横浜の戦没捕虜追悼礼拝で心に響いた、ニュージーランド来賓のスピーチ

こんにちは。持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

今年も8月の第1土曜に横浜は保土ヶ谷の英連邦墓地で、戦没捕虜追悼礼拝が執り行われました。通訳道場も慎重を期し、今年は横浜在住の私だけで奉仕に参加しました。

新コロ騒動の先行きも見えない中、奥津隆雄牧師を代表とする実行委員会は、礼拝を中止することは考えませんでした。ここに眠る戦争捕虜の方々は、日本に連行され、食糧も医療も衣服も充分に与えられず、病状が悪化する中、強制労働につかされ、多くは20代で亡くなっています。一方、私たちはマスクも消毒液も手に入れることができます。こんなことで引っ込んでいるわけにはいきません。

検温、消毒液の用意、書籍販売の中止、讃美歌は1番だけ、FBライブ配信、参加申し込みはネットで、など皆でできるだけのことをして、当日を迎えました。

旧英連邦大使館の来賓の方々は「よくぞ中止にしないでくれた。」と熱っぽく語られ、距離がいっそう縮んだように感じられました。数多くのイベントが中止されるなか、この礼拝の存在感が例年よりひときわ大きくなったのかもしれません。

なかでも、ニュージーランド大使館付武官のマクミラン大佐のスピーチが2つの点で心に響きました。

ひとつは、武勲を称賛するイベントと和解を友好をともに誓うこの礼拝の違いを率直に述べていること。もうひとつは、歴史を通じてどの国も自国の捕虜たちへの顧慮不足を繰り返してきたと指摘していること。

相当する2か所を引用します。当日配布された奥津隆雄先生の翻訳を大いに参考にさせていただきました。ありがとうございます。

Although I have attended services at Hodogaya for ANZAC Day and for Remembrance Day, this is the first time that I have attended the Prisoner of War Memorial Service. I was moved by how different the circumstances are. Here we have a group of people who have made an amazing step at reconciliation in order to highlight the dreadful circumstances experienced by the Allied Prisoners of War.
私はこれまで、ここ保土ヶ谷の墓地でアンザック・デーとリメンバランス・デーの式典に出席して参りましたが、この戦没捕虜追悼礼拝に参加するのはこれが初めてです。その様子があまりに異なることに心動かされております。ここに集う皆さまは、和解を目指して素晴らしい一歩をすでに踏み出し、連合国の捕虜たちが体験した恐るべき境遇に光をあてようとしておられます。….

In every war there have been specific battles or incidents that draw our attention to the human toll. We frequently remember those who have died in war, and we honour their sacrifice. But in war, there is one constant that we may overlook: its prisoners.
Prisoners of War often account for a large proportion of the combatants. Yet the sheer scale of war means that we sometimes reflect on the enormity of the battles, and sometimes we are overwhelmed by the many other parts of war, and miss seeing what we should.
どの戦争にも際立った戦闘や事件があり、私たちはその犠牲者数に気をとられます。私たちはしばしば戦いのさなかに死んだ者を想起し、その犠牲を讃えます。しかし、戦争について相も変わらず見過ごしてしまうことがひとつあります。戦争捕虜たちのことです。戦争捕虜が戦闘員の大部分を占めることもしばしばです。それでも、こと大戦争となれば、諸戦闘の烈しさをふり返ったり、他の要素に圧倒されたりはしても、見るべきものを見逃してしまうのです。

from the Greeting at the 26th POW memorial service by Group Captain Nicholas McMillan, Defence Attache, New Zealand Embassy
ニュージーランド大使館付武官 ニコラス・マクミラン空軍大佐の第26回英連邦戦没捕虜追悼礼拝挨拶より

通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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イギリス好きなら訪れてほしい、横浜のもうひとつの外人墓地

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

ご存知ですか?横浜には2つ外人墓地があります。

え?山手は有名だけれど、もうひとつはどこ?

保土ヶ谷は狩場の丘の上、巨木の森深くに「英連邦戦死者墓地」はあります。ここにはイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、パキスタン、オランダの戦死者の方々2000名近くが眠ります。

なぜ、ここに?なぜ、こんなに沢山の方が?

世界中でいろいろなことをやらかした大英帝国は戦没者を亡くなった現地で埋葬する方針をとりました。遺骨を祖国の遺族のもとに戻すのはとても大変ですから。

ということは、この方たちは日本で…?

