それは食品ロスじゃなくてfood wasteだ

こんにちは。持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

日本でも「食品ロス」が話題です。政府広報によると年間600万トンを超えるそうですが、あまりの量に10tトラック1700台分、なんて言われてもさらにクラクラしてしまいます。

ここでちょっと気になるのがこの「ロス」。英語の綴りは”loss”。lostからの逆成語で13世紀初出とあります。

まあ日本語では「ペットロス」「朝ドラロス」のように、自分の力ではどうにもできない喪失を嘆く気分によく使いますね。

ん?ちょっと待って。

冷蔵庫の中にショウガを入れたのを忘れてミイラにした本人がどの面さげてショウガロス?

そういえば、10年来通訳として参加している食品工学の学会ではfood waste を頻繁に使っていました。

たとえば、アフリカでは畑の作物を鉄道で都市部に運搬する。気温は高く、貨車は揺れ、作物の包装が不十分なので、都市に到着するころには積み荷の8割が食べられない状態。インフラやシステムの欠陥が原因で、人間がどうソフトな手を打っても、心がけてもどうしようもない。

これと、アメリカの家庭がいろいろと買い込みすぎて、1年でなん万円分もトマトを冷蔵庫でだめにするのと、まるで同じ?

後者は小さな工夫で改善できるのではないでしょうか?

この学会の集まりでは家庭で食品が無駄になることをいかに防ぐかをテーマにしていたので、一貫してfood wasteと言っていました。食べ物を無駄にする張本人は自分たちなのだ、自分たちの行動は変えられるんだ、という呼びかけもなされました。

ペットロスや朝ドラロス、ウェイトロスみたいに食品ロスなんていうのはちょっと甘いと思います。

植物や動物を誕生の時から人間の食物にすべく育て(←私はそもそもコレが嫌なのです。狩猟採集生活が理想)、それで食べないなんてとんだ罰当たり。

まあ、ふつうに何も感じずに訳せばfood wasteは「食品廃棄物」や「廃棄食品」あたりでいいのでしょうが、腹が立ってしょうがない。莫迦殺生くらい言ってやりたいもんです。

まあ、急な事情で、ということもあるでしょう。それでも堆肥囲いでもあれば新たな役目を果たせます。

日本の「始末」な台所仕事はどこへ行ったのでしょう。プンプン!

気を取り直して、
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バイデン大統領、就任演説のなかのAmerican Anthemとは?

なんとか無事終わったアメリカ大統領就任式。

バイデン大統領の演説にはジョージ・ワシントンの名も登場。
あちこちにリンカーンのゲティスバーグ演説のフレーズも見られました。

たとえばリンカーンがゲティスバーグの戦地をあらためて墓地として呼ぶときthis hallowed groundと呼んだのを連邦議事堂前の描写に使っています。

testもバイデンさん何度も使っています。リンカーンもtesting whether that nation or any nation so conceived can long endure…と。

the last full measure of devotion などこれを聴いてリンカーンを思い出さないとしたらわかったつもりでわかってない、でしょう。

さて、いろんな人物や地名が盛り込まれたスピーチのなかにAmerican Anthemというひとことがありました。

これは「星条旗よ永遠なれ」ではありません。割と新しい歌で、初演はスミソニアン協会の式典で、クリントン大統領夫妻を前にDenyce Gravesというメゾソプラノの歌手がい歌ったときだそうです。

いったんは訛って訳した方が歌いやすいべな、と思ったのですが、その格調高さに、あわてて讃美歌日本語をかきあつめてみました。

All we’ve been given
By those who came before
The dream of a nation
Where freedom would endure
The work and prayers
Of centuries
Have brought us to this day

What shall be our legacy?
What will our children say?
Let them say of me
I was one who believed
In sharing the blessings
I received
Let me know in my heart
When my days are through
America
America
I gave my best to you

Each generation from the plains
To distant shore with the gifts
What they were given
Were determined
To leave more
Valiant battles fought together
acts of conscience fought alone
these are the seeds
From which America has grown

Let them say of me
I was one who believed
In sharing the blessings
I received
Let me know in my heart
When my days are through
America
America
I gave my best to you

For those who think
They have nothing to share
Who fear in their hearts
There is no hero there
Know each quiet act
Of dignity is
That which fortifies
The soul of a nation
That never dies

