【英詩講座レポート⑦】「見る」は「見られる」-“Fishes” by Roy Wilkinson

こんにちは。通訳藝術道場の冠木友紀子です。

シュタイナー学校の先生たちのための英詩講座、英語圏の4年生向けの詩シリーズも前半が終わりました。まだたった7篇ですが、もっともっと長い旅をしてさまざまな景色を見てきたような気がしてなりません。

今回はシュタイナー教員養成に尽力したRoy WilkinsonによるFishesでした。2時間の講座の一部をダイジェストでお目にかけます。

シュタイナー関係ではよく「すべてを知れ」と促されます。医師は医学のハウツーだけではなく、教師も専門科目のハウツーだけではなく、音楽家も演奏スキルだけではなく…皆、音楽、哲学、歴史…すべてに心開くことが求められます。大変?そんなことはありません。「専門外だから関係ありません」という姿勢では到底想像できない、世界への畏敬と喜びに満たされる道です。その道を生涯かけて歩んだのがRoy Wilkinson (1917-2007) と言えそうです。

おお、また「めだかの学校」みたいな詩?と思いきや、とんでもない。人間とは何者か、お前はどう生きているのか、と問われるようです。

FISHES

In the ever flowing water
Up and down I love to roam,
Whether it be lake or river
Water, water is my home.

Perhaps a glimpse of me you saw,
In the water something shone.
You looked again, what did you see?
Nothing, I had gone.
魚たち

たえず流れる水のなか
ここかしこへとさすらいたい
みずうみであれ、川であれ
水、水こそは私の住みか

もしかして、ちらりと私が見えたでしょう。
水のなかに何かがきらり
あなたもいちど見入って、何が見えた?
なあんにも。もう私はいなかった。
謎めいた複数形のFishes。スイミーを思い出します。みんなでひとつの「私」だったり、それぞれに「私」があったり…「私」の感覚が人間とは違うのでしょうね。(講座で話題になりましたが、書くとややこしくなりそうです。ぜひ講座へどうぞ。)

一行ごとに揃った行末の音(脚韻)と、強弱のリズムが淡水のさざ波のようです。

さて、第1連、水が魚の住まいだというのは、当たり前と言えば当たり前。「水魚の交わり」(劉備と諸葛孔明のこと)など日本語でもなじみのある表現です。

さらっと読み流してもいいのですが…、水と魚を鏡に自分たち人間を振り返ってみると…

35年ローンを組んで手に入れた家(ハウス)も、コロナ以前は寝に帰るばかり。リモートワーク用の部屋はないし、1日中在宅する家族の食事作りにうんざり…。おやおや。

魚は水を専有しません。食べ物も、排せつも水中に。汚い?そんなことはありません。不垢不浄の循環です。

いきなり魚をお手本にするわけにはいきませんが、人間のhomeも見直す機会ではないでしょうか。

ひとりごとのような第1連から打って変わって、第2連はyouが登場します。

youは詩の読者、人間と考えるのが自然でしょう。(まあ、猫でもいいんですけど…)

水中で魚が体をくねらせでもしたのか、一瞬光った。それを人がちらりと見て、何だろうともう一度のぞき込むと、魚はもういなかった、というだけの出来事です。

さて、その出来事はどう語られているでしょう?

panoramic photo of bushes near pond
Photo by Pixabay on Pexels.com

再掲しますと…

Perhaps a glimpse of me you saw,
In the water something shone.

どうもこの魚、自分のことをsomethingなんて言って、見ていた人間の側から語っているようではありませんか。

You looked again, what did you see?
Nothing, I had gone.

人は魚を見ようとするけれど見失っている。一方、魚のほうがよほど人を見通している。自分が去った後、人が「あれれ?」と覗き込んでいるところまで見届けている。そして、人には何も見えなかったのを承知で「何が見えたの?」なんて訊ねるのだから、一枚上手。

私たちは魚を釣りの獲物として、食物として、ペットとして…「対象」として「見て」いるつもりでいます。

こんなふうに、魚に見られているとしたら…

見るは、見られる。

見られることを想わない「見る」はそろそろ終わりにしませんか。

6月19日 シュタイナー学校の先生のための英詩講座 第8回はWalter De La Mare のUnstoopingを読みます。単発参加OKです。

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【英詩講座レポート④】抵抗勢力を理解するためにこそ悪戦苦闘する

通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

すっかり報告が遅れましたが、シュタイナー学校の先生のための英詩講座も第4回を終えました。

とりあげる詩は、参加者や私の好みは脇におき、ひとまず英語圏の小学4年におすすめとされる詩を読んでいます。

第3回までは感動の深読み、細やかな気づきでパーンと開ける扉がいくつもあったのですが…第4回はこちら。Molly de HavasのSeeds…これが実はなんとも…

アメリカのシュタイナー教育関係のサイトには大人の喜びの声があふれています。
「何度も繰り返し、暗誦できるようになったらリズムがほんとに生き生きしてきて…」
「サステイナブルな家庭菜園での子育てにぴったり…

春待つ心が弾むようではあります、が…

SEEDS
Molly De Havas

After Christmas it’s time to be thinking of Spring,
And the flowers and vegetables springtime will bring.
We must go to a shop and choose packets of seeds
To be sown in the garden to fill all our needs.

First the weeds must be pulled and the clean earth laid bare.
Then dug over, and broken, and levelled with care;
Next in furrows and holes that we’ve made in the earth
We will plant the brown seeds, and with joy wait their birth.

