気になる洋楽歌詞和訳【On My Way】 by Alan Walker, Sabrina Carpenter & Farruko

通訳道場の悦子さんにすごい人のことを教えてもらいました。

アラン・ウォーカーという音楽プロデューサーです。
いや、この人すごい。
10代の頃からPCで楽曲制作、どんどんYouTubeに上げて、あっというまに大ヒットメーカー。それでもいつもパーカかぶって顔をかくしているとか…。ソニーの公式ページによるとまだ21歳ですって?

ITを駆使した時代の寵児、天才です。

なんでも、アラン・ウォーカーAlan Walkerとサブリナ・カーペンターSabrina Carpenter、ファルッコFarrukoがコラボした楽曲『オン・マイ・ウェイ On My Way』が気になって、検索してみたら腑に落ちない和訳が目についたのだそう。

私も調べてみました。

いやあ、ネットのおかげで誰でも発信できるようになりました。

アラン・ウォーカーのような才能が世に出るのと同様、
いまいちな情報も出まくりです。

すべて注釈を入れるのはご容赦願いまして、気になるところだけ…

I’m sorry but 
Don’t wanna talk
I need a moment before i go
It`s nothing personal①

I draw the blinds
They don’t need to see me cry
Cause even when they understand
They don’t understand

So then when I’m finished
I’m all ‘bout my business
And ready to save the world
I’m takin my misery②
Make it my bitch③
Can’t be everyone’s favourite girl

So, take aim and fire away④
I’ve never been so wide awake⑤
No, nobody but me can keep me safe
And I’m on my way
The blood moon is on the rise⑥
The fire burning in my eyes
No, nobody but me can keep me safe
And I’m on my way

すまないけれど
話したくない
少し時間を、発つ前に
悪気はないの

ブラインド降ろす
あの人ら、私の涙見なくていい
だって、わかってるつもりで
わかってない

だから、すべてが済んだら
私はやるべきことをやる
すぐにだって世界も救える
自分の惨めさ引き受けて
すごい玉にしてみせる
みんなのかわい子ちゃんじゃいられない。
だから、狙い定めて撃ち尽くす
こんなに冴えてたことはない
私のほかに誰も私を守れはしない

私は私の道をゆく
紅月が昇りゆく
私の目にも炎が燃える
私のほかに誰も私を守れはしない

私は私の道をゆく

別に都都逸や演歌にするつもりはないのですが、どうも調子づいてしまいますなあ。

①これは個人的なことではない=私的な悪意ではない、ということ。IRAを描いた映画でNothing Personalというのがありましたねえ。

②takeの基本のしぐさは自分の領分の外にあるものごとに手を伸ばし、領分内に引き入れる動き。「惨めさを振り払う」という訳はoffの幻を見てしまったのでしょう。いやなものをさっさと振り払っていては本当の変容は無理です。

③ここは難所。bitchはson of a bitchでご存知の通りあばずれな雌犬。ただ、極端な意味の単語はわざと反対の意味で使われることも。英語ならwicked、日本語なら「ヤバい」がその例。この歌全体として今のどん底状態から「逆転」を宣言していると考えると、「あばずれ雌犬」の逆の意味と解釈するのが自然。ただ、「素晴らしい女性」なんて訳すといきなり「家庭画報」の世界になってしまって、ビッチの音の響き、逆転の妙味が活きません。そこで、「玉」としました。

④awayはホームとアウェイのアウェイだけではなく、間断なく続ける様子、完全になされる様子を表すこともあります。この場面、狙い定めて一発撃ってありゃ、外れ、失敗!ではいかんのです。一発でしとめられればそりゃ結構ですが、この主人公はon my wayと続く自分の道を歩む、つまり継続を覚悟しているようですから、撃ち「尽くす」としました。