Let them say of me
I was one who believed
In sharing the blessings
I received
Let me know in my heart
When my days are through
America
America
I gave my best to you
我ら受けしすべては
先に来りし者らより
その国の望みは
この地の自由久しくあれと、
働き、祈りの
幾世紀
そして今日我らあり

何を我らは遺しゆく
如何に子らは我らを語る
子らに我をかく語らせむ
かの人信念のもと
受けし恵みを
分かち合えり
我が心に知らしめよ
我が日の尽きるとき
アメリカよ
アメリカよ
我汝に最善を捧げたりと

大平原より、はるかなる海辺より
おのがじし世代、賜物たずさえ来る
その賜物の定めには
さらに遺せと
雄々しき戦は共に闘い
善なる行い身一つで
これらを種に
アメリカ育つ

子らに我をかく語らせむ
かの人信念のもと
受けし恵みを
分かち合えり
我が心に知らしめよ
我が日の尽きるとき
アメリカよ
アメリカよ
我汝に最善を捧げたりと

何ら分かち合うべきもの
無しと思う者
恐れを心にいだく者
其処にいさお無し
思い知れ、静けく
気高き行いは
国の魂に
力をあたえ
死に絶ゆることなし

子らをして我をかく語らせむ
かの人信念のもと
受けし恵みを
分かち合えり
我が心に知らしめよ
我が日の尽きるとき
アメリカよ
アメリカよ
我汝に最善を捧げたりと

シュタイナー学校の先生のための英詩講座はこちら。

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横浜の戦没捕虜追悼礼拝で心に響いた、ニュージーランド来賓のスピーチ

こんにちは。持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

今年も8月の第1土曜に横浜は保土ヶ谷の英連邦墓地で、戦没捕虜追悼礼拝が執り行われました。通訳道場も慎重を期し、今年は横浜在住の私だけで奉仕に参加しました。

新コロ騒動の先行きも見えない中、奥津隆雄牧師を代表とする実行委員会は、礼拝を中止することは考えませんでした。ここに眠る戦争捕虜の方々は、日本に連行され、食糧も医療も衣服も充分に与えられず、病状が悪化する中、強制労働につかされ、多くは20代で亡くなっています。一方、私たちはマスクも消毒液も手に入れることができます。こんなことで引っ込んでいるわけにはいきません。

検温、消毒液の用意、書籍販売の中止、讃美歌は1番だけ、FBライブ配信、参加申し込みはネットで、など皆でできるだけのことをして、当日を迎えました。

旧英連邦大使館の来賓の方々は「よくぞ中止にしないでくれた。」と熱っぽく語られ、距離がいっそう縮んだように感じられました。数多くのイベントが中止されるなか、この礼拝の存在感が例年よりひときわ大きくなったのかもしれません。

なかでも、ニュージーランド大使館付武官のマクミラン大佐のスピーチが2つの点で心に響きました。

ひとつは、武勲を称賛するイベントと和解を友好をともに誓うこの礼拝の違いを率直に述べていること。もうひとつは、歴史を通じてどの国も自国の捕虜たちへの顧慮不足を繰り返してきたと指摘していること。

相当する2か所を引用します。当日配布された奥津隆雄先生の翻訳を大いに参考にさせていただきました。ありがとうございます。

Although I have attended services at Hodogaya for ANZAC Day and for Remembrance Day, this is the first time that I have attended the Prisoner of War Memorial Service. I was moved by how different the circumstances are. Here we have a group of people who have made an amazing step at reconciliation in order to highlight the dreadful circumstances experienced by the Allied Prisoners of War.
私はこれまで、ここ保土ヶ谷の墓地でアンザック・デーとリメンバランス・デーの式典に出席して参りましたが、この戦没捕虜追悼礼拝に参加するのはこれが初めてです。その様子があまりに異なることに心動かされております。ここに集う皆さまは、和解を目指して素晴らしい一歩をすでに踏み出し、連合国の捕虜たちが体験した恐るべき境遇に光をあてようとしておられます。….