(The Waldorf Book of Poetry, ed. by David Kennedy, 
Living Arts Books, Wisconsin, 2012, p.100)

うーむ。私たちの頭の上に「?」が立っているのが見えるようでした。

毎年、「お店」に行って「袋に入った種」を「選んで買う」?!
そして自分たちの「ニーズ」を満たさせる?
土を掘っくり返して耕す?
種からの「誕生」を待つ?

私たち、といえばバイオダイナミック農法に詳しく、日本の不耕起栽培、自家採種にも興味津々。

種はその土地に合ったものがその土地で採れるでしょう?
植物の一生から、私たちはお裾分けをいただくのでしょう?
むやみに耕すと表土の微生物が迷惑するでしょう?
植物は死なないでしょう?種は種として生きているでしょう?

もう、詩どころではありません。

ここらで深呼吸。

詩の内容に議論ふっかけるなんて野暮。それでは詩を読んだことにはならないのでは。

ここで思い出されたのが高橋巌さんのお話(2021年3月20日、於:横浜の朝カル)です。表現は正確ではないかもしれませんが…優しいお声にはっとしました。

「シュタイナーは時代とともにあろうと悪戦苦闘しました。ナチスをやっつけようと悪戦苦闘したのではありません。どうして時代がナチスの存在を許しているのか、どうしてナチスはそう考えるのか理解しようと悪戦苦闘したんです。」

そう、仲間内の「わたしたち」を理解するのは心地よいもの。でも、「あのひとたち」を理解するのは楽でない。だからこそ悪戦苦闘して理解しようと願う。

私たちもそれに倣おう、ということになりました。シュタイナーとナチスに比べたら(?)もうほとんど仲間内のような詩です。自分たちの物差しをあてて見下すなんて小さい、小さい。

なにごとにも段階がある。神社だって奥の院だけでは誰も来ません。参道には縁日があり、鳥居をいくつもくぐって本殿、そして奥の院へ。ものごとにはふさわしい居場所がある。

小さい自分は脇に置き、何度も声に出して読み、風景を細やかに思い描きます。

文字で伝えるのはなかなか大変ですが…タンタタ、タンタタ♩♫♩♫♩♫のような
リズムのパターンが心地よく続きます。

2行ずつの脚韻もわかりやすい。

おや、1行が長く、1文も長い。

thinking of A, B and Cやmust be A, B and Cのように畳みかけるよう。

そういえば、must, willが多い!

これはクリスマス節を過ぎて、もう待ちきれない心のなかの予定を描いているのですね。まだ実行していないんです。だからばかに順調に聞こえるんでしょう。

筆者、Molly de Havasは生没年、1904-1952年のほかはわかりません。他にThe Knightが知られていますが、これもちょっとナイーブ…

それが、20世紀前半のアメリカの市民生活ののどかさなのかもしれません。

今日、彼女の詩に出会う子どもたちはどう感じるか興味深いところです。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座 単発参加 OKです。

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「夢を持て」がピンとこないあなたに

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

私にとって大学での授業は、娘のような世代のひとたちの話を聞く楽しい、楽しいひととき。ところがこのコロナ禍、苦しい胸の内を聴くことも増えました。先週のCAになりたかった学生の次に授業後に残ったのは…

「わたし、先週のCAになりたいっていう○○さんみたいに思ったことがないんです。なりたい職業もないし、なりたい自分も別にない。失う夢もない。こんなの、変ですか?だめですか?どうしたらいいですか?」

あまりに思いつめた様子と裏腹に、彼女のまなざしはワイルド。

brown and gray bird
Photo by Jean van der Meulen on Pexels.com

「そういう自分を責めてるみたいだよね?」
「はい。」

まずそれをやめよう。

人はひとりずつ、植物、動物の1種に相当するくらい違ってる。そういえば蝶々や鳥みたいなお友達、いない?電車の中で秋刀魚や茄子みたいな雰囲気のおじさん見たことない?

見た目だけじゃなくて…本当にひとりひとりOSが違う。

夢を持つことで元気が出る、10年、20年後の自分を思い描くとワクワクする。それならそれでいい。たぶん、今はその路線が本でもセミナーでも売り出しやすいんでしょう。

でもね、これがピンとこない種族だっている。なにより私がそう。

私の感覚は…今どんなにすてきな10年後の自分を想像しても、そんなの未来を今で縛っているだけ。いま手にしていない何かを手にした未来の境地は、今からは想像つかないはず。想像できるとしたら、そんなの一昨日、昨日に実現していたはずの姿。実現が遅れているだけ。遅配の郵便。

あなたはもしかして、初めての街でもどこに郵便局、スーパー、病院、コンビニがあるか、なんとなくわかるんじゃない?初めてのビルでも迷わず最短距離でトイレに行けたりしない?

なら、本能と感覚、直感で今を深く生きるワイルド派。無理やり夢を描いても一時間後には忘れちゃうでしょうよ。

だから、夢を持つ派部族の友達と自分を比べて、あれこれ思いめぐらし、自分を責めるのをおやめなさい。

「じゃあ何したらいいですか。いま、自分の部屋で過ごしてばっかりですけど。」

まあ、このご時世ごもっとも。

2つのことをおすすめします。

ひとつは、自然に身を置くこと。山でも谷でも海でも池?でも結構。ワイルドおばさんの私も人間の想定を超えた場所が居場所として必要。でないと捕獲された狸みたいに目が濁っちゃう。三密なんていまだかつてない低山が近くにたくさんあるでしょう?