⑤ここは睡眠時無呼吸症候群のような誤訳が多いです。「こんなにすっきり目覚めたことはない。」この人、寝起きだったのですか?それならI have never woken up so refreshed.とかでは?awakeは目が覚めている状態。 wideは十分に開いている、という意味。widelyではなく wideと組み合わせる語は限られていて意味にも注意が必要です。私がこの表現に出会ったのは17歳のとき。カーペンターズの I Need to be in Loveの一節でした。I’m wide awake at four a.m. without a friend in sight. Hanging on a hope but I’m alright.のところ。これもまた気の毒な状況ですが、この歌の邦題は「青春の輝き」。

⑥ブラッドムーンは皆既月食のときに見えます。その月影が目に移り込んで炎のようだというんですから、尋常じゃありません。まあ、気が済むようにするしかありませんけどねえ。

いかがでしたか?私も絶対これが正しいなんて思っているわけでもありませんので、どうぞ皆さんのご意見をお聞かせください。

カーペンターズとチャゲアスがmy wayの冠木友紀子のプロフィール

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某女子大必修英語が面白い

なぜそんな仕事を?通訳や通訳養成に比べて割に合わないでしょう?

まあ、おっしゃる通り。割に合いません。はじめは「しばらくしたら通訳の授業が回って来るから」なんて言われて信じていたけど。

そういう問題じゃなく、面白いんです。

本物で包囲してくれた母校。

私がまるでだめなヴァイオリンで体験していることが活きるのを感じます。

2小節も進まないうちにストップ。表現や感情の自由どころではない。でも、そこにはゆるがせにしてはならない、ごまかしたら先に進めない要点がある。

この必修のクラスには「文法、発音は気にしないで」と言われて、きちんとしたいのにきちんと向き合われなかったという空気のある人たちが沢山います。

そりゃ、自分でいくらでも調べる人もいるでしょう。でも少数派。それを多数派にするのが先生の仕事だと思うのですが。

たとえば、in, on, atと次元の関連…
l, m, n, の発音…
心拍、呼吸と横隔膜、大腰筋…

そんなディテールをつきつめると、ぱっと花咲く顔が少なくないのです。

このクラスの半分は日本文学、音楽専攻。この授業が最後のフォーマルな英語かもしれない。ならば、最も深い納得とともに送り出したい。もう半分がクラスメートの日本語、音楽への知見に学びながら、通訳後継候補者になればなんとうれしいこと。

手ぐすね引いて待ってます。

冠木友紀子のプロフィール


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通訳者の仕事が加齢で劣化しないコツ

えっ!ビックリ。そんなこと考えたこともない。「通訳さんも年とともに仕事がつらそうで。」声の主はメディア関係の30代の男性。「私のこと?」「いえいえ!」

なんでもベテランの通訳さんを手配したものの、安心して任せることができなかったそう。何が気になったのでしょう?記憶力?理解力?訳語の選択?発声?持続時間?いろいろ聞いてみても首をひねるばかり。ああ、こんな専門的な訊き方をした私が悪い。どんな感じだったか話してもらいました。

「なんだか、よくわからないんですよ。たぶん、訳としては正しいのだけれど、伝わってこないんですよ。」

あ、わかった。

この青年、「劣化した」ベテランさんとのおつきあいはここ2年とのこと。ということは、彼女が30代の頃どんな仕事をしていたかは知る由もありません。だってまだ幼稚園生のはず。

もしかしたら、劣化、と言ってくれた彼の方が優しいかもしれません。

私はちょっと厳しいことを言います。でも、その方がこの先が明るいんです。

このベテランさん、はじめからその調子だったのだと思います。

ちょっと五線譜と演奏のたとえを使ってみます。

こりゃ老眼には厳しい…

昔は五線譜を読める人が珍しかった。だからおたじゃまくしの通りに歌えるだけで、周りはおーっとびっくりしてくれた。誰も曲想どころじゃなかった。

でもそのおたまじゃくし出力は作曲家の頭の中にあった音楽とは違いますよね。音楽の骸骨くらいかもしれないけれど。

英語も昔はそんな感じだったのでしょう。daisyが雛菊と化けるだけでおおーっと感心された。

でもね、今は「音楽表現、演奏」が求められているのです。「雛菊」といっても誰がどんな思いをこめて見ている雛菊なのか伝わって当たり前なのです。しょぼい安物の花なのか、ワーズワースが見ていた、けなげな努力を頑固に続ける花なのか。

