1945年8月7日、広島を伝えるニューヨークタイムズは

ネットでも、駅の売店でも、どこでも目にすることのできる英字新聞。
ニューヨークダイムズが広島原爆投下をどう報じたか読んだことはありますか?

今週、私は補講ウィーク。大学の期末試験も終わっていますが、
バイオマス関係でヨーロッパに通訳出張し、休講にした分の補講が入っています。

ここで普段の「指定テキスト」を使うのはどうも気が進まず…
自分の原点の一つと言える、ずっと心にひびく素材を2つ紹介したくなりました。

ひとつは1945年8月7日のニューヨークタイムズ。
広島に原爆が投下された翌日の新聞です。

広島への原爆投下を伝える

もうひとつはThe Miracle over the River Kwai (邦題:クワイ河収容所)
秦緬鉄道で日本軍の強制労働に従事させられた英国の戦争捕虜の手記。

このふたつは文体も意図も対照的です。

今日ご紹介するのはニューヨークタイムズ。

「初めての原子爆弾、日本に投下さる」と報じる7日の新聞には
広島の現状は殆どのっていません。「大阪のラジオによると
広島近辺の鉄道は止まっているらしい」くらい。

むしろ原爆投下に至る「仕込み」の苦労話・成功話がメインです。

そして「今日の戦争まとめニュース」War News Summarizedには
こんなふうにトルーマン大統領の言葉が引用されています。…

宇宙の基本の力、太陽のフォースの源を…と

“harnessing of the basic power of the universe”
「宇宙の基本となる力をうまいこと活用」
これじゃまるで有機農法みたいです。

“The force from which the sun draws its power
has been loosed against those who brought war to the Far East.”
「太陽がその源とする力が放たれたのは
極東に戦争をもたらした者たちだ。」

広島の惨状を知る前に、こういう情報に触れていたら、どんな
見方が形づくられることでしょう。

私にもちょっと苦い気持ちで思い出すことがあります。

20年ほど前、新米の先生だったころ、ちょうど自分の親世代の
米国出身の宣教師の先生と原爆について激論を繰り返していました。
音楽やお相撲、食べ物については共通の楽しみも多い方だったのに、
そのすべてが台無しになりかねないような激しいやり取りをしていたのです。

あの先生が、幼い頃、親御さんから伝え聞いていたニュースはもしかしたら…
と思うのです。

これを書いた人のプロフィール

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オバマ大統領 広島演説 「道徳の目覚め」に思うこと

オバマ大統領の広島演説、少しずつ積み重ねた通訳もひととおり終わり、今は余韻の内にいます。

なんとなく気になって仕方なかったのは終盤の「道徳の目覚め」。

立場を特定せず、みんなに「道徳の目覚め」を呼びかける…?
そういえば、アメリカの大統領としては文学的すぎるっていう批判も見かけたし…。

でも、何かある気がしてならず、しばらく自然に引きずることにしました。

そしてふと思ったのです。

自分のなかの加害の種と向き合う

私にとって「道徳の目覚め」とは「自分のなかの加害の可能性を見つめること」なのだと。

「加害者」の側、ではありません。ナチス、広島における米軍、泰緬鉄道における日本軍、ポルポトの側、ではありません。

加害行動と人間を分けたいと思います。

「加害者」とすると、加害行動を特定の時代、地域に生きて「悪さ」をした人たちに押しつけて蓋をしてしまいそう。そうではなく、自分も「悪さ」の種をひっそり持っているのでは、と問いたい。そのために人と行動を分けたいのです。

そもそも、みな赤ちゃんの時は何も持たず可愛くオギャーと生まれます。100%邪悪な人間も、100%善良な人間もいません。生きているうちに天使と悪魔を併せ持つようになるのでしょう。

加害の可能性を思う。

そう考えたら、詰まっていた鼻がすっきり通ったような思いがしました。

日本人だから日本軍のしたことを謝罪している?

