【洋楽を深く楽しむ】See mercury falling in Lithium Sunset by Sting スティングの「リチウム・サンセット」、See mercury fallingは温度計か水星か

持続可能な未来のための通訳者、通訳道場★横浜CATS主宰、冠木友紀子です。「洋楽の訳詞が腑に落ちないけれど、原詩の解釈も?な楽曲をお知らせ下さい」とSNSで呼びかけたところ、さっそくKさんからコメントいただきました。

スティングSting のMercury Falling というアルバムに収録されているLithium Sunsetという曲についてです。この曲の最後のSee mercury fallingが「気温が下がってきた」とされているのを訝しんでおいでです。これは水星のことでは、とすでに自説もお持ちです。

あわてていろんな訳詞マニアのサイトを見て回ってちょっと肝を冷やしました。通翻訳は外国語ができるだけじゃだめです。ものを知らなければいけません。

結論から申します。水星で結構です。でも空の水星だけじゃありません。

温度計の中の水銀が下がる、ならthe level of mercuryでないと少し雑な感じです。また、この歌は疲れ切った魂の甦りの始まりを描いています。その歌の終わりで夕闇迫り来るとはいえ、8回も「気温が下がってきた」はお寒いです。

ただ、水星、とするにはひとつ気になる点がありました。mercuryのmが小文字です。標準的には、水星なら大文字ですが…まあ、字の大小はタブーというほどではありませんが。こういうときは、訳詞マニアのコピペ歌詞ではなく、スティングさんのサイトで確認するに限ります。

スティングさんご本人のサイト

おや、小文字だわ。

でも!その下のインタビューでスティングさんがこう言っています。
「これはレイクハウスで書き、録音した2枚目のアルバムです。こうしてずっと家族と一緒に家で過ごすのが僕には楽しかった。以前はホテルの部屋やコンサートホールで人生の大部分を過ごしてきたからね。だから、やっと現実の人生を生きている実感があったんです。子どもたちが午後学校から帰って来ると、家族揃って夕食をとったものです。ごく普通の家族のように。このアルバムタイトルにあるように、なにより私の水星的生活もバランスをとり始めて、やがて根を下ろそうとしていました。以前は「落ち着く」なんてクリエイティブにはとんでもないと決め込んでいたんですが、試してみたくなったんです。試す権利が自分にはあると感じてもいました。」

ここで「温度計じゃなくて水星」だ、と安心しては不十分です。「水星的生活」を理解するには、水星の動き、象徴的意味を知っていることが大切です。Mercury水星は俊足の商売の神様(merchant商人、メルカリmercariと同語源)。あちこちを駆け巡り、人と人、物の動き、コミュニケーションを促します。優秀な営業マンでしょうか。売れっ子ミュージシャンの生活そのものです。

つまり、mercuryは空の水星でもありスティングさん自身でもあるのです。そうなると小文字なのもうなづける気がします。大文字にしたらあの空の水星一点張りになりかねません。

スティングさん、真面目なキリスト者としても知られています。昨年、久しぶりにお目にかかった高校時代の数学のM先生が、バッグの中から雑誌のコピーをとり出し、下さいました。それはスティングさんの家庭生活をめぐるインタビュー記事。「このスティングさんという方は神様にも人々にも大変誠実で素晴らしい。感動したので皆さんにコピーを差し上げています。」とのこと。御年80に近い先生の眼差しは青年のようでした。

そのことも踏まえて歌詞を読むと、リチウムの真紅の炎のような夕焼けはまさに太陽になぞらえられる、キリスト存在とも思われます。大きな太陽が小さな水星を慰め、抱きとめる美しい風景が思い浮かびます。

リチウムや黒曜石のイメージの広がりも魅力的ですが、あんまり長くなるといけませんので、また別の折に。それにしてもIを我、俺、僕、オラ、おいどん、悩ましいこと。

Fill my eyes
O Lithium sunset
And take this lonesome burden
Of worry from my mind
Take this heartache
Of obsidian darkness
And fold my darkness
Into your yellow light

