日本独自の医療は〇だった。

ホリスティック医療も西洋からの流れがさかんです。でも身土不二。東洋は…?

アントロポゾフィー医療をライフワークとされるS先生とお話ししていたときのこと。そんな話題になりました

なるほど漢方の臓器の命名に素晴らしい叡智が宿っているそう。たとえば肝。干は幹にも通じ、肉体の中での重要性を示しています。

でもそれは漢学。日本の身土不二は?

一瞬の沈黙の後、S先生は「それは『道』が担ってきたのだと思う。」と。

神道、修験道、書道、香道、武道…。

ありゃ。私にそっくり。

なるほど!これらはすべて小さな自己、いつもの癖を離れ、身体のすみずみまで自覚し、感覚を磨き、自然に適った動きを探る道。

呼吸を深くし、身体をゆるめ、一本の芯を通し、献身する。

実は私がまさにその道で救われていました。

私はまったくアンバランスで恰好悪い子どもでした。体育はまるでだめなのに勉強はできる。英語はなんでも聴けるのに書くとまるでおバカ。春先の太陽で急性アトピー。冬はしもやけ。そんな自分がいやでいやで仕方ありませんでした。

発達アセスメントでもすれば、両眼視、聴覚過敏、自律神経…などなどが浮かび上がったことでしょう。

でもどんなセラピーより効いたのはなぎなたと書道、ヴァイオリンでした

最後のはちょっと毛色が違いますね。音道とでもしましょうか。 お子さんの健康、発達が心配なみなさん、ご近所のお師匠さんがまるごとお子さんを受け止めてくださるかもしれません。クライアントとしてではなく、弟子として。

昔はそんな先生が町内会のなかにたくさんいらしたんでしょうね。

通訳養成もこのようにありたいものです。

お子さんの英語が心配なママのためのセミナー

 

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「こう弾きたい」イメトレが空振りになるとき

「いつまでもまるで進歩しない」と家族にもバカにされていたバイオリン。
 
 
幼く聞こえるのは弓が安定しないのも一因。でも安定させようと心がけて練習しても一向に安定しない。
 
 
 それが、思いがけないことで突破口が開けました。
 
 
 「まだ弓の半分、3分の1の感覚が身体に入っていませんね。」
先生は弓に目印のシールをつけてくださいました。
 
こりゃ老眼には厳しい…
 
 
それからは弓を見ながらその目印で止まる開放弦の練習。
 
弾いては目印のところでピタリと止まる。目を閉じて弾いて、止まって、目を開ける。ずれていたら目を開けてやり直し。また目を閉じる。弓半分の練習、3分の1の練習。
 
 
えんえんと、これだけで30分なんてしょっちゅう。音楽でもなんでもありません。安定、不安定のことなんて忘れてます。
 
 
何が楽しいのかって?別に楽しいからやっていたわけではありません。
 
 
でも不思議と弾いていることを感じない感覚になってきたのです。瞑想もどきですね。
 
 
そして…
 
 
ん?
 
 
弓がぴたりと安定している。
 
 
それは不安定だったころには想像しようのない感覚。
 
この感覚を知らない自分が「あの感覚がほしい」と設定することは不可能。何がどうなって不安定だったものが安定したのか、頭で考えてもまだ追いつかない。身体は頭よりアタマがいいって本当。
 
 
語学も同じことですよ。
 
 
「できる前には『あれができるようになる』という目標設定をすることができません。『あれ』が身体実感として存在しないんですから。そのような部位があり、そのような働きをするとはかつて一度も思わなかった部位が、現に活発に働いているのを実感するときに、修業の意味は事後的・回顧的にわかります。ですから修業がもたらす成果を、修業開始に先立ってあらかじめ開示することは不可能なのです。」
 
(「修業論」内田樹著 光文社)
 
 
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一流とそれ以外、分かれ目は才能ではなく…

ヴァイオリンを弾く、というと必ず訊かれます。「小さい頃から習ってたの?」

はい!28歳のときから。

やってみてわかりました。こりゃ大した才能じゃない。2歳から始めてなくてOK!あの頃は田んぼでザリガニ引っ張ってて正解。

それでも続けるのはなぜ?

