仕事で必要な英語がなかなか上達しないとお嘆きのあなたへ

「仕事で英語が必要。もっと英語ができれば可能性も広がるのはわかっている。」
「オンラインレッスンで場数は踏んでいるのに、なかなか英語が上手くならない。」
とお悩みではありませんか?

そんなあなたに1つお尋ねします。

closeup photo of primate
Photo by Andre Mouton on Pexels.com

ご自分の英語録音して聞き返したことありますか?

お手本と自分の録音を聴き比べて、これで良しと思うまで録音し直した事はありますか?

もしなければ今日からぜひ始めてください。スマホでもできるはずです。

なぜ?だって…鏡を見ないでお化粧した事はありますか?
鏡を見ないでネクタイを結んだ事はありますか?
ないでしょう?

人には自分で自分を修正する力があります。他人にとやかく言われるより、自分で自分のことが気になるのです。ひとりになって自分に向き合う力があるんです。その関心、力を「セルフモニタリング」と呼びます。そのための心強い味方が鏡や録音・再生器です。

セルフモニタリングなしで場数を踏んでも、お金がかかるだけです。

では何を聞けば?と思いますね。

どこの英語が有利か?と損得勘定、下心で決めても続かないものです。

自分が好きだなあ、素敵だなぁと思う人を見つけてください。そして発音練習ではなく物まね、憑依だと思って幼子のようにまねっこをお楽しみください。

ずっと1人と添い遂げなければいけないわけではありません。好きな人が見つかったらとっかえひっかえ何人もお楽しみください。

そしたらきっといつか、あなたの英語はあなたが大好きな尊敬する人たちの声を集めたアルバムになることでしょう。大好きな人たちへのあなたの想いが声にのって聴く人に届くでしょう。さぁ今日から始めてみて下さいいね!

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AI翻訳がまだやらない、プロ翻訳者がやっていること

AI翻訳は日々進歩しています。ただ、今のところはハサミや包丁、楽器と一緒で使い方に工夫が必要です。

では、なぜひとつ前のブログでご紹介した「字幕をAI翻訳したからチェックだけお願い」の案件は難航したのでしょう。

実は、問題はAIの翻訳作業ではなく、その前の段階にありました。

英語のナレーション原稿がいまいちだったのです。

He was a curious man who was able to follow his own curiosity in those days.

これじゃ「馬から落馬して落っこちた」みたいじゃありませんか。

多くの日本人が、外国語、ことに英語を見るとフリーズして、そこにクセや弱みがあるとは思わなくなるようですが、あるんです。

日本語ができる日本人の誰もが日本語のプロではないように、英語が書ける人たちがみな、英語のプロというわけではないのです。

英語で学んだ人たちも、今日では大方、ロジカルなアカデミックライティングだ、スキミングやスキャニング読みだ、戦術モードです。

文体や語彙選び、響きの調整は「典雅で高尚、でも役に立たない趣味」とみなされがちです。

でも、そこなんですよ。「多くの人が知らない」けれど「人の心にすんなり届くために欠かせないコツ」は。

black woman with pen taking notes in planner
Photo by SHVETS production on Pexels.com

私が翻訳するときは、まずもとの英語を推敲します。もちろん必要に応じて著者に確認をとります。「まかせる!」と言われる場合がほとんどですが。

そういえば、国際基督教大学の恩師、斎藤和明先生も、アイヴァン・モリスの「The Nobility of Failures 高貴なる敗北」を訳しながら、史実、人物関係を調べ直し、50箇所も訂正していらっしゃいました。

翻訳者は校閲者、編集者でもあります。原文の傷やへこみを直してから日本語にするのは、筆者への敬意あってこそ。弱点ごと日本語で複製するほうがよほど失礼です。

さて、英語のまま読むのが苦手だからAI翻訳を使っているのに、英語の推敲や校閲なんてとても…と思われる方もあるでしょう。

ご自分の専門分野だったら、校閲はご自分の脳内でおやりになれば、まあ、よろしいかと。

推敲ですが、今は便利な推敲アプリがあります。Pro Writing AidやGrammarlyが知られています。アカウントを持っている大学では、これを通していない学生のエッセイは受け取らないところもあるくらいです。

推敲アプリだのみになると、前述の「戦術」に適うつまらない文になる傾向はあります。でも、少なくとも「馬から落馬して落っこち」たりはしません。

そのうち、翻訳アプリと推敲アプリが統合されるかもしれませんね。

私も Pro Writing Aid の生涯アカウントを持っています。申し込み確認のメールに期限が2059年とあったのには笑ってしまいました。そのころは遊んでいたいですが、もっと長生きする予定です。

次回はAI翻訳が向く分野、向かない分野をご紹介しましょう。

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「AI翻訳をプロ翻訳者にチェックさせる」がうまくいかないのは?①

こんにちは!通訳藝術道場の冠木友紀子です。
すっかり春めいてきましたね。Spring is just around the corner.

