O Holy Night★自然に歌うコツその2

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

いや、びっくりしています。O Holy Nightの人気。私も去る土曜、母校同窓会のクリスマス礼拝でOG合唱団の一員として奉げてきました。

O Holy Nightの歌詞日本語訳をブログで英語の勉強ついでに発表している方も少なくありません。便利な時代、発信力さえあれば、中身の質は別として発表できるようになりました。添削、批評を受ける機会をみずから設けたつもりならよいのですが…文化、宗教の背景、語源のしぐさなどをふまえないものは要注意です。

私はこうした背景のすべてをふまえて訳語を選んでいます。対訳のみではどうしても不十分なので、注を楽しめる書式でキンドルでご案内しますね。

さて、今日は1番の部分、自然に歌うコツを1つお伝えします。ずばり、母音でつなげて歌うこと。スターズ アーや、イットゥ イズ、ナイト オヴ アワとぶつ切りにしないことです。

これはなにも小手先のワザではありませんで…「息を相手に届け続けていれば、自然とつながる」のです。

日本人の西洋言語が聞きにくい、とされるのは息の到達距離の違いも関係しています。英語の歌の場合、たとえば1.5-2メートルくらい先まで息が届き続けるイメージをもってください。単語ごと、フレーズごとにひょこひょこひっこめないことです。

以下、母音で続けるといいところを太字にしておきます。

O holy night the stars are brightly shining
It is the night of our dear Saviour’s birth
Long lay the world in sin and error pining
Till He appeared and the soul felt its worth
A thrill of hope the weary soul rejoices
For yonder breaks
A new and glorious morn
Fall on your knees
O hear the angel voices
O night divine
O night when Christ was born

【臨時特別ワークショップ1月13日】英語で味わい、自分の声で体感する宮沢賢治「春と修羅 序」

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大学入試共通テスト、英語スピーキング、ライティングで測っているのはスピーキング、ライティングだけじゃない?!

このテーマは書いていてもうんざりしますので、これで一旦終わりにします。自分の人生を振り返って、この30年何やってたんだと思うことはありますが、大学入試に比べりゃまだましです。

さて、言語スキルを4つの技能分けることが人間の感覚処理、運動表出にうまく合わないことは前回のブログで指摘しました。

今回は4技能に分けたテストを採り上げます。スピーキング力はスピ―キング力だけを、ライティングはライティング力だけを測っているわけではないことがおわかりになるでしょう。

さて、民間英語試験の選択肢のひとつであったGTEC。

こちらのスピーキング問題では4コマ漫画を見てストーリーを語ります。スピーキングとして表現するのは最終段階で、準備として漫画の主人公を見つける、何が起きているか読み取る、漫画から感情を推し量る、など英語以前のさまざまなスキルが求められます。

また、ライティングでは活字離れをテーマに考察、意見を述べるよう求められています。これもライティングという最終成果以前の仕込みのスキルが影響します。現象を考察し、情報を解釈し、仮説を立てる。ひとりブレスト、コンセプトマップづくりをして意見をまとめる。

両方とも細やかに受信し、明瞭な構成で発信する、つまり考える力も問われているのです。

中高の段階で「思考技法」「言語技術」という科目横断総合授業があればいいのですが、一部の私学を除けば珍しい話。

大学の必修英語でもスピーキング、ライティングとそれぞればらばらにテキストが用意され、応用がきく共通の核をしっかり鍛えることは容易ではありません。

英語、英語と浮足立つ前に、考える力を磨きましょう。キーワードはラテラルシンキング。ゼロベースで新しいアイデアを作りだす力を育てます。ロジカルはその後でいいんです。

lateral thinking、日本では木村尚義さんによってビジネスに紹介されていますが、発祥の地、イギリスでは学校でも実践されています(Brexit騒動に妙案が浮かぶといいのですが)。オンライン通訳道場生放送でもクイズにしようかしら。

土に還れるエシカルライフのための通訳者 冠木友紀子プロフィール

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大学共通テスト、英語民間試験延期しても4技能評価は非科学的