美しい墓石の享年は17歳、19歳、…胸つぶれる思いがします。

そうです。

日本軍の捕虜となった英連邦の兵士たちは日本に連行されました。「生きて虜囚の辱めを受けず」と唱導した日本軍が捕虜に関するハーグ、ジュネーブ協定を守るはずもありません。捕虜たちは人間以下の扱いを受けたのです。彼らは大船、鶴見、函館など各地の工場で強制労働に就かされ、体調を崩し、充分な栄養と医療を与えられることなく亡くなりました。

同じような捕虜虐待はタイとミャンマーをつなぐ泰緬鉄道の突貫工事でも起こり、2万人ほどの英連邦の方々、8万人ほどのアジア人労務者が亡くなっています。

このことに居てもたってもいられなくなった「クワイ河に虹をかけた男」永瀬隆さん、青学の雨宮剛先生、ICUの斎藤和明先生が、英連邦戦死者墓地で初めての追悼礼拝を始めたのは1995年のこと。今年も新コロ感染予防に必要なことをしたうえで、8月1日11時から礼拝が行われます。各大使館からも大使館付武官の方々が7名も参加してくださいます。私もインド大使館の方の締めのスピーチを通訳します。当然のことながら原稿ナシなのでいつもどおり準備します。

インド大使館のボーズさんの通訳をしています。

イギリス大好きだけれど、新コロ騒動で行けないわ、という皆さん、横浜の英連邦戦死者墓地での追悼礼拝にぜひお出かけください。次に渡英するときのよい準備にもなることでしょう。

横浜 英連邦戦没捕虜追悼礼拝 8月1日 11時 詳細とお申し込みはこちらから

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弱ったら、自分の足で立ち上がらなくてもいい

新コロ騒動も収束への道筋がなかなか見えません。

在宅時間が長くなる…仕事はどうなるのか…就職活動は…子どもの学習は…考えだしたら不安になります。考えたってしょうがないよ、でサッパリしていられる人はおおいに結構ですが、そういう人ばかりではありません。

不安の連鎖を自分で止めることができないほど弱っている人に「心配いらない」「そんなこと考えるのよしなさい」「しっかりしなさい」のような言葉かけは御無用。さらなる重荷にしかならないだろうと思います。

人は弱った時に「自分の力で」再び立ち上がらなくていい。そういうときは、「友」がその人を背負って立ち上がるものだと思っています。

私も2度、友に救われました。

高3のとき、女性の英語の先生が嫌いで嫌いで毎日ウンザリ、成績も急降下。そんなとき、中1のころ一緒にバンドを組んでいた友人がこう言ったのです。「でもさ、なんか私、あなたが自然に英語使ってるとこ目に浮かぶんだわ」これを聞いた瞬間、鎧だか、氷だか、何かが溶けていくのを感じました。

それから12年後、母校から転勤した学校でことごとく否定され(これも今は感謝しています)、突然仕事を失って朝から泣いてばかりいたころのこと。人づてに母校のある先生の言葉が伝わってきました。「彼女はこれで終わるひとじゃない。」突然心に光が差したようでした。

私にとって光のようだった2人の言葉はとても自然で、私を励まそうといろいろ考えたものとも思えませんでした。長い時間を深くかかわって一緒に過ごしたからこそ、私が見失っていた自分の本質を、鏡のように映し出してくれたのでしょう。

みなさんにもそんな瞬間があったのではないでしょうか。みなさんの言葉、行動が誰かを救った瞬間がきっとあったことでしょう。

弱ったときは弱った自分を責めないで。友の言葉を待ってもよいでしょう。

元気な皆さん、みなさんの言葉を待っている誰かがいるかもしれませんよ。

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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洋楽歌詞、本当はこう歌ってるのでは?―Deacon Blues by Steely Dan

こんにちは。持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

便利な世の中になりました。でも何でも検索できると思ったら大間違い。自分の知らないことは検索できない。知らない音楽は聴けない。だから人に教わるのがありがたい。

訳詞に満足できない、とM姉さんがSteely Danを教えてくれました。以来すっかり気に入っています。今日はDeacon Bluesをとりあげます。

それにしても、かっこいい。洗練されてる。なによりあの半音が心地よい。MUと呼ばれるコード(CソドミをCmuソレミにずらす。ドとミのあわいが際立つ)は12世紀の聖歌からひとの耳になじんだものだそうで。

いろいろな楽器が繊細な音のレイヤー重ねていくようで、ヴェールペインティング(層技法絵画)を想います。すべての楽器が輝いているのに、どれも野暮な主役を主張しない。さらりと主役を交代していく。