このごろはAI翻訳も相当進歩しています。

でもまだなんでもお任せというわけにはいかないようです。先日、私もえええ!と思うことが2つありました。

そのうちの1つを今日はご紹介します。

「AI翻訳した字幕をチェックしてほしい」と長年のご縁の方々からご連絡いただきました。

あのAIでこの分野ならけっこうイケるのでは!チェックだけなら格安でお受けできるはず…と拝見したら…

心に訴えるはずのところはお勉強の英文和訳調。情報の順番が前後して頭が悲鳴をあげます。科学的な内容を論理的に順序良く伝えるべきところもこんがらがって…。

こうなると、「もとの英語音声」と「AI翻訳の日本語」の両方を気にしなければ…。

ふだんはもとの英語だけ聴いて翻訳するのですから、仕事は「倍」です。

city road man people
Photo by zhang kaiyv on Pexels.com

結局、はじめから翻訳することになりました。

どうしてこんなことになったのかは次稿にてお知らせします。

AI翻訳のチェックを翻訳者に頼んだら、意外とお金がかかったとご不満の皆さま、AI翻訳をする前に、翻訳者にご相談ください。プロならば、AIと人間の按配を忌憚なく見積もりするはずです。

誰もが限られた時間をよく生かすことができますように。

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「日常英会話くらいできるようになりたい」がダメな理由

エキスパート通訳トレーナーの冠木友紀子です。

「日常英会話くらいできるようになりたい。」そんな声を聞くたび、あーあ、と思います。それ、考え直した方がいいです。

理由は2つ。

1つめ。なんだ、その「ーくらい」っていうのは。学ぶ対象を見くびるとろくなことになりません。英語は音響・生理的にも日本語から遠い。甘く見るとみっともないことになります。

まあ、イギリス人がこぞって「日本語くらい話せなくっちゃ」と言い出したらちょっと感心しますが。

2つめ。日常なんてありません。毎日が新鮮で多様。

本当に共通する日常なんてわずか。そこはポケトークに任せればよろしい。あなたの日常は、他人にとってはシュールな非日常。他人の日常はあなたには非常識な非日常。ましてや、あなたとって「ちょっと変わったできごと」は他人にはもはや事件。

sliced boiled egg on white plate
Photo by Mona Sabha Cabrera on Pexels.com

たとえば…大学生からきいた「日常の小さなできごと」は…
「バイト先でお盆に飲み物を沢山のせてお客さんのところまで運んだはいいが、お客さんのひざ(lap)にぶちまけてしまった。店長が謝ってくれて、お客さんは怒らなかったけれど…」

(ええー!怒らなかった?お客さんは何をはいて帰ったの???)

自宅からオンラインの学生は…
「今、うちがひどい匂い。お昼に電子レンジでゆで卵を作ったらとてもおいしくて、もうひとつ作ろうとしたのだけれど、アルミを巻くのを忘れたら大爆発。硫黄温泉の匂いです。17時に母が帰ってくる前に掃除しないと。」

(電子レンジにアルミでゆでたまご????)

これ、すべて大学の授業のウォーミングアップできいたお話です。毎週毎週、こんなとんでもない日常を互いに聴いては日英通訳します。

衝撃のあまり通訳がなかなか始まらないことも…。

学生の通訳のあと、すべて私がモデル通訳します。それをみんな自主的にその場でリピーティング。メモ、録音してお土産にします。みんな真剣です。リアルな話題ですから。もう、ウォーミングアップだけでどんどん伸びるんです。90分こればっかりやっていたいくらいです。来年はそうしようかな?

さて、これのいったいどこが平穏な日常?!でも、平和そのものです。めいめいに変なことやれてますから。

私も帰路は衝撃的なお話を反芻しながら思い出し笑いしてます。たぶん、学生も授業の内容よりこっちのほうを覚えていることでしょう!

オトナの通訳道場では、ここまでぶっとんだ日常はまれです。でも、同じようにお互い通訳、すべてモデル通訳しています。

他人の日常にびっくりする、集中して通訳する。誰かにいいふらかしちゃう。これ、ボケ防止になりますよ、きっと。

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なぜコミュニケーション・スキル講座の日本語は不自然なのか?