I’ve been scattered I’ve been shattered
I’ve been knocked out of the race
But I’ll get better
I feel your light upon my face

Heal my soul
O Lithium sunset
And I’ll ride the turning world
Into another night

See mercury falling…

満たせ、僕の目を
おお、リチウムの夕焼けよ
取り去れ、この憂いという
寂しい重荷を僕の心から。
取り去れ、黒曜石のように
暗いこの心の痛みを
抱きとめよ、僕の闇を
君の黄色い光のうちに。

木っ端微塵で、打ちのめされて
レースからも放り出された
でも、ここから僕は甦る
感じるよ、君の光をこの頬に

癒せ、僕の魂を
おお、リチウムの夕焼けよ
僕も巡りゆく世に跨り向かおう
次の夜へと

ごらん、水星が沈みゆく

Stay Home を英国プロのストーリーテリング、The Whispering RoadでEnjoy Homeに。そのまま語れる冠木友紀子の日本語訳小冊子と英語スクリプト(英国にもありません)がついています。

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fish, sheepはなぜ「単複同形」?立川志の春さんのブログをヒントに

こんにちは。持続可能な将来のための通訳者、通訳道場修練長の冠木友紀子です。

日本語・英語とも聞きほれて笑い転げる落語家の立川志の春さん。通訳道場でも通訳の理想として折々に学ばせていただいています。そんな志の春さんがブログで猫ちゃん英会話ビデオと合わせて英語の複数形の謎を取り上げていらっしゃいました。

fish, salmon, trout, sheep, deer, reindeerはなぜ1匹でも沢山いても同じ形?

これはずばり、スイミー現象です。なんだかいっぱいいるけれど、何匹いるのかわからない。一匹ずつの個の輪郭がぼんやりしている。「みんなで1つ」そんなふうに英語を昔に形づくった人たちは感じたのでしょうね。

高低のゆるやかなイギリスの川は藻や土の色を帯びてゆったり流れていきます。ここにマスの群れが背びれをちらりちらり光らせて泳いで行くと、鱒スイミー。森の中をひっそりと駆けてゆく鹿の群れも(しっぽの白い毛が後ろの鹿には「こっちだよ」の印だとか)鹿スイミー。緑の丘を犬にわんわん言われながらゆったり移動する羊たちも羊スイミー。

レオン・レオーニ作「スイミー」より

単「複」同形というより、団体単位という感じでしょうか。

えー、変なの!という声が聞こえてきそうです。

登別の熊さんは鮭を一匹ずつしかと狙っているかもしれません。サンタさんはそりを引くトナカイが何頭か、おかまいなしのはずはありません。羊の多くは個の輪郭があいまいかもしれませんが、メアリさんの羊はご主人と離れがたく牧場ではなく学校にお出ましです。

ごもっとも。

言葉の基本ルールはひとの「ものの見方、感じ方」をあらわします。時と場合によって変わります。bonitoカツオも辞書をひけば、「複 bonitos、集合的 bonito」なんて書いてあって、こんなのいっぺんい見たら、学生さんは「だからどっちなんだ?!」といやになってしまうでしょう。

コツは文化、風土の違いを楽しむこと、ありありと情景を思い浮かべること。

土佐の一本釣りの漁師さんが、「おおっ、息つく間もなく3匹続けてかかったぞ!」というときはthree bonitoSと感じています。でも、じゃんじゃん採り続けてもう何匹とったか数えているどころでなく…港に帰って船倉をながめて「大漁だ!」というときはa big catch of bonitoと感じています。

さて、人間が個の輪郭を失って、団体扱いとなるのは…くわばら、くわばら。

通訳道場★横浜CATS 朝稽古やってます

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HomeとHouseの違いは?