Steely Danに参加したプレーヤーが言っていました。「考え尽くす、試し尽くす、完璧にする。さらに完璧の先を行く。それが自然なんだ」と。

フェイゲンはこの曲をベッカーと振り返って、「なんか俺、ジェリー・ルイスみたいな声出している」と言っています。ジェリー・ルイスといえば寄り目のアクションを志村けんが取り入れたとか。我らが志村けん、同じ年ごろのSteely Danを聴いていたのでしょうか…

さて、少しずつご一緒に。原詩の右端の数字は韻の目印です。

 This is the day1
Of the expanding man2
That shape is my shade1
There where I used to stand2
It seems like only yesterday1
I gazed through the glass3
At ramblers4
Wild gamblers4
That's all in the past3

今日こそは
意識拡張者の日
その姿は俺の影だ
そこはかつて俺が立っていたところ
つい昨日のようだ
グラス越しにじっと見た
ごろつきどもを
荒くれ勝負師どもを
すべては過ぎたこと

2行目のthe expanding manはアルフレッド・べスターのSF小説「破壊(分解)された男」に登場する人物。思考と意識を自分を超えて拡張できる能力があるとか。地元の図書館が再開したら日本の文庫版を確認してきます。

3行目まではこれからナニヤラ大きなことが始まる気配ですが、4行目以降で語り手の現在はどうもイマイチ、ブイブイ言わせていたのは昔のことらしいと察せられます。なるほど、この曲はアメリカでは中年の危機にある人々に愛され続けているそうです。

man とstand、 glassと pastで韻と言えるの?と思われるかも知れません。綴りとしては不完全な韻です。でも歌をお聴きください。ばっちりです。歌は母音が長くなって強調されます。おまけにフェイゲンは行末の子音を柔らかく歌ってますから丁度いいです。

You call me a fool1
You say it's a crazy scheme2
This one's for real1?2?
I already bought the dream2
So useless to ask me why3
Throw a kiss and say goodbye3
I'll make it this time4
I'm ready to cross that fine line4

お前は俺をばかという
血迷った企みだという
これは本気だ
もうこの夢は買った
だから無駄だ、なぜと訊いても
投げキスしてさよならだ
今度はきっとやってやる
覚悟してる、あの一線を超えると

おや、Youが登場。誰なんでしょうね。フェイゲンはインタビューでこんな風に言っています。

“‘Deacon Blues’ is about as close to autobiography as our tunes get. We were both kids who grew up in the suburbs, we both felt fairly alienated. Like a lot of kids in the ’50s, we were looking for some kind of alternative culture, an escape from where we found ourselves.”
「Deacon Bluesって僕らの自伝みたいなもの。二人とも子どもの頃は郊外で育ったけど、すごく疎外感があった。50年代、多くの子どもたちと同じように僕らもなんらかのオルタナティブな文化を探してた。実際の居場所からの逃避としてね。」

どうも「夢から覚めろ。現実を見るんだ。それじゃ食えないぞ」てなことを言うドリーム・ブレイカーのようです。

さて、コーラス?サビの部分です。改行がうまく表示されるといいのですが…

I'll learn to work the saxophone1
I'll play just what I feel2
Drink Scotch whisky all night long1
And die behind the wheel2
They got a name for the winners in the world
I want a name when I lose 3
They call Alabama the Crimson Tide4
Call me Deacon Blues3

ものにするんだ、サックスを
ただ感じるままに吹き鳴らす
スコッチ夜通し飲み明かし
死ぬんだ、車運転しながら
世間は勝者に呼び名を与える
俺は名が欲しいのは負けの時
アラバマ大がクリムゾン・タイドなら
俺はディーコン・ブルースと呼んでくれ

ははあ、夢とはサックスを吹くことだったのですね。あら、音楽教室に?いえいえ、3行目から穏やかじゃありません。練習どころか飲んだくれて飲酒運転交通事故死。ちょっとちょっと!!

5,6行目。持つ者はますます名実ともに持つようになり、持たざる者は…の世の中なのですね。アメリカが代表する20世紀後半はことさらにそうなのでしょう。(当時斜陽だったイギリスは昔から勝負によらず王様にもじゃんじゃん渾名つけていますけど。エドワード懺悔王、獅子心王リチャード、ジョン失地王、ヘンリー8世は…)

クリムゾン・タイドとはアラバマ大学を代表するのさまざまなスポーツチームの称号。クリムゾン、深紅は大学のシンボルカラー。それが次々大波のように襲ってくるというイメージです。当時アメフトチームは常勝の強豪でした。

フェイゲンは敗者にこそ称号をと歌います。源義経、天草四郎、浅野内匠守、新選組、出番です!日本人の敗者を想う文化はThe Nobility of Failureに Ivan Morrisがまとめています。

