シュタイナー教育の通りの子育てなんてムリ!というお父さん、お母さんたちへ

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

シュタイナーの視点に出会い、「ああこれだ!」と心が故郷に帰るような喜びに満たされる方も少なくないようです。

ぜひ、我が家の子育てはシュタイナー教育で…
でも、だんだん気になるのは…あの7年周期。

7歳までは頭を使いまくる教育よりも遊んで動いて身体を育てること…
あれはだめ、こうしなさいと口で説明するより模範を示し、模倣を誘うこと…
テレビ、録音などのヴァーチャルなコピーはなるべく避けて…
小学校時代の先生は尊敬と信頼に値する権威として存在し…
14歳のころに心がみずからのものとして顕れ…
21歳のころに存在の核がみずからのものとして生まれ…

あちゃー、うちの子育て、全然そんな風になってない…。

おめでとうございます!いいんです!!
何も反省することはありません。
やりなおす必要もありません。

お父さん、お母さんは、毎日ちゃんと服を着せて、ご飯を食べさせるだけで満点。

つくづく思うのですが、シュタイナーの7年周期はあくまでも無垢な、植物的な典型。

現代の人間であれば、番狂わせ、逸脱はつきもの。

そして…番狂わせ、逸脱のときこそ、思いがけない贈りものがやって来るのです。(来なければ、来ない贈りものの方が間抜けなんです。)

説得力があるかどうかわかりませんが…私自身、いまは年齢の割に元気でけろけろ暮らしていますが、相当順番めちゃくちゃな育ち方をしました。アタマから生まれたようで、最初の記憶は1歳。2歳で絵本読み倒して3歳でお箸を納豆で練習。幼稚園では教育実習生を泣かせ…でも小学校の体育は学年ビリ。親に叱られないようにとばかり考え感情を凍らせ、16歳で拒食症、自分の身体が大嫌いで、死に憧れ…。いまも人間恐怖の傾向があります。

でも、危機が種となり、求めずとも、求めたであろう以上の助けが、思いがけないところから届けられたんです。

「まさか学ぼうと思ってはいなかった英文学」の恩師、「長らく援軍ナシの自己流で自己嫌悪の塊だったヴァイオリン」の恩師、「排除されることに慣れ、諦めていた」通訳者としての私を蘇らせてくれた教育者でもある上司…

そう、なんだか先生が多いですね。だから、私は生来向いているとは思えない先生をやめないのかもしれません。受け取ったバトンをぶんなげたくはないのです。そして、もし、天から「はい、あんた、出動せよ」と言われたら、喜んで贈りものとして届けられたいと願っているのです。

ああ、私の子育てまずかった、と思う時は、お子さんはこっそり贈りものを受け取っている時かも。あるいは、受け取る準備をしているかも。

だいたいね、私の子育て完璧です、なんて親御さんに言われたら、お子さんはウンザリですって。

子育ての不完全の自覚は親御さんの愛情そのもの、子どもの自由への一歩ではないでしょうか。そして、世界(天でも神様でも仏様でもいいんですが)は、あなた以上に、あなたもお子さんも大切に思っている。

さて、その「大切」な思いはどこから届けられることでしょう?近所のおばさん?学校の先生?バスの運転手さん?ねこちゃん?お花屋さん?ユーチューバーのお兄さん?農家のおじさん?

私は今でもまだまだこれから何が届くか楽しみだと思っています。イヒヒ、逸脱してなんぼやで(西の言葉はちょっと私には無理がありますねえ)。

こんな講座開いています。
シュタイナー学校の先生のための英詩講座
プレ通訳道場★あのプログレスで英語の土台徹底リノベ講座

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それは食品ロスじゃなくてfood wasteだ

こんにちは。持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

日本でも「食品ロス」が話題です。政府広報によると年間600万トンを超えるそうですが、あまりの量に10tトラック1700台分、なんて言われてもさらにクラクラしてしまいます。

ここでちょっと気になるのがこの「ロス」。英語の綴りは”loss”。lostからの逆成語で13世紀初出とあります。

まあ日本語では「ペットロス」「朝ドラロス」のように、自分の力ではどうにもできない喪失を嘆く気分によく使いますね。

ん?ちょっと待って。

冷蔵庫の中にショウガを入れたのを忘れてミイラにした本人がどの面さげてショウガロス?