たとえば英連邦墓地での戦没捕虜追悼礼拝。

日本軍が捕虜を虐待したのでのちの世代の私たちが追悼、謝罪しているというのも事実です。でもそれだけではありません。

一個人としてあの虐待の種を持っているのでは、問うているのです。

被害者を労り、償うのも大切なことです。

ただ、被害者の心境を想像するのはそう容易とは思えません。少なくとも私には、自分の中の悪さの種のほうがリアルです。

悲惨な事件について街頭インタビューで答えるひとたちが被害者に共感し、加害者を捌くような物言いをするのをときどき見かけます。

多数派の耳に心地よいこうしたプチ裁きに一体何の意味があるのでしょう。

自分のなかの加害の可能性にまず思いを致すことなく、被害者の心境に同情し、正義を語るのはノゾキだとすら思うのです。

律法学者やファリサイ人が姦淫の現場(!!!)から引きずり出した女を連れてきてイエスに石で打ち殺すんだよね、迫ります。地面に何か書いていた(ここ面白い)イエスはこう答えます。

「あなたがたの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と立ち去ってうき、イエス一人と真ん中にいた女が残った。イエスは、身を起こして言われた。「女よ、あの人たちはどこにいるのか。誰もあなたを積みに定めなかったのか。」女が、「主よ、誰も」と言うと、イエスは言われた。「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはいけない。」
(ヨハネによる福音書 8章7節より できたてホヤホヤの聖書協会共同訳聖書より

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オバマ大統領広島演説⑫-「我々」とは?

オバマ大統領広島演説、ライブ同通もいよいよ最後です。「空から死が堕ち…」と文学的に始まったこの演説。終盤は身近な生活の情景が続きました。さて、しめくくりは…

「我々が未来を選ぶ…」「我々の道徳的目覚めの始まり…」…「我々」が繰り返されます。

リンカーン大統領が地元北軍のゲティスバーグで「我々」と言えば、目の前にずらっと集まった北軍、味方の人々です。言わずもがな、「they あいつら」は南軍でしょう。

でもオバマ大統領の場合、地元どころではありません。広島です。目の前にいたのは米政府関係者ばかりではなく、日本政府、広島県議会関係者、被爆者の方たちです。演説はテレビで世界中に配信されます。こうやってネット上にいつまでも残ります。

どうもゲティスバーグとはだいぶ条件が違います。

そうなると…「我々」の範囲が無限に広がります。聴く人は、アメリカと日本、政治権力を持つ者と持たない者、といった区別を超えて「自分も呼びかけられている」と感じることでしょう。

なるほど、オバマさんの核廃絶への願いと、「謝罪はしない」という米国の方針を両立させる巧みさも感じます。

耳ざわりの良いことばかり言って、という批判も仕方ないかもしれません。

ただ、私が改めて思うのは、戦争に加害者も被害者もないということです。すべての国、人が加害者であり被害者だと思うのです。

ひとつひとつの事象について加害者、被害者を特定して謝罪、和解するのもよいでしょう。(国家間では加害・被害の特定が賠償をめぐるパワーゲームに意味をもつこともあるかもしれませんけど)。でもそうしているうちに次の悲劇が起きてしまうのでは、と思うのです。

なので、私はまず「自分も加害者となる可能性がある」という自覚に立つことにします。「道徳的目覚め」moral awakeningは「善を行おうという決心」のようなナイーブな話ではないでしょう。善をなすこともできるけれど、「とんでもないことをしでかすこともある」性質をまず正直に見つめることではないでしょうか。

そして、同じように加害者となる可能性を持ちつつ権力の座にある人々を注視し続けることにします。まあ、じろじろ見るだけでは足りないのだけれど。

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オバマ大統領広島演説⑪-わかるってどういうこと?