もうひとつは、本を読むこと。いろんな人に会って刺激を受ける、っていうけれど、会えるのって生きている人たち。これまで数千年の死んだ人たちとはどう会うの?霊媒?インチキもいるし、高いのもいる。でも、岩波文庫のソクラテスなら数百円で、大学の図書館ならタダ!

くれぐれも、課題図書や先生の推薦図書に縛られませんように。大好きな先生と好きを共有したいならいいけれど。

もっと大事なのは、「呼ばれてる」感覚。あなたを呼んでいると感じる本を手に取って。読んでみて違うな、と思ったらすぐに返せばいい。これを繰り返す。

図書館も山だよ。

silhouette of bird above clouds
Photo by Flo Maderebner on Pexels.com

確かにあなたがCAを夢見ているところはどうしても想像できない。だって、あなたは大鷲だからね。

英語の奥深い美しさに目をみはれば、心の底から勇気と元気が湧いてくるー
Progress in Englishで英語の土台徹底リノベ講座はこちらです。


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「あしあと」の詩、こっちのほうがいい!

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。
先日、教えている大学で学生の発想にうなりました。人類の未来は明るいぞ!

というのも…

生きていればいろんなことがあるものです。なかでも、苦しいと感じるのは、課題そのものより、孤独や自責の念が苦しみの原因では?と思うことがあります。そんな心に慰めと発想の大転換をもたらすのがこの詩、「あしあと」です。

筆者はマーガレット・フィーシュバク・パワーズさん。アメリカ出身の敬虔なクリスチャンです。

さて、これを紹介するときは…最後のひとことを伏せておくんです。まあ、いろいろなアイデアが出てくること、出てくること。みなさんも考えてみてください。

(すみません、この写真はスウェーデンの湖畔なんですが…きれいでしょ?)

Footprints in the Sand
by Margaret Fishback Powers

“One night I dreamed a dream.
ある晩私は夢を見た
As I was walking along the beach with my Lord.
砂浜を主とともに歩いていると
Across the dark sky flashed scenes from my life.
空を横切って瞬いたのは我が人生の出来事さまざま
For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
そのひとつずつに、ふた組のあしあとが砂に残っていた
One belonging to me and one to my Lord.
ひと組は私、もうひと組は主のものが

After the last scene of my life flashed before me,
人生最後の場面が閃くと
I looked back at the footprints in the sand.
私は振り返って砂に残されたあしあとに目をやった
I noticed that at many times along the path of my life,
幾度も、人生の道すがら、
especially at the very lowest and saddest times,
ことさら沈みきり、悲しみ極まった時ばかり
there was only one set of footprints.
あしあとはひと組しかなかった

This really troubled me, so I asked the Lord about it.
このことにひどく苛まれ、私は主を質した
“Lord, you said once I decided to follow you,
「主よ、おっしゃいましたね、ひとたびあなたに従うと決めたなら
You’d walk with me all the way.
どこまでも私と共に歩いて下さると
But I noticed that during the saddest and most troublesome times of my life,
けれど、もっとも悲しく辛かったときに
there was only one set of footprints.
あしあとはひと組しかありませんでした。
I don’t understand why, when I needed You the most, You would leave me.”
わかりませんね、なぜ、心底居てほしかったときに、あなたは私を見放してばかりなのか。」

He whispered, “My precious child, I love you and will never leave you
主はささやいた。「いとしい我が子、大切なあなたを決して見放しなどしない。
Never, ever, during your trials and testings.
絶えて、決して、あなたの試練の時になど。
When you saw only one set of footprints,
あなたの目にひと組のあしあとしか映らなかったのは…

さーて、この後の締めの一言をお願いします。

ある港区の私学女子中高ではあまりに自罰的なアイデアばかりなので大変心配しました。
「それがお前にはちょうどいい教訓になる。」
「ひとりで歩けないようではだめだ。」
ええー。

今回、F大学で紹介したら、まあ、ブレイクアウトルームでアイデア出しの時間が大盛り上がりで面白いこと!精選して、クラスでおおー!と声が上がったのがこちらです。
「I was walking ahead of you so that you could follow me stepping into my footprint.」

いいじゃない!オリジナルよりいいじゃない!オリジナルはこれです。It was then that I carried you。

だっこやおんぶよりいいじゃない!自分もちゃんと歩いている。Jesusの背中を目の前にして。

これを提案したのは雪国育ちの学生。さすが、みんなの心をとらえました。画面上の彼女の真っ白に見える窓の向こうは大雪。関東の学生たちはえーっと声をあげました。

人が「想定外」と呼ぶ苦しみや悲しみを、一歩先んじてすべて味わいつくしどこまでも共にある存在。それをキリストと呼ぶのだ、福島という子羊の一歩先を歩き続けるのだ、と思った2011年の春を思い出しました。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座 こちらです。

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バイデン大統領、就任演説のなかのAmerican Anthemとは?