政界では本音を言うと失言になるみたいですね、萩生田さん。それにしても延期は遅いとはいえ適切な判断です。このあと5年をかけて新たな体制を作るとのこと。令和6年から4技能を評価するそうですが…

この4技能が大いに問題です。英語教育関係の資料で見かけるのはこんなフレームワーク。

確かに教材やテストもリスニング、スピーキング、と別れていますしね。でもこの分け方、人間の情報処理プロセスをうまく反映しているとは言えません。

結論から言えば、すべての土台は聴く力です。

聴く力自体細やかに込み入ったプロセスなので、それをここで詳しく述べることはしません。(後で参考文献を紹介します。)

端的に言えば、聴けなければ話すことはできません。
聴けなければ読むこともできません。
聴いて読むことができなければ書くことはできません。

え?昔の英語の授業ではリスニングなんかしなかったので話せなかったけれど、難しいものも読めていたし、書けていた?

それは日本語の音の影響をうけた「英語もどき(カタカナ英語)」で乗り切っていたのです。「英語もどき」は実際の英語と違うので、とっさの会話が聴き取れない、返事できない、というわけです。

どうして語学教育が、これほど人間の運動・感覚発達を視野に入れずに行われるているのか私には理解できません。

次回ではテストでの問題を指摘します。

言語の認知神経科学をご自分で詳しく読みたい方にはこちらをおすすめします。
Cognitive Neuroscience of Language by David KEMMERER

アントロポゾフィーに基づく、持続可能な医療・農業・教育のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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いったいどうなる?2020年大学入試、民間英語試験導入。

2020年大学入試、民間英語試験導入のはずが、 高校生にも、高校の校長先生にも延期を望まれるという異常事態。

実は10年ほど前、大学入試センターの通訳をしていたことがあります。

その頃、政治主導で共通テストの複数回化が唱えられていました。けれどセンターの現場、専門家には根強い疑問が。「たった1回のセンター試験で出されるたった1問を作るのに数百問を検討して、年1回の試験にやっと間に合わせているのに、どうして何回もできるものか!」ある先生は「床屋談義もいいかげんにしろ」と呆れていたほどです。

それで、民間試験。

もう、やめちゃえ!

民間英語試験を?

いえいえ、入試英語そのものを。私は外国語を入試科目にすること自体反対です。

皆さん、思い出してみてください。

ピアノでもギターでも茶道でも、なにがしか身についたとき、それに夢中だったのではありませんか?恋愛状態だったのでは?だから、多少の困難、苦労も乗り越えられたのでしょう?

恋愛は個別のものです。

他人から見たら野暮ったいブ男でも、夢中になっている本人には世界のすべて。他人にとっては平凡でも本人には特別。

外国語の学びも似ています。

ドイツ語に夢中になる人もいれば、あんなカタイのはいやだ、という人もいる。イタリア語と恋に落ちる人もいれば、あんなに明るいのはついていけない、という人もいる。

英語の楽しさを伝えたい、というハシャイだ先生が多いのも困ったもの。イタリア語のほうが楽しいかもよ。律儀な人にはドイツ語の方が楽しいかもよ。

英語を全員で好きになるなんて気持ち悪い。

全員で英語を学ぶのが無理なのです。全員でやらなくていいのです。

できないと困る?そんなことありません。
困りそうになったら人間本気出します。間に合います。
台所の消火器じゃないんだから、わけもなく用意しておく必要はありません。

多くの教科書に見られる、地域色を薄めた「国際語」としての「英語」にはもともとの言語の色気がありません。

さて、どうするか。

中高生諸君、他の外国語に浮気しなさい。自分だけの恋人を見つけなさい。

学校の英語の先生には、実は大学の専門はモンゴル、トルコ、中国と別の外国語だった方も少なくありません。ぜひ、そのお話をきいてみてください。先生の目の色、きっとかわるよ。

中国、フランス、インドネシア、いまはネットでいくらでも聴けます。たとえばこれはフランスのテレビ。

これ好き!と思えるのをイチからこっそり学んだら、学校の英語がラクに思えます。 私も中3のとき、友達とドイツ語学習会をはじめました。すぐ頓挫しましたが、後悔はしていません。

ドイツ語祭り続行中!持続可能な社会のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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幕末横浜の「外国語」は?