さて、Deacon BluesをWake Forest Universityの弱小フットボールチーム、Demon Deaconsに由来するとする説もありますが、フェイゲン自身が否定しています。これはDeacon Jonesというフットボール選手に由来するそう。攻撃的でぶちゃむくれ(谷啓語)なプレースタイル、人柄で知られました。フェイゲンはDeaconが2音節なのでCrimsonと合うのもいいと思ったそうです。このDeaconを「助祭」としている訳を見かけました。残念、これは固有名詞でした。

My back to the wall 1
A victim of laughing chance 2
This is for me
The essence of true romance 2
Sharing the things we know and love 3
With those of my kind
Libations 4
Sensations 4

背水(壁?)の陣
声上げ笑うチャンスの生贄
これは俺のもの
本物の恋のエッセンス
分かちあうんだ 俺たちが知り、愛することを
俺と似たような連中と
献酒と
昂奮が
心によろめく

英語でBack to the wallを背水の陣、とすると耳には心地よくても景色が違うなあ、と悩ましいです。ここでちょっと目立つ言葉はvictimとlibation。後者は要するにお酒ですが、alcohol, drinkでは韻が台無し。それにlibationは生贄を捧げるときに大地に注いだりするお神酒、献げものとしてのお酒をさします。2行目のVictimと響き合うでしょう?それにしてもチャンスがlaughing…って。笑うにもいろいろあります。静かににっこりはsmile,歯をむき出してバカにしたように笑うのはgrin.laughは「声をあげて笑う」。生贄をほふりながら声を挙げて笑う…grinより却って怖いです。力が抜けそう…

I crawl like a viper 1
Through these suburban streets 2
Make love to these women
Languid and bittersweet 2
I'll rise when the sun goes down 3
Cover every game in town 3
A world of my own 4
I'll make it my home sweet home 4

俺はマムシのように這いまわる
町外れのこんな通りをうろうろと
そして愛を交わすのはこんな女たち
けだるく、ほろ苦い
俺は起き出す、日が沈む頃
町中のあらゆるゲームを把握する
俺自身のひとつの世界
楽しい我が家にしてみせる

サックスの練習はどうしたの?そもそも「練習」するつもりはないのかしら。さて、ここで町外れと町中の対比が気になります。語り手は町中の様子は把握しているけれど、そこにはいない。微妙な疎外感が最後の一行でかえって気になります。

蛇と女の組み合わせは、エヴァと誘惑者としての蛇を連想します。ミルトンの「失楽園」ではこの蛇は天使ルシファーの堕ちた化身とされます。ルシファーは天上で自分が一番神に愛されていると思っていたのにもっと愛されている子なる神が登場。これに怒り反逆の戦いを挑むものの敗残、サタンに変えられ、神が愛する人間をたぶらかそうと地上を目指します。このサタン、近代の人間の自由の苦しみとロマンティシズムの原点、と人気があるんです。Deacon Bluesに通じるでしょうか。

 This is the night 1
Of the expanding man 2
I take one last drag
As I approach the stand 2
I cried when I wrote this song 3
Sue me if I play too long 3
This brother is free 4
I'll be what I want to be 4

今夜こそは
意識拡張者の夜
俺は最後の一服吸って
ステージに向かう
俺は泣いた、この曲書きながら
言ってくれ、長くやりすぎたら
この男は自由だ
俺は在りたい俺でいる。

いよいよ演奏のチャンス到来でしょうか。Sue me起訴してくれ、とする訳も見かけました。でもSueはもともと「求めてor手を引くように請う」ことを指します。「おい、いつまで吹いてんだよ。いい加減にしろよ」と言っていいよ、ということでしょう。でも、演奏の途中に伝えるって相当大変…。

さいごのI’ll be what I want to beは「俺はなりたい俺になる」でもいいと思います。ただ、「なりたい自分になる」は自己啓発で使い古されたポジティブ表現。「成る」に10代のようなナイーブさを感じるのは私だけでしょうか。語呂の事情もあるしょうが、ここはbeの「在る」の禅語を思わせるニュアンスを遺したいと思いました。

長文、おつきあいありがとうございます。

ときどき、洋楽の詞なんて適当だという洋楽マニアの日本人を見かけます。そういうアーティストもいるかもしれません。ただ、Steely Danに限って言えば、サウンドをデザインし尽くしているのに、詞が「テキトー」なはずはないと考えます。「酒」ひとつとってもイメージのつながり、韻といった条件からlibation を選ぶという手の込みようです。

