクーパー

ただ、私は南北戦争を背景に一世を風靡したフォスターとクーパー、そして彼らの蜜月時代の突然の衝撃的な終わりが、この詩の第2連と対照をなしているように感じられるのです。

フォスターは職業作曲家として音楽で身を立て、彗星のごとく現れ、消えてゆきました。

一方、クーパーは作詩を稼業とはしませんでした。「『イーリアス』のような立派な詩よりも、子どもがひとりでも喜ぶような詩を書きたい」と周囲に語り、書き続け、87歳で天寿をまっとうしたそうです。

野暮な調べものでございました。詩を読む前に作者のことをいろいろ調べるのはかえって楽しみを台無しにするように思われます。あくまでも詩を何度も読み、唱え、覚え、口をついて出てくるようになじむ。そして、ふと、何かが気にかかる。調べものはそれからです。そうして、自分の小さな好き嫌いの枠が壊れてゆくように思います。

第6回 シュタイナー学校の先生のための英詩講座 単発参加もOKです。
次回は“Duck’s Ditty” by Kenneth Grahame を読みましょう。

【英詩講座レポート④】抵抗勢力を理解するためにこそ悪戦苦闘する

通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

すっかり報告が遅れましたが、シュタイナー学校の先生のための英詩講座も第4回を終えました。

とりあげる詩は、参加者や私の好みは脇におき、ひとまず英語圏の小学4年におすすめとされる詩を読んでいます。

第3回までは感動の深読み、細やかな気づきでパーンと開ける扉がいくつもあったのですが…第4回はこちら。Molly de HavasのSeeds…これが実はなんとも…

アメリカのシュタイナー教育関係のサイトには大人の喜びの声があふれています。
「何度も繰り返し、暗誦できるようになったらリズムがほんとに生き生きしてきて…」
「サステイナブルな家庭菜園での子育てにぴったり…

春待つ心が弾むようではあります、が…

SEEDS
Molly De Havas

After Christmas it’s time to be thinking of Spring,
And the flowers and vegetables springtime will bring.
We must go to a shop and choose packets of seeds
To be sown in the garden to fill all our needs.

First the weeds must be pulled and the clean earth laid bare.
Then dug over, and broken, and levelled with care;
Next in furrows and holes that we’ve made in the earth
We will plant the brown seeds, and with joy wait their birth.

(The Waldorf Book of Poetry, ed. by David Kennedy, 
Living Arts Books, Wisconsin, 2012, p.100)

うーむ。私たちの頭の上に「?」が立っているのが見えるようでした。

毎年、「お店」に行って「袋に入った種」を「選んで買う」?!
そして自分たちの「ニーズ」を満たさせる?
土を掘っくり返して耕す?
種からの「誕生」を待つ?

私たち、といえばバイオダイナミック農法に詳しく、日本の不耕起栽培、自家採種にも興味津々。

種はその土地に合ったものがその土地で採れるでしょう?
植物の一生から、私たちはお裾分けをいただくのでしょう?
むやみに耕すと表土の微生物が迷惑するでしょう?
植物は死なないでしょう?種は種として生きているでしょう?

もう、詩どころではありません。

ここらで深呼吸。

詩の内容に議論ふっかけるなんて野暮。それでは詩を読んだことにはならないのでは。

ここで思い出されたのが高橋巌さんのお話(2021年3月20日、於:横浜の朝カル)です。表現は正確ではないかもしれませんが…優しいお声にはっとしました。

「シュタイナーは時代とともにあろうと悪戦苦闘しました。ナチスをやっつけようと悪戦苦闘したのではありません。どうして時代がナチスの存在を許しているのか、どうしてナチスはそう考えるのか理解しようと悪戦苦闘したんです。」

そう、仲間内の「わたしたち」を理解するのは心地よいもの。でも、「あのひとたち」を理解するのは楽でない。だからこそ悪戦苦闘して理解しようと願う。

私たちもそれに倣おう、ということになりました。シュタイナーとナチスに比べたら(?)もうほとんど仲間内のような詩です。自分たちの物差しをあてて見下すなんて小さい、小さい。

