国産チーズパンフ英訳、翻訳の前に大事なこと

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

自動翻訳もずいぶん精度が上がりました。それでも翻訳者がやらねばならないことが1つあります。

新しい読み手を想像することです。ゼロから書く心づもりでいることです。
(もちろん分野によります。自然科学論文、文芸作品はこの限りではありません。)

考えてみれば当たり前のことです。言語を変えるということは、異なる読者層を対象にするということです。

共働学舎の宮嶋さんからのご紹介で、チーズプロフェッショナル協さんの国産チーズパンフの英訳を担当したことがあります。共働学舎のチーズ大好きな私には願ってもないお話。大いに張り切りました。

もとのパンフはすみずみまで工夫