こんにちは!持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

Stay home とStay at homeの違いについて昨日ブログに書いたら、こんどはhomeとhouseについてコメントをいただきました。

よく学校で習いますね、
home;居場所、故郷、本拠地 つまり心のあるところ
house;住宅

今は確かにそうです。だから野球場やサッカー場が家の形をしてなくても本拠地はホームと言いますね。「埴生の宿Home Sweet Home」なんていう歌もありいます。ちなみにマイホームは和製英語です。(そうそう、ホームではなくホーウムのほうが実際の音に近いです。日本人は二重母音を長母音に変えるよろしくない癖があります。)

織田裕二さんが犬に扮装したCMで、「ハウス!」と命令されて入りうシーンがありました。 織田ワンちゃんはご主人と過ごせるリビングが「ホーウム」。でもなにか悪さをしたと誤解されたようです。「ハウス」で寂しい思いをしながら反省せよ、とのこと。

なんかかわいい!

とはいえ、houseもはじめから物質的な住宅ばかりを差していたわけではありません。古英語husは「神の家」を意味していたんです。意味の変遷は興味深いです。人間の意識の変化が表れます。

さて、住宅展示場で見かける様々なハウスメーカーはどう名乗っているでしょう。ある住宅公園の場合、ホーム派はタマホーム、三井ホームなど7社。ハウス派は積水ハウスなど2社。ホーム派が多数派です。家というモノを作っているのではなく、人が憩う心の故郷を作るんだ、という気概なのでしょうね。

ん?へーベルハウスHebel HausにセキスイハイムHeim?

これはミススペルではなく、ドイツ語です。いかにもそれぞれhouse, homeに似ていますね。

ただ、Hausは物質的な住宅のみでなく、心の本拠地も意味します。Zuhauseなんていう言葉もあるくらいです。
‘ Ich habe ein schoenes Zuhause. ‘「私には美しい故郷がある。」
英語のhouseが落としてきたニュアンスが残っているようです。

さて、日本語でhomeとhouseは何と言いましょう。「家」の読みは「うち、いえ」ですが、「いえ」の語源は?他には?我が家、おらほ?

外国語を学ぶのは日本語と再会する機会にもなります。外国語が鏡となり、普段、いかに何となく日本語を使っているか思い知るのです。

日本語との再会なし、英語が話せればかっこいい、グローバルなんて思っていると、敗戦国の愚民、根無し草になりますよ。

通訳道場★横浜CATS 朝稽古盛況です。

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Stay homeとStay at homeの違いは?

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

昨日、通訳でとてもお世話になった方からメッセージをいただきました。 「stay home とstay at homeはどう違うのですか?」

そうそう!それ、私も皆さんどう感じているか、あるいはそれどころでないのか気になっていました。そこでこのブログでお目にかけることにします。

イギリスとアメリカの違い

おや?と思ったのは、先日退院したジョンソン首相がStay home. Save lives.と言ったとき。イギリスではstay AT homeが多く、イギリス政府のサイトもオクスフォード系の辞典の例文も私が見た限りのものはstay at homeです。

イギリス政府の公式サイトはStay AT Home

ただ、イギリスの方が古くてアメリカが後で省略したかどうかはOxford English Dictionaryという20巻を超える、家に収まらない辞書で確かめねばなりません。アメリカに古い形が残っていることも多いのです。新参者ほど正統、保守のふりをしたがることがありますからねえ。ラーメンや餃子ののれん分け屋号にも見かけます。

音を調える

イギリス政府のサイトは見出しで「Stay at home」と使っています。おや?save livesがない。そう、save livesと調子を合わせるためにat を省略しているのでしょう。後ろにWork with love.かなんかあったら、Stay AT homeのほうが調子がいい感じがします。単語も自分だけの正しさを主張するのではなく、フレーズ全体としてのバランス、調和を大事にするんですね。文字のない言語はあっても、音声のない言語はありません。言語は人間が声で奏でる歌ですから。

どうも、save livesがないときにStay homeとすると、私のようなイギリスびいきにはなんだか忘れ物をしたような感じがします。

狙われる前置詞、狙われない前置詞

それにしてもこういう場合、どの前置詞も犠牲になるんでしょうか?そんなことはありません。stay in bedのinを省略したらすごく変です。布団にくるまっているイメージが吹っ飛びます。おそらく、犠牲になる前置詞は抽象度が高く、具体性が低いもの、イメージがわきにくいものでしょう。まさにatがそうです。atのあとにくる名詞は点(0次元)と捉えられますから。具体的なモノではなく、その性質や機能を表します。たとえばat schoolといえば学校に行っている、という居場所ではなく学生だ(家にいてもいい)という身分を表します。