時代が進んで、英語を使う人が増えたので仕事が高度になったわけではありません。

本来の姿が現れるだけのこと。

劣化ではなく、本来の姿に到達していないだけです。

本来、言語表現にも音楽と同じようにクレッシェンドやらスフォルツァンドやらスタッカートやら…いろいろな音楽記号がついています。

それを切り捨てておたまじゃくしだけ鳴らして良しとする権利は通訳者にはありません。音楽の世界では許されないことが、通訳の世界では許されるなんてことはありません。言語は音楽です。

じゃあどうしたら?という皆さん。老若にかかわらずおすすめがあります。

感情(曲想、音楽記号)をたっぷり含む英語映画、ドラマをよく聴いてインプット、シャドウイング、アテレコでアウトプットしてみましょう。

そして、日本語も磨くことです。標準語ならNHKの森田美由紀さん(チコちゃんのあのブラックなナレーション。20年前から彼女は通訳学校でも称賛されていました)。できれば振れ幅の広い話芸に耳をならしてください。なんといってもおすすめは落語です。

通訳道場では「外郎売の口上」まる暗誦が必須です。全員、クリアーしています。寿限無も加えようかしら。→【通訳道場★横浜CATS第5期】

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人は生まれ変わる?

人生は一回きり!と信じてもいいし…
人は生まれ変わる!と信じてもいい。

でも、どっちかは正直いってわからない。

まあ、そういうことは死んでみなくちゃわからないし、
死んじゃったらわからないかも。
そんなこと考えてる暇があったら今日に集中!

なんて私は思っていました。

でも、このごろ、死ななくても人は生まれ変わり続けていると
思うことが多いのです。

どういうこと?

半年くらい前のこと。通訳道場のEさんと毎日のようにやりとりしていました。友人Tさんの紹介で出会ったEさんとはびっくりするくらいご縁があって…

ふと思ったのです。去年の今頃、私はEさんがこの世にいることすら知らなかった、と。その頃の自分を思い出すと、前世としか言いようのないほど遠く感じられました。

その変化は、ああなりたい、こうなりたいと自分のアタマで考えるよりずっとダイナミックであるように思われました。

(まあ、出会いといっても誰でもOKではなくて、昼間のアタマが考えるのとは違う次元でなんらかの選択はしているのでしょうけれど。)

ずっと前からTさんの世界にはEさんと私の両方が存在していたことも不思議です。

あなたがすでに知っているAさんをBさんに紹介することが、それぞれが生まれ変わるくらいの体験につながる。

人は出会いで生まれ変わる。

それってちょっとステキなことだと思いませんか。

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クリスマスの悲しみ―コヴェントリ・カロル

今週末のキャロリングに選んだ2曲目はコヴェントリ・カロル。
アイルランドのヴォーカル・グループ、ANUNAの声は美しい…けれど
なぜクリスマスにこんな悲しげな…? サンタさんもしょんぼりします。

いったいどうしたのでしょう。

昔々、テレビもYouTubeもなかったころ、クリスマスやイースターとなると町の人々が小さな山車を仕立てて聖書の場面を飾ったり、演じながら町を練り歩いた(ページェントPageantという)ものです。

聖書の場面ですからクリスマスツリーもプレゼントもディナーもまだ影も形もありません。

聖書が描くのは王とはかけ離れたイエスの誕生とエジプトへの逃避行。イエスの誕生を天使に告げられた羊飼いたちはまっすぐベツレヘムの馬小屋にやってきます。ところが東方の賢者たちは星をたどり、賢いはずなのになぜかヘロデ王のもとに参上、「新たな王はどちらに」などと間抜けなことを訊いてしまうのです。ヘロデは「そんなこと聞いてない。こりゃアブナイ」となり幼児虐殺を命じます。イエスは両親に守られてエジプトに逃げますが、多くの少年が犠牲になったとされています。