ぬか漬けと味噌汁じゃなくてトーストとバター

ラスト2回となりました。えんえん続けたあげく、ふと思い浮かぶのはとてもシンプルなこと。「わかるって映像が湧きあがること」。聴いてもさっぱり絵が浮かばない通訳を「通訳だから仕方ない」とあきらめることはありません。しっかり聴けば通訳者の頭の中に精確な絵が浮かぶ。その絵を語ればよいのです。一語一語、訳語の根拠を原語の表現で理由付けできることが必須条件ですが。「ニュアンス」「言わんとすること」といったひとりよがりになりがちな指標(もどき)とはちがいます。カメラのパラメーターに似ています。

このくだり、さすがです。政治学的な平和の定義なんかしても何も動かない、残らない。オバマ大統領は誰もが思い浮かべられる日常の風景を次々と聴き手に思い起こさせ、平和の印象をしっかり残します。これはリンカーン大統領のゲティスバーグ演説にはあまりない一面です。

The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious; the radical and necessary notion that we are part of a single human family -– that is the story that we all must tell.

That is why we come to Hiroshima.  So that we might think of people we love — the first smile from our children in the morning; the gentle touch from a spouse over the kitchen table; the comforting embrace of a parent –- we can think of those things and know that those same precious moments took place here seventy-one years ago.  Those who died -– they are like us.  Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life, and not eliminating it.

私の中身は意外と日本のおじいちゃん。「食卓をはさむ無伴侶の~」のくだりは「黙って食え!」とちと赤面。でもなんだかトーストやバターの薫りがしてきました。ぬか漬けと味噌汁ではありませんねえ。

何度か録音しなおした盲点 this とthat

意外と手を焼いたのがthatです。勢いから「これが!」と言いたくなってしまうのです。でもthisではありません。thisは手をのばして触れられるマイ空間のなか。その外は宇宙の果てまでthat。オバマさんもthatで、「みんな、あれだよ!」と夜空の星を指すように共に目指す物語を示しておいでなのですね。

さて、次回でこの演説は最後です。もし「これをやってみて…!」という素材がありましたらお知らせください。

急に冷え込みました。どうぞ暖かくしてお元気で。

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オバマ大統領広島演説⑧-「逃げるは…役に立つ!」

同時通訳の自主練におすすめの方法!

通訳に詳しい方にご質問いただきました。「冠木さんのオバマ大統領通訳は同通ですか?放送通訳ですか?」おお、するどい。ぶっつけ本番1回限りの同通とは違います。録画の7倍の時間でスクリプトを作ってそれを読み上げアテレコ放送通訳とも違います。

まず英日の語源、引用をさかのぼって何通りも訳を用意します。ビデオを再生しながら何回か試します。

そして!用意した訳をえいっと全部後ろにほっぽりなげてビデオ再生&録音。ほっぽりなげた言葉の中から何が蘇ってくるかは耳だけが知っている、という境地です。

贅沢な同通とでも申しましょうか。

なにごとも練習と本番のバランスが大事。練習だけでも本番だけでも独りよがりになりがちです。私はこの練習法が「突貫工事」になりがちな同時通訳に余裕を生むと感じています。通訳者のみなさん、おすすめですよ。

さていよいよキーフレーズの登場です。新聞各紙でもサブタイトルに引用されたあの一節。「恐怖の論理を逃れ…escape the logic or terror」の部分です。まあ、ひとまずさらっとどうぞ。

Still, every act of aggression between nations; every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done. We may not be able to eliminate man’s capacity to do evil, so nations –- and the alliances that we’ve formed -– must possess the means to defend ourselves. But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear, and pursue a world without them.

We may not realize this goal in my lifetime. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe. We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles. We can stop the spread to new nations, and secure deadly materials from fanatics.

「恐怖の論理を逃れる、脱する」の新しさをコロケーションで

この演説のキーフレーズともいえるescape the logic of terror。「恐怖の論理を逃れる、脱する」で訳としては〇です。でもちょっと待って。何か気になりませんか。logicとescapeという組み合わせ、見たことがない気がするのです。

そこで使うのがコロケーション辞典。連語辞典とも言われます。セットで使われる言葉を調べるのに重宝です。たとえば、日本語では「涙」を「流す」とセットにしますが、tearとセットになるのはflowよりshedです。

さて、logicの前に来る動詞は肯定的なものだと…apply, use, accept, follow, seeなど。否定的な意味でもdefy(抗う), challenge(挑む), question(疑う)など「真正面から対決」するニュアンスの動詞が挙げられています。