洋楽の詞を深く理解するには「言語の技法・作法」という扉を開ける鍵が必要です。鍵を持っていないからと言って扉がないことにしてはなりません。

私たちも完璧の先の自然を求めています
通訳道場★横浜CATS

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ケネディ元大使「お礼のことば」字幕に学ぶ

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

毎月12回!行っている朝稽古では、日英両方で読める名作を少しずつ音読し、先人から学んでいます。たとえば、「手仕事の日本」(柳宗悦著)、「天声人語」、「神道バイリンガルガイド」、今をときめくノア・ユヴァル・ハラリの「21Lessons」など。

今朝、Eさんが用意したのはキャロル・ケネディ元駐日アメリカ大使のお別れの挨拶の一部。「ケネディ大使の英語はpure and simpleですてきなんですが、日本語が…」

おやおや、そういうこともあるものなんですね。ちょいと拝見。

前略
I am grateful to the people of Tohoku for
welcoming me and for inspiring the world
with your courage and resilience.
I was deeply moved
to meet students who are staying in the
region to work on revitalization,
local officials who put their communities
first despite great personal loss and
see the progress being made over the
past three years to rebuild lives and communities.
後略

「?」が残るという日本語は、大使館の仮訳です。太字のところが不思議、という意見が続きました。

私を温かく迎えてくれた東北の皆さん
皆さんの強さは世界を元気にしています
被災地に残って復興を助ける学生や
自らが被災しているにもかかわらず
復興に取り組む自治体職員の姿に
胸が熱くなりました。
人々の生活や地域の再建は
進んでいます

調べてみると、これはYouTubeの動画でした。確かに字幕は翻訳と違って、一定時間で表示できる文字数に限界があります。表現は文字ですが、時間との勝負である点、通訳と似ています。通訳の練習に字幕づくりはおすすめです。このご時世、家でもできますしね。

2分12秒あたりからどうぞ。

さて、太字部分について。「強さ」「元気」はちょっと深みに欠けるかもしれません。最後の一文がなんだか復興庁長官の発言みたいになっているのは、I was moved toと切れてしまったように見えるから。

そのへんを手直ししてみました。ただ、この動画は大使館のものなので公開で字幕受付をしていないので、おせっかいの焼きようがありませんが。外国語が使えるのと翻訳通訳ができるのはまた別のことです。日本語も外国語と同じ心構えで語源とともおに学び直し、イメージ思考を鍛えることが欠かせません。

東北の皆さんに感謝します。
皆さんは私を温かく迎え
勇敢に復活するその姿は世界を
奮い立たせてくれました。
被災地にとどまり復興に取り組む学生たちや、
自らひどく罹災しながらも
地元を最優先する自治体職員たちとの出会い
ここ3年の生活と地域の再建ぶりを
目にして深く心打たれました。


巣ごもり期間、お家で心躍る英語ストーリーテリングとそのまま語れる日本語小冊子「The Whisperiing Road」をどうぞ。



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HomeとHouseの違いは?

こんにちは!持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

Stay home とStay at homeの違いについて昨日ブログに書いたら、こんどはhomeとhouseについてコメントをいただきました。

よく学校で習いますね、
home;居場所、故郷、本拠地 つまり心のあるところ
house;住宅

今は確かにそうです。だから野球場やサッカー場が家の形をしてなくても本拠地はホームと言いますね。「埴生の宿Home Sweet Home」なんていう歌もありいます。ちなみにマイホームは和製英語です。(そうそう、ホームではなくホーウムのほうが実際の音に近いです。日本人は二重母音を長母音に変えるよろしくない癖があります。)

織田裕二さんが犬に扮装したCMで、「ハウス!」と命令されて入りうシーンがありました。 織田ワンちゃんはご主人と過ごせるリビングが「ホーウム」。でもなにか悪さをしたと誤解されたようです。「ハウス」で寂しい思いをしながら反省せよ、とのこと。

なんかかわいい!

とはいえ、houseもはじめから物質的な住宅ばかりを差していたわけではありません。古英語husは「神の家」を意味していたんです。意味の変遷は興味深いです。人間の意識の変化が表れます。

さて、住宅展示場で見かける様々なハウスメーカーはどう名乗っているでしょう。ある住宅公園の場合、ホーム派はタマホーム、三井ホームなど7社。ハウス派は積水ハウスなど2社。ホーム派が多数派です。家というモノを作っているのではなく、人が憩う心の故郷を作るんだ、という気概なのでしょうね。

ん?へーベルハウスHebel HausにセキスイハイムHeim?