なにごとにも段階がある。神社だって奥の院だけでは誰も来ません。参道には縁日があり、鳥居をいくつもくぐって本殿、そして奥の院へ。ものごとにはふさわしい居場所がある。

小さい自分は脇に置き、何度も声に出して読み、風景を細やかに思い描きます。

文字で伝えるのはなかなか大変ですが…タンタタ、タンタタ♩♫♩♫♩♫のような
リズムのパターンが心地よく続きます。

2行ずつの脚韻もわかりやすい。

おや、1行が長く、1文も長い。

thinking of A, B and Cやmust be A, B and Cのように畳みかけるよう。

そういえば、must, willが多い!

これはクリスマス節を過ぎて、もう待ちきれない心のなかの予定を描いているのですね。まだ実行していないんです。だからばかに順調に聞こえるんでしょう。

筆者、Molly de Havasは生没年、1904-1952年のほかはわかりません。他にThe Knightが知られていますが、これもちょっとナイーブ…

それが、20世紀前半のアメリカの市民生活ののどかさなのかもしれません。

今日、彼女の詩に出会う子どもたちはどう感じるか興味深いところです。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座 単発参加 OKです。

家庭菜園、私は「間引き」しない

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

家庭菜園の季節がやってきました。指南書には必ず「間引き」せよと書いてあります。

「種まき穴1つに複数の5,6粒の種をまきます。
発芽して双葉が開いたら成長のよさそうな2つに、
本葉が開いたら1番強そうなものだけ残しましょう。」

これがどうも私は納得できませんでした。

買ってきた種も袋に発芽率80%って書いてあります。
なのに5.6粒のうち1つ、とは日の目を見ない種が多すぎる!

間引きをしないとどうなるんだろう。

間引きをしない人たちの理由を調べると…

「面倒だから」

え…。

よし、間引きをしなくてもすむようにしよう。

野菜も花も区別しない庭。ブロッコリが芽を出しました。右のほう、水菜が固まって発芽しちゃってるなあ。

種と種の間に距離をとって蒔いてみました。案の定、どれもよく育っています。

でも、手元が狂ってどばっと種がこぼれ、密に発芽したところも。このイタリアンパセリ。さて、どうしよう…。

そうか、植え替えが負担ならば、強く丈夫なものを植え替えよう。

植え替えは根がちょっと傷つく。がまんできるのは丈夫な子のほうでは。

これも皆無事に育っています。
しかも、大きな苗に日陰を作られていた妹、弟たちが大きくなっている。

大きな苗は「強い」というより、「早く」大きくなって周りに日陰を作っていたようで。

おそらく、間引きを必要とするような密な蒔き方は、うっかり空席になって圃場を無駄にしないため。プロの農家ならば収入に直結する問題でしょう。

でも、素人の家庭菜園は市場とは無縁。植物が天寿をまっとうできるよう、お裾分け頂戴しながらのんびりやります。

人間の社会はどっちに似ているんでしょう。

プレ通訳道場【あのプログレスで英語の土台徹底リノベ講座】プログレスを教えられるようになるというおまけつき。第2期はこちらです。

日本人は「日本文化」を全部知らないといけない?!

こんにちは。通訳藝術道場主宰、持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

通訳藝術道場では落語家、立川志の春さんを理想として精進しています。

なぜ?英語、日本語のどちらも志の春さんはド本物なんです。「志の春さんの英語落語を通訳したら志の春さんの日本語落語になっているはずだよ」などとハードルを上げて楽しんでおります。

さて、イエール大学に学ばれた志の春さん、留学時代のエピソードも笑えます。映画通の友人に「あのクールな映画俳優、シムラを知らないのか」といわれ、志村けんさんを思い浮かべて困惑したとか(志村喬さんのことですねえ))…

このご友人に日本名画をあれこれとすすめられた志の春さん、大学の図書館で山ほどのビデオをご覧になったそう。

このエピソードにいたく感動した学生が張り切って…「日本人って日本のこと知りませんね。私も日本の文化を知ってから海外に行かないと…」

といったものの、次の瞬間…「で、なにから始めれば…」

そりゃそうだ。

志の春さんのお友達、本当に日本を知っていたのでしょうか?