In every war there have been specific battles or incidents that draw our attention to the human toll. We frequently remember those who have died in war, and we honour their sacrifice. But in war, there is one constant that we may overlook: its prisoners.
Prisoners of War often account for a large proportion of the combatants. Yet the sheer scale of war means that we sometimes reflect on the enormity of the battles, and sometimes we are overwhelmed by the many other parts of war, and miss seeing what we should.
どの戦争にも際立った戦闘や事件があり、私たちはその犠牲者数に気をとられます。私たちはしばしば戦いのさなかに死んだ者を想起し、その犠牲を讃えます。しかし、戦争について相も変わらず見過ごしてしまうことがひとつあります。戦争捕虜たちのことです。戦争捕虜が戦闘員の大部分を占めることもしばしばです。それでも、こと大戦争となれば、諸戦闘の烈しさをふり返ったり、他の要素に圧倒されたりはしても、見るべきものを見逃してしまうのです。

from the Greeting at the 26th POW memorial service by Group Captain Nicholas McMillan, Defence Attache, New Zealand Embassy
ニュージーランド大使館付武官 ニコラス・マクミラン空軍大佐の第26回英連邦戦没捕虜追悼礼拝挨拶より

通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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イギリス好きなら訪れてほしい、横浜のもうひとつの外人墓地

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

ご存知ですか?横浜には2つ外人墓地があります。

え?山手は有名だけれど、もうひとつはどこ?

保土ヶ谷は狩場の丘の上、巨木の森深くに「英連邦戦死者墓地」はあります。ここにはイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、パキスタン、オランダの戦死者の方々2000名近くが眠ります。

なぜ、ここに?なぜ、こんなに沢山の方が?

世界中でいろいろなことをやらかした大英帝国は戦没者を亡くなった現地で埋葬する方針をとりました。遺骨を祖国の遺族のもとに戻すのはとても大変ですから。

ということは、この方たちは日本で…?

美しい墓石の享年は17歳、19歳、…胸つぶれる思いがします。

そうです。

日本軍の捕虜となった英連邦の兵士たちは日本に連行されました。「生きて虜囚の辱めを受けず」と唱導した日本軍が捕虜に関するハーグ、ジュネーブ協定を守るはずもありません。捕虜たちは人間以下の扱いを受けたのです。彼らは大船、鶴見、函館など各地の工場で強制労働に就かされ、体調を崩し、充分な栄養と医療を与えられることなく亡くなりました。

同じような捕虜虐待はタイとミャンマーをつなぐ泰緬鉄道の突貫工事でも起こり、2万人ほどの英連邦の方々、8万人ほどのアジア人労務者が亡くなっています。

このことに居てもたってもいられなくなった「クワイ河に虹をかけた男」永瀬隆さん、青学の雨宮剛先生、ICUの斎藤和明先生が、英連邦戦死者墓地で初めての追悼礼拝を始めたのは1995年のこと。今年も新コロ感染予防に必要なことをしたうえで、8月1日11時から礼拝が行われます。各大使館からも大使館付武官の方々が7名も参加してくださいます。私もインド大使館の方の締めのスピーチを通訳します。当然のことながら原稿ナシなのでいつもどおり準備します。

インド大使館のボーズさんの通訳をしています。

イギリス大好きだけれど、新コロ騒動で行けないわ、という皆さん、横浜の英連邦戦死者墓地での追悼礼拝にぜひお出かけください。次に渡英するときのよい準備にもなることでしょう。

横浜 英連邦戦没捕虜追悼礼拝 8月1日 11時 詳細とお申し込みはこちらから

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新型コロナ騒動のさなか、嬉しいこと

持続可能な社会のための通訳者、冠木友紀子です。

新コロ騒動、メディアの街頭インタビューに登場する人たちは、異口同音に「不安」を唱えます。

それはそうだろうけれど、私はちょっと違うことを感じています。

私は「自粛」以降、皆さんの「優しさ」に感じ入っています。

オンラインで通訳練習をする大人も、遠隔授業の大学生も、たまに出かけるお店の人も…

皆さん、優しいのです。苛立った声は自分の声以外聞いたことがありません!!!とほほ…

この感覚は前に体験したことが…そう、父が急逝したときのことでした。それまで母と妹と私の会話はそれぞれが言いたいことをぶつけ合う乱暴なもの。それが、急に3人とも優しくなったのです。父の急逝という悲しみを共にして、「○○(相手)も悲しいに違いない。大丈夫か様子が知りたい」と相手本位に、静かに聴き、話すようになったのです。それまではそれぞれに別々の人生を歩んでいて、別々だからこそわーわーしゃべって分かってもらいたい、でも聞いてくれない、とわめいていたのです。