こんにちは!エキスパート通訳トレーナーにしてシモヤケエキスパートの冠木友紀子です。

先日なんとなくTVをつけてみたら、コミュニケーションを円滑にする言葉づかいなるお勉強の最中でした。

「専門家」によると…「君、具合悪いよ。」と相手のことを決めつける(You messageあなたメッセージ)は相手の反感を煽りがちなので、自分の視点で語るように、とアドバイス。ごもっともです。

でも…「ねえ、私にはあなたが疲れているように見えるんだけど。」

この日本語にゲストがぴしゃり。「そんなこと言うかしら。」

ありゃまあ。

two women sitting on chairs beside window
Photo by Christina Morillo on Pexels.com

今日あるコミュニケーション技法の多くは英語圏由来のものです。

違和感を覚える人たちの中には「アメリカ人ならそういうかもしれないけど、日本じゃ変でしょ」と言う人もいます。文化の違いとし

確かにそういう傾向もあるでしょう!!

でも、私はもっと基本的なところに改善の余地があると思っています。

上の変な日本語、引っかかっているのは、こうでしょう?
1「わたし」「あなた」人称代名詞のうるささ
2「見えるんだ」の洋画字幕、吹替ぽい不自然さ。

もとの英語は大方こんな感じでは?
Hey, It seems to me that you are tired.あるいはYou seem tired to me.

だとしたら、書き言葉の英文和訳思い込みの残念な翻訳が足を引っ張っているだけです。

こうすると、楽で自然になりますよ。
★日本語では言わずもがなの代名詞は出さない。
★そもそも英日で品詞の概念が違います。英語の動詞を日本語の動詞に訳さなくてよし!

自然な日本語にするほど、日本語は「I」「You」のどちらかではないほうがしっくりきませんか?YouとIの間にそっと置くItはじまりがなじむのではないでしょうか。そして仮定、疑問や逆接もやわらかく使う。

「ねえ、なんか疲れてるかな、って思ったんだけど。」

まあ、それぞれの口になじむ日本語は、それぞれで探すものかもしれません。ただ、出だしでつまづくことが少しでも減れば、と願う次第です。

通訳・翻訳を目指す方は、英語ばかりでなく同等に日本語も精進してくださいね!

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私達は日本語を知らない。

エキスパート通訳トレーナーの冠木友紀子です。関東では風の強い日が続きますが、いかがお過ごしですか?

どこを見てもカタカナだらけです。ソーシャルディスタンス、レジリエンス。アニマルウェルフェアなんて第五代将軍綱吉どのがたまげることでしょう。

戦時の敵国語排除に比べたら、カタカナだらけものんびりした話かもしれません。外来語を受け入れやすい言語は語彙が豊かになって生き残りやすいとも言われます。英語と日本語はことに外来語に鷹揚だと言われます。

ただ、英語がラテン語、ゲルマン諸語から外来語を受け入れるのは、おおざっぱに言えば、栃木弁に茨城弁、あるいは福島、山形あたりの語彙が入るくらいのもの。文字だって同じ。つづりを見れば語源も見当つきます。

日本語はこうはいきません。カンパニーとコンパニオンが「共にパンを食べる」という源を共にしているとはなかなか見抜けません。「同じ釜の飯を食べる」みたいな発想ね、と足元を振り返ることも容易ではありません。

ではしっかり日本語に訳しましょう!…実は、これがなかなか。

「対人距離」「復元力」「動物福祉」

無料自動翻訳でもこのくらいぱっと出てきます。でも、しっくりきますか?

大陸から学んだ漢字の恩恵ははかり知れません。ただ、特に明治以降、知的、学問的な翻訳は「西洋言語→漢字の熟語」に偏りすぎたのではないでしょうか。それがいまも、「頭に入っても腑に落ちない」翻訳、通訳を生み出し続けていると思うのです。

pixabayより

シュタイナーの思想(アントロポゾフィー)でも、こんな翻訳をよく目にします。「人間の頭部は球形をしていて…。」

おみごと、正しいです。間違っていません。

でもね、ニンゲンノトウブハキュウケイヲシテイテ…を、日本語は「あたま」で言いつくしているのではないでしょうか。

インドヨーロッパ諸語に比べて日本語の語源学は諸説あって迷宮のようですが…「あたま」は「たましい」が宿る球を「たま」と呼んだことに通じるようです。

ここまで考えると、翻訳って何やっているんだろうと思ってしまいます。でも、ここまで考えずに翻訳する能天気には戻れない、と思うのです。

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通訳メモはどこに取る?