確かに、映画に関しては日本人の99%以上に日本映画を知っていたでしょう。でも、プロ野球やラーメン、歌舞伎、着物、お祭り、音楽はどうでしょう。

映画に取り上げられた話題をきっかけに理解を広げることはあっても、すべてを均等に知っていたわけではないでしょう。

だから、あわてて「日本文化!」なんて大上段に構えなくてよいと思います。

あなたの興味を究めて「変態」と呼ばれるほどになれば、おのずと国境を超えていることでしょう。

「知る」こと自体、相手や対象への関心と敬愛の印。思いがけない相手に地元の文化が「知られて」いることは嬉しいもの。

国境おかまいなしの変態たちの友情もまた、平和を創り出すと思うのです。

こちらもまた私の変態躍如…でも、心静まり、喜びに満たされるひとときだそうです。
シュタイナー学校の先生のための英詩講座 次回は4月3日

今は亡き人を想い続ける―ワーズワスの「みんなで7人」”We are Seven” by William Wordsworth

あの日から、1日、1日と積み重ね、今日で10年となりました。
もう10年、まだ10年。

ずっと気になっていた詩があります。
いつか震災で大切な人を失くした方たちに紹介したいと思っていました。ある人には遅すぎるかもしれませんし、ある方にはまだ早すぎるかもしれません。でも、今日、ひとつのこころみとして。

イギリスのロマン派を代表する詩人、ウィリアム・ワーズワスの「We are Seven みんなで7人」です。

この詩では、大人である詩人(語り手)が田舎で思いがけず出会った少女の素朴な美しさを好ましく思い、お嬢ちゃん、兄妹はなんにん?と尋ねるのですが、少女の答えは…

お粗末ながら、朗読はこちら。

We are Seven

---------A simple child,
That lightly draws its breath,
And feels its life in every limb,
What should it know of death?

I met a little cottage Girl:
She was eight years old, she said;
Her hair was thick with many a curl
That clustered round her head.

She had a rustic, woodland air,
And she was wildly clad:
Her eyes were fair and very fair;
―Her beauty made me glad.

"Sisters and brothers, little Maid,
How many may you be?"
"How many? Seven in all," she said,
And wondering looked at me.

"And where are they? I pray you tell."
She answered, "Seven are we;
And two of us at Conway dwell,
And two are gone to sea.

"Two of us in the church-yard lie,
My sister and my brother;
And, in the church-yard cottage, I
Dwell near them with my mother."

"You say that two at Conway dwell,
And two are gone to sea,
Yet ye are seven! I pray you tell,
Sweet Maid, how this may be."

Then did the little Maid reply,
"Seven boys and girls are we;
Two of us in the church-yard lie,
Beneath the church-yard tree."

"You run about, my little Maid,
Your limbs they are alive;
If two are in the church-yard laid,
Then ye are only five."

"Their graves are green, they may be seen,"
The little Maid replied,
"Twelve steps or more from my mother's door,
And they are side by side.

"My stockings there I often knit,
My kerchief there I hem;
And there upon the ground I sit,
And sing a song to them.

"And often after sun-set, Sir,
When it is light and fair,
I take my little porringer,
And eat my supper there.

"The first that died was siter Jane;
In bed she moaning lay,
Till God released her of her pain;
And then she went away.

"So in the church-yard she was laid;
And, when the grass was dry,
Together round her grave we played,
My brother John and I.

"And when the ground was white with snow,
And I could run and slide,
My brother John was forced to go,
And he lies by her side."