いま、新型コロナウィルスという課題を共にして、私たちは互いに「きっと大変でしょう。お疲れではないですか?」と言葉にしなくても心で思っているのではないでしょうか。

「私、優しくなった!」なんて思っている人はそうそういないと思いますが、きっと皆さんちょっとずつ優しくなっています。ちょっとずつでも皆さんなんですから、これは相当なこと。私は今の地元の町の空気はなかなかいいと思っています。

私たちが優しくなれるのは、自分に余裕があるときよりも、誰かと痛み、悲しみを共にしているときではないでしょうか。 優しさが友を想う行動につながりますように。

ロッシーニの「3つの聖歌」のひとつ、「愛」も「苦しみゆえに人はつながる」と歌います。この歌には観音様が思われてなりません?!フェリス中高OG合唱団では次のコンサートに向けて、この愛唱歌を今頃練習しているはずだったのですが…練習再開の見込みがたちません。海外の動画でお楽しみください。

愛にみてるわが主よ
ながみ手にいだかれて
ともとなりしわれらは
くるしみをわかちあわん

愛にやどる主なるかみ
まずしきものにのぞみをあとう
愛にみてるこころは
よにひかりをもたらさん

ながひかりおおうところ
にくみあらそいあとをたちて
とわにしらす主のあい
たたかいをうちしずめん
にくみあらそいあとをたたん
(訳 鈴木一郎)

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日本軍傷病兵を見た英連邦俘虜が咄嗟に行ったのは…?

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

戦争はいつ始まり、終わるのでしょう。

表向きはいがみ合う国家の指導者たちの号令とともに始まり、彼らの宣言をもって終わるように見えます。

でも、細かく見れば、そうした号令を受け入れる素地を人々が用意したときにすでに始まっているとも見えます。いまも戦場を農場、人々の財布、胃袋に変えながら戦争は続いているとも見えます。

また、戦いのさなかに一瞬の平和の光が差すこともあります。国籍、立場から自由に、ひとがひとに戻る瞬間があります。

第二次大戦のさなか、タイのカンチャナブリからバンコクへ向かう鉄路で、日本軍の捕虜となった英連邦の兵士たちの車両と日本軍の傷病兵の車両が近くに居合わせた時がありました。

このときの出来事を想うと、戦争も平和も毎日さまざまな形で生まれては消えていくように思われます。戦争はあの頃のことではない。だから今日も明日も平和を創り出し続けるのです。

泰緬鉄道で強制労働についた元英連邦戦争捕虜、アーネスト・ゴードンさんの「クワイ河収容所」からご紹介します。英日読書会については投稿末のリンクをご覧ください。

「彼らはビルまでの先頭にもはや役立たなくなり、鉄道列車に積み込まれてバンコクへ戻されるレ途中の傷病兵たちであった。(中略)移送中はいっさい手当てが与えられないにもかかわらず生きなければならなかったのだ。
 彼らの状態は見るに耐えかねた。誰もが愕然として息をのんだ。私はそれまで、いや、いまもって、あれほど汚い人間の姿を見たことがない。戦闘服には、泥、血、大便などが固まってこびりついていた。痛々しい傷口は加納氏、全体が膿で覆われて膿の中からは無数のうじが這い出ていた。しかし、うじが化膿した肉を食うことから、壊疽を起こすのは防止されていた。
 私h達は日本兵が俘虜に対して残酷であることを体験してきた。それが何故にであるかということを、いまはっきり見てとった。日本軍は自軍の兵士に対してもこのように残酷なのである。まったく一片の思い遣りすら持たない軍隊なのである。それならば、どうして私たち俘虜への配慮など持ち得ようか。
 負傷兵は遠くを眺めるようなわびしい目で私たちを見ながら、貨車の壁に頭を寄りかからせて座っていた。彼らは死を待つ人々であった。(中略)
 私たちの班の将校たちは、ほとんどの者が、ひと言も発することなく、自分たちの雑能を開き、配給された食糧、布切れ1,2枚、手に水筒を持って、日本兵の列車へ歩きだした。
 私たちを見張っていた番兵は「ノー・グーダッ!ノー・グーダッ!」と叫んでいた。だが私たちをさえぎることができなかった。私たちは番兵の方を見向きもせず、適性のかたわらにひざまずき、水と食べ物を与えていた。そして海をぬぐいとり傷口に布を巻いてやっていた。やがて私たちが戻ってゆくとき、感謝の叫びである「アラガットウ!」という声が、私たちの背に何度も投げかけられた。」(第10章 最後の旅路 382-383ページ)