練習するほどに変化する感覚が面白くてたまらないんです。はじめはすべてあべこべ。意識することと忘れていいこと、力を抜くところと入れるところが逆。大変、不自由、みっともない。いくら本に書いてある言葉、先生のアドバイスをアタマで反芻してもダメ。練習するしかない。するとあるとき階段をひとつ登るような変化が訪れます。なんだ、こういうことか、あの言葉はこういう意味だったのか、と腑に落ちるときが。

おなじみダニエル・T・ウィリンガム教授が面白い調査を紹介しています。ヴァイオリンの腕を上げる決めてについてフロリダ州立大のアンダース・エリクソン教授が西ベルリン音楽アカデミーの協力を得て調べたもの。

エリクソン教授は論文要旨でずばり、こう書いています。

Many characteristics once believed to reflect innate talent are actually the result of intense practice extended for a minimum of 10 years.
先天的な才能を反映するとかつては信じられていたさまざまな特徴も、実は集中的な練習を少なくとも10年続けた成果なのだ。

エリクソン教授の要望で西ベルリン音楽アカデミーの教授は調査対象となる学生を指名、レベル分けしました。bestは国際的ソリストとしての活躍が期待できる学生たち。goodもそのつもりでやっているようだけれど教授陣の目には残念ながらそうは見えない連中。

そこにprofessional=世界的に知られるオケのメンバー、teachers=学校の先生も加えて4グループを比較しました。その項目は練習する時間帯、回数、曜日、昼寝のパターン、普段の睡眠パターンなど多岐に亘ります。

なかでも耳の痛い「因果関係」がはっきり見えたのは練習時間。

週あたりの練習時間をご覧ください。

Psychological Review 1993 Vol.100 No.3 363-406より
Psychological Review 1993 Vol.100 No.3 363-406より

累積はこちら。

Psychological Review 1993 Vol.100 No.3 363-406より
Psychological Review 1993 Vol.100 No.3 363-406より

つまり、学校の先生が20歳までかけて練習した分を、プロやソリスト有望学生たちは1415歳まででこなしているということです。

論文によればプロ、ソリスト組は「練習したつもり」の時間と実際の練習時間の差が少なく、good, teachers組ほど多めに見積もるそう。

ということは、実際の差はもっと大きいことでしょう。

Confirming our theoretical framework, the violinists in all groups rated practice alone as the most relevant activity for improving violin performance. Among all the activities rated highly relevant, practice alone is unique: A violinist can extend its duration at will because no external resources, such as availability of teachers or audiences, are involved.

我々の理論的枠組みを確認する如く、どのグループのヴァイオリニストも、演奏の腕を上げることと最も密な関わりがあるのは練習のみとしている。相当密な関わりがあるとされた活動のなかでも練習はユニークだ。練習時間は本人の意のままに伸ばすことができる。外からのリソースは何もいらない。先生の都合や聴衆の有無は関係ない。 

このコの響きを聞いたとき、私だ!と感じました。
このコの響きを聞いたとき、私だ!と感じました。

ウィリンガム教授はこのことが科学者にもあてはまるとしています。

The great minds of science were not distinguished as being exceptionally brilliant as measured by standard IQ tests…What was singular was their capacity for sustained work.

偉大な科学者たちは標準的なIQテストで測れるような意味で、ずば抜けて頭がよかったというわけではない。何より並外れていたのは、取り組み続ける力のほうだ。

さあ、もう先天的才能を言い訳にはできませんよ。

Another implication of the importance of practice is that we can’t be experts until we put in our hours. A number of researchers have endorsed what has become known as the “ten-year rule”: one can’t become an expert in any field in less than ten years, be it physics, chess, golf, or mathematics.

もう一つ、練習が大切であるということから言えるのは、エキスパートになるには時間をかけねばならないということだ。数多くの研究者がいわゆる「10年の法則」を支持している。ある分野のエキスパートになるにはまず10年はかかる。物理でも、ゴルフでも、数学でも。

どうです、大変そう?

私はこれも人間らしい自由のひとつだと思う。

馬は走る才能に恵まれている。鳥はさえずり空を飛ぶ才能に恵まれている。でも馬は空を飛びたいと憧れる?…こっそり練習したりする?鳥は馬みたいに走りたいと憧れる?地面をひた走って猫をびっくりさせたりする?。

人間は与えられた才能が乏しくても、憧れを抱き、練習できる…なんて自由なんだろう。

さて、これまでの私の雀の涙のような練習時間はご破算と願いまして…1年に300日、11時間練習するとしてあと何年で11000時間?おお、38.6年。ちと長い。2時間はちょっと…1.5時間なら24.4年。

もし今みたいな調子だと55年かかってしまう…生きていればそれはそれですごいけれど。

弾きたい曲は3曲しかないのですが…こりゃボヤボヤしてるひまはない!

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