"How many are you, then," said I,
"If they two are in heaven?"
Quick was the little Maid's reply,
"O Master! we are seven."

"But they are dead; those two are dead!
Their spirits are in heaven!"
'Twas throwing words away; for still
The little Maid would have her will,
And said, "Nay, we are seven!"

姿は目に見えなくなっても、この少女にとって2人の姉兄はいるのです。そばで繕いものをしたり、ご飯を食べたりして、放っておかないのです。

この詩については「死を理解しない子どもの無垢さを描いている。」「語り手の態度は当時の人口調査を象徴している」という見方もあります。ほかにも諸説いろいろ。

でも、ワーズワースたちの志を想い、この詩を何度も読むと、「子どもの無垢さ」を「死を理解しない」と結び付けるのはしっくりこないのです。

ワーズワースたちはひとつ前の時代の文学スタイルに腹を立てていました。貴族的な人間の都合ばかりの文明の内にとどまり、「バラ色のほほ」のような紋切り型、形式的な表現で想定内のセレブごっこをしているとしか見えなかったのです。

彼らはもっと自然なもの、理性では割り切れないもの、闇に属するもの、日常、田舎、小さき者をとりあげ、活きた言葉で語ろうとしました。はるか昔、はるか遠くにも憧れ、ロマン派と呼ばれました。

この詩は、私にはそんなふうに聞こえてきます。

死は対象として理解すべきものではないし、そもそも無理。でも、人は死んでも存在するし、人は死せる者たちと共にいることもできる。心の中にこの少女のような幼な子がいる限り。

5人だ!と子ども相手に本気な語り手の、人間を「数」で捉える姿勢もちょっと滑稽です。被災者数とか、感染者数とか数でまとめても、人は一人一人違う体験をしているものです。

さて、この詩を日本語にするならどうしましょう?(これまでにも日本語訳はいくつもなされていますが、標準語です。)

この詩は、バラッドという、民話や古謡を歌うのによく合うスタイルで書かれています。単刀直入な言葉選びと繰り返しの多さ、はっきりしたリズムが特徴です。

それぞれのふるさとの言葉にしてもよさそうです。

「おらだぢは七人だ。
2人はコンウィさ暮らしてる。
もう2人は水夫になった。
もう2人は教会の墓地で横さなってる。」

各地からのご投稿大歓迎です。「お問合せ」フォームからご投稿ください。イヒヒ。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座 好評開催中!単発参加OKです。

春休み、中高生が退屈したら

こんにちは!持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰、冠木友紀子です。

新コロ騒動収束もいまいちな中、まもなく再びの春休み。外出自粛、ステイホームで中高生のお子さんはさぞ退屈するのでは。

そんなお子さんに見せたい、進路相談室にはまず無いスゴイ景色があります。

black butterfly preaching on peach flower
Photo by FOX on Pexels.com

それは、若い庭師さんたちの現場。

目下、我が家は庭師さんにお願いして庭の造作を新しくしてもらっています。

朝8時になるとおそらく私と同世代の親方含め、3-4人の庭師さんが元気にご登場。てきぱきとその日の仕事を確認すると、もう、ひとつの生き物のように動き続け、働き続け、新しい庭を形にしていく。時折、豪快な笑い声が上がる。お茶の時間のおしゃべりは屈託なく、仲の良さそのもの。

素晴らしいチームワークだけれど、チームとして固定しているわけではないそう。ゆるいギルドのような集まりがあって、地域や時期によって声をかけあって一緒に仕事をしているとか。最近の言い方なら、プロジェクトチームでしょうか。ひとりひとりが個人事業主、あるいは株式会社主として、自分の人生の経営者という心構えでいるのです。