なんとか無事終わったアメリカ大統領就任式。

バイデン大統領の演説にはジョージ・ワシントンの名も登場。
あちこちにリンカーンのゲティスバーグ演説のフレーズも見られました。

たとえばリンカーンがゲティスバーグの戦地をあらためて墓地として呼ぶときthis hallowed groundと呼んだのを連邦議事堂前の描写に使っています。

testもバイデンさん何度も使っています。リンカーンもtesting whether that nation or any nation so conceived can long endure…と。

the last full measure of devotion などこれを聴いてリンカーンを思い出さないとしたらわかったつもりでわかってない、でしょう。

さて、いろんな人物や地名が盛り込まれたスピーチのなかにAmerican Anthemというひとことがありました。

これは「星条旗よ永遠なれ」ではありません。割と新しい歌で、初演はスミソニアン協会の式典で、クリントン大統領夫妻を前にDenyce Gravesというメゾソプラノの歌手がい歌ったときだそうです。

いったんは訛って訳した方が歌いやすいべな、と思ったのですが、その格調高さに、あわてて讃美歌日本語をかきあつめてみました。

All we’ve been given
By those who came before
The dream of a nation
Where freedom would endure
The work and prayers
Of centuries
Have brought us to this day

What shall be our legacy?
What will our children say?
Let them say of me
I was one who believed
In sharing the blessings
I received
Let me know in my heart
When my days are through
America
America
I gave my best to you

Each generation from the plains
To distant shore with the gifts
What they were given
Were determined
To leave more
Valiant battles fought together
acts of conscience fought alone
these are the seeds
From which America has grown

Let them say of me
I was one who believed
In sharing the blessings
I received
Let me know in my heart
When my days are through
America
America
I gave my best to you

For those who think
They have nothing to share
Who fear in their hearts
There is no hero there
Know each quiet act
Of dignity is
That which fortifies
The soul of a nation
That never dies

Let them say of me
I was one who believed
In sharing the blessings
I received
Let me know in my heart
When my days are through
America
America
I gave my best to you
我ら受けしすべては
先に来りし者らより
その国の望みは
この地の自由久しくあれと、
働き、祈りの
幾世紀
そして今日我らあり

何を我らは遺しゆく
如何に子らは我らを語る
子らに我をかく語らせむ
かの人信念のもと
受けし恵みを
分かち合えり
我が心に知らしめよ
我が日の尽きるとき
アメリカよ
アメリカよ
我汝に最善を捧げたりと

大平原より、はるかなる海辺より
おのがじし世代、賜物たずさえ来る
その賜物の定めには
さらに遺せと
雄々しき戦は共に闘い
善なる行い身一つで
これらを種に
アメリカ育つ

子らに我をかく語らせむ
かの人信念のもと
受けし恵みを
分かち合えり
我が心に知らしめよ
我が日の尽きるとき
アメリカよ
アメリカよ
我汝に最善を捧げたりと

何ら分かち合うべきもの
無しと思う者
恐れを心にいだく者
其処にいさお無し
思い知れ、静けく
気高き行いは
国の魂に
力をあたえ
死に絶ゆることなし

子らをして我をかく語らせむ
かの人信念のもと
受けし恵みを
分かち合えり
我が心に知らしめよ
我が日の尽きるとき
アメリカよ
アメリカよ
我汝に最善を捧げたりと

シュタイナー学校の先生のための英詩講座はこちら。

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芸能人は政治的発言をすべきでないと思うなら…「この人を見よ」Last Week Tonight with John Oliver

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。このところ字幕づくりにかかりっきりでした。

さて、近頃、タレントさんのなかにも国会や憲法に詳しい人たちが出てきました。以前は芸能人が政治的発言をしようものなら、「黙ってろ」のような反応があったものです。大きな影響力を政治的に使うな、という意見もありました。

そんな意見の持ち主もぶっとぶすごい人を通訳道場生のE子さんが見つけてきてくれました。

こちら、ジョン・オリバーさん。アメリカ在住のイギリス人コメディアン&役者です。えくぼがなんともかわいいけれど、この方ただものじゃありません。HBOという有料テレビでLast Week Tonight with John Oliver という番組をもち、これが大人気で今年もエミー賞に選ばれました。

その内容ときたら、アメリカ大統領選、ウィグル自治区への中国政府の仕打ち、新型コロナウィルス騒動に子どもへのワクチン、と時事問題に堂々切りこんでいます。特にトランプ大統領への面白おかしく辛辣なコメントにはトランプ大統領自身ツイッターでけんかをふっかけるほど。オリバーさんは米国籍も持っているようですが、それにしてもここまでコテンパンに言うとは。

それでも多くの人がゲラゲラ大笑いしてこの番組を楽しんでいます。

たとえば想定外のギャップ。
笑いは究極の緊張が弛緩するときに生まれる、といいますが、まさにそうなのでしょう。。ギャップの大きな2つの事柄を並べるお手並みは見事な「なぞかけ」のよう。

たとえば「トランプ大統領は背中に現れた悪性のほくろのよう。去年までは無害だったけれど知らないうちにでかくなって今年はもう無視したらまずい」など。

そして可笑しいほど格調高いイギリス英語。さすがケンブリッジ大学のご卒業。知性に支えられたお笑いはお手の物。このアクセントでfuckingを連発されると脱力してしまいます。

いまのところ日本は微笑ましいゆるキャラで取り上げられていますが(でも、最後のほうでちらりと今年の大統領選をくさしていますが)、さて、どうなりますやら。

もし日本で、日本人女性と結婚した北京大学卒の中国人の男性が…あれ?何語で…?