これはミススペルではなく、ドイツ語です。いかにもそれぞれhouse, homeに似ていますね。

ただ、Hausは物質的な住宅のみでなく、心の本拠地も意味します。Zuhauseなんていう言葉もあるくらいです。
‘ Ich habe ein schoenes Zuhause. ‘「私には美しい故郷がある。」
英語のhouseが落としてきたニュアンスが残っているようです。

さて、日本語でhomeとhouseは何と言いましょう。「家」の読みは「うち、いえ」ですが、「いえ」の語源は?他には?我が家、おらほ?

外国語を学ぶのは日本語と再会する機会にもなります。外国語が鏡となり、普段、いかに何となく日本語を使っているか思い知るのです。

日本語との再会なし、英語が話せればかっこいい、グローバルなんて思っていると、敗戦国の愚民、根無し草になりますよ。

通訳道場★横浜CATS 朝稽古盛況です。

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Stay homeとStay at homeの違いは?

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

昨日、通訳でとてもお世話になった方からメッセージをいただきました。 「stay home とstay at homeはどう違うのですか?」

そうそう!それ、私も皆さんどう感じているか、あるいはそれどころでないのか気になっていました。そこでこのブログでお目にかけることにします。

イギリスとアメリカの違い

おや?と思ったのは、先日退院したジョンソン首相がStay home. Save lives.と言ったとき。イギリスではstay AT homeが多く、イギリス政府のサイトもオクスフォード系の辞典の例文も私が見た限りのものはstay at homeです。

イギリス政府の公式サイトはStay AT Home

ただ、イギリスの方が古くてアメリカが後で省略したかどうかはOxford English Dictionaryという20巻を超える、家に収まらない辞書で確かめねばなりません。アメリカに古い形が残っていることも多いのです。新参者ほど正統、保守のふりをしたがることがありますからねえ。ラーメンや餃子ののれん分け屋号にも見かけます。

音を調える

イギリス政府のサイトは見出しで「Stay at home」と使っています。おや?save livesがない。そう、save livesと調子を合わせるためにat を省略しているのでしょう。後ろにWork with love.かなんかあったら、Stay AT homeのほうが調子がいい感じがします。単語も自分だけの正しさを主張するのではなく、フレーズ全体としてのバランス、調和を大事にするんですね。文字のない言語はあっても、音声のない言語はありません。言語は人間が声で奏でる歌ですから。

どうも、save livesがないときにStay homeとすると、私のようなイギリスびいきにはなんだか忘れ物をしたような感じがします。

狙われる前置詞、狙われない前置詞

それにしてもこういう場合、どの前置詞も犠牲になるんでしょうか?そんなことはありません。stay in bedのinを省略したらすごく変です。布団にくるまっているイメージが吹っ飛びます。おそらく、犠牲になる前置詞は抽象度が高く、具体性が低いもの、イメージがわきにくいものでしょう。まさにatがそうです。atのあとにくる名詞は点(0次元)と捉えられますから。具体的なモノではなく、その性質や機能を表します。たとえばat schoolといえば学校に行っている、という居場所ではなく学生だ(家にいてもいい)という身分を表します。

ちなみにhomeは古英語ham(村落、家)が元。これに「小さい」ことを表すlet(カツレツのレツです)をつけたhamletは教会も学校ない小さな集落のことです。あのデンマークの王子様を思いますが、あの方はシェイクスピアが夭逝した息子、ハムネットにちなんで名づけたとか。

皆さま、くれぐれも‘Stay home. Save lives. 日本はもっぱらat抜きステイホームですが、間違ってもよそ様でホームステイは今はいけません。

通訳道場★横浜CATS 朝稽古盛況です

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「見えない敵からいのちを守る」への違和感

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

新コロ騒動、収束への道のりが見えません。粉骨砕身がんばっている医療関係者、介護職の皆さん、保育士さんたちには頭が下がります。どうか健康が守られますように。

ただ、メディアで見かける「いのちを守る」「ウィルスという見えない敵と戦う」というフレーズにはちょっと違和感を感じています。

生命は大事。でもいつか手放すときがくるのです。「敵から守る」ものではないでしょう。

いつから私たちはこんなに死を忌み嫌い恐れるようになったのでしょう。死を受け入れるのは生命を粗末にするのとは違うでしょう?