できあがった部分を見てびっくり。打ち合わせでの私の予想と期待をはるかに超えている。まさにプロの仕事。

私はもっぱらPCに張り付いてひとりでZoomやら録音、録画などしていますが…彼らの働き方を見ているだけで、気持ちが清々します。

拙宅においでになれるお子さんは見学大歓迎と言いたいところですが、まもなく完成してしまいます。

でも、近所を見回してください。春の芽吹きを前に、慌てて庭師さんを頼んでいるお家があるのでは。

そういえば、中2の国語の時間、教科書をはるかに超えた次元で人生を語る先生が、窓の外に庭師さんを見つけてこうおっしゃいましたっけ。「いいわねえ。若い人が身体を使って確かに働いている。部屋の中で勉強ばかりでは、ねえ。」

庭師はBullshit Job 「クソどうでもいい仕事」(デーヴィッド・グレーバー著)とは無縁です!

冠木友紀子のプロフィール

シュタイナー教育の通りの子育てなんてムリ!というお父さん、お母さんたちへ

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

シュタイナーの視点に出会い、「ああこれだ!」と心が故郷に帰るような喜びに満たされる方も少なくないようです。

ぜひ、我が家の子育てはシュタイナー教育で…
でも、だんだん気になるのは…あの7年周期。

7歳までは頭を使いまくる教育よりも遊んで動いて身体を育てること…
あれはだめ、こうしなさいと口で説明するより模範を示し、模倣を誘うこと…
テレビ、録音などのヴァーチャルなコピーはなるべく避けて…
小学校時代の先生は尊敬と信頼に値する権威として存在し…
14歳のころに心がみずからのものとして顕れ…
21歳のころに存在の核がみずからのものとして生まれ…

あちゃー、うちの子育て、全然そんな風になってない…。

おめでとうございます!いいんです!!
何も反省することはありません。
やりなおす必要もありません。

お父さん、お母さんは、毎日ちゃんと服を着せて、ご飯を食べさせるだけで満点。

つくづく思うのですが、シュタイナーの7年周期はあくまでも無垢な、植物的な典型。

現代の人間であれば、番狂わせ、逸脱はつきもの。

そして…番狂わせ、逸脱のときこそ、思いがけない贈りものがやって来るのです。(来なければ、来ない贈りものの方が間抜けなんです。)

説得力があるかどうかわかりませんが…私自身、いまは年齢の割に元気でけろけろ暮らしていますが、相当順番めちゃくちゃな育ち方をしました。アタマから生まれたようで、最初の記憶は1歳。2歳で絵本読み倒して3歳でお箸を納豆で練習。幼稚園では教育実習生を泣かせ…でも小学校の体育は学年ビリ。親に叱られないようにとばかり考え感情を凍らせ、16歳で拒食症、自分の身体が大嫌いで、死に憧れ…。いまも人間恐怖の傾向があります。

でも、危機が種となり、求めずとも、求めたであろう以上の助けが、思いがけないところから届けられたんです。

「まさか学ぼうと思ってはいなかった英文学」の恩師、「長らく援軍ナシの自己流で自己嫌悪の塊だったヴァイオリン」の恩師、「排除されることに慣れ、諦めていた」通訳者としての私を蘇らせてくれた教育者でもある上司…

そう、なんだか先生が多いですね。だから、私は生来向いているとは思えない先生をやめないのかもしれません。受け取ったバトンをぶんなげたくはないのです。そして、もし、天から「はい、あんた、出動せよ」と言われたら、喜んで贈りものとして届けられたいと願っているのです。

ああ、私の子育てまずかった、と思う時は、お子さんはこっそり贈りものを受け取っている時かも。あるいは、受け取る準備をしているかも。

だいたいね、私の子育て完璧です、なんて親御さんに言われたら、お子さんはウンザリですって。

子育ての不完全の自覚は親御さんの愛情そのもの、子どもの自由への一歩ではないでしょうか。そして、世界(天でも神様でも仏様でもいいんですが)は、あなた以上に、あなたもお子さんも大切に思っている。

さて、その「大切」な思いはどこから届けられることでしょう?近所のおばさん?学校の先生?バスの運転手さん?ねこちゃん?お花屋さん?ユーチューバーのお兄さん?農家のおじさん?

