大学の通訳養成講座、たとえばこんなふうに

縁あって(本当に奇跡のような)、私は大学でも通訳養成の講座を担当しています。何よりの喜びは学生たちとの出会い。20歳で通訳の勉強なんて、私は考えてもいませんでした。感心することしきりです。

本物で包囲してくれた母校。

ただ、残念なことも…日本の従来型大学教育の構造的、体質的な問題です。たとえば…

  1. 通訳養成講座が「-文学-語学科」に設定されている。
  2. 授業が週1度、1学期で15回しかない。
  3. 再履修ができない。

それがなぜ困るのかというと…

  1. 昨今の文学、語学系学科には高校1年あたりから早々と「苦手」な数学、理科、世界史の学びを離れた人たちがいます。土台となる教養がなければ、いちいち準備に時間がかかります。
  2. 週1の授業でなんとかするには、楽器の習い事式に家での毎日の練習を課すしかありません。ただ、小学生のピアノの練習を自宅で家族が見守るほど単純ではなく…
  3. 学び続けたい学生は聴講扱いになり、単位も成績もでません。剣道のような稽古にならんのです。

そこで、大学生のためには、こんなふうにできたらいいと思っています。

  1. 通訳養成講座は文学、語学系学科所属ではなく、リベラルアーツのカレッジワイド・プログラムとして文学、語学系教員を中心としながら、社会科学、自然科学の教員のサポートを求める。また、理科、社会がお留守な学生は学習まんがで自習する。
  2. ICUのようにすべての授業を最低週3限とする(無理だ)。あるいは、学期中ではなく長期休暇中の集中授業とする。これで感覚が変わる体験も可能になる。
  3. 上記、集中授業を複数大学で共催、共有。教室だけでなく、学外でも奉仕体験を積む。何度でも参加できるようにする。

まあ、言い出しっぺには責任がありますね。通訳道場で学生部も持てたらいいのですが、さてどうしましょう。お知恵を貸してくださいな、とくに現役学生諸君。

持続可能な社会のための通訳者・通訳トレーナー 冠木友紀子のプロフィール

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留学は長い方がいい?短くてもいい?

「先生、大学の短期留学に行こうと思っていたんですけど、1年は行かないと意味がないって」
「誰に言われたの?」
「1年留学したひと。」
「意味がないってどういうこと?」
「さあ。」
 
あらららら。大丈夫?
 
結論から言います。
行けるときに、行ける期間で行ってごらん。
 
そりゃ学位をとるとなれば決まった期間もある。でもまだあなたはその段階じゃないでしょ。短いのも自由のうちよ。
 
語学力なら1年も留学しなくても十分伸ばせるし、10年いても立派なカタカナ語のひともいる。期間じゃなくて、理に適った努力の量。それに私には語学力より大事なことがある。
 
それは、ずっと留学生のテンションでいること。
 
25年前、イギリス、リーズ大学にて。課題を提出した日はおバカな弾けっぷりでした。呆れるウクライナ系アメリカ人の友人。
日本での暮らしは自動操縦、クルーズモードでできることも沢山。
 
海外にひとりで渡るとそれが激減。知らないこと、初めてのことだらけ。ひとつひとつが新鮮。頭だけ大人の赤ちゃんみたいになる。ひたすらひとつひとつ観察する。(ネット時代とはいえ、サイトの情報と自分で体験するのは大違い。)
 
周りの人たちはあなたという人を知らない。あるいは日本人ってこんなもの、と先入観やステレオタイプで見るかもしれない。だいたい、あなたがいなくてもその町は、大学は昨日まで成り立っていた。でも今日からあなたは一員になろうとする。
 
だから自分を言葉で語る。それを聴く人たちの言葉にならないしぐさ、表情をよく見る。通じてないな、思ったら言葉で確認する。
 
そんなトップギアな感覚になるのに3日あれば十分。
 
そして、その感覚を保つ。
 
そうすると気がつくんです。日本で日本人どうしで日本語で話す。通じているつもりでも実は通じていないこと相当ある!逆にガイジン同士で思いがけず気持ちが通じることも。国や言語より、人、心なんだよね。
 
クルーズモード使わないと「あたりまえ」が疑わしくなる。「なぜ」「それって変」「それが何なの?」をつい余分に言っているかも。まあ、それが取り柄ということで。

それにしてもあなた…自分の物差しを押しつける人の言うことを真に受けて悩んでていいの?そっちのほうが心配よ。

留学前にその免疫作っておいたら?

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