このカロルはそのときの母親の思いを歌っています。起源は14世紀~16世紀と諸説幅がありますが、コヴェントリ(コーヴントリといったほうが音が近い)の町で演じられた「毛刈屋と仕立屋のページェント」に収録されています。なんだか村歌舞伎みたいですね。

(コヴェントリの大聖堂は第二次大戦中にドイツ軍に爆撃され大破しました。ところがその後司教が捧げた「Father Forgive」という祈りに復讐を望んでいた人たちも絶句することになります。これはまた別稿にて。)

さて、訳の語調はいろいろです。「めんこいややこ」「あねさまたちもなじょすっぺ」とやってみたのですが…それは現地ネイティブにおまかせします。ネット上にも和訳がいろいろありますが、言葉を探しきるまえに別の耳障りのいい語で埋めてしまったケース、新聞調で子守歌カテゴリからずれているケースがありました。これはぎりぎりまでねばってみたつもりです。

楽譜と詩はキャロリング当日にお渡ししますからプリントアウトしなくて大丈夫ですよ。

実費以外は国境なき医師団に寄付します。

キャロリングお申し込みはこちら。


Coventry Carol (日本語は下)
Lully, lulla, thou little tiny Child,
By by, lully lullay, thou little tiny Child,
By, by, lully lullay

O sisters, too,
How may we do
For to preserve this day
This poor youngling,
For whom we do sing
By by, lully lullay?

Herod, the King, in his raging
Charged he hath this day
His men of might,
In his own sight,
All young children to slay

Then woe is me,
Poor Child, for thee
And ever morn and day,
For thy parting,
Neither say nor sing
By by, lully lullay!

ねんねこ、ちいさなおさな子よ
ねんねんころりよ、ちいさな子
ねんねんころりよ、おころりよ

姉さまたちも、
何としょう
この日いちにち守るには
このかわいそうな幼子を
この子のために私ら歌う
ねんねんころりよ、おころりよ

ヘロデの王さま、怒りにまみれ
この日命じた、
つわものどもに、
見える限りの
幼子殺せと

憂い哀しむこの私
哀れ幼子、おまえを思い
その旅立ちは
語りも歌もないままに
ねんねんころりよ、おころりよ

 

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あなたはどんな声が好き?

黒柳徹子さんみたいな元気な声?
江守徹さんみたいな深い響きのある声?
ジャパネットの高田明会長みたいな忘れがたい声?

私も通訳という仕事柄、声には人一倍関心があります。

セミナーとなると8時間×5日をひとり、なんてよくあるので少しでも無理のある発声では持ちません。そこで喉を楽にして骨を響かせるトマティスの骨導発声を学びました。

以来、ふと気がつくと、話している人も聴いている人も健やかになるような声を探しています。

このごろとっても素敵だと思うのが俳優では和久井映見さんと仲間由紀恵さん。本当に骨の、体のひびきが豊かで歌うようです。

 アナウンサーではNHKの井上あさひさん。若い女性にはめずらしい低音が豊かです。ラジオも合いそうですね。

 声はちいさな振動。この振動が背骨に伝わると体の中からかすかにマッサージをしているよう。骨の響き豊かな人は話せば話すほど元気になります。喉頼みの声は2時間くらいで疲れてくるでしょう。

 え?喉と骨なんてどうコントロールするのって?