ジョン・オリバーさんはイギリスとアメリカの間のニッチに他にまねのできない立ち位置を確立しているのですね。

通訳道場の朝稽古では、この方を同時通訳するという変な自主練が通訳道場生の間で流行っていて…おおいに結構。

通訳道場★横浜CATSはこちら

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通訳準備、専門用語と同じくらい大切なのは

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

最近、おや?と思うことがありました。

私が主催する通訳道場の朝稽古でのことです。ある道場生が自分の専門分野の最新動向についてのプレゼン動画を稽古に提供してくれました。ほかの参加者は私を含め門外漢です。

この方は懇切丁寧に説明しようとしながら、「イメージわきます…?」と不安そう。

「やっぱり難しいです」という答えを期待されていたのかもしれませんが…

私は「イメージわきまくりです。」

だって、その動向は世の中のトレンドの一部。他分野の動向と共鳴しないはずがない。孤立していたら滅ぶはず。日常生活にも容易に比喩が見つかります。

「専門家でないとわからないのでは」と思い込むと、自分の言葉が干上がります。

自分の分野で起きていることが、よその専門分野でも起きていないか、という目できょろきょろすれば、自分たちのことを他者の言葉で語ることもできるでしょう。それは豊かなことだと思います。

そんなこと言われたって具体的にどうすれば?

まずはユヴァル・ノア・ハラリさんの「サピエンス全史」やデービッド・クリスチアンさんの「ビッグ・ヒストリー・プロジェクト」などで「人類史」の視点に慣れることです。

通訳の準備といえば「専門用語」を想いますが…それは点に過ぎません。

点と点をつなぐ思考の線、ビジョンの面を捉え、専門家の頭の中にある景色がだいたい見えるようになること。その専門家の頭の中の景色を「人類史」を背景に捉えること。人類史をふだんから気にすること。

通訳の適性としては、こうした歴史や社会の動向への関心ほうが海外生活の有無や外国語運用力よりよほど大事です。

英語ができるので通訳を頼まれてしまう方たちのために小冊子作りました。こちらからどうぞ。

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洋楽歌詞、本当はこう歌ってるのでは?―Deacon Blues by Steely Dan

こんにちは。持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

便利な世の中になりました。でも何でも検索できると思ったら大間違い。自分の知らないことは検索できない。知らない音楽は聴けない。だから人に教わるのがありがたい。

訳詞に満足できない、とM姉さんがSteely Danを教えてくれました。以来すっかり気に入っています。今日はDeacon Bluesをとりあげます。

それにしても、かっこいい。洗練されてる。なによりあの半音が心地よい。MUと呼ばれるコード(CソドミをCmuソレミにずらす。ドとミのあわいが際立つ)は12世紀の聖歌からひとの耳になじんだものだそうで。

いろいろな楽器が繊細な音のレイヤー重ねていくようで、ヴェールペインティング(層技法絵画)を想います。すべての楽器が輝いているのに、どれも野暮な主役を主張しない。さらりと主役を交代していく。

Steely Danに参加したプレーヤーが言っていました。「考え尽くす、試し尽くす、完璧にする。さらに完璧の先を行く。それが自然なんだ」と。

フェイゲンはこの曲をベッカーと振り返って、「なんか俺、ジェリー・ルイスみたいな声出している」と言っています。ジェリー・ルイスといえば寄り目のアクションを志村けんが取り入れたとか。我らが志村けん、同じ年ごろのSteely Danを聴いていたのでしょうか…

さて、少しずつご一緒に。原詩の右端の数字は韻の目印です。

 This is the day1
Of the expanding man2
That shape is my shade1
There where I used to stand2
It seems like only yesterday1
I gazed through the glass3
At ramblers4
Wild gamblers4
That's all in the past3

今日こそは
意識拡張者の日
その姿は俺の影だ
そこはかつて俺が立っていたところ
つい昨日のようだ
グラス越しにじっと見た
ごろつきどもを
荒くれ勝負師どもを
すべては過ぎたこと

2行目のthe expanding manはアルフレッド・べスターのSF小説「破壊(分解)された男」に登場する人物。思考と意識を自分を超えて拡張できる能力があるとか。地元の図書館が再開したら日本の文庫版を確認してきます。

3行目まではこれからナニヤラ大きなことが始まる気配ですが、4行目以降で語り手の現在はどうもイマイチ、ブイブイ言わせていたのは昔のことらしいと察せられます。なるほど、この曲はアメリカでは中年の危機にある人々に愛され続けているそうです。

man とstand、 glassと pastで韻と言えるの?と思われるかも知れません。綴りとしては不完全な韻です。でも歌をお聴きください。ばっちりです。歌は母音が長くなって強調されます。おまけにフェイゲンは行末の子音を柔らかく歌ってますから丁度いいです。

You call me a fool1
You say it's a crazy scheme2
This one's for real1?2?
I already bought the dream2
So useless to ask me why3
Throw a kiss and say goodbye3
I'll make it this time4
I'm ready to cross that fine line4

お前は俺をばかという
血迷った企みだという
これは本気だ
もうこの夢は買った
だから無駄だ、なぜと訊いても
投げキスしてさよならだ
今度はきっとやってやる
覚悟してる、あの一線を超えると