ある中1のクラスでこんなことを耳にしました。
「日本語と英語は語順がちがいまーす。」(←間違ってる)
「英語は日本語と違って名詞の前にaとかtheとかつきまーす。」(←半端なこと言うな)

入門期に不適切に「差異」を協調するのってどうなんでしょうね。
あんまり英語を「外国語という壁」として示さないほうがいいんじゃないかと思いますけどね。

というわけで、英語の授業視察はなんだかんだ理由をつけてご遠慮しています。耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ばなくてはならないから。

そもそも、幕末、明治初期の横浜は外「国」語という概念が薄かったようです。言語をナショナルなものとは捉えてはいなかったということです。

参勤交代のため、江戸はもちろん、横浜に近い東海道の宿場町もさまざまな地方の方言が飛び交っていました。当時、書き言葉に共通の文体はあっても、共通の話し言葉、いまの標準語のような言葉はまだなかったのです。( だからなんでもかんでも標準語にしか訳せない通訳者はちょっと居心地の悪さを感じてよろしいのです。)

どのくらいバラエティがあったかというと…たとえば標準語の「かまきり」も…

おがめ(岐阜・高知・佐賀・熊本・宮崎・鹿児島)
かまぎっちょ(茨城・栃木・埼玉・千葉・福岡)
いぼむし(宮城・秋田・山形・福島・新潟)
いぼくい(むし)(青森・岩手・千葉)
とかげ(!!)(埼玉・千葉・東京・山梨)
はらたち(群馬・千葉)
へんぼ(愛媛・高知)
ほとけうま(淡路島・徳島)
(「都道府県別 全国方言辞典」 佐藤亮一編 三省堂より)

これに
めあーんてぃす(英)
もーんと(仏)
ふぁんぐしゅれっけ(独)

が加わったところで「へえ?それが何か?」でしょう?

言葉は国家ではなく地元で共に暮らす人びとと結びついていたといえそうです。

そういえば、私たちのひいひいひい爺さん婆さんたちはきっと、自分たちを「日本人」だなんて思っていなかったでしょうね。「くに」といえば藩でしたから、「相模のひと」「会津のひと」という具合で。

昔も今も「この人の言っていることを理解したい」という願いが人を言葉に近づけるのだと思います。

さて、横浜といっても街中と違って日本人が体系的に英語と出会った場所がありました。さて、どこでしょう?それを次回以降ご紹介します。

持続可能な医療・農業・教育のための通訳者 冠木友紀子のプロフィール

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通訳の先生がおススメ、中高生の参考書選び

市川学園といえば屈指の進学校。しかも、ここ数年自由で新しい取り組みが目白押しです。私も通訳養成や英語落語のワークショップを開いています。

先日、学園で立川志の春さんをお招きして念願の落語会が開かれました。これに合わせて校長先生が昨年の英語落語のメンバーを集めて再会の機会を作ってくださいました。

高3のYさん。なんだか静か。
「参考書や問題集ってどんなふうに選んだらいいんですか。」

狭き門より

思わずこう応えていました。
「これを書いた人に会いたいな、とあなたが思えるものがいいんじゃない?」

そんな選び方甘い?