頭で考えても大変。頭からアプローチすると時間がかかります。でも、身体って賢い。すぐに自然なパターンを思い出してくれるんです。

この骨導マイクヘッドフォン、フォーブレインをつけてやさしく声を出すと…喉のチカラが抜けて、体が響いてなんとも楽なんです。

通訳者は日本語が日本語らしく聞こえることも大切。私もこれで「外郎売の口上」「平家物語」暗誦しています。

只今海外では新年度がんばろうキャンペーン中。こちらをクリックしていただくと、私のクーポンコードを自動的にご利用いただけます(10日間限定。10月2日まで)⇒フォーブレイン特典サイト

英語サイトでクレジット買い物はちょっと…という方は私にこちらからご連絡ください。同額で代わりに注文+使い方ガイダンス(スカイプまたは対面)いたします。⇒お問合せ

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「話し言葉で通訳してもいいんですね。」えっ?!

「通訳って話し言葉みたいに生き生き訳していいんですね。」
「???」
「ですます調で訳すものだと思っていました。」
「ああ、某公共放送のアナウンサーみたいに?」

あれは明治維新以降にこしらえた言語。音声由来の生命力は高くない。 通訳は音声言語を音声言語に再現する仕事です。音声は文字より格段に情報が豊か。しかもその情報は文字や理屈では追いつかない。音楽だから。

スピーカーが親しみをこめてカジュアルに話すなら、通訳も親しみをこめてカジュアルに。

ノーブルな雰囲気で上品に、なら通訳もそのように。

だから通訳者は抑えのきいた役者でいることが大切。

だって考えてみて。吉幾三さんがエジンバラでライブをやるとして、インタビューがキングス・イングリッシュで通訳されたら笑っちゃうでしょ。

しょうがいない?そんなことない。それは20世紀の諦めです。

文字化できない部分も音楽としてきちんと聞いて、わざとらしくならない程度に再生して。 なんでもかんでも公共放送アナウンサー調では、通訳が必要なことをせず、勝手に余計をしていることになる。

ウェールズ、ベスゲレアトの牧場は門の形も音楽。

本当はね、英日通訳、といういい方には違和感があるのです。

日本語にも、英語にもいろいろな方言がある。方言こそ心を伝える器、生き生きとした音楽。

標準語になると心のチャンネルが固く、細くなる。

だからヨークシャー弁・いわき弁専門通訳者、バーミンガム弁・相馬弁専門通訳者がいたら理想。地方と地方の心がいっきに通じ合う。

震災の後、メディアでは「がんばろう日本」って盛んに言っていたでしょ。でも福島の、私の友人たちの口から聞かれたことはなかった。町ののぼりでさえ「がんぱっぺいわき」。

中央の文字言語が地方の音声言語を塗りつぶしていくのは危うい時代ですよ。「進め一億火の玉だ。」「欲しがりません勝つまでは」訛っていないでしょ。

方言は、地に足をつけ、天を仰ぐ人たちの心の免疫くらいの大きな役割を果たしていると思うんですよ。 だから、通訳養成、地方の力にしたいのです。

通訳道場★横浜CATS 第3期はこちら

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一流とそれ以外、分かれ目は才能ではなく…

ヴァイオリンを弾く、というと必ず訊かれます。「小さい頃から習ってたの?」

はい!28歳のときから。

やってみてわかりました。こりゃ大した才能じゃない。2歳から始めてなくてOK!あの頃は田んぼでザリガニ引っ張ってて正解。

それでも続けるのはなぜ?

練習するほどに変化する感覚が面白くてたまらないんです。はじめはすべてあべこべ。意識することと忘れていいこと、力を抜くところと入れるところが逆。大変、不自由、みっともない。いくら本に書いてある言葉、先生のアドバイスをアタマで反芻してもダメ。練習するしかない。するとあるとき階段をひとつ登るような変化が訪れます。なんだ、こういうことか、あの言葉はこういう意味だったのか、と腑に落ちるときが。

おなじみダニエル・T・ウィリンガム教授が面白い調査を紹介しています。ヴァイオリンの腕を上げる決めてについてフロリダ州立大のアンダース・エリクソン教授が西ベルリン音楽アカデミーの協力を得て調べたもの。

エリクソン教授は論文要旨でずばり、こう書いています。

Many characteristics once believed to reflect innate talent are actually the result of intense practice extended for a minimum of 10 years.
先天的な才能を反映するとかつては信じられていたさまざまな特徴も、実は集中的な練習を少なくとも10年続けた成果なのだ。