私は今でもまだまだこれから何が届くか楽しみだと思っています。イヒヒ、逸脱してなんぼやで(西の言葉はちょっと私には無理がありますねえ)。

こんな講座開いています。
シュタイナー学校の先生のための英詩講座
プレ通訳道場★あのプログレスで英語の土台徹底リノベ講座

カタカナ怪談「ストーブにストウブで煮れば…」

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

いやー、カタカナは悩ましい!先月のことです…

「黒豆ならストーブをストーブにのせておけば…」
料理好きな友人のひとことに周りの人たちは目を白黒。

ストーブにストーブをのせる?燃えてまうがな。

いえいえ、のせるのは「ストウブ」。

フランス伝統の鉄製無水鍋で、素材の水分を活かしておいしく仕上がると人気です。

素材の水だけで驚きの美味に!

でもStaubという綴りはフランス語というより、ドイツ語に見えて仕方ありません。

なるほど、フランスと言ってもアルザスなのですね。ここはフランスとドイツが小競り合いを繰り返したところ。ドイツの単語もあちこちに残っています。アルザスの白ワインは甘くて、細いビンに入っていて、ドイツのワインのようです。

で…Staubは創業者のFrancis Staubさんの名前に由来しますが…フランスのFrancoisでもドイツのFrankでもないところがまたアルザスらしいような…

(実は、20年前に初めて公に通訳したのが、アルザス問題研究者のフランスの方の講演でした。このことはまた別稿にて。)

そして、Staubシュタウプはなんとドイツ語で「塵」。

人の名前は不思議です。映画「いまを生きる」でもPittsやMeeksをキーティング先生が「変わった名前」と言っています。

Staubをフランス読み、カタカナ書きすると、auはカフェオレの「オ」なので「ストーブ」でいいと思うのですが…よくない!!先客ありです。困った先客です。

ストーブはstove、律儀に書けば「ストウヴ」。いかにも日本のみなさんになじみませんねえ。それに、いわゆるストーブはheaterと呼ぶことが多いんです。

変な先客に居座られて、本当のストーブさんがお困りのようで。

英語の土台徹底リノベ講座はこちら。 Progress in English旧版が味方です。



「夢を持つ」がピンとこないなら、ただ、〇〇を見ればいい。

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

昨日のブログをお読み下さったYさんから「夢は見るものでは」とコメントをいただきました。私もそう思います。だいたい、have a dream を夢を持て、と訳したのもまずい。haveは「持つ」に限りません。

さてさて、今回は「見る」についてとりあげます。

私たちは毎日おびただしい量の情報を「見ます」。あまりにおびただしいので、「いかに」「見て」いるか、など振り返る間もないかもしれません。

selective focus photography of brown and black tabby cat
Photo by Eliza Lensa on Pexels.com

ちょっと前に、青木さやかさんが「なに見てんのよー」とすごむ芸?がありました。

あれ、なかなか面白いと思うんです。見る、というと見る側が主体で、見られる側は何も感じない、死んでいる、ように思いがちですが…さにあらず!とはっきり言っていると思うんです。

視線は、注がれたものに作用する。

青木さやかさんは見られてお怒りのようですが…

子どもが、すごいなあ、と思って親を見上げる視線は…
生徒が、先生を見上げる視線は…
見られた大人をどれだけ喜びで満たし、励ましたことか。

あなたが憧れと敬いの目で相手を見ることは、見られた相手を「愛す」に等しいのです。

口幅ったいのですが…大学時代、私の目つきがよかったとも思えませんが、恩師にこう評されたことが今でも支えです。「教える立場につかされた者を奮い立たせ、その喜びを思いださせる、心の友なる学び手である。」

「夢」を無理やり「未来」の「自分」に押しつけることはない。

「夢」は「いま」あなたの周りの「他者」「世界」にある。
ひと、もの、ことをいいな、と思ったら、気が向いたときになぜいいと思ったのか考えてみてもいい。

バイトの先輩の接客に感動。なぜ?
大学の先生のイギリス英語に感動。なぜ?
魚屋さんの生きのよいおさかなに感動。なぜ?
ごみひとつない街路がシニアボランティアのおかげと知って感動、なぜ?
 