そういえば、10年来通訳として参加している食品工学の学会ではfood waste を頻繁に使っていました。

たとえば、アフリカでは畑の作物を鉄道で都市部に運搬する。気温は高く、貨車は揺れ、作物の包装が不十分なので、都市に到着するころには積み荷の8割が食べられない状態。インフラやシステムの欠陥が原因で、人間がどうソフトな手を打っても、心がけてもどうしようもない。

これと、アメリカの家庭がいろいろと買い込みすぎて、1年でなん万円分もトマトを冷蔵庫でだめにするのと、まるで同じ?

後者は小さな工夫で改善できるのではないでしょうか?

この学会の集まりでは家庭で食品が無駄になることをいかに防ぐかをテーマにしていたので、一貫してfood wasteと言っていました。食べ物を無駄にする張本人は自分たちなのだ、自分たちの行動は変えられるんだ、という呼びかけもなされました。

ペットロスや朝ドラロス、ウェイトロスみたいに食品ロスなんていうのはちょっと甘いと思います。

植物や動物を誕生の時から人間の食物にすべく育て(←私はそもそもコレが嫌なのです。狩猟採集生活が理想)、それで食べないなんてとんだ罰当たり。

まあ、ふつうに何も感じずに訳せばfood wasteは「食品廃棄物」や「廃棄食品」あたりでいいのでしょうが、腹が立ってしょうがない。莫迦殺生くらい言ってやりたいもんです。

まあ、急な事情で、ということもあるでしょう。それでも堆肥囲いでもあれば新たな役目を果たせます。

日本の「始末」な台所仕事はどこへ行ったのでしょう。プンプン!

気を取り直して、
シュタイナー学校の先生のための英詩講座はこちらです。

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本質は周縁に?

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

こうするのが当たり前ですよ、と言われても、腑に落ちないことはありませんでしたか。アタマではそういうもんだろうと納得しようとしても、ハラにしっくりこない。王様の身なりは素晴らしい、とみんなが言っても、裸に見えるような。

私は「こういうものですよ」という決められた枠からはみ出した部分が気になって仕方ないのです。

本質は周縁を含めて考えないといけない、いや、むしろ人が決めた枠の外にあるのでは、とさえ思うのです。

「学校教育」の枠に収まらない、家族や地域の人たちから学ぶ生活の知恵…

間引きと化成肥料、殺虫剤、除草剤づけの家庭菜園ではわからない植物の本来の力。

薬剤療法メインの通常医療からは「エビデンスがない」と鼻で笑われる、身近な健康法

「キリスト教会」に収まらないキリストの言葉…

その領域を何と呼んだらよいでしょう。精霊の領域?

わかっています。枠からはみ出たものにこだわっていては、枠の中で主役を演じることはできない。

ウェールズの海岸を一人舞うカモメ

でも、枠からはみ出たものは「無き者」にされたままでいるわけがないと思っています。

私の通訳道場も、従来の通訳養成では登場しないワイルドな精霊たちが喜び踊っているようです。

こんな自分の心の構えにあらためて気づかされたのはルドルフ・シュタイナーの
「普遍人間学」講座。導き手は言語造形の諏訪耕志先生です。

ストーリーを生かしたプレ通訳道場、まもなくリリースです。
こちら、通訳道場サイトです。

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新コロ騒動が開花させたチカラとは

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

新コロ騒動どうなりますやら。

皆さんそれぞれにこれまで通りでない生活に多少のご苦労がおありのことでしょう。

私はオサンドンと皿洗いが3日続いたときは、ダイニングの一隅に竹藪のパンダよろしく微動だにせず座って食べ続ける家人にキレました。ただ、パンダさんはおサルさんがキレても「???」。おサルさんはビールだか何かのおまけで貰って山ほどたまったダサいガラスコップを2つばかりオシャカにしました。

お耳汚しでございました。

でもね、私はおおっ!と感激していることがあるんです(パンダ氏にではなく)。

それは、セルフモニタリングの力。

大学の短縮授業はオンラインです。驚異の出席率に貢献度。なにがこれまでと違う…?