「クワイ河収容所」アーネスト・ゴードン著 齋藤和明訳 ちくま学芸文庫

「クワイ河収容所」はドキュメンタリー告発本ではありません。心のオデッセイです。新型コロウィルスを敵と呼び、ウィルス以上に不安にまみれる今こそこの本を読みたいと思います。消毒薬もマスクも、食事も服もなかった、強制労働しかない収容所から、どうして彼らの心が甦ったのか、静かに尋ねたいと願います。

「クワイ河収容所」名訳と英語初版にふれる読書会 無料体験へどうぞ!

横浜保土ヶ谷の英連邦墓地では日本国内で強制労働などにより死亡した捕虜たち2000名ほどが眠ります。
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新コロ騒動が開花させたチカラとは

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

新コロ騒動どうなりますやら。

皆さんそれぞれにこれまで通りでない生活に多少のご苦労がおありのことでしょう。

私はオサンドンと皿洗いが3日続いたときは、ダイニングの一隅に竹藪のパンダよろしく微動だにせず座って食べ続ける家人にキレました。ただ、パンダさんはおサルさんがキレても「???」。おサルさんはビールだか何かのおまけで貰って山ほどたまったダサいガラスコップを2つばかりオシャカにしました。

お耳汚しでございました。

でもね、私はおおっ!と感激していることがあるんです(パンダ氏にではなく)。

それは、セルフモニタリングの力。

大学の短縮授業はオンラインです。驚異の出席率に貢献度。なにがこれまでと違う…?

なるほど…ふだんは授業中に自分ではクラスメートも自分もそれほどよく見ていません。先生は教室をウロウロ。「へ、私のことなんかそんなに見てないでしょ。」

ところがZoomだと先生もみんなも、そしてなんと自分もモニターで同じように見える!

つまり、ずっと鏡を見ている状態になるんです。

ビデオをオンにする効果は絶大です。

人間は自分のことがいちばん気になる。こんなんでいいのか!と思う、修整する。これがセルフモニタリングの力です。先生にやいのやいの言われるより効果絶大。

オンライン授業にはできないことも沢山。でも、このセルフモニタリング着火はリアルよりよほどうまくいく。

というわけで、新コロ騒動も悪いことばかりではありません。それぞれ女優たるべく気が済むまで精進し、せいぜい「ごきげん」でいましょう。

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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泰緬鉄道、捕虜たちの心を甦らせた「友」は…

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

私は大学でも通訳を教えています。なにより面白いのは、ウォーミングアップで学生たちの近況ニュースを聴くこと。誰もが自分の日常は取るに足らないと思っています。でも、それは自分だけ。自分以外の誰にとっても想定外の珍事です。大いに盛り上がります。

ただ、ある学生の近況にクラスが絶句、のち激怒したことがありました。

彼女は留学時代の「友人」と目上の人を訪問する約束をしていたのに、友人は待ち合わせにちっとも現れない。電話も通じない。目上の方に遅れることをわびる電話を入れると、なんと友人はすでに目上の人を別の友人と訪問中。彼女だけ約束をすっぽかしたことになるところでした。で!彼女は友人に怒れない、というのです。この友人がいないと留学時代の友人たちに連絡がとれなくなるから仕方ないのだそうで。

なんだそりゃ!

