仕事で必要な英語がなかなか上達しないとお嘆きのあなたへ

「仕事で英語が必要。もっと英語ができれば可能性も広がるのはわかっている。」
「オンラインレッスンで場数は踏んでいるのに、なかなか英語が上手くならない。」
とお悩みではありませんか?

そんなあなたに1つお尋ねします。

closeup photo of primate
Photo by Andre Mouton on Pexels.com

ご自分の英語録音して聞き返したことありますか?

お手本と自分の録音を聴き比べて、これで良しと思うまで録音し直した事はありますか?

もしなければ今日からぜひ始めてください。スマホでもできるはずです。

なぜ?だって…鏡を見ないでお化粧した事はありますか?
鏡を見ないでネクタイを結んだ事はありますか?
ないでしょう?

人には自分で自分を修正する力があります。他人にとやかく言われるより、自分で自分のことが気になるのです。ひとりになって自分に向き合う力があるんです。その関心、力を「セルフモニタリング」と呼びます。そのための心強い味方が鏡や録音・再生器です。

セルフモニタリングなしで場数を踏んでも、お金がかかるだけです。

では何を聞けば?と思いますね。

どこの英語が有利か?と損得勘定、下心で決めても続かないものです。

自分が好きだなあ、素敵だなぁと思う人を見つけてください。そして発音練習ではなく物まね、憑依だと思って幼子のようにまねっこをお楽しみください。

ずっと1人と添い遂げなければいけないわけではありません。好きな人が見つかったらとっかえひっかえ何人もお楽しみください。

そしたらきっといつか、あなたの英語はあなたが大好きな尊敬する人たちの声を集めたアルバムになることでしょう。大好きな人たちへのあなたの想いが声にのって聴く人に届くでしょう。さぁ今日から始めてみて下さいいね!

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AI翻訳がまだやらない、プロ翻訳者がやっていること

AI翻訳は日々進歩しています。ただ、今のところはハサミや包丁、楽器と一緒で使い方に工夫が必要です。

では、なぜひとつ前のブログでご紹介した「字幕をAI翻訳したからチェックだけお願い」の案件は難航したのでしょう。

実は、問題はAIの翻訳作業ではなく、その前の段階にありました。

英語のナレーション原稿がいまいちだったのです。

He was a curious man who was able to follow his own curiosity in those days.

これじゃ「馬から落馬して落っこちた」みたいじゃありませんか。

多くの日本人が、外国語、ことに英語を見るとフリーズして、そこにクセや弱みがあるとは思わなくなるようですが、あるんです。

日本語ができる日本人の誰もが日本語のプロではないように、英語が書ける人たちがみな、英語のプロというわけではないのです。

英語で学んだ人たちも、今日では大方、ロジカルなアカデミックライティングだ、スキミングやスキャニング読みだ、戦術モードです。

文体や語彙選び、響きの調整は「典雅で高尚、でも役に立たない趣味」とみなされがちです。

でも、そこなんですよ。「多くの人が知らない」けれど「人の心にすんなり届くために欠かせないコツ」は。

black woman with pen taking notes in planner
Photo by SHVETS production on Pexels.com

私が翻訳するときは、まずもとの英語を推敲します。もちろん必要に応じて著者に確認をとります。「まかせる!」と言われる場合がほとんどですが。

そういえば、国際基督教大学の恩師、斎藤和明先生も、アイヴァン・モリスの「The Nobility of Failures 高貴なる敗北」を訳しながら、史実、人物関係を調べ直し、50箇所も訂正していらっしゃいました。

翻訳者は校閲者、編集者でもあります。原文の傷やへこみを直してから日本語にするのは、筆者への敬意あってこそ。弱点ごと日本語で複製するほうがよほど失礼です。

さて、英語のまま読むのが苦手だからAI翻訳を使っているのに、英語の推敲や校閲なんてとても…と思われる方もあるでしょう。

ご自分の専門分野だったら、校閲はご自分の脳内でおやりになれば、まあ、よろしいかと。

推敲ですが、今は便利な推敲アプリがあります。Pro Writing AidやGrammarlyが知られています。アカウントを持っている大学では、これを通していない学生のエッセイは受け取らないところもあるくらいです。