なるほど…ふだんは授業中に自分ではクラスメートも自分もそれほどよく見ていません。先生は教室をウロウロ。「へ、私のことなんかそんなに見てないでしょ。」

ところがZoomだと先生もみんなも、そしてなんと自分もモニターで同じように見える!

つまり、ずっと鏡を見ている状態になるんです。

ビデオをオンにする効果は絶大です。

人間は自分のことがいちばん気になる。こんなんでいいのか!と思う、修整する。これがセルフモニタリングの力です。先生にやいのやいの言われるより効果絶大。

オンライン授業にはできないことも沢山。でも、このセルフモニタリング着火はリアルよりよほどうまくいく。

というわけで、新コロ騒動も悪いことばかりではありません。それぞれ女優たるべく気が済むまで精進し、せいぜい「ごきげん」でいましょう。

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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お家で出来るお子さんにおススメの運動はコレ!

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

首都圏は幼稚園、学校もまだ休校が続いていますね。如何お過ごしですか?

お家でオンライン勉強、ゲームをして過ごす子どもたちの運動不足、疲れ目が心配ですね。 かといって家の中で球技というわけにもいきませんし、ヨガも子どもには渋い。

そこで、道具もお金もいらず、家族みんなでできる運動をお勧めします。

それは…ハイハイ!

バカバカしいと思う大人はまず自分でおやりください。びっくりしますよ。肩、背、腰が気持ちよいでしょう?自然が備えた動きはそれ自体マッサージになります。

床の汚さにびっくりした方は、ぜひお子さんと雑巾もちでハイハイしてください。

ハイハイはとても大切です!子どもたちにとっては歩くための大切な準備。身体の左右、上下各部分が独立しつつ(別の部分につられて、ではなく)協調して動くためのすばらしい練習です。学習や運動に影響する反射の抑制にも大いに関わりがあります。

なのに!今日の子どもたちはハイハイ不足になりがちです。ハイハイに最高の畳の和室は少なくなり、代わりにつかまり立ちしやすい洋家具が増えました。

私が赤ちゃんだったのは半世紀も前のことで、和室もちゃんとありました。でも母によると私は座ったかと思うとハイハイを抜かしてぬっと立ち上がり、べらべら喋り出したそうです。お釈迦様みたいですねえ。

そんなわけで、小学校では「お勉強」は朝飯前でも、逆上がり、球技が苦手、かけっこはビリ、机はぐちゃぐちゃ。いっそお勉強もできなかった方が楽だったかもしれません。大学では大量の英語文献読書課題も3行で寝てしまい、大苦労。

それが手、足、目の運動協調がまずく、ひたすら耳で学んできたせいとわかったのはたった10年前のこと。イギリスの神経生理心理学研究所(INPP)で運動・感覚発達と学習の関連を学んだ時でした。

INPP、サリー・ブライズ所長のロングセラー、いよいよ日本語で読めるようになります。

ハイハイを甘く見てはいけません。ハイハイに遅すぎることはありません

ハイハイの前後の運動=寝返り、お座り、立つ、歩くは結構やっているので心配いらないでしょう。でもハイハイだけは置いてきぼり。お掃除、レース、猫とサッカーなどなど工夫してお楽しみください。

INPPのロングセラー「ウェルバランス・キッズ―動いて遊んで子どもは育つ」(仮)、日本語版が私の翻訳で合同出版さんからお目見えします。お楽しみに。

冠木友紀子のプロフィール

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「見えない敵からいのちを守る」への違和感

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

新コロ騒動、収束への道のりが見えません。粉骨砕身がんばっている医療関係者、介護職の皆さん、保育士さんたちには頭が下がります。どうか健康が守られますように。

ただ、メディアで見かける「いのちを守る」「ウィルスという見えない敵と戦う」というフレーズにはちょっと違和感を感じています。

生命は大事。でもいつか手放すときがくるのです。「敵から守る」ものではないでしょう。

いつから私たちはこんなに死を忌み嫌い恐れるようになったのでしょう。死を受け入れるのは生命を粗末にするのとは違うでしょう?