こんにちは。エキスパート通訳トレーナーの冠木友紀子です。

以前、担当していた医療通訳養成講座でのことです。

受講生のTさんの通訳がなかなか始まりません。話し手の発言が終わって3秒以内に訳し始めないと、リズムが乱れ、不穏な空気が漂い始めます。それなのに…。

私「どうしました?」
Tさん「待ってください。」

さては…!

こういう場合は十中八九メモの取りすぎです。

案の定、Tさんは速記のようなメモを取っていました。しかも、メモを取り終わったころには出だしの話を忘れていました。

これでは何のためのメモかわかりません。

Tさんはメモとり術を教えてほしい、と言いました。

私は断りました。努力の方向が間違っていると考えたからです。

black woman with pen taking notes in planner
Photo by SHVETS production on Pexels.com

通訳学校ではメモとりの臨時講座も人気です。「速記ではなく、簡略化・記号化して要点のみを」とアドバイスもごもっとも。

しかし、それで「簡略化・記号化した要点のみのメモ」が取れるようになった人はどのくらいいるのでしょう。

うっかりすると、先生の記号を覚えたり、自分なりの記号を開発したり、余分な仕事を増やしかねません。

紙のメモなんてとらずにすめばそれに越したことはありません。

私は基本、メモは頭にとっています。頭の中ですから、わざわざ記号を使うこともありません。聞こえたらすぐに映像化して、次々格納します。

この方法は名人芸ではなく、理に適っています。生理学研究所の先生に伺ったところ、人間の思考は抽象的な映像のようなもので始まる、とのことでした。思考は「原初の映像→音声→文字」の順で言語になっていくと見なすことができるそうです。

「音声→文字メモ」と「音声→映像メモ」では方向が逆でしょう?音声を聞いて音声で通訳するのだから、文字への寄り道は最低限にしたいものです。

ひとりよがりな映像にならない決め手が文法と写真撮影の共通点です。今は「一眼レフ法」と名付けてお伝えしています。

ちゃんと聞けば、紙メモはなくても大丈夫。

まあ、メモしないと周囲が不安がるので適当に書きます。新たな記号は使いません。英日通訳の場合はほぼ漢字です。簡体字もどきのようですが。

何事も、なぜそれをしているのか見失わぬよう、俯瞰し続けたいものですね。

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讃美歌「ああベツレヘムよ」にビックリ!

こんにちは。通訳藝術道場の冠木友紀子です。

もうすぐクリスマス。

いつも不思議に思うのは、クリスマスの讃美歌は、ほかの讃美歌よりずっと「入ってくる」「しみこんでくる」こと。それだけ作詩、作曲者も工夫を凝らしたのでしょうね。

讃美歌といえば、古文のような美しい日本語も魅力。

でもこのごろ気になるんです。

初めての日本語訳讃美歌がどれほど仏教や神道から借り物をしているのか。新しい訳の讃美歌に、ポジティブ志向、反知性主義、二項対立の色がしのびこんでいるのか。

こちらも初めて聞いてから40年余り。うっとり歌っておりました…。

ああベツレヘムよ	
などかひとり
星のみ匂いて	
ふかく眠る
知らずや、今宵	
くらき空に
とこよのひかりの	
照りわたるを
(讃美歌115番)

ん?

もとの英語歌詞と比べると、思いがけないところが違うのです。

O Little Town of Bethlehem

O little town of Bethlehem 
how still we see thee lie!
Above thy deep and dreamless sleep 
The silent stars go by.
Yet in thy dark streets shineth
The everlasting Light;
The hopes and fears of all the years
Are met in thee tonight.

(Lyrics:Philips Brooks Tune:Lewis H. Redner 1868) 

英語歌詞は、1868年、アメリカの教会学校の子どもたちのために書かれました。その内容は決して子どもだましではありません。

夜は身じろぎもしないような小さな町、ベツレヘム。
その上を天の星々は静かに過ぎゆきます。

ところが、暗い路地に今宵輝き始めた星は、地上を離れません。
この星のもとに人々が集うと、心のうちののぞみとおそれが和解する、というのです。このまぶしい星の光に、のぞみとおそれを分け隔てる心の内の壁(分別の愚)も消え去るようです。

ところが、日本語の美しい古い訳は、輝く星は天に現れたことになっています。

そして、英日の音声の特質上、「のぞみとおそれ」のくだりは入っていません。

さあ、新しい訳になると…

ああベツレヘムよ、
小さな町まち。
静かな夜空に 
またたく星。
恐に満ちた 
闇のなかに
希望の光は 
今日かがやく。
(讃美歌21より)

光が闇をやっつけた風ではありませんか?