「そんなの友達じゃない。貸し借り関係。利用し合っているだけ。」クラスのみんなは一刀両断。よく言った。

さて、私はどう答えたものか。私は心理カウンセラーではないし、人生の諸問題を心理問題化するのには抵抗があります。

そうだ、文学ほどの心理カウンセラーはいない。

次週はカリール・ジブランの「預言者」から「友人について」の章と「クワイ河収容所」から、次の場面を紹介しました。

第二次大戦中、日本軍はイギリス軍が諦めたタイ―ミャンマーインドの鉄路建設に着手、アジア人労務者、英連邦捕虜に強制労働を求め、10万人あまりを死なせます。布のみを腰に巻き、裸足で朝から晩まで工事にあたった捕虜たちが帰ってくると… シャベルが1つ足りません。このままでは隊全員射殺されます。そこでアガーイル隊員がとった行動は…

クワイ河畔。山辺に鉄路が見えます

「その日、一日の仕事が終了した。ただちに工事用具の確認が行われた。確認がすみ宿舎へ帰る寸前というところで日本軍の俘虜監視兵が、シャベルが一本足りないと宣言した。その日本兵は、タイ人に売ろうとして誰かが盗んだのだと主張した。俘虜たちの列の前を彼は大股で歩きつつ、どなりちらしていた。俘虜たちが卑劣で愚かであること、さらに最も許しがたいことには天皇に対する忘恩の不敬をおかしていること、それらをなじった。
 さらに彼は、ブロウクン・イングリッシュの憤怒の声を張りあげて、盗んだものは一歩前へ出て罰を受けろと命令した。だが誰一人動かなかった。監視兵の怒りは一段と強まった。すぐに暴力をふるうだろうと誰もが思った。『全員死ぬ!全員死ぬ!」と、逆上した彼は、金切り声で叫んだ。彼は自分が本気であるのを示すために、銃を取り安全装置をはずし、肩にあてて狙いをつけた。俘虜たちをひと通り眺めたうえで左端の者から射殺しようとした。
 その時、そのアガーイル隊員が列の前に進み出たのだ。彼は直立不動の姿勢をとり、こう言った。穏やかな声だった。

「私がやりました」

監視兵はそれまで熱しつづけていた怒りを一気に爆発させた。彼はその気の毒な俘虜を蹴とばした。こぶしでなぐった。それでもアガーイル部隊の兵士は姿勢をくずさなかった。鮮血が顔に流れた。それでも彼はうめき声を出さなかった。その声1つたてない落ち着きが、監視兵の憤激をよけいに駆りたてた。監視兵はいったん手放した銃の銃身を握って高く頭の上に振りあげた。そしてひと声わめき声をあげて、銃尻をアガーイル兵の頭蓋骨へ振り下ろした。彼の身体は、ぐにゃりと地に倒れて、それきり動かなかった。死んだのは歴然としていた。それなのに、完全に死んでしまっているのにであるが、その監視兵は、幾度も銃尻を振り下ろしてアガーイル部隊の兵士をなぐりつけた。ついに、やっと自分が疲れはてたとき、なぐる手をとめたのである。

 労働班の仲間たちは戦友の遺体を持ちあげ、用具をかついで収容所へ向かって行進した。

収容所の門衛のところでも検査がある。用具はもう一度勘定された。ところがシャベルは、一本足りないはずなのが、全部そろっていたことがわかった。

 この話がくり返し伝えられた。そして、すばらしいことだと言ってよいと思うが、いつ語られても、アガーイル兵に対する俘虜たちの賞讃の念のほうが、日本軍の監視兵への憎悪を超えて強かった。」

(「クワイ河収容所」アーネスト・ゴードン著 齋藤和明訳)

「人その友のために己の命を棄つる。これより大いなる愛はなし。(ヨハネ伝 5章13節)」

さきほどの学生は、別人のように力強い眼差しでこう言いました。「だめだ。私たちぜんぜん違う。」

「クワイ河収容所」読書会はじまります。無料体験は6月21・25日です。

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弱ったら、自分の足で立ち上がらなくてもいい

新コロ騒動も収束への道筋がなかなか見えません。

在宅時間が長くなる…仕事はどうなるのか…就職活動は…子どもの学習は…考えだしたら不安になります。考えたってしょうがないよ、でサッパリしていられる人はおおいに結構ですが、そういう人ばかりではありません。

不安の連鎖を自分で止めることができないほど弱っている人に「心配いらない」「そんなこと考えるのよしなさい」「しっかりしなさい」のような言葉かけは御無用。さらなる重荷にしかならないだろうと思います。