一方、escape=ex(外へ)+cap(頭のかぶりもの)=外套を脱ぎ捨て逃げる、です。対決する気は全然ありません。

これは面白い。

恐怖の論理を「克服すべき敵として対決」するのではありません。仮に恐怖の論理がこちらを敵としてやっつけようとしても「あれれ?あいつらどこいったんだ?」となり戦いが成立しない、という構図でしょうか。

さて、核兵器をめぐってそんなうまいことができるのでしょうか。

脱走の目的地をもっと鮮やかに思い描きたいものです。ふと、ロトの妻を思い出しました。

(ロトの妻は堕落したソドムの町を脱出する際、天使の「振り向くな」という戒めをうっかり破り、塩の柱になったというお話。創世記19章)

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オバマ大統領広島演説⑦-complacencyどう訳す?

Complacentな茹でガエル?

イギリスに留学してすぐあちこちでこんなふうに耳にした言葉、complacent.

「イギリス人はcomplacentになりがちだから、気をつけなくちゃね。」
「いやねえ、イギリス人ってcomplacentで。」

ラテン語源的にはcom(強意)+placent(喜び、喜ぶ)でおおいに結構な感じですが、実は「ちんまり満足している場合じゃないときに外を見ず、内向きに満足しちゃう」態度を戒めて使う言葉です。

この言葉をオバマ大統領が使っています。「45年8月6日の朝を想い起すことで鵜我々はcomplacencyと戦える」の一節です。

とっさに思い浮かんだ訳語は「茹でガエル」です。いまもイメージはピッタリだと思います。でも、いくらなんでもねえ、フォーマル度、オフィシャル度がずれてます。

ううむ。「現状肯定」「自己満足」「独りよがり」「周りに関心を寄せない」「周りが見えてない」「内向き」「いつかまずいことになる」やっぱり茹でガエル。

現状肯定、自己満足だけでは「それじゃまずいよ!」のニュアンスが落ちます。日本語では「知足」という語もありますしね。

こういうときは因数分解(数学的には違うかな?)あるいは分身の術。

形容詞+名詞=「おろかな+現状満足」としてみました。(やっぱり茹でガエルが気に入っているのだけど。)

よく英語1語を日本語1語に訳すものと思い込んでいる人が、こういうやり方を「言葉を足している」と誤解します。違います。ピンク=赤+白のようなものです。もともとない色をお節介で足すのとは全く違います。

Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness.  But the memory of the morning of August 6th, 1945 must never fade.  That memory allows us to fight complacency.  It fuels our moral imagination.  It allows us to change.

And since that fateful day, we have made choices that give us hope.  The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we could ever claim through war.  The nations of Europe built a Union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy.  Oppressed peoples and nations won liberation.  An international community established institutions and treaties that worked to avoid war and aspire to restrict and roll back, and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

メディアはオバマ大統領の「complacency」をどう訳したか。

まずは産経さん。
「しかし1945年8月6日の朝の記憶は決して風化させてはならない。記憶はわれわれの想像力を養い、われわれを変えさせてくれる。」

ありゃ?見当たりません。

ハフポストさん。

「いつの日か、証言する被爆者の声が私たちのもとに届かなくなるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を決して薄れさせてはなりません。その記憶があれば、私たちは現状肯定と戦えるのです。その記憶があれば、私たちの道徳的な想像力をかき立てるのです。その記憶があれば、変化できるのです。」

「現状肯定」なんですね。外を見てない感じ、現状誤認の茹でガエルのニュアンスがあるといいですね。

英語の先生もがんばっていますね。あるヘルプサイトの方です。

「いつか証言する被爆者の声は私たちのもとからいなくなってしまうでしょう。しかし、1945年8月6日の朝のあの記憶を決して薄れさせてはいけません。その記憶は、私たちを油断と闘わせてくれます。その記憶は私たちの道徳的な想像をかき立てます。その記憶は私たちを変わらせてくれるのです。」

「油断」ですね。この方は辞書を引きまくるのではなく、ご自分で想像して言葉を探されたのでは、と思います。

好ましい努力の跡を見つけると、嬉しくなるものです。

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