9年前にも違和感を覚えたことでした。

いつまでも肉体をもって永らえることは幸せでしょうか。

Memento Mori 死を心に留めよ。

確かに、心に留めるといってもどういうことだよくわからない。自分の死は自分だけはわからない。だからなんだかこわい。

けれど思うのです。
「自分がいなくなっても遺したら喜んでくれるもの」があるのは、なんとありがたいことか。「これのためなら死んでもいい」ことに出会えるのはどんなに稀で自由なことか。

そして、そんなもんがなんにもなくても、まあいいじゃないかと。

とても安らかで幸せな、死を迎える歌をご紹介します。リヒャルト・シュトラウスがヘッセの詩に曲をつけました。「4つの最後の歌」の3曲目、「眠りにつくとき」です。
ジェシー・ノーマンの歌声で、
9分あたりからご覧ください。

眠りにつくとき

もうこの日に疲れはてた
私の切なる望みも
喜んで星の夜空を迎えるとしよう
疲れた子どものように

手よ、すべてのわざをそのままに
額よ、すべての思考を忘れよ
私の感覚すべては今、望む
まどろみに沈むこと

そして、見張りを離れた魂は望む
自由に飛翔し、漂うことを
夜の不思議の中へ
深く、幾千世と生きるために

(冠木友紀子試訳)
 Beim Schlafengehen 

Nun der Tag mich müd' gemacht,
soll mein sehnliches Verlangen
freundlich die gestirnte Nacht
wie ein müdes Kind empfangen.

Hände, laßt von allem Tun,
Stirn, vergiß du alles Denken,
alle meine Sinne nun
Wollen sich in Schlummer senken.

Und die Seele unbewacht,
Will in freien Flügen schweben,
Um im Zauberkreis der Nacht
tief und tausendfach zu leben

英語はできるけれど通訳は自己流の大人を応援します。通訳道場★横浜CATS 

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新型コロナ休校、英語学習コレはいらない!

休校は延びるばかり。家で学ぶお子さんの様子が気になりますね。

ついつい無理強いしがちだけれど実は逆効果な声掛けがあります。もう、今からやめちゃえ!

それは…「声に出して言いなさい」「発音練習をしなさい!」

今はひたすら「聴きやすい英語を聞くチャンス」です。

日本のほとんどの中高生が英語を英語として処理するための言語中枢を分化せず、日本語として処理しながら「勉強」を続けています。つまりタイヤがパンクしたまま長い道を走っています。

英語を英語として処理するにはまず目安として3か月以内に100時間くらいネイティブ(自分の好きな英語)を聞くことです。

このとき、はりきってリピート練習などすると自分の日本語発音の出力がが入力のじゃまになります。

まずはひたすら受け取ることです。いまはチャンス。好きな語り、声をさがしてひたすら聴きましょう。

どうしても自分で話してみたいという学生諸君は、自分の部屋に籠りたまえ。外国語の学びは心の旅。赤子にもどる恥ずかしい道のり。決して親の前でほめられたりけなされたりして進むものではありません。

第5期 オンライン通訳道場 相談会お申込み受付中

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新型コロナウィルス戦争用語に疲れた心のためにー【アッシジの聖フランシスコ★創られしものの讃歌】

「新コロとの戦争」「ウィルスを撲滅」「団結」「勝利」

勇ましい言葉とうらはらに、人々の心は疲れ、不安にさいなまれているのではないでしょうか。

言葉は心を、人をつくります。敵対ではなく、謙遜、感謝、和解、受容にいたる言葉を大切にしたいと私は願います。

一昨日来、ふとアッシジの聖フランシスコの「創られしものの讃歌」が思い浮かびました。この時季に皆さんと分かちうようにという知らせだったのかもしれません。フランシスコ会のラテン語から訳しました。

まあしかし、訳すことのはひとつを選び、他をすてるジレンマがあります。スタイルひとつとっても敬体?常体?会話風…なら標準語?東北?女言葉、男言葉…子ども言葉…とさんざん悩みました。そしてまず打順1番は…私自身にしみ込んでいる讃美歌ふうプチ文語体にしてみることにしました。

皆さまの心に平安がありますように。

創られしものの讃歌(被造物の讃歌、太陽の讃歌とも)

いと高き、力に満てる 善なる主よ
賛美、みさかえ、ほまれ、すべての祝福(ことほぎ)は汝のもの
このすべて、汝のみもとにのみ集う、いと高き主よ
なんびとも汝のみ名を口にするに値せず。

わが主よ、創られしすべてとともに汝が讃えられんことを
まず、長なる兄弟、太陽とともに
太陽は日。汝、我らを太陽により照らしたもう
美しく、光を放ち、大いに輝く太陽は
いと高き主よ、汝に似通う。