推敲アプリだのみになると、前述の「戦術」に適うつまらない文になる傾向はあります。でも、少なくとも「馬から落馬して落っこち」たりはしません。

そのうち、翻訳アプリと推敲アプリが統合されるかもしれませんね。

私も Pro Writing Aid の生涯アカウントを持っています。申し込み確認のメールに期限が2059年とあったのには笑ってしまいました。そのころは遊んでいたいですが、もっと長生きする予定です。

次回はAI翻訳が向く分野、向かない分野をご紹介しましょう。

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「AI翻訳をプロ翻訳者にチェックさせる」がうまくいかないのは?①

こんにちは!通訳藝術道場の冠木友紀子です。
すっかり春めいてきましたね。Spring is just around the corner.

このごろはAI翻訳も相当進歩しています。

でもまだなんでもお任せというわけにはいかないようです。先日、私もえええ!と思うことが2つありました。

そのうちの1つを今日はご紹介します。

「AI翻訳した字幕をチェックしてほしい」と長年のご縁の方々からご連絡いただきました。

あのAIでこの分野ならけっこうイケるのでは!チェックだけなら格安でお受けできるはず…と拝見したら…

心に訴えるはずのところはお勉強の英文和訳調。情報の順番が前後して頭が悲鳴をあげます。科学的な内容を論理的に順序良く伝えるべきところもこんがらがって…。

こうなると、「もとの英語音声」と「AI翻訳の日本語」の両方を気にしなければ…。

ふだんはもとの英語だけ聴いて翻訳するのですから、仕事は「倍」です。

city road man people
Photo by zhang kaiyv on Pexels.com

結局、はじめから翻訳することになりました。

どうしてこんなことになったのかは次稿にてお知らせします。

AI翻訳のチェックを翻訳者に頼んだら、意外とお金がかかったとご不満の皆さま、AI翻訳をする前に、翻訳者にご相談ください。プロならば、AIと人間の按配を忌憚なく見積もりするはずです。

誰もが限られた時間をよく生かすことができますように。

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なぜコミュニケーション・スキル講座の日本語は不自然なのか?

こんにちは!エキスパート通訳トレーナーにしてシモヤケエキスパートの冠木友紀子です。

先日なんとなくTVをつけてみたら、コミュニケーションを円滑にする言葉づかいなるお勉強の最中でした。

「専門家」によると…「君、具合悪いよ。」と相手のことを決めつける(You messageあなたメッセージ)は相手の反感を煽りがちなので、自分の視点で語るように、とアドバイス。ごもっともです。

でも…「ねえ、私にはあなたが疲れているように見えるんだけど。」

この日本語にゲストがぴしゃり。「そんなこと言うかしら。」

ありゃまあ。

two women sitting on chairs beside window
Photo by Christina Morillo on Pexels.com

今日あるコミュニケーション技法の多くは英語圏由来のものです。

違和感を覚える人たちの中には「アメリカ人ならそういうかもしれないけど、日本じゃ変でしょ」と言う人もいます。文化の違いとし

確かにそういう傾向もあるでしょう!!

でも、私はもっと基本的なところに改善の余地があると思っています。

上の変な日本語、引っかかっているのは、こうでしょう?
1「わたし」「あなた」人称代名詞のうるささ
2「見えるんだ」の洋画字幕、吹替ぽい不自然さ。

もとの英語は大方こんな感じでは?
Hey, It seems to me that you are tired.あるいはYou seem tired to me.

だとしたら、書き言葉の英文和訳思い込みの残念な翻訳が足を引っ張っているだけです。

こうすると、楽で自然になりますよ。
★日本語では言わずもがなの代名詞は出さない。
★そもそも英日で品詞の概念が違います。英語の動詞を日本語の動詞に訳さなくてよし!

自然な日本語にするほど、日本語は「I」「You」のどちらかではないほうがしっくりきませんか?YouとIの間にそっと置くItはじまりがなじむのではないでしょうか。そして仮定、疑問や逆接もやわらかく使う。

「ねえ、なんか疲れてるかな、って思ったんだけど。」

まあ、それぞれの口になじむ日本語は、それぞれで探すものかもしれません。ただ、出だしでつまづくことが少しでも減れば、と願う次第です。

通訳・翻訳を目指す方は、英語ばかりでなく同等に日本語も精進してくださいね!