ちなみにhomeは古英語ham(村落、家)が元。これに「小さい」ことを表すlet(カツレツのレツです)をつけたhamletは教会も学校ない小さな集落のことです。あのデンマークの王子様を思いますが、あの方はシェイクスピアが夭逝した息子、ハムネットにちなんで名づけたとか。

皆さま、くれぐれも‘Stay home. Save lives. 日本はもっぱらat抜きステイホームですが、間違ってもよそ様でホームステイは今はいけません。

通訳道場★横浜CATS 朝稽古盛況です

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Be動詞の由来はやっぱり…!

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

もうすぐオンライン?新学期。中1から大学生までみなさんもやもやしているのがBe動詞の正体。小さいお子さんならそんなこと考えなくても身体で覚えられますが、大きくなると、身体で覚えた後に頭で整理、心で納得したくなるのです。

I walk, you walk, she walkSと一般動詞の3単現はまだ許せる。でもなに、I AM, You ARE, She ISって違いすぎる。

狭き門より

ドイツ語にもBe動詞はあります。ほかの動詞と全然違います。

その由来を、ルドルフ・シュタイナーはある講座ではっきりサンスクリットと答えて単語も挙げているのです。

英語の am, are, isもサンスクリットの「私、あなた、あの人」が変化したもの。だからほかの動詞と人称変化も時制変化も全然違うのですね。

この講座、シュトゥットガルトのヴァルドルフ学校の先生のために自然科学の講座をしに出かけていったら、ついでに言語についても話してくれと頼まれたそう。 もちろん資料も辞書も準備も何もなし。なのにどんどんラテン語、サンスクリット語、さまざまな引用にあふれていて驚くばかりです。

ただ、講演録はシュタイナー自身の校正、校閲、許可なしに、亡くなってから出されたもので…それでもこうして読めることに感謝して、せいいっぱいの独日訳をしてみます。ふだん英日で十八番にしているさまざまな手法をいったんひっこめて、新境地を味わっています。お粗末さまです。


Geisteswissenschaftliche Sprachbetrachtungen -Eine Anregung fuer Erzieher/Rudolf Steiner

精神科学にもとづく言語をめぐる考察―教育者のための提案
ルドルフ・シュタイナー

第1講

何名か、私たちの友なる方々が、今回の滞在中に、皆さんに言語についても何か話すようにと頼みに来られました。自然科学講座にまして、申し上げておかねばなりませんが、自明のことながら、実に急に出てきたお願いを受けて、このわずかな時間で皆さんに語られることは、ごく簡略なものになるでしょう。自然科学講座での考察にまして、これらの言語観察は善意と寛容をもって受け止められねばなりません、というのも、それらはまるっきり準備なしの即興だからです。何かできるとしたら、とりわけヴァルドルフ学校での我々の授業、あるいは授業一般の役立つヒントを差し上げることでしょう。

おそらく、何に注目すべきなのか、最良の方法で捉えるには、言語を歴史的視点からあれこれ考察してみることでしょう。そこで皆さんにご承知おき願いますが、私が今日申し上げることは、さまざまな把握すべき注釈をゆるくまとめたもので、私たちがこれからのわずかな時間、互いに取り組むであろうことの導入にあたります。

実にはっきりしているのは、ドイツの言語を観察すればわかるように、ある人々の言語において、その発達を通じて、魂の在りようの発達そのものが表れるということです。(後略)

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子プロフィール

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国産チーズパンフ英訳、翻訳の前に大事なこと

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

自動翻訳もずいぶん精度が上がりました。それでも翻訳者がやらねばならないことが1つあります。

新しい読み手を想像することです。ゼロから書く心づもりでいることです。
(もちろん分野によります。自然科学論文、文芸作品はこの限りではありません。)

考えてみれば当たり前のことです。言語を変えるということは、異なる読者層を対象にするということです。

共働学舎の宮嶋さんからのご紹介で、チーズプロフェッショナル協さんの国産チーズパンフの英訳を担当したことがあります。共働学舎のチーズ大好きな私には願ってもないお話。大いに張り切りました。

もとのパンフはすみずみまで工夫が凝らされた素晴らしいものです。チーズになじみのない日本人に向けて、多種多様なナチュラルチーズの製法と楽しみ方を紹介。チーズの専門家、有名人のインタビュー記事は国産チーズに親しみを感じさせます。生産者のインタビューは情熱にあふれ、思わず応援したくなります。

さて、最初のご依頼は「全部英訳」

ん???