おや、Youが登場。誰なんでしょうね。フェイゲンはインタビューでこんな風に言っています。

“‘Deacon Blues’ is about as close to autobiography as our tunes get. We were both kids who grew up in the suburbs, we both felt fairly alienated. Like a lot of kids in the ’50s, we were looking for some kind of alternative culture, an escape from where we found ourselves.”
「Deacon Bluesって僕らの自伝みたいなもの。二人とも子どもの頃は郊外で育ったけど、すごく疎外感があった。50年代、多くの子どもたちと同じように僕らもなんらかのオルタナティブな文化を探してた。実際の居場所からの逃避としてね。」

どうも「夢から覚めろ。現実を見るんだ。それじゃ食えないぞ」てなことを言うドリーム・ブレイカーのようです。

さて、コーラス?サビの部分です。改行がうまく表示されるといいのですが…

I'll learn to work the saxophone1
I'll play just what I feel2
Drink Scotch whisky all night long1
And die behind the wheel2
They got a name for the winners in the world
I want a name when I lose 3
They call Alabama the Crimson Tide4
Call me Deacon Blues3

ものにするんだ、サックスを
ただ感じるままに吹き鳴らす
スコッチ夜通し飲み明かし
死ぬんだ、車運転しながら
世間は勝者に呼び名を与える
俺は名が欲しいのは負けの時
アラバマ大がクリムゾン・タイドなら
俺はディーコン・ブルースと呼んでくれ

ははあ、夢とはサックスを吹くことだったのですね。あら、音楽教室に?いえいえ、3行目から穏やかじゃありません。練習どころか飲んだくれて飲酒運転交通事故死。ちょっとちょっと!!

5,6行目。持つ者はますます名実ともに持つようになり、持たざる者は…の世の中なのですね。アメリカが代表する20世紀後半はことさらにそうなのでしょう。(当時斜陽だったイギリスは昔から勝負によらず王様にもじゃんじゃん渾名つけていますけど。エドワード懺悔王、獅子心王リチャード、ジョン失地王、ヘンリー8世は…)

クリムゾン・タイドとはアラバマ大学を代表するのさまざまなスポーツチームの称号。クリムゾン、深紅は大学のシンボルカラー。それが次々大波のように襲ってくるというイメージです。当時アメフトチームは常勝の強豪でした。

フェイゲンは敗者にこそ称号をと歌います。源義経、天草四郎、浅野内匠守、新選組、出番です!日本人の敗者を想う文化はThe Nobility of Failureに Ivan Morrisがまとめています。

さて、Deacon BluesをWake Forest Universityの弱小フットボールチーム、Demon Deaconsに由来するとする説もありますが、フェイゲン自身が否定しています。これはDeacon Jonesというフットボール選手に由来するそう。攻撃的でぶちゃむくれ(谷啓語)なプレースタイル、人柄で知られました。フェイゲンはDeaconが2音節なのでCrimsonと合うのもいいと思ったそうです。このDeaconを「助祭」としている訳を見かけました。残念、これは固有名詞でした。

My back to the wall 1
A victim of laughing chance 2
This is for me
The essence of true romance 2
Sharing the things we know and love 3
With those of my kind
Libations 4
Sensations 4

背水(壁?)の陣
声上げ笑うチャンスの生贄
これは俺のもの
本物の恋のエッセンス
分かちあうんだ 俺たちが知り、愛することを
俺と似たような連中と
献酒と
昂奮が
心によろめく

英語でBack to the wallを背水の陣、とすると耳には心地よくても景色が違うなあ、と悩ましいです。ここでちょっと目立つ言葉はvictimとlibation。後者は要するにお酒ですが、alcohol, drinkでは韻が台無し。それにlibationは生贄を捧げるときに大地に注いだりするお神酒、献げものとしてのお酒をさします。2行目のVictimと響き合うでしょう?それにしてもチャンスがlaughing…って。笑うにもいろいろあります。静かににっこりはsmile,歯をむき出してバカにしたように笑うのはgrin.laughは「声をあげて笑う」。生贄をほふりながら声を挙げて笑う…grinより却って怖いです。力が抜けそう…

I crawl like a viper 1
Through these suburban streets 2
Make love to these women
Languid and bittersweet 2
I'll rise when the sun goes down 3
Cover every game in town 3
A world of my own 4
I'll make it my home sweet home 4

俺はマムシのように這いまわる
町外れのこんな通りをうろうろと
そして愛を交わすのはこんな女たち
けだるく、ほろ苦い
俺は起き出す、日が沈む頃
町中のあらゆるゲームを把握する
俺自身のひとつの世界
楽しい我が家にしてみせる

サックスの練習はどうしたの?そもそも「練習」するつもりはないのかしら。さて、ここで町外れと町中の対比が気になります。語り手は町中の様子は把握しているけれど、そこにはいない。微妙な疎外感が最後の一行でかえって気になります。

蛇と女の組み合わせは、エヴァと誘惑者としての蛇を連想します。ミルトンの「失楽園」ではこの蛇は天使ルシファーの堕ちた化身とされます。ルシファーは天上で自分が一番神に愛されていると思っていたのにもっと愛されている子なる神が登場。これに怒り反逆の戦いを挑むものの敗残、サタンに変えられ、神が愛する人間をたぶらかそうと地上を目指します。このサタン、近代の人間の自由の苦しみとロマンティシズムの原点、と人気があるんです。Deacon Bluesに通じるでしょうか。

 This is the night 1
Of the expanding man 2
I take one last drag
As I approach the stand 2
I cried when I wrote this song 3
Sue me if I play too long 3
This brother is free 4
I'll be what I want to be 4