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私達は日本語を知らない。

エキスパート通訳トレーナーの冠木友紀子です。関東では風の強い日が続きますが、いかがお過ごしですか?

どこを見てもカタカナだらけです。ソーシャルディスタンス、レジリエンス。アニマルウェルフェアなんて第五代将軍綱吉どのがたまげることでしょう。

戦時の敵国語排除に比べたら、カタカナだらけものんびりした話かもしれません。外来語を受け入れやすい言語は語彙が豊かになって生き残りやすいとも言われます。英語と日本語はことに外来語に鷹揚だと言われます。

ただ、英語がラテン語、ゲルマン諸語から外来語を受け入れるのは、おおざっぱに言えば、栃木弁に茨城弁、あるいは福島、山形あたりの語彙が入るくらいのもの。文字だって同じ。つづりを見れば語源も見当つきます。

日本語はこうはいきません。カンパニーとコンパニオンが「共にパンを食べる」という源を共にしているとはなかなか見抜けません。「同じ釜の飯を食べる」みたいな発想ね、と足元を振り返ることも容易ではありません。

ではしっかり日本語に訳しましょう!…実は、これがなかなか。

「対人距離」「復元力」「動物福祉」

無料自動翻訳でもこのくらいぱっと出てきます。でも、しっくりきますか?

大陸から学んだ漢字の恩恵ははかり知れません。ただ、特に明治以降、知的、学問的な翻訳は「西洋言語→漢字の熟語」に偏りすぎたのではないでしょうか。それがいまも、「頭に入っても腑に落ちない」翻訳、通訳を生み出し続けていると思うのです。

pixabayより

シュタイナーの思想(アントロポゾフィー)でも、こんな翻訳をよく目にします。「人間の頭部は球形をしていて…。」

おみごと、正しいです。間違っていません。

でもね、ニンゲンノトウブハキュウケイヲシテイテ…を、日本語は「あたま」で言いつくしているのではないでしょうか。

インドヨーロッパ諸語に比べて日本語の語源学は諸説あって迷宮のようですが…「あたま」は「たましい」が宿る球を「たま」と呼んだことに通じるようです。

ここまで考えると、翻訳って何やっているんだろうと思ってしまいます。でも、ここまで考えずに翻訳する能天気には戻れない、と思うのです。

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通訳メモはどこに取る?

こんにちは。エキスパート通訳トレーナーの冠木友紀子です。

以前、担当していた医療通訳養成講座でのことです。

受講生のTさんの通訳がなかなか始まりません。話し手の発言が終わって3秒以内に訳し始めないと、リズムが乱れ、不穏な空気が漂い始めます。それなのに…。

私「どうしました?」
Tさん「待ってください。」

さては…!

こういう場合は十中八九メモの取りすぎです。

案の定、Tさんは速記のようなメモを取っていました。しかも、メモを取り終わったころには出だしの話を忘れていました。

これでは何のためのメモかわかりません。

Tさんはメモとり術を教えてほしい、と言いました。

私は断りました。努力の方向が間違っていると考えたからです。

black woman with pen taking notes in planner
Photo by SHVETS production on Pexels.com

通訳学校ではメモとりの臨時講座も人気です。「速記ではなく、簡略化・記号化して要点のみを」とアドバイスもごもっとも。

しかし、それで「簡略化・記号化した要点のみのメモ」が取れるようになった人はどのくらいいるのでしょう。

うっかりすると、先生の記号を覚えたり、自分なりの記号を開発したり、余分な仕事を増やしかねません。

紙のメモなんてとらずにすめばそれに越したことはありません。

私は基本、メモは頭にとっています。頭の中ですから、わざわざ記号を使うこともありません。聞こえたらすぐに映像化して、次々格納します。

この方法は名人芸ではなく、理に適っています。生理学研究所の先生に伺ったところ、人間の思考は抽象的な映像のようなもので始まる、とのことでした。思考は「原初の映像→音声→文字」の順で言語になっていくと見なすことができるそうです。

