通訳になりたいなら、おすすめの学校

専門の情報誌をちらっと見ると書いてありますよね。大学で外国語を専門に学び、その後通訳養成学校に進むといいと。

確かに、そういう経路もかつてはメジャーでした。

私もはじめてサイマルの門を叩いて半年、ぐんぐん力がつくのを感じました。

でも周りを見ると、仕上がりがいかにも「通訳さん」なんです。

なにが違う…?

私がサイマルに助けてもらったのは、それまで持っていたものを結びつける訓練。「持ち物」そのものを足してもらったわけではないのです。

32年前のICU!

その「持ち物」は2つ。

リベラルアーツで文系、理系に偏らず「ものの考え方」を鍛えられたこと。いまは国際教養ナニヤラ学部がいろいろありますが、ニセモノがほとんどです。ホンモノは少人数で、教授と学生が生活を共にし、文理の壁がないこと。国際基督教大学では数学、物理学の美しさに驚嘆しました。私の生涯の学びのふるさとです。

もうひとつは、日本語を鍛えられていること。日本文学の古今の名作はもとより、新聞、理系の論文の文体、聖書、讃美歌の文体にも日々なじみました。これにはフェリス女学院中高に感謝します。世界は文理になどわかれていないことを叩きこまれました。高3の受験間際まで理科の実験を重ねました。牛の肝臓、ユスリカの染色体。

フェリス女学院中高はつまらない面倒見主義とは無縁の学校です。

通訳になりたいなら通訳学校、という考えはあまりに短絡です。AIに抜かされます。

まず人間として言語という文化遺産に仕える覚悟をしてください。ひとさまに通訳を頼まれるのはそのオマケです。

私が主催する通訳道場はこちら

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通訳が「うまい」とほめられないのは…

「うーん、うまく通訳できたと思うのにクライアントの反応がいまいち。また頼んでくれるかな…。」

通訳者はリピートと紹介が大切。だから依頼主の反応は気になる。
でもね、うまい、と言われているうちは普通なのよ。
うまい、を超えて自然になると何も言われなくなるんじゃないかと思う。

そんなこと心配してないで寄席にいってごらん。

通訳は話芸。伝統の話芸に触れるのも立派な修業。
しかも笑えるんだからありがたい。

ことに落語には日常のモノサシを吹っ飛ばしてくれる
とんでもない人たちがゾロゾロ。

自分の頭の枠をこわすのにぴったり。

昨日のトリは古今亭菊丸師匠の「中村仲蔵」。

本当にすごいと「うまい」も「すごい」も言われない、というお手本。

安藤広重「仮名手本忠臣蔵」

昔は役者の階級も細かく分かれていて、昇進も厳しく抑えられていたそう。
にもかかわらず、中村仲蔵は底辺の「稲荷町」から「名題」に大出世。

ところが仮名手本忠臣蔵ではひとつしか役が与えられず、それも
弁当食べながらの5幕、元サムライのしょぼい山賊、定九郎。
ドテラのような衣裳でやぼったい役と相場が決まっていました。

引き受けたものの、もちろん不本意。

ある日蕎麦屋で水もしたたるイイ男の浪人に出会います。
その風情こそ本来の定九郎!と着物、帯、傘…細かく訊ね
徹底的にパクりました。

さて上演したところ…あまりの凄みと美しさに観衆は
言葉にならないうなり声をあげるのが精いっぱい。
「○○屋~」なんて呼ぶ者はおりません。

これを当の仲蔵は大失敗と信じ込み、江戸を離れ
上方に向かいます。

実は町では前代未聞の演出が大評判。
座長が行方不明の仲蔵を探していました。

見つけ出された仲蔵はこれを聞いて仰天…

だからいいのです、毎回褒められなくて。
褒められるために通訳しているのではないでしょう。
もちろん、下手なのは話にならないけど。

そうそう、昨日は我が母校、国際基督教大学が
漫才のネタになるという想定外の笑いもありました。

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リーズ大学、25年前の宝もの

イギリス北部にあるリーズ大学で英文学を学んでいたのは…なんと25年前のこと。ICUから、そして日本からも初めてのJunior Year Abroad Programme正規の交換留学でした。携帯電話もノートPCもインターネットもない時代。カメラは写ルンですみたいなおもちゃだけ。もちろんメールなんてありません。

なので、こういうことになる。

片づけ本には手紙も捨てるように書いてあるけれど、これは別。

私も同じくらい書いていたはずなのだけれど…少しも忙しいと思わなかった。今やりとりしているメールに比べたら少ないのかもしれませんね。

日本の家族、大学の友人たちからの封書。切手が切り取られているのは寮の友人たちにあげてしまったから。繊細な日本の切手は大人気でした。

ケンブリッジ大学で研究休暇を過ごしていらした西洋古典のK先生と同じ時期に滞英できたのは本当に恵まれたこと。そしてギリシャでも有名なICU名物、西洋古典スタディツアーにイギリスから参加できたのも幸運でした。

リーズ大学の学生どうしの連絡もメモ、カードでした。たとえば「木曜、お昼一緒にいかが?学食の奥のほうにいます。How about having lunch together coming Thursday? Find me in the back of the refectory.」のように。今ならメールでしょうね。

クリスマス、バレンタイン(日本のように女性が男性にチョコを贈るのではなく、友人に友情を感謝する日)にはカード交換で寮の郵便受けはパンク寸前。

LINEいじめなんて???想像もつかない時代。

 卒業までリーズに残ったスペイン、イタリア、シンガポール、マレーシアの友人たち。交換留学が終わって帰国したアメリカ、フランスの友人たち。その後もしばらくやりとりは続きました。それでも名前や住所が変わっていつのまにかやりとりは減ってしまって…。

どうしているかしら。そうだ、FBで探してみよう。

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