エリクソン教授の要望で西ベルリン音楽アカデミーの教授は調査対象となる学生を指名、レベル分けしました。bestは国際的ソリストとしての活躍が期待できる学生たち。goodもそのつもりでやっているようだけれど教授陣の目には残念ながらそうは見えない連中。

そこにprofessional=世界的に知られるオケのメンバー、teachers=学校の先生も加えて4グループを比較しました。その項目は練習する時間帯、回数、曜日、昼寝のパターン、普段の睡眠パターンなど多岐に亘ります。

なかでも耳の痛い「因果関係」がはっきり見えたのは練習時間。

週あたりの練習時間をご覧ください。

Psychological Review 1993 Vol.100 No.3 363-406より
Psychological Review 1993 Vol.100 No.3 363-406より

累積はこちら。

Psychological Review 1993 Vol.100 No.3 363-406より
Psychological Review 1993 Vol.100 No.3 363-406より

つまり、学校の先生が20歳までかけて練習した分を、プロやソリスト有望学生たちは1415歳まででこなしているということです。

論文によればプロ、ソリスト組は「練習したつもり」の時間と実際の練習時間の差が少なく、good, teachers組ほど多めに見積もるそう。

ということは、実際の差はもっと大きいことでしょう。

Confirming our theoretical framework, the violinists in all groups rated practice alone as the most relevant activity for improving violin performance. Among all the activities rated highly relevant, practice alone is unique: A violinist can extend its duration at will because no external resources, such as availability of teachers or audiences, are involved.

我々の理論的枠組みを確認する如く、どのグループのヴァイオリニストも、演奏の腕を上げることと最も密な関わりがあるのは練習のみとしている。相当密な関わりがあるとされた活動のなかでも練習はユニークだ。練習時間は本人の意のままに伸ばすことができる。外からのリソースは何もいらない。先生の都合や聴衆の有無は関係ない。 

このコの響きを聞いたとき、私だ!と感じました。
このコの響きを聞いたとき、私だ!と感じました。

ウィリンガム教授はこのことが科学者にもあてはまるとしています。

The great minds of science were not distinguished as being exceptionally brilliant as measured by standard IQ tests…What was singular was their capacity for sustained work.

偉大な科学者たちは標準的なIQテストで測れるような意味で、ずば抜けて頭がよかったというわけではない。何より並外れていたのは、取り組み続ける力のほうだ。

さあ、もう先天的才能を言い訳にはできませんよ。

Another implication of the importance of practice is that we can’t be experts until we put in our hours. A number of researchers have endorsed what has become known as the “ten-year rule”: one can’t become an expert in any field in less than ten years, be it physics, chess, golf, or mathematics.

もう一つ、練習が大切であるということから言えるのは、エキスパートになるには時間をかけねばならないということだ。数多くの研究者がいわゆる「10年の法則」を支持している。ある分野のエキスパートになるにはまず10年はかかる。物理でも、ゴルフでも、数学でも。

どうです、大変そう?

私はこれも人間らしい自由のひとつだと思う。

馬は走る才能に恵まれている。鳥はさえずり空を飛ぶ才能に恵まれている。でも馬は空を飛びたいと憧れる?…こっそり練習したりする?鳥は馬みたいに走りたいと憧れる?地面をひた走って猫をびっくりさせたりする?。

人間は与えられた才能が乏しくても、憧れを抱き、練習できる…なんて自由なんだろう。

さて、これまでの私の雀の涙のような練習時間はご破算と願いまして…1年に300日、11時間練習するとしてあと何年で11000時間?おお、38.6年。ちと長い。2時間はちょっと…1.5時間なら24.4年。

もし今みたいな調子だと55年かかってしまう…生きていればそれはそれですごいけれど。

弾きたい曲は3曲しかないのですが…こりゃボヤボヤしてるひまはない!

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