10年後の自分なんて考えなくても大丈夫。そんなひま、ないんじゃない?

あなたが今誰かに憧れの視線を注ぐように、10年後のあなたに誰かが憧れの視線を注ぎますように。大丈夫。

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「夢を持て」がピンとこないあなたに

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

私にとって大学での授業は、娘のような世代のひとたちの話を聞く楽しい、楽しいひととき。ところがこのコロナ禍、苦しい胸の内を聴くことも増えました。先週のCAになりたかった学生の次に授業後に残ったのは…

「わたし、先週のCAになりたいっていう○○さんみたいに思ったことがないんです。なりたい職業もないし、なりたい自分も別にない。失う夢もない。こんなの、変ですか?だめですか?どうしたらいいですか?」

あまりに思いつめた様子と裏腹に、彼女のまなざしはワイルド。

brown and gray bird
Photo by Jean van der Meulen on Pexels.com

「そういう自分を責めてるみたいだよね?」
「はい。」

まずそれをやめよう。

人はひとりずつ、植物、動物の1種に相当するくらい違ってる。そういえば蝶々や鳥みたいなお友達、いない?電車の中で秋刀魚や茄子みたいな雰囲気のおじさん見たことない?

見た目だけじゃなくて…本当にひとりひとりOSが違う。

夢を持つことで元気が出る、10年、20年後の自分を思い描くとワクワクする。それならそれでいい。たぶん、今はその路線が本でもセミナーでも売り出しやすいんでしょう。

でもね、これがピンとこない種族だっている。なにより私がそう。

私の感覚は…今どんなにすてきな10年後の自分を想像しても、そんなの未来を今で縛っているだけ。いま手にしていない何かを手にした未来の境地は、今からは想像つかないはず。想像できるとしたら、そんなの一昨日、昨日に実現していたはずの姿。実現が遅れているだけ。遅配の郵便。

あなたはもしかして、初めての街でもどこに郵便局、スーパー、病院、コンビニがあるか、なんとなくわかるんじゃない?初めてのビルでも迷わず最短距離でトイレに行けたりしない?

なら、本能と感覚、直感で今を深く生きるワイルド派。無理やり夢を描いても一時間後には忘れちゃうでしょうよ。

だから、夢を持つ派部族の友達と自分を比べて、あれこれ思いめぐらし、自分を責めるのをおやめなさい。

「じゃあ何したらいいですか。いま、自分の部屋で過ごしてばっかりですけど。」

まあ、このご時世ごもっとも。

2つのことをおすすめします。

ひとつは、自然に身を置くこと。山でも谷でも海でも池?でも結構。ワイルドおばさんの私も人間の想定を超えた場所が居場所として必要。でないと捕獲された狸みたいに目が濁っちゃう。三密なんていまだかつてない低山が近くにたくさんあるでしょう?

もうひとつは、本を読むこと。いろんな人に会って刺激を受ける、っていうけれど、会えるのって生きている人たち。これまで数千年の死んだ人たちとはどう会うの?霊媒?インチキもいるし、高いのもいる。でも、岩波文庫のソクラテスなら数百円で、大学の図書館ならタダ!

くれぐれも、課題図書や先生の推薦図書に縛られませんように。大好きな先生と好きを共有したいならいいけれど。

もっと大事なのは、「呼ばれてる」感覚。あなたを呼んでいると感じる本を手に取って。読んでみて違うな、と思ったらすぐに返せばいい。これを繰り返す。

図書館も山だよ。

silhouette of bird above clouds
Photo by Flo Maderebner on Pexels.com

確かにあなたがCAを夢見ているところはどうしても想像できない。だって、あなたは大鷲だからね。

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