「音声→文字メモ」と「音声→映像メモ」では方向が逆でしょう?音声を聞いて音声で通訳するのだから、文字への寄り道は最低限にしたいものです。

ひとりよがりな映像にならない決め手が文法と写真撮影の共通点です。今は「一眼レフ法」と名付けてお伝えしています。

ちゃんと聞けば、紙メモはなくても大丈夫。

まあ、メモしないと周囲が不安がるので適当に書きます。新たな記号は使いません。英日通訳の場合はほぼ漢字です。簡体字もどきのようですが。

何事も、なぜそれをしているのか見失わぬよう、俯瞰し続けたいものですね。

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【英詩講座レポート⑦】「見る」は「見られる」-“Fishes” by Roy Wilkinson

こんにちは。通訳藝術道場の冠木友紀子です。

シュタイナー学校の先生たちのための英詩講座、英語圏の4年生向けの詩シリーズも前半が終わりました。まだたった7篇ですが、もっともっと長い旅をしてさまざまな景色を見てきたような気がしてなりません。

今回はシュタイナー教員養成に尽力したRoy WilkinsonによるFishesでした。2時間の講座の一部をダイジェストでお目にかけます。

シュタイナー関係ではよく「すべてを知れ」と促されます。医師は医学のハウツーだけではなく、教師も専門科目のハウツーだけではなく、音楽家も演奏スキルだけではなく…皆、音楽、哲学、歴史…すべてに心開くことが求められます。大変?そんなことはありません。「専門外だから関係ありません」という姿勢では到底想像できない、世界への畏敬と喜びに満たされる道です。その道を生涯かけて歩んだのがRoy Wilkinson (1917-2007) と言えそうです。

おお、また「めだかの学校」みたいな詩?と思いきや、とんでもない。人間とは何者か、お前はどう生きているのか、と問われるようです。

FISHES

In the ever flowing water
Up and down I love to roam,
Whether it be lake or river
Water, water is my home.

Perhaps a glimpse of me you saw,
In the water something shone.
You looked again, what did you see?
Nothing, I had gone.
魚たち

たえず流れる水のなか
ここかしこへとさすらいたい
みずうみであれ、川であれ
水、水こそは私の住みか

もしかして、ちらりと私が見えたでしょう。
水のなかに何かがきらり
あなたもいちど見入って、何が見えた?
なあんにも。もう私はいなかった。
謎めいた複数形のFishes。スイミーを思い出します。みんなでひとつの「私」だったり、それぞれに「私」があったり…「私」の感覚が人間とは違うのでしょうね。(講座で話題になりましたが、書くとややこしくなりそうです。ぜひ講座へどうぞ。)

一行ごとに揃った行末の音(脚韻)と、強弱のリズムが淡水のさざ波のようです。

さて、第1連、水が魚の住まいだというのは、当たり前と言えば当たり前。「水魚の交わり」(劉備と諸葛孔明のこと)など日本語でもなじみのある表現です。

さらっと読み流してもいいのですが…、水と魚を鏡に自分たち人間を振り返ってみると…

35年ローンを組んで手に入れた家(ハウス)も、コロナ以前は寝に帰るばかり。リモートワーク用の部屋はないし、1日中在宅する家族の食事作りにうんざり…。おやおや。

魚は水を専有しません。食べ物も、排せつも水中に。汚い?そんなことはありません。不垢不浄の循環です。

いきなり魚をお手本にするわけにはいきませんが、人間のhomeも見直す機会ではないでしょうか。

ひとりごとのような第1連から打って変わって、第2連はyouが登場します。

youは詩の読者、人間と考えるのが自然でしょう。(まあ、猫でもいいんですけど…)

水中で魚が体をくねらせでもしたのか、一瞬光った。それを人がちらりと見て、何だろうともう一度のぞき込むと、魚はもういなかった、というだけの出来事です。

さて、その出来事はどう語られているでしょう?

panoramic photo of bushes near pond
Photo by Pixabay on Pexels.com

再掲しますと…

Perhaps a glimpse of me you saw,
In the water something shone.