ここで新読者確認です。

英語はあまりに世界で広く使われすぎています。誰でも読めるけれど、誰も自分宛てと思わない可能性も大です。英訳の難しいところです。宛名のないラブレターになってはもったいない。

依頼主に確認したところ、主にヨーロッパとのことでした。

そうなると日本人向けの丁寧な説明部分はかえって冗長、不要となります。ヨーロッパのみなさんは先刻ご承知ですから。チーズの専門家、有名人のインタビュー記事もあまり意味をなしません。かえって生産者の声がかすんでしまいます。

優しいイラストからはもうチーズが薫るよう!

生産者の声にしぼることになり、英訳を始めると…今度は生産者の「日本人向け」のメッセージが気になりました。

「おいしさの感度って他国と日本は違います。日本人はきれいな味が好き。だから日本人シェフたちの意見を聞きながら僕は雑味のない味を目指してきました。」

ごもっともです。日本の地に足をつけた見事なお仕事。ヨーロッパ輸入チーズの強い風味が苦手なひとでもおいしく楽しめるのはこういうたゆまぬ努力あってこそです。

でも、ヨーロッパの人たちにはこう聞こえませんか?
「日本のおいしさの感度は特別です。日本人はきれいな味が好き。他国はきたない味でもいいみたいだけどね。だから日本人シェフの意見を聞きました。他国のシェフのアドバイスきくと雑味のあるものができちゃうかもしれないからね。」

大げさかもしれません。でも、この生産者の方はこんないやな意図で話したわけではありません。ならば誤解の芽はできるだけ摘んでおきたい。そこで、誤解の可能性について依頼主に連絡し次のような修整を打診しました。

「おいしさの感度って地域それぞれです。日本人はどうも繊細な風味が好き。(そうした味づくりに慣れた)日本のシェフたちに相談しました。おかげで気になるいやな雑味のない風味が生まれました。」

するとすぐに協会と広告会社で話し合いがもたれ、これで行こう、ということになりました。迅速かつ柔軟な対応はさすが、とありがたく思いました。

また、日本のチーズを喜んでもらえるのは、ヨーロッパでも多数派の風味がしっかりしたチーズが苦手な人たちだということも見えてきました。(ヨーロッパの友人にいます。気の毒…)

英文はこのとおりです。
“Taste preferences vary from country to country and region to region.Japanese people tend to prefer subtle, delicate flavors. To acheive such flavors without any unpleasant distraction, I consulted with servera Japanese chefs.”

将来、納豆のねばねばと苦さが嫌いな日本人のために、ヨーロッパからさらっとして臭くないナッツのようなフレーバーの納豆がやってきたら面白いですねえ。

翻訳は新しい読者を想定して、ゼロから書くつもりで。人間だもの。

通訳道場★横浜CATSはこちら

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驚きの明治洋楽「きよしこの夜」に【蚊】が登場!