今夜こそは
意識拡張者の夜
俺は最後の一服吸って
ステージに向かう
俺は泣いた、この曲書きながら
言ってくれ、長くやりすぎたら
この男は自由だ
俺は在りたい俺でいる。

いよいよ演奏のチャンス到来でしょうか。Sue me起訴してくれ、とする訳も見かけました。でもSueはもともと「求めてor手を引くように請う」ことを指します。「おい、いつまで吹いてんだよ。いい加減にしろよ」と言っていいよ、ということでしょう。でも、演奏の途中に伝えるって相当大変…。

さいごのI’ll be what I want to beは「俺はなりたい俺になる」でもいいと思います。ただ、「なりたい自分になる」は自己啓発で使い古されたポジティブ表現。「成る」に10代のようなナイーブさを感じるのは私だけでしょうか。語呂の事情もあるしょうが、ここはbeの「在る」の禅語を思わせるニュアンスを遺したいと思いました。

長文、おつきあいありがとうございます。

ときどき、洋楽の詞なんて適当だという洋楽マニアの日本人を見かけます。そういうアーティストもいるかもしれません。ただ、Steely Danに限って言えば、サウンドをデザインし尽くしているのに、詞が「テキトー」なはずはないと考えます。「酒」ひとつとってもイメージのつながり、韻といった条件からlibation を選ぶという手の込みようです。

洋楽の詞を深く理解するには「言語の技法・作法」という扉を開ける鍵が必要です。鍵を持っていないからと言って扉がないことにしてはなりません。

私たちも完璧の先の自然を求めています
通訳道場★横浜CATS

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Steely Dan  Black Cowの歌詞を探検、訳詞で冒険

友に導かれて新しい世界に出会うのはなんとスリリングなことでしょう!

おちゃめなM姉さんからSteely DanのAjaというアルバムを教えてもらいました。全曲、あるいはこの2曲をとBlack CowとDeacon Bluesの訳詩をお望みです。まずはBlack Cow(ルートビアにバニラアイス!どんな味やら。)から…

とはいえ大変!ブログなどで訳詞を紹介する人たちは、ほとんどファンかそのジャンルの専門家。訳詞にも自信満々。でも英詩の作法や日本語の専門家ではないでしょう。

ところが私はその真逆。先月の今頃はSteely Danの名前さえ知りませんでした。聞いてみたら、あ、聞いたことある、というくらい。英詩と日本語表現にはうるさいですが、 Steely Danについてはからっきしです。 チャゲアスのことなら私が一番理解していると任じていますが、

そういうわけで、これが答えだ!ではなく問いを連発することになりそうです。50点の出来としてご海容ください。プラゴミじゃないと思います。

Steely Danの作品を聴いてみると…カッコいい、おしゃれ、クール、都会的、オトナ、洗練…そんな言葉が思い浮かびます。

細部まで計算しつくされた都会の建築のようで、心地よい流れはあるけれど、うっかりノリに流されることはなさそうです。

さて、Black Cowを聴いてみると…あれれ?歌のない時間が結構あるのね。第九とは対照的。「フロイデーシェーネルゲッターフンケントホターアウゼリージウム!」もう合唱で埋め尽くされています。それに比べるとなんて言葉少な…

歌詞を聴いておや?

単語は単純なものばかり。でもその組み合わせが文としては不思議。They saw your face.単語としては中1でもわかるけれど、Theyって誰?どんなface?

そう、説明しないのがニクい。形容詞がほとんどないんです。形容詞がありすぎると嘘くさくて、野暮で、レースだらけな下着みたいになりますが(自称芸術家の文章に多い)こちらはスポーツ下着みたい。なんだかそっけない。聴き手に向けて説明するそぶりなし、と感じましたが、どうでしょう?

そもそも、語り手の男性と、相手の元彼女のような2人の間にも会話は成り立っているののでしょうか。どこかひとりごとのようにも聞こえます。

そして現在単純形ばかり。現在単純形は日は東から昇り、西に沈む、のように永遠に変わらない、反復することを切り取る表現。別に今だけのことじゃなく繰り返す。何月何日、と具体化できる過去のリアリティもありません。ひとつのストーリーとしての始まりと終わりが定まらない…ひとつの物語として語ろうとすると突き放される感じです。そのほうが、おだやかでない状況をクールに奏でるこの曲に合っているように思いますが、どうでしょう?

「君はグリーンストリートで大暴れしたらしいね」という訳を見かけましたが、これはお話を作りすぎかも。ジャーナリズムじゃないんです。また、a book of numbersを旧約聖書としているのも見かけましたが、これはthe book of numbers民数記と取り違えたのでしょう。a, theを甘く見てはいけません。電話帳を a book of numbers というのは普通ではありませんが、ここは語調、曲調からa phone bookでは字足らずです。

Steely Danの公式サイトから下に歌詞をコピペしますが…韻を踏んでいます。各スタンザごとに番号を振りました。韻を踏んでいるということは、音がテクニカルに単語選びを大きく左右しているということです。単語ごとに辞書を見ていてはらちが明きません。なんだか歌詞も楽器のひとつのようです。このひとたち、詞が先?曲が先?もしかしてメロディーラインが先?