9年前にも違和感を覚えたことでした。

いつまでも肉体をもって永らえることは幸せでしょうか。

Memento Mori 死を心に留めよ。

確かに、心に留めるといってもどういうことだよくわからない。自分の死は自分だけはわからない。だからなんだかこわい。

けれど思うのです。
「自分がいなくなっても遺したら喜んでくれるもの」があるのは、なんとありがたいことか。「これのためなら死んでもいい」ことに出会えるのはどんなに稀で自由なことか。

そして、そんなもんがなんにもなくても、まあいいじゃないかと。

とても安らかで幸せな、死を迎える歌をご紹介します。リヒャルト・シュトラウスがヘッセの詩に曲をつけました。「4つの最後の歌」の3曲目、「眠りにつくとき」です。
ジェシー・ノーマンの歌声で、
9分あたりからご覧ください。

眠りにつくとき

もうこの日に疲れはてた
私の切なる望みも
喜んで星の夜空を迎えるとしよう
疲れた子どものように

手よ、すべてのわざをそのままに
額よ、すべての思考を忘れよ
私の感覚すべては今、望む
まどろみに沈むこと

そして、見張りを離れた魂は望む
自由に飛翔し、漂うことを
夜の不思議の中へ
深く、幾千世と生きるために

(冠木友紀子試訳)
 Beim Schlafengehen 

Nun der Tag mich müd' gemacht,
soll mein sehnliches Verlangen
freundlich die gestirnte Nacht
wie ein müdes Kind empfangen.

Hände, laßt von allem Tun,
Stirn, vergiß du alles Denken,
alle meine Sinne nun
Wollen sich in Schlummer senken.

Und die Seele unbewacht,
Will in freien Flügen schweben,
Um im Zauberkreis der Nacht
tief und tausendfach zu leben

英語はできるけれど通訳は自己流の大人を応援します。通訳道場★横浜CATS 

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新型コロナウィルス戦争用語に疲れた心のためにー【アッシジの聖フランシスコ★創られしものの讃歌】

「新コロとの戦争」「ウィルスを撲滅」「団結」「勝利」

勇ましい言葉とうらはらに、人々の心は疲れ、不安にさいなまれているのではないでしょうか。

言葉は心を、人をつくります。敵対ではなく、謙遜、感謝、和解、受容にいたる言葉を大切にしたいと私は願います。

一昨日来、ふとアッシジの聖フランシスコの「創られしものの讃歌」が思い浮かびました。この時季に皆さんと分かちうようにという知らせだったのかもしれません。フランシスコ会のラテン語から訳しました。

まあしかし、訳すことのはひとつを選び、他をすてるジレンマがあります。スタイルひとつとっても敬体?常体?会話風…なら標準語?東北?女言葉、男言葉…子ども言葉…とさんざん悩みました。そしてまず打順1番は…私自身にしみ込んでいる讃美歌ふうプチ文語体にしてみることにしました。

皆さまの心に平安がありますように。

創られしものの讃歌(被造物の讃歌、太陽の讃歌とも)

いと高き、力に満てる 善なる主よ
賛美、みさかえ、ほまれ、すべての祝福(ことほぎ)は汝のもの
このすべて、汝のみもとにのみ集う、いと高き主よ
なんびとも汝のみ名を口にするに値せず。

わが主よ、創られしすべてとともに汝が讃えられんことを
まず、長なる兄弟、太陽とともに
太陽は日。汝、我らを太陽により照らしたもう
美しく、光を放ち、大いに輝く太陽は
いと高き主よ、汝に似通う。