いいえ、そんなことはありません。先生のおすすめやライバルが使っているもの、「〇〇大学合格一直線!」のような煽りぽいものに飛びつくのはカンタン。2、3冊ちらっと見れば買えてしまう。

でも、「この人に会いたい」と思える人に出会うのは意外と大変ですよ。書店の本棚ひっくり返すくらい手に取ることになる。でも、リアル書店はそのためにあるんでしょうけどね。

「手を動かし、心で感じる」ことをいつも大切にしてほしい。あなたの答えはあなたの手と心が知っているから。

“狭き門より入れ。滅びに至る門は広く大きい”-マタイによる福音書7章13節

持続可能な医療・農業・教育のための通訳者―冠木友紀子のプロフィール

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AI時代に外国語、英語を学ぶ意味

いまの中高大学程度の英語力、へたな通訳、翻訳ならあっというまにAIで済むようになります。

それでも、外国語を学ぶことに意味があるとしたら…いや、私はあると思っているのですが…

人の話を外国語で聴くことで、心の避難所を作ること。

そもそも、私が通訳者として開眼したのはNHKの国際研修室。当時、結婚後転職した私学女子中高で「訳文をぜんぶ板書してくれる先生がすぐれた先生。それに比べたらあなたはただの外人」と言われ、退職を余儀なくされました。

居場所もなく、収入もなく、定期的に通えるところは心療内科とNHKだけでした。

普段は過去への後悔と未来への不安ばかりがエンドレズテープのように頭をぐるぐる。

「『あなたはうちの学校文化を知りませんね』と言われたとき、どうしてすみませんといったんだろう、どうして『もっと教えてください』と言わなかったのだろう。」「どうして、靴箱にいやがらせをされたときに、すぐに写真をとって総務部長に見せなかったんだろう。」

それが!

NHKの同時通訳講座でひたすらひとの聴いたらピタリと止まるではありませんか。

その清々しいことったら!

私は通訳トレーニングを通して「いま」に戻って来られたのです。

ふりかえってみれば、フェリス中高時代もそうでした。決して試験勉強、検定試験に関心があるわけではなく。先生にとっても優等生ではなかったと思います。でも、宣教師の先生の優しい慰めと励ましの英語が、心の糧でした。

本物で包囲してくれた母校。

私は耳がいいらしいので、周囲の叱りの日本語をそのまま覚えて勝手にリフレインしてしまう。それをアレンジして自分を責め続ける。

「なにをもたもたしているの。」「早く!」「また、要領が悪い。」「不器用ねえ。」

そんな悪循環がたまらないとき、あたまを宣教師の先生の英語の声で満たしていたんです。

なので、「英語を将来グローバルに活躍するためのツールとして明るく、ポジティブ」にすすめる人たちにはなじめません。波長が合いません。自己表現とか、自己主張とか、発信とか、別に二の次でいいんです。

外国語には涙が止まらないときにふっと息ができる部屋をひとつ作る力がある。

そんな部屋を用意したいと思うのは変でしょうか。

持続可能な社会のための通訳者、冠木友紀子プロフィール

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某女子大必修英語が面白い

なぜそんな仕事を?通訳や通訳養成に比べて割に合わないでしょう?

まあ、おっしゃる通り。割に合いません。はじめは「しばらくしたら通訳の授業が回って来るから」なんて言われて信じていたけど。

そういう問題じゃなく、面白いんです。

本物で包囲してくれた母校。

私がまるでだめなヴァイオリンで体験していることが活きるのを感じます。

2小節も進まないうちにストップ。表現や感情の自由どころではない。でも、そこにはゆるがせにしてはならない、ごまかしたら先に進めない要点がある。

この必修のクラスには「文法、発音は気にしないで」と言われて、きちんとしたいのにきちんと向き合われなかったという空気のある人たちが沢山います。

そりゃ、自分でいくらでも調べる人もいるでしょう。でも少数派。それを多数派にするのが先生の仕事だと思うのですが。

たとえば、in, on, atと次元の関連…
l, m, n, の発音…
心拍、呼吸と横隔膜、大腰筋…

そんなディテールをつきつめると、ぱっと花咲く顔が少なくないのです。

このクラスの半分は日本文学、音楽専攻。この授業が最後のフォーマルな英語かもしれない。ならば、最も深い納得とともに送り出したい。もう半分がクラスメートの日本語、音楽への知見に学びながら、通訳後継候補者になればなんとうれしいこと。

手ぐすね引いて待ってます。

冠木友紀子のプロフィール


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「令和」と二重母音と日本人

新しい元号、みなさんどう感じましたか?