また、公式サイトにご本人たちがこの曲について語っている動画もありました。「作品の説明なんかさせるなよ」とでも言いたげな様子です。この曲については30分くらいからどうぞ。それにしてもこの人たちの風体…

心をこめて訳そうとすると、自分の感覚で言葉を足しがちです。でも、元の詩のスタイルがモンドリアンのように幾何学的なのに、ご親切に日本語にしたらラファエルのようだったら…。自分の解釈を訳から全く排除することは願ってもできません。でも、そうしようと努め、それでも残る訳者らしさが信頼されるようでありたと思います。

Break away when it seems so clear that it is now over のところはまだ会心とはいきません…別れた女をどう呼ぶかも悩ましい…お目汚しでございます。日本語でも韻を踏み過ぎるとあざといのでちょっと外しました。放っておくと七五調になりますが、それは気をつけてひっこめました。

In the corner 1
Of my eye 2
I saw you in Rudy's 3
You were very high 2
You were high 2
It was a cryin' disgrace 4
They saw your face 4
On the counter 1
By your keys 2
Was a book of numbers 3
And your remedies 2
One of these 2
Surely will screen out the sorrow 4
But where are you tomorrow 4
I can't cry anymore 1
While you run around 2
Break away 3
Just when it 4
Seems so clear 5
That it's 4
Over now 6
Drink your big black cow 6
And get out of here 5
Down to Greene Street 1
There you go 2
Lookin' so outrageous 3
And they tell you so 2
You should know 2
How all the pros play the game 4
You change your name 4
Like a gangster 1
On the run 2
You will stagger homeward 3
To your precious one 2
I'm the one 2
Who must make everything right 4
Talk it out till daylight 4

I don't care anymore 1
Why you run around 2 
Break away 3
Just when it 4
Seems so clear 5
That it's 4
Over now 6
Drink your big black cow 6
And get out of here 5

ちらっと
見かけた
ルーディズにいたろ。
君、とてもハイだった
ハイだった。
泣けるほど見苦しくて
奴らが君の面眺めてて。

カウンターには
君の鍵、
そばに一冊の電話帳と
君の薬。
このどれかが確かに
悲しみせき止める
でも君、明日はどこにいる。

もう泣けない
君が遊びまわって呆けても。
縁を切るんだ
とにかく
どう見ても
もう終わりと思ったら。
でかいブラッカウ飲んだら
ここを出るんだ。

グリーン街へと
君は繰り出す
途轍もない姿で。
奴らもそう君に言う。
わきまえろ
プロの手を。
君、名前を改めろ。

ちんぴらが
逃げるように
君は千鳥足で帰る
大切なひとのもとに。
僕はといえば
ひたすら後始末。
話し尽くそう夜明けまで。

もう気にしてられない
君が遊び回っても。
縁を切るんだ
とにかく
どう見ても
もう終わりと思ったら。
でかいブラッカウ飲んだら
ここを出るんだ。

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ケネディ元大使「お礼のことば」字幕に学ぶ

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場主宰の冠木友紀子です。

毎月12回!行っている朝稽古では、日英両方で読める名作を少しずつ音読し、先人から学んでいます。たとえば、「手仕事の日本」(柳宗悦著)、「天声人語」、「神道バイリンガルガイド」、今をときめくノア・ユヴァル・ハラリの「21Lessons」など。

今朝、Eさんが用意したのはキャロル・ケネディ元駐日アメリカ大使のお別れの挨拶の一部。「ケネディ大使の英語はpure and simpleですてきなんですが、日本語が…」

おやおや、そういうこともあるものなんですね。ちょいと拝見。

前略
I am grateful to the people of Tohoku for
welcoming me and for inspiring the world
with your courage and resilience.
I was deeply moved
to meet students who are staying in the
region to work on revitalization,
local officials who put their communities
first despite great personal loss and
see the progress being made over the
past three years to rebuild lives and communities.
後略

「?」が残るという日本語は、大使館の仮訳です。太字のところが不思議、という意見が続きました。

私を温かく迎えてくれた東北の皆さん
皆さんの強さは世界を元気にしています
被災地に残って復興を助ける学生や
自らが被災しているにもかかわらず
復興に取り組む自治体職員の姿に
胸が熱くなりました。
人々の生活や地域の再建は
進んでいます

調べてみると、これはYouTubeの動画でした。確かに字幕は翻訳と違って、一定時間で表示できる文字数に限界があります。表現は文字ですが、時間との勝負である点、通訳と似ています。通訳の練習に字幕づくりはおすすめです。このご時世、家でもできますしね。

2分12秒あたりからどうぞ。

さて、太字部分について。「強さ」「元気」はちょっと深みに欠けるかもしれません。最後の一文がなんだか復興庁長官の発言みたいになっているのは、I was moved toと切れてしまったように見えるから。

そのへんを手直ししてみました。ただ、この動画は大使館のものなので公開で字幕受付をしていないので、おせっかいの焼きようがありませんが。外国語が使えるのと翻訳通訳ができるのはまた別のことです。日本語も外国語と同じ心構えで語源とともおに学び直し、イメージ思考を鍛えることが欠かせません。

東北の皆さんに感謝します。
皆さんは私を温かく迎え
勇敢に復活するその姿は世界を
奮い立たせてくれました。
被災地にとどまり復興に取り組む学生たちや、
自らひどく罹災しながらも
地元を最優先する自治体職員たちとの出会い
ここ3年の生活と地域の再建ぶりを
目にして深く心打たれました。


巣ごもり期間、お家で心躍る英語ストーリーテリングとそのまま語れる日本語小冊子「The Whisperiing Road」をどうぞ。



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