わが主よ、姉妹なる月と星々ゆえに汝が讃えられんことを
さやかにきらめく、尊く、美しい天の月星ゆえに。

わが主よ。兄弟なる風と空気ゆえに汝が讃えられんことを
曇るとき、晴れわたるとき、あらゆるとき
すべてにより、汝、創られしものを保ちたもう。

わが主よ 姉妹なる水ゆえに汝が讃えられんことを
いと用いやすく、つつましく、尊く、清らかな水ゆえに。

わが主よ、兄弟なる火ゆえに汝が讃えられんことを
火により汝、夜を照らしたもう
美しく、楽しく、堅く、強い火のゆえに。

わが主よ、我らが姉妹である母なる大地のゆえに汝が讃えられんことを
大地、我らを保ち、統べたもう
さまざまな実りと色とりどりの草花を生み出したもう。

わが主よ、汝の愛によりて赦し、病と苦しみを担う人々ゆえに汝が讃えられんことを。

幸いなるかな、心安らかに耐える者、
いと高き汝より冠を授からむ。

わが主よ、姉妹なるからだの死ゆえに汝が讃えられんことを
なんびともこの姉妹より逃げること能わず。

あわれ、滅びに至る罪のうちに死にゆく者
幸いなるかな、いと高き聖なるみこころのうちに死にゆく者
第二の死、彼らに害を為さざるなり

わが主をたたえ、ことほぎ
感謝し、大いに慎んで仕えよ

ラテン語より、冠木友紀子訳

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ご参考まで Commission on the Franciscan Intellectual Traditionより

ラテン語

1Altissime, omnipotens, bone Domine,
tuae sunt laudes, gloria et honor et omnis benedictio,

2tibi soli, Altissime, conveniunt;
et nullus homo est dignus te nominare.


3Laudatus sis, mi Domine, cum universa creatura tua,
principaliter cum domino fratre sole,
qui est dies, et illuminas nos per ipsum;

4Et ipse pulcher et irradians magno splendore;
de te, Altissime, defert significationem.

5Laudatus sis, mi Domine, propter sororem
lunam et stellas,.quas in caelo creasti claras, pretiosas et bellas.

6
Laudatus sis, mi Domine, propter fratrem ventum
et propter aerem et nubes et serenitatem et omne tempus,
per quod das tuis creaturis alimentum.

7
Laudatus sis, mi Domine, propter sororem aquam,
quae est perutilis et humilis et pretiosa et casta.

8Laudatus sis, mi Domine, propter fratrem ignem,
per quem noctem illuminas,
et ipse est pulcher et iucundus et robustus et fortis.

9Laudatus sis, mi Domine, propter sororem nostram matrem terram
quae nos sustentat et gubernat,
et producit diversos fructus cum coloratis floribus. et herba
 
10Laudatus sis, mi Domine, propter illos, qui
dimittunt propter tuum amorem,
et sustinent infirmitatem et tribulationem.

11Beati illi, qui ea sustinebunt in pace,
quia a te, Altissime, coronabuntur.

12Laudatus sis, mi Domine, propter sororem mortem corporalem,
quam nullus homo vivens potest evadere.

13Vae illis, qui morientur in peccatis mortalibus;
beati illi, quos reperiet in tuis sanctissimis voluntatibus,
quia secunda mors non faciet eis malum.

14Laudate et benedicite Dominum meum,
gratias agite et servite illi magna humilitate.
 

英語

Most High, all-powerful, good Lord,
Yours are the praises, the glory, and the honor, and all blessing,
To You alone, Most High, do they belong, 
and no human is worthy to mention Your name.

Praised be You, my Lord, with all Your creatures, especially
Sir Brother Sun,
Who is the day and through whom You give us light.
And he is beautiful and radiant with great splendor;
and bears a likeness of You, Most High One.

Praised be You, my Lord, through Sister Moon and the stars,
in heaven You formed them clear and precious and beautiful.

Praised be You, my Lord, through Brother Wind,
and through the air, cloudy and serene, and every kind of weather,
through whom You give sustenance to Your creatures.

Praised be You, my Lord, through Sister Water,
who is very useful and humble and precious and chaste.

Praised be You, my Lord, through Brother Fire,
through whom You light the night,
and he is beautiful and playful and robust and strong.

Praised be You, my Lord, through our Sister Mother Earth,
who sustains and governs us,
and who produces various fruit with colored flowers and herbs.

Praised be You, my Lord, through those who give pardon for Your love, and bear infirmity and tribulation.

Blessed are those who endure in peace for by You, Most High, shall they be crowned.
 
Praised be You, my Lord, through our Sister Bodily Death,
from whom no one living can escape.
Woe to those who die in mortal sin.
Blessed are those whom death will find in Your most holy will,
for the second death shall do them no harm.
 
Praise and bless my Lord and give Him thanks
and serve Him with great humility.

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