きーよしー、こーのよーる。もうあのメロディーが聞こえてきましたね。

まったく季節外れですみません。実は来週、あるイベントでこの歌を母校フェリス中高のOG合唱団有志が歌うのです。(私は発声と呼吸の修行が通訳にも参考になると思い、この合唱団に参加しています)

そのイベントは横浜山手芸術祭の一環としてイギリス館で開かれる「明治・山手の丘に流れるメロディー」。「きよしこの夜」を含め、明治の横浜に入ってきた讃美歌や、外国人居留地周辺で生まれた新しい労働歌を振り返ります。

「きよしこの夜」として知られるあの讃美歌はもともとドイツ語。ヨーゼフ・モールの詩にフランツ・X・グルーバーが曲をつけたもので初演は1818年、オーストリア、オーベンドルフの聖ニコラウス教会のミサと言われています。

もとの歌詞1番はこんな感じです。

Stille Nacht, heilige Nacht,
Alles schläft; einsam wacht
Nur das traute hochheilige Paar.
 (Nur das traute heilige Paar.)
Holder Knabe im lockigen Haar,
Schlaf' in himmlischer Ruh'!
 (Schlafe in himmlischer Ruh'!)
Schlaf' in himmlischer Ruh'!

いま、皆さんが讃美歌109番、第二編244番としておなじみの歌詞は、由木康先生の訳です。

きよしこのよる 星はひかり
すくいのみ子は まぶねの中に 眠りたもう、
いとやすく

それが!なんとクリスマスとはちっとも関係なく、日本の静かな宵の情景として歌われていたというのです。

作詞したのは書家で歌人の阪正臣(ばんまさおみ)氏。いったいどういう経緯で新たな日本語詩を作ることになったのかは21日のお楽しみ。イギリス館へぜひお出かけください。

小雨止みて 庭は暗し
月はなど遅きぞ 端居(はしい)して待つ間に 
不如帰(ほととぎす)ただ
高くひと声

霞晴れて 星は照れり
小簾の隙漏りきて(おすのひまもりきて) 橘ぞ薫れる 
水鶏(くいな)さえいま
遠くひと声

小田の早苗 緑涼し
蛍追う子は去り 風もなく吹くるよ 
耳元に蚊の
細くひと声 

なお当日は3番を割愛するそうです。気の毒な蚊の出番と思って、ぜひ「きよしこの夜」のメロディーに合わせて口ずさんでみてください。

持続可能な医療・農業・教育のための通訳者 冠木友紀子プロフィール

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クリスマスは12日続く

クリスマスおめでとうございます。
通訳道場の冠木友紀子です。

さて、今日はクリスマスイブ。
みなさん、どう過ごされますか?

いいんです、多少うかれたって。
普段は食べない贅沢なものを食べたって。
(イエス様の誕生日は別に12月25日ではないことは別稿にて)

ただ、26日にクリスマスツリーを片付けて、
大掃除に買い出し、お正月の仕度なんて忙しすぎます。

確かにクリスマス「日day」は25日だけ。
でもクリスマス「節tide」は12日間。
お誕生日とされる25日から、1月5日までの12日です。

12日目の夜に捧げられたお芝居がシェイクスピアの
「十二夜」です。

「クリスマスの12の日」という愉快なカロルもご存知でしょう?

1月6日は東方の3人の賢者が意味深な贈り物を携えて
イエスに会いに来たとされる日です。この日をイエスが公に
姿を表した日として公現日Epiphanyといいます。

その贈り物とは…黄金(王のための捧げもの)、
乳香(祈りの象徴、イエスが神の子であることを表す)
没薬(死体の防腐剤。イエスの十字架刑を暗示する)でした。

この12日間はひとつづきですから、ヨーロッパは静かなものです。
26日にクリスマスツリーを片付けたり、しめ縄を飾ったりしなくていいんですもん。

クリスマス節は、冬至を過ぎてわずかに甦り始めた冬の光を感じながら、静かに来し方、行く末を想う時です。

くれぐれも、寒い中無理をしてお風邪など召されませんように。

このロサンゼルスの合唱団、クリスマスメドレー傑作です!
(Los Angeles はスペイン語でThe Angelsのこと)

話芸としての通訳を追求する冠木友紀子プロフィール

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「ーman」は差別的?man・womanの語源を辿る

昭和の子どもだった私は「manはジェンダーにひっかかるので✖」と言われると、 ウルトラマン、ガッチャマン、電線マンが心配です。ウルトラセイバー、チームガッチャはまあまあいけそうです。電線マンも今後の女性参画可能性を考慮して、電線オフィサー?