どうもこの魚、自分のことをsomethingなんて言って、見ていた人間の側から語っているようではありませんか。

You looked again, what did you see?
Nothing, I had gone.

人は魚を見ようとするけれど見失っている。一方、魚のほうがよほど人を見通している。自分が去った後、人が「あれれ?」と覗き込んでいるところまで見届けている。そして、人には何も見えなかったのを承知で「何が見えたの?」なんて訊ねるのだから、一枚上手。

私たちは魚を釣りの獲物として、食物として、ペットとして…「対象」として「見て」いるつもりでいます。

こんなふうに、魚に見られているとしたら…

見るは、見られる。

見られることを想わない「見る」はそろそろ終わりにしませんか。

6月19日 シュタイナー学校の先生のための英詩講座 第8回はWalter De La Mare のUnstoopingを読みます。単発参加OKです。

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【英詩講座レポート④】抵抗勢力を理解するためにこそ悪戦苦闘する

通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

すっかり報告が遅れましたが、シュタイナー学校の先生のための英詩講座も第4回を終えました。

とりあげる詩は、参加者や私の好みは脇におき、ひとまず英語圏の小学4年におすすめとされる詩を読んでいます。

第3回までは感動の深読み、細やかな気づきでパーンと開ける扉がいくつもあったのですが…第4回はこちら。Molly de HavasのSeeds…これが実はなんとも…

アメリカのシュタイナー教育関係のサイトには大人の喜びの声があふれています。
「何度も繰り返し、暗誦できるようになったらリズムがほんとに生き生きしてきて…」
「サステイナブルな家庭菜園での子育てにぴったり…

春待つ心が弾むようではあります、が…

SEEDS
Molly De Havas

After Christmas it’s time to be thinking of Spring,
And the flowers and vegetables springtime will bring.
We must go to a shop and choose packets of seeds
To be sown in the garden to fill all our needs.

First the weeds must be pulled and the clean earth laid bare.
Then dug over, and broken, and levelled with care;
Next in furrows and holes that we’ve made in the earth
We will plant the brown seeds, and with joy wait their birth.

(The Waldorf Book of Poetry, ed. by David Kennedy, 
Living Arts Books, Wisconsin, 2012, p.100)

うーむ。私たちの頭の上に「?」が立っているのが見えるようでした。

毎年、「お店」に行って「袋に入った種」を「選んで買う」?!
そして自分たちの「ニーズ」を満たさせる?
土を掘っくり返して耕す?
種からの「誕生」を待つ?

私たち、といえばバイオダイナミック農法に詳しく、日本の不耕起栽培、自家採種にも興味津々。

種はその土地に合ったものがその土地で採れるでしょう?
植物の一生から、私たちはお裾分けをいただくのでしょう?
むやみに耕すと表土の微生物が迷惑するでしょう?
植物は死なないでしょう?種は種として生きているでしょう?

もう、詩どころではありません。

ここらで深呼吸。

詩の内容に議論ふっかけるなんて野暮。それでは詩を読んだことにはならないのでは。

ここで思い出されたのが高橋巌さんのお話(2021年3月20日、於:横浜の朝カル)です。表現は正確ではないかもしれませんが…優しいお声にはっとしました。

「シュタイナーは時代とともにあろうと悪戦苦闘しました。ナチスをやっつけようと悪戦苦闘したのではありません。どうして時代がナチスの存在を許しているのか、どうしてナチスはそう考えるのか理解しようと悪戦苦闘したんです。」

そう、仲間内の「わたしたち」を理解するのは心地よいもの。でも、「あのひとたち」を理解するのは楽でない。だからこそ悪戦苦闘して理解しようと願う。

私たちもそれに倣おう、ということになりました。シュタイナーとナチスに比べたら(?)もうほとんど仲間内のような詩です。自分たちの物差しをあてて見下すなんて小さい、小さい。

なにごとにも段階がある。神社だって奥の院だけでは誰も来ません。参道には縁日があり、鳥居をいくつもくぐって本殿、そして奥の院へ。ものごとにはふさわしい居場所がある。

小さい自分は脇に置き、何度も声に出して読み、風景を細やかに思い描きます。

文字で伝えるのはなかなか大変ですが…タンタタ、タンタタ♩♫♩♫♩♫のような
リズムのパターンが心地よく続きます。

2行ずつの脚韻もわかりやすい。

おや、1行が長く、1文も長い。

thinking of A, B and Cやmust be A, B and Cのように畳みかけるよう。

そういえば、must, willが多い!