わが主よ、姉妹なる月と星々ゆえに汝が讃えられんことを
さやかにきらめく、尊く、美しい天の月星ゆえに。

わが主よ。兄弟なる風と空気ゆえに汝が讃えられんことを
曇るとき、晴れわたるとき、あらゆるとき
すべてにより、汝、創られしものを保ちたもう。

わが主よ 姉妹なる水ゆえに汝が讃えられんことを
いと用いやすく、つつましく、尊く、清らかな水ゆえに。

わが主よ、兄弟なる火ゆえに汝が讃えられんことを
火により汝、夜を照らしたもう
美しく、楽しく、堅く、強い火のゆえに。

わが主よ、我らが姉妹である母なる大地のゆえに汝が讃えられんことを
大地、我らを保ち、統べたもう
さまざまな実りと色とりどりの草花を生み出したもう。

わが主よ、汝の愛によりて赦し、病と苦しみを担う人々ゆえに汝が讃えられんことを。

幸いなるかな、心安らかに耐える者、
いと高き汝より冠を授からむ。

わが主よ、姉妹なるからだの死ゆえに汝が讃えられんことを
なんびともこの姉妹より逃げること能わず。

あわれ、滅びに至る罪のうちに死にゆく者
幸いなるかな、いと高き聖なるみこころのうちに死にゆく者
第二の死、彼らに害を為さざるなり

わが主をたたえ、ことほぎ
感謝し、大いに慎んで仕えよ

ラテン語より、冠木友紀子訳

通訳道場第5期 オンラインで開催します。ご相談会お申込み受付中!

ご参考まで Commission on the Franciscan Intellectual Traditionより

ラテン語

1Altissime, omnipotens, bone Domine,
tuae sunt laudes, gloria et honor et omnis benedictio,

2tibi soli, Altissime, conveniunt;
et nullus homo est dignus te nominare.


3Laudatus sis, mi Domine, cum universa creatura tua,
principaliter cum domino fratre sole,
qui est dies, et illuminas nos per ipsum;

4Et ipse pulcher et irradians magno splendore;
de te, Altissime, defert significationem.

5Laudatus sis, mi Domine, propter sororem
lunam et stellas,.quas in caelo creasti claras, pretiosas et bellas.

6
Laudatus sis, mi Domine, propter fratrem ventum
et propter aerem et nubes et serenitatem et omne tempus,
per quod das tuis creaturis alimentum.

7
Laudatus sis, mi Domine, propter sororem aquam,
quae est perutilis et humilis et pretiosa et casta.

8Laudatus sis, mi Domine, propter fratrem ignem,
per quem noctem illuminas,
et ipse est pulcher et iucundus et robustus et fortis.

9Laudatus sis, mi Domine, propter sororem nostram matrem terram
quae nos sustentat et gubernat,
et producit diversos fructus cum coloratis floribus. et herba
 
10Laudatus sis, mi Domine, propter illos, qui
dimittunt propter tuum amorem,
et sustinent infirmitatem et tribulationem.

11Beati illi, qui ea sustinebunt in pace,
quia a te, Altissime, coronabuntur.

12Laudatus sis, mi Domine, propter sororem mortem corporalem,
quam nullus homo vivens potest evadere.

13Vae illis, qui morientur in peccatis mortalibus;
beati illi, quos reperiet in tuis sanctissimis voluntatibus,
quia secunda mors non faciet eis malum.

14Laudate et benedicite Dominum meum,
gratias agite et servite illi magna humilitate.
 

英語

Most High, all-powerful, good Lord,
Yours are the praises, the glory, and the honor, and all blessing,
To You alone, Most High, do they belong, 
and no human is worthy to mention Your name.

Praised be You, my Lord, with all Your creatures, especially
Sir Brother Sun,
Who is the day and through whom You give us light.
And he is beautiful and radiant with great splendor;
and bears a likeness of You, Most High One.

Praised be You, my Lord, through Sister Moon and the stars,
in heaven You formed them clear and precious and beautiful.

Praised be You, my Lord, through Brother Wind,
and through the air, cloudy and serene, and every kind of weather,
through whom You give sustenance to Your creatures.

Praised be You, my Lord, through Sister Water,
who is very useful and humble and precious and chaste.

Praised be You, my Lord, through Brother Fire,
through whom You light the night,
and he is beautiful and playful and robust and strong.