私はジェンダーフリーな言語表現にはどちらかといえば賛成ですが、ときどき言語の歴史が等閑視されているのが気になります。まあ、いきなり昔には戻れませんが、知らないままでいるのと、知るのとではどこかで違ってくると思うのですよ。

たとえば、「manはジェンダーフリーではない」という考えはmanは男性のみを指す、という考えを前提としているはず。

でも初めからそうだったわけではありません。

古英語(450-1160ごろまで)をはじめ、ゲルマン諸語ではもともと男女両方の「人間」を意味していました。

さらに遡ると、menー(=think、考える)、 manー(= hand、手を使う)のように人間の生きざまを描写する言葉との結びつきが指摘されています。あまりに昔のことなのでどれか一つを定説とするには至っていませんが。(「英語語源事典」寺澤芳雄)

womanも古英語の時代、wifmanと綴っていました。 wif=「女の」 man=「人」、というわけです。wifeはもともと「妻」ではなく「女」という意味でした。

そういえば、ドイツ語では「僕の妻」をmeine Frau 、英語で言えば my woman「僕の女」と表現します。

先日、オーストリアの方が英語でお連れ合いのことをmy womanと言っていましたっけ。妙に色っぽい気がしたのは私の妄想でしょうか…

今日を生きる私たちが言語変化に参加することで、未来へのバトンが作られる。そのためにも渡されたバトンの来し方を振り返るのも悪くない、と思うのですが。

持続可能な未来のための通訳者・冠木友紀子のプロフィール

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ミリアム・ウェブスター社が選ぶ,アメリカ2019年の一言:ジェンダーフリーの”they”?!

いやあ、流行語大賞で「ONE TEAM」「タピる」などなど聞いて「あ~、そうかもそうかも。ずいぶん聞いたもんね。」なんてのんきに思っていたら、あらま、アメリカでは…

「今年の言葉」を選ぶのは辞書の名門、ミリアム・ウェブスター社。今年はtheyが選ばれたとか。

they?

なんでも、これは7月半ばにバークリー市の決定を反映してのこと。リベラルな取り組みで知られるバークリー市では市の公文書でshe, heを使わない、というのです。これらはジェンダーニュートラルではないのでよろしくないそうで。代わりに複数形のtheyを使うそう。バークリー市の文書はこちら。

そして、文脈からしてひとりであることが自明な場合も動詞はareなどもとの複数形用を使うとか。

わあ、たいへんだ。こんがらがりそう!

そもそも英語は人を指す中性の三人称単数代名詞がありません。それでeveryoneの代名詞としてtheyでもよろし、のような苦肉の借り物を600年以上続けてきたとされます。

今回はtheyの出番がまたひとつ広がった、とも言えます。

逆にmanhole, manpowerなどはお払い箱。maintainance hole, work force などにとって代わられます。スーパーマンや電線マンはどうなるのでしょうか…

ここでふと気になったのがドイツ語の代名詞のこと。英語とドイツ語は茨城弁と栃木弁くらい似ていますが、あれ…?主格だけ比べてもだいぶ違う…!

主格単数複数
1人称ich (I)wir (we)
2人称親 du (thou)
尊 Sie (you)
親 ihr (you)
尊 Sie (you)
3人称sie (she)
er (he)
es (it)
sie (they)

バークリーで議論になったtheyに相当する語は 古高地ドイツ語由来 sieで、これは三人称単数女性代名詞と同じ。発音だけなら2人称尊称単数・複数とも一緒です。

ドイツで同じ議論が起きたら…「sie やerはジェンダーニュートラルじゃありませんからね、複数形の sieを使います!」

え…?!

もうわけがわかりません。

それにしても人称代名詞の分かれ方は不思議です。話し相手=2人称は男女ではなく、親しいか、そうでないかが決め手で2とおり。話し相手でも自分でもない3人称はジェンダーが決め手でニュートラルもあって3とおり。

いったいどんな世界観を反映しているのか思い巡らすと止まりません!

言語の構造は哲学。

2020年1月13日「春と修羅・序」をパトリック先生と読み解き、諏訪先生の賢吾造形で語る特別な一日ワークショップ

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