海外では「『命令のもとに和せよ』という意味だ」と推測するメディアが盛り上がったようです。 政府は各国大使館にbeautiful harmonyと説明せよ、と指「令」を出したとのこと。

でも、harmonyで美しくないのってあるんでしょうか。

万葉集のこの文脈では「令」は月の「つやのある美しさ、佳いさま」を表すそうですから、lustre and beauty とかshining beautyでもいいかもしれませんね。

ちなみに「令」の字はひとが集まって、ひざまずき、神の意に耳をすませる様子だそうです。もともとは政治家の命令じゃないのです。海外のメディアも安心してくれるといいのだけれど。

ところで、「れいわ」という音について。

じきに皆さん「れーわ」と言うようになるはずです。(しかも「れ」はLの音で)平成へいせい、もそうでした。へーせー。めーじ、たいしょー、しょーわもそうです。

れいわでもれーわでも日本ではOK。 メインディッシでもメーンディッシュでもおかまいなし。

でも英語を話すときは耳と頭を切り替えましょう。

たとえば、cakeをケークとエーで伸ばすだけではいけません。

先日、大学の恩師、O先生に伺ったところによると、 日本の皆さんには「前の母音8割、後ろの母音2割くらいのつもりで」というと納得してもらいやすいとのこと。

エーを8、イで2、「ケーイク」てな感じでしょうか。

ケークなんてイを忘れると、イチゴの乗っていない のっぺらぼうケーキになって、聞き返されかねません。

通訳者はこうした瞬時の切り替えをとても大切にしています。日本語も英語もわかりやすさの土台は自然な美しさですから。

冠木友紀子のプロフィール

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「自分に用がある」感覚―内田樹さんに聞いた、レヴィナスとの出会い

グーグルで関連キーワードなどを調べてちゃらいタイトル考えても、結局違うことばかり書いてしまうようです。今日は正直なタイトルで参ります。

学びは個別、私的な体験

どうも学びというと同学年集団、テストによる競争というイメージが日本では沁みついています。でも、本来学びは個別、私的な体験で二つと同じ学びはないと思うのです。

いまの「小さいうちから英語」は前者の横並び徒競走的で、へんにプライドをくすぐるけれど、大して魂を育てないだろうと思っています。

むしろ、大人になってから個別、私的な出会いを通して自然と外国語を身につけた人たちはなんだか素敵です。なかでも興味深いのは内田樹さんに伺ったお話。

個別の出会いもひとりになる経験から。

内田樹さんはユダヤ系フランス人哲学者、レヴィナスの著作との出会ったとき、「町で見知らぬ外国人に肩をつかまれてわあわあ怒鳴られた感じ。何を言っているのかさっぱりわからないけれど、この人は『自分に用がある』と感じた。」のだそうです。

この「なんだかわからないけど自分に用がある」直感が大事なんです。「わかりやすくてみんながやっている」のイワシの群れの逆です。

内田さんはレヴィナスに会いに行き、声を聞いたあとは翻訳も楽になったとのこと。そう、声が聞こえるって活字の向こうにいる唯一無二の著者本人をありありと感じているということ。

私も思い当たる経験があります。レヴィナスのような個人との出会いとはちょっと違いますが…イギリスの詩朗唱の英語、トマティス博士のフランス語、オーストリアのバイオマス企業のドイツ語。「用がある」感覚は強烈でした。

英語の教科書一生懸命読んだり、付属の音源CD聴きこむのもいいけれど、こうした出会いの足元にも及ばないでしょう。

「これを書いた人は自分に用がある」

自分に用があると思えない情報はあっさり離れる。発信するときは用がある相手を想定する。

情報過多の時代、用のない情報につきあってまごまごしていたら、外国語どころじゃありません。

通訳道場★横浜CATS 第5期はこちら

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