Praised be You, my Lord, through our Sister Mother Earth,
who sustains and governs us,
and who produces various fruit with colored flowers and herbs.

Praised be You, my Lord, through those who give pardon for Your love, and bear infirmity and tribulation.

Blessed are those who endure in peace for by You, Most High, shall they be crowned.
 
Praised be You, my Lord, through our Sister Bodily Death,
from whom no one living can escape.
Woe to those who die in mortal sin.
Blessed are those whom death will find in Your most holy will,
for the second death shall do them no harm.
 
Praise and bless my Lord and give Him thanks
and serve Him with great humility.

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オンライン授業を活かすには-中高生無料通訳道場より

おかげさまで新コロ臨時休校中高生限定無料オンライン通訳道場も4クラス7回は無事終了!

私こそ、朝に夕に中高生のはじける声を楽しみに、まことに健康的な毎日をありがとうございました。

元女子校の先生が初対面の中高生のみなさんに出逢って、オンライン授業の強み、弱みを改めて実感しました。そして2つ、思うことは…

話し手の頭の中の景色を聴き手の頭の中で再現するのが通訳

1.地域の縛りはいらない。
今回は北海道から和歌山まで、さまざまな地域から参加者が集まりました。北海道で雪が降っているときに和歌山はみかんが熟れる温かさ。「え、いま雪なの?」「そうだよ、いま見せるから」こんなやりとりができると天気予報の見え方も変わるものです。

2.学年の縛りはいらない。
急に決めたことだったので、その日時に集まれるメンバーで始めました。学年別でも志望校別でもありません。中1と高卒が一緒というクラスもありました。素材は中1の教科書に出てくるストーリーでしたが…すぐに通訳トレーニングで扱うのは上級生にも充分やりがいアリ。下級生は質問をし、上級生はすでに習ったことを下級生にプチ先生として答え…これ、同学年クラスではなかなか容易でないことです。

課題は、円になって輪唱などのちいさなコミュニティづくりの活動ができないこと。私のアプローチは脳化と逆行するのですが。

というわけで、新学期もオンライン授業にするなら、地域の学校ごとにまとまっているばかりではちょっともったいないですよ。そういう部分があってもいいと思いますが、神奈川の中学生が長崎の中学の授業に参加…なにが問題?そういう変化に富む体験を、地元の学校で分かち合おうではありませんか。

新学期も休校が続くようです。通訳道場、もっと通訳に焦点をあてた講座を中高生限定無料オンラインで1クール(6回)やるかしら、と思っています。

新コロ休校中高生限定オンライン無料通訳道場

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国産チーズパンフ英訳、翻訳の前に大事なこと

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

自動翻訳もずいぶん精度が上がりました。それでも翻訳者がやらねばならないことが1つあります。

新しい読み手を想像することです。ゼロから書く心づもりでいることです。
(もちろん分野によります。自然科学論文、文芸作品はこの限りではありません。)

考えてみれば当たり前のことです。言語を変えるということは、異なる読者層を対象にするということです。

共働学舎の宮嶋さんからのご紹介で、チーズプロフェッショナル協さんの国産チーズパンフの英訳を担当したことがあります。共働学舎のチーズ大好きな私には願ってもないお話。大いに張り切りました。

もとのパンフはすみずみまで工夫が凝らされた素晴らしいものです。チーズになじみのない日本人に向けて、多種多様なナチュラルチーズの製法と楽しみ方を紹介。チーズの専門家、有名人のインタビュー記事は国産チーズに親しみを感じさせます。生産者のインタビューは情熱にあふれ、思わず応援したくなります。

さて、最初のご依頼は「全部英訳」

ん???

ここで新読者確認です。

英語はあまりに世界で広く使われすぎています。誰でも読めるけれど、誰も自分宛てと思わない可能性も大です。英訳の難しいところです。宛名のないラブレターになってはもったいない。

依頼主に確認したところ、主にヨーロッパとのことでした。

そうなると日本人向けの丁寧な説明部分はかえって冗長、不要となります。ヨーロッパのみなさんは先刻ご承知ですから。チーズの専門家、有名人のインタビュー記事もあまり意味をなしません。かえって生産者の声がかすんでしまいます。

優しいイラストからはもうチーズが薫るよう!