これはクリスマス節を過ぎて、もう待ちきれない心のなかの予定を描いているのですね。まだ実行していないんです。だからばかに順調に聞こえるんでしょう。

筆者、Molly de Havasは生没年、1904-1952年のほかはわかりません。他にThe Knightが知られていますが、これもちょっとナイーブ…

それが、20世紀前半のアメリカの市民生活ののどかさなのかもしれません。

今日、彼女の詩に出会う子どもたちはどう感じるか興味深いところです。

シュタイナー学校の先生のための英詩講座 単発参加 OKです。

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「夢を持て」がピンとこないあなたに

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

私にとって大学での授業は、娘のような世代のひとたちの話を聞く楽しい、楽しいひととき。ところがこのコロナ禍、苦しい胸の内を聴くことも増えました。先週のCAになりたかった学生の次に授業後に残ったのは…

「わたし、先週のCAになりたいっていう○○さんみたいに思ったことがないんです。なりたい職業もないし、なりたい自分も別にない。失う夢もない。こんなの、変ですか?だめですか?どうしたらいいですか?」

あまりに思いつめた様子と裏腹に、彼女のまなざしはワイルド。

brown and gray bird
Photo by Jean van der Meulen on Pexels.com

「そういう自分を責めてるみたいだよね?」
「はい。」

まずそれをやめよう。

人はひとりずつ、植物、動物の1種に相当するくらい違ってる。そういえば蝶々や鳥みたいなお友達、いない?電車の中で秋刀魚や茄子みたいな雰囲気のおじさん見たことない?

見た目だけじゃなくて…本当にひとりひとりOSが違う。

夢を持つことで元気が出る、10年、20年後の自分を思い描くとワクワクする。それならそれでいい。たぶん、今はその路線が本でもセミナーでも売り出しやすいんでしょう。

でもね、これがピンとこない種族だっている。なにより私がそう。

私の感覚は…今どんなにすてきな10年後の自分を想像しても、そんなの未来を今で縛っているだけ。いま手にしていない何かを手にした未来の境地は、今からは想像つかないはず。想像できるとしたら、そんなの一昨日、昨日に実現していたはずの姿。実現が遅れているだけ。遅配の郵便。

あなたはもしかして、初めての街でもどこに郵便局、スーパー、病院、コンビニがあるか、なんとなくわかるんじゃない?初めてのビルでも迷わず最短距離でトイレに行けたりしない?

なら、本能と感覚、直感で今を深く生きるワイルド派。無理やり夢を描いても一時間後には忘れちゃうでしょうよ。

だから、夢を持つ派部族の友達と自分を比べて、あれこれ思いめぐらし、自分を責めるのをおやめなさい。

「じゃあ何したらいいですか。いま、自分の部屋で過ごしてばっかりですけど。」

まあ、このご時世ごもっとも。

2つのことをおすすめします。

ひとつは、自然に身を置くこと。山でも谷でも海でも池?でも結構。ワイルドおばさんの私も人間の想定を超えた場所が居場所として必要。でないと捕獲された狸みたいに目が濁っちゃう。三密なんていまだかつてない低山が近くにたくさんあるでしょう?

もうひとつは、本を読むこと。いろんな人に会って刺激を受ける、っていうけれど、会えるのって生きている人たち。これまで数千年の死んだ人たちとはどう会うの?霊媒?インチキもいるし、高いのもいる。でも、岩波文庫のソクラテスなら数百円で、大学の図書館ならタダ!