人は弱った時に「自分の力で」再び立ち上がらなくていい。そういうときは、「友」がその人を背負って立ち上がるものだと思っています。

私も2度、友に救われました。

高3のとき、女性の英語の先生が嫌いで嫌いで毎日ウンザリ、成績も急降下。そんなとき、中1のころ一緒にバンドを組んでいた友人がこう言ったのです。「でもさ、なんか私、あなたが自然に英語使ってるとこ目に浮かぶんだわ」これを聞いた瞬間、鎧だか、氷だか、何かが溶けていくのを感じました。

それから12年後、母校から転勤した学校でことごとく否定され(これも今は感謝しています)、突然仕事を失って朝から泣いてばかりいたころのこと。人づてに母校のある先生の言葉が伝わってきました。「彼女はこれで終わるひとじゃない。」突然心に光が差したようでした。

私にとって光のようだった2人の言葉はとても自然で、私を励まそうといろいろ考えたものとも思えませんでした。長い時間を深くかかわって一緒に過ごしたからこそ、私が見失っていた自分の本質を、鏡のように映し出してくれたのでしょう。

みなさんにもそんな瞬間があったのではないでしょうか。みなさんの言葉、行動が誰かを救った瞬間がきっとあったことでしょう。

弱ったときは弱った自分を責めないで。友の言葉を待ってもよいでしょう。

元気な皆さん、みなさんの言葉を待っている誰かがいるかもしれませんよ。

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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ケネディ元大使「お礼のことば」字幕に学ぶ

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

毎月12回!行っている朝稽古では、日英両方で読める名作を少しずつ音読し、先人から学んでいます。たとえば、「手仕事の日本」(柳宗悦著)、「天声人語」、「神道バイリンガルガイド」、今をときめくノア・ユヴァル・ハラリの「21Lessons」など。

今朝、Eさんが用意したのはキャロル・ケネディ元駐日アメリカ大使のお別れの挨拶の一部。「ケネディ大使の英語はpure and simpleですてきなんですが、日本語が…」

おやおや、そういうこともあるものなんですね。ちょいと拝見。

前略
I am grateful to the people of Tohoku for
welcoming me and for inspiring the world
with your courage and resilience.
I was deeply moved
to meet students who are staying in the
region to work on revitalization,
local officials who put their communities
first despite great personal loss and
see the progress being made over the
past three years to rebuild lives and communities.
後略

「?」が残るという日本語は、大使館の仮訳です。太字のところが不思議、という意見が続きました。

私を温かく迎えてくれた東北の皆さん
皆さんの強さは世界を元気にしています
被災地に残って復興を助ける学生や
自らが被災しているにもかかわらず
復興に取り組む自治体職員の姿に
胸が熱くなりました。
人々の生活や地域の再建は
進んでいます

調べてみると、これはYouTubeの動画でした。確かに字幕は翻訳と違って、一定時間で表示できる文字数に限界があります。表現は文字ですが、時間との勝負である点、通訳と似ています。通訳の練習に字幕づくりはおすすめです。このご時世、家でもできますしね。

2分12秒あたりからどうぞ。

さて、太字部分について。「強さ」「元気」はちょっと深みに欠けるかもしれません。最後の一文がなんだか復興庁長官の発言みたいになっているのは、I was moved toと切れてしまったように見えるから。

そのへんを手直ししてみました。ただ、この動画は大使館のものなので公開で字幕受付をしていないので、おせっかいの焼きようがありませんが。外国語が使えるのと翻訳通訳ができるのはまた別のことです。日本語も外国語と同じ心構えで語源とともおに学び直し、イメージ思考を鍛えることが欠かせません。

東北の皆さんに感謝します。
皆さんは私を温かく迎え
勇敢に復活するその姿は世界を
奮い立たせてくれました。
被災地にとどまり復興に取り組む学生たちや、
自らひどく罹災しながらも
地元を最優先する自治体職員たちとの出会い
ここ3年の生活と地域の再建ぶりを
目にして深く心打たれました。


巣ごもり期間、お家で心躍る英語ストーリーテリングとそのまま語れる日本語小冊子「The Whisperiing Road」をどうぞ。



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