生産者の声にしぼることになり、英訳を始めると…今度は生産者の「日本人向け」のメッセージが気になりました。

「おいしさの感度って他国と日本は違います。日本人はきれいな味が好き。だから日本人シェフたちの意見を聞きながら僕は雑味のない味を目指してきました。」

ごもっともです。日本の地に足をつけた見事なお仕事。ヨーロッパ輸入チーズの強い風味が苦手なひとでもおいしく楽しめるのはこういうたゆまぬ努力あってこそです。

でも、ヨーロッパの人たちにはこう聞こえませんか?
「日本のおいしさの感度は特別です。日本人はきれいな味が好き。他国はきたない味でもいいみたいだけどね。だから日本人シェフの意見を聞きました。他国のシェフのアドバイスきくと雑味のあるものができちゃうかもしれないからね。」

大げさかもしれません。でも、この生産者の方はこんないやな意図で話したわけではありません。ならば誤解の芽はできるだけ摘んでおきたい。そこで、誤解の可能性について依頼主に連絡し次のような修整を打診しました。

「おいしさの感度って地域それぞれです。日本人はどうも繊細な風味が好き。(そうした味づくりに慣れた)日本のシェフたちに相談しました。おかげで気になるいやな雑味のない風味が生まれました。」

するとすぐに協会と広告会社で話し合いがもたれ、これで行こう、ということになりました。迅速かつ柔軟な対応はさすが、とありがたく思いました。

また、日本のチーズを喜んでもらえるのは、ヨーロッパでも多数派の風味がしっかりしたチーズが苦手な人たちだということも見えてきました。(ヨーロッパの友人にいます。気の毒…)

英文はこのとおりです。
“Taste preferences vary from country to country and region to region.Japanese people tend to prefer subtle, delicate flavors. To acheive such flavors without any unpleasant distraction, I consulted with servera Japanese chefs.”

将来、納豆のねばねばと苦さが嫌いな日本人のために、ヨーロッパからさらっとして臭くないナッツのようなフレーバーの納豆がやってきたら面白いですねえ。

翻訳は新しい読者を想定して、ゼロから書くつもりで。人間だもの。

通訳道場★横浜CATSはこちら

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新型コロナウィルスによる集団精神疾患?

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

新型コロナウィルス騒動、落ち着くのはいつごろでしょうか。

どうもウィルスによる呼吸器疾患そのものより、社会全体が自家製の不安、恐怖、怒りの精神疾患にかかっているように見えます。これには当のCOVID19もびっくりでしょう。

集団精神疾患の一因は…「敵視」であると私は 考えます。

メディアでは昔のえへん虫のように、COVID19を悪者として描いたイラストをよく見かけます。ウィルスは本当にそんな顔をしているのでしょうか?本当に悪者なのでしょうか?

私はそうは思いません。

私たちがウィルスと適切な距離を取り損ねたのだと思います。

適切な距離さえ取れれば、憎み、恐れる必要などありません。手洗いやうがい、人ごみを避けるのもその方法でしょう。

人間は自分たちが症状に苦しむようになって初めて、新しいウィルスに気がついて、いきなり敵視をはじめ、制御をこころみる。

個人的には、なんだか違うなあ、と思っています。

「これさえなければ私たちは健康、幸せ」という敵視発想が20世紀のいろんな商売や戦争を盛り立てたのでしょう。

でも、そもそも違う。

内田樹さんは「修業論」のなかでこう書いておいでです。

「天下に敵なし」とは。敵を「存在してはならないもの」ととらえないということである。そういうものは日常的風景として「あって当たり前」なので、特段気にしないという心的態度のことである。(中略)
因果論的な思考が「敵」を作り出すのである。
自分の不調を、何らかの原因の介在によって「あるべき、標準的な、理想的な私」から逸脱した状態として理解する構えそのものが適を作り出すのである。

持続可能な未来に、因果にもとづく敵視はなじみません。

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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