くれぐれも、課題図書や先生の推薦図書に縛られませんように。大好きな先生と好きを共有したいならいいけれど。

もっと大事なのは、「呼ばれてる」感覚。あなたを呼んでいると感じる本を手に取って。読んでみて違うな、と思ったらすぐに返せばいい。これを繰り返す。

図書館も山だよ。

silhouette of bird above clouds
Photo by Flo Maderebner on Pexels.com

確かにあなたがCAを夢見ているところはどうしても想像できない。だって、あなたは大鷲だからね。

英語の奥深い美しさに目をみはれば、心の底から勇気と元気が湧いてくるー
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「あしあと」の詩、こっちのほうがいい!

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。
先日、教えている大学で学生の発想にうなりました。人類の未来は明るいぞ!

というのも…

生きていればいろんなことがあるものです。なかでも、苦しいと感じるのは、課題そのものより、孤独や自責の念が苦しみの原因では?と思うことがあります。そんな心に慰めと発想の大転換をもたらすのがこの詩、「あしあと」です。

筆者はマーガレット・フィーシュバク・パワーズさん。アメリカ出身の敬虔なクリスチャンです。

さて、これを紹介するときは…最後のひとことを伏せておくんです。まあ、いろいろなアイデアが出てくること、出てくること。みなさんも考えてみてください。

(すみません、この写真はスウェーデンの湖畔なんですが…きれいでしょ?)

Footprints in the Sand
by Margaret Fishback Powers

“One night I dreamed a dream.
ある晩私は夢を見た
As I was walking along the beach with my Lord.
砂浜を主とともに歩いていると
Across the dark sky flashed scenes from my life.
空を横切って瞬いたのは我が人生の出来事さまざま
For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
そのひとつずつに、ふた組のあしあとが砂に残っていた
One belonging to me and one to my Lord.
ひと組は私、もうひと組は主のものが

After the last scene of my life flashed before me,
人生最後の場面が閃くと
I looked back at the footprints in the sand.
私は振り返って砂に残されたあしあとに目をやった
I noticed that at many times along the path of my life,
幾度も、人生の道すがら、
especially at the very lowest and saddest times,
ことさら沈みきり、悲しみ極まった時ばかり
there was only one set of footprints.
あしあとはひと組しかなかった

This really troubled me, so I asked the Lord about it.
このことにひどく苛まれ、私は主を質した
“Lord, you said once I decided to follow you,
「主よ、おっしゃいましたね、ひとたびあなたに従うと決めたなら
You’d walk with me all the way.
どこまでも私と共に歩いて下さると
But I noticed that during the saddest and most troublesome times of my life,
けれど、もっとも悲しく辛かったときに
there was only one set of footprints.
あしあとはひと組しかありませんでした。
I don’t understand why, when I needed You the most, You would leave me.”
わかりませんね、なぜ、心底居てほしかったときに、あなたは私を見放してばかりなのか。」

He whispered, “My precious child, I love you and will never leave you
主はささやいた。「いとしい我が子、大切なあなたを決して見放しなどしない。
Never, ever, during your trials and testings.
絶えて、決して、あなたの試練の時になど。
When you saw only one set of footprints,
あなたの目にひと組のあしあとしか映らなかったのは…

さーて、この後の締めの一言をお願いします。

ある港区の私学女子中高ではあまりに自罰的なアイデアばかりなので大変心配しました。
「それがお前にはちょうどいい教訓になる。」
「ひとりで歩けないようではだめだ。」
ええー。

今回、F大学で紹介したら、まあ、ブレイクアウトルームでアイデア出しの時間が大盛り上がりで面白いこと!精選して、クラスでおおー!と声が上がったのがこちらです。
「I was walking ahead of you so that you could follow me stepping into my footprint.」

いいじゃない!オリジナルよりいいじゃない!オリジナルはこれです。It was then that I carried you。

だっこやおんぶよりいいじゃない!自分もちゃんと歩いている。Jesusの背中を目の前にして。

これを提案したのは雪国育ちの学生。さすが、みんなの心をとらえました。画面上の彼女の真っ白に見える窓の向こうは大雪。関東の学生たちはえーっと声をあげました。

人が「想定外」と呼ぶ苦しみや悲しみを、一歩先んじてすべて味わいつくしどこまでも共にある存在。それをキリストと呼ぶのだ、福島という子羊の一歩先を歩き続けるのだ、と思った2011年の春を思い出しました。

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