Waldorf Book of Poetryには作者名が書かれていませんが、アメリカのGeorge Cooper(1840ー1927)であることがわかっています。
(スマホの縦画面では改行が見にくいかもしれません。)
Grasshopper Green by George Cooper
Grasshopper Green is a comical chap;
He lives on the best of fare.
Bright little trousers, jacket and cap,
These are his summer wear.
Out in the meadow he loves to go,
Playing away in the sun;
It’s hopperty, skipperty, high and low---
Summer’s the time for fun.
Grasshopper Green has a quaint little house:
It’s under the hedgerow gay.
Grandmother Spider, as still as a mouse,
Watches him over the way.
Gladly he’s calling the children, I know,
Out in the beautiful sun;
It’s hopperty, skipperty, high and low---
Summer’s the time for fun
青々バッタはおかしな輩、
もっぱら食べるは大御馳走。
派手な短パン、上着に帽子
これが夏のお召し物。
おもての茂みがお気に入り
遊びまくって日向ぼこ。
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。
青々バッタのイカした庵は
楽しい生垣、その下に。
蜘蛛の婆さん、鼠のようにじっとして
ずっと見守る、やっこさんを。
ご機嫌上々やっこさん、子どもら呼び出す
まことにみごとな日向へと。
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。
(訳 冠木友紀子 )
と思ったところで、Waldorf Book of Poetryでとりあげられているこの詩は、全3連中、元の第2連が抜けた版であることを発見。第1連と第3連だけでもバッタの幸せな「衣食住」というピースは揃うのですが、もとの第2連が気になります。
Grasshopper Green has a dozen wee boys,
And, soon as their legs grow strong,
All of them join in his frolicsome joys,
Humming his merry song.
Under the leaves in a happy row,
Soon as the day has begun,
It's hopperty, skipperty, high and low:
Summer's the time for fun!
青々バッタは十二の子福、
脚が丈夫に育つやいなや
倅揃って親父と遊ぶ、
親父の歌に鼻歌合わせ。
草葉の下に楽しく並び
朝まだきから
ぴょんぴょんはねてあちこちへ
夏はゆかいな季節だな。
その時のことをクーパーはこう書いています。 “He lay there on the floor, naked, suffering horribly. He had wonderful big brown eyes, and they looked up at me with an appeal I can never forget. He whispered, ‘I’m done for.'” 「フォスターは床に横たわっていた。裸のままでひどく苦しんでいた。その見事な茶色の大きな瞳で私を見上げた。あの訴えるような眼差しを忘れられようか。そして彼はささやいた。『もうだめだ。』」
おや?と思ったのは、先日退院したジョンソン首相がStay home. Save lives.と言ったとき。イギリスではstay AT homeが多く、イギリス政府のサイトもオクスフォード系の辞典の例文も私が見た限りのものはstay at homeです。
イギリス政府の公式サイトはStay AT Home
ただ、イギリスの方が古くてアメリカが後で省略したかどうかはOxford English Dictionaryという20巻を超える、家に収まらない辞書で確かめねばなりません。アメリカに古い形が残っていることも多いのです。新参者ほど正統、保守のふりをしたがることがありますからねえ。ラーメンや餃子ののれん分け屋号にも見かけます。
音を調える
イギリス政府のサイトは見出しで「Stay at home」と使っています。おや?save livesがない。そう、save livesと調子を合わせるためにat を省略しているのでしょう。後ろにWork with love.かなんかあったら、Stay AT homeのほうが調子がいい感じがします。単語も自分だけの正しさを主張するのではなく、フレーズ全体としてのバランス、調和を大事にするんですね。文字のない言語はあっても、音声のない言語はありません。言語は人間が声で奏でる歌ですから。
それにしてもこういう場合、どの前置詞も犠牲になるんでしょうか?そんなことはありません。stay in bedのinを省略したらすごく変です。布団にくるまっているイメージが吹っ飛びます。おそらく、犠牲になる前置詞は抽象度が高く、具体性が低いもの、イメージがわきにくいものでしょう。まさにatがそうです。atのあとにくる名詞は点(0次元)と捉えられますから。具体的なモノではなく、その性質や機能を表します。たとえばat schoolといえば学校に行っている、という居場所ではなく学生だ(家にいてもいい)という身分を表します。