確かに、闇は光に勝たない、というくだりが新約聖書にもありますが、やや単純な二項対立はどうもおだやかではありません。

それに、もとの英語歌詞のニュアンスとだいぶ違うのです。

訳詞ではなく翻案なのかもしれません。

いずれにせよ、あるひとつのメロディーとともに歩んだことばの経過をたどると、思わぬ発見があるものです。

なんだか、気持ちよく歌っている場合ではなくなってしまいます…。

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通訳者の注意集中パターンは?

専門知識の多い人と少ない人の注意集中について、面白そうな論文が新聞で紹介されていたので、ウェブ上でざっと読んでみました。

Natureがウェブで公開している東大の植田一博先生たちの論文です。

Natureのサイトはこちらをクリック


こんなに大雑把にまとめては申し訳ないことこの上ないのですが…

「専門知識の多い人は対象の細部に集中して、ぶっとんだ新しい発想が難しくなることがある。専門知識の少ない人は、対象の周囲も視野に入れて、新しい発想もわりと容易」というような内容です。

ははあ。

通訳藝術道場では、この「専門知識の多い人」と「少ない人」の感覚を超高速で往来するワザを磨いているように思います。

しかも、「専門知識」への迫り方はビョーテキです。「私は語学科卒の通訳なので○○は専門じゃないから…」という言い訳は通用しません。

この往来の感覚は、第3の視点があってこそと思います。

以前、通訳の認知科学を研究したいと思ったこともありますが、どうもピンとくる大学院がありません。ピンとくるところは「開講中止」。おやおや。

ならば、同志を共に稽古しながら顧みたほうがよい。

そんなときに、通訳の仕事を始めたころに出会った「言語造形」の諏訪耕志先生に嬉しいお誘いをいただきました。


言語造形と通訳藝術コラボ②オンライン対談「中高生の『なんで英語やらなくちゃいけないの』に本気で応える」10月30日に迫る!

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「夢を持つ」がピンとこないなら、ただ、〇〇を見ればいい。

持続可能な未来のための通訳者、通訳藝術道場主宰の冠木友紀子です。

昨日のブログをお読み下さったYさんから「夢は見るものでは」とコメントをいただきました。私もそう思います。だいたい、have a dream を夢を持て、と訳したのもまずい。haveは「持つ」に限りません。

さてさて、今回は「見る」についてとりあげます。

私たちは毎日おびただしい量の情報を「見ます」。あまりにおびただしいので、「いかに」「見て」いるか、など振り返る間もないかもしれません。

selective focus photography of brown and black tabby cat
Photo by Eliza Lensa on Pexels.com

ちょっと前に、青木さやかさんが「なに見てんのよー」とすごむ芸?がありました。

あれ、なかなか面白いと思うんです。見る、というと見る側が主体で、見られる側は何も感じない、死んでいる、ように思いがちですが…さにあらず!とはっきり言っていると思うんです。

視線は、注がれたものに作用する。

青木さやかさんは見られてお怒りのようですが…

子どもが、すごいなあ、と思って親を見上げる視線は…
生徒が、先生を見上げる視線は…
見られた大人をどれだけ喜びで満たし、励ましたことか。

あなたが憧れと敬いの目で相手を見ることは、見られた相手を「愛す」に等しいのです。

口幅ったいのですが…大学時代、私の目つきがよかったとも思えませんが、恩師にこう評されたことが今でも支えです。「教える立場につかされた者を奮い立たせ、その喜びを思いださせる、心の友なる学び手である。」

「夢」を無理やり「未来」の「自分」に押しつけることはない。

「夢」は「いま」あなたの周りの「他者」「世界」にある。
ひと、もの、ことをいいな、と思ったら、気が向いたときになぜいいと思ったのか考えてみてもいい。

バイトの先輩の接客に感動。なぜ?
大学の先生のイギリス英語に感動。なぜ?
魚屋さんの生きのよいおさかなに感動。なぜ?
ごみひとつない街路がシニアボランティアのおかげと知って感動、なぜ?
 
10年後の自分なんて考えなくても大丈夫。そんなひま、ないんじゃない?

あなたが今誰かに憧れの視線を注ぐように、10年後のあなたに誰かが憧れの視線を注ぎますように。大丈夫。

【言語の奥深い美しさに出会えば、生きる喜びと勇気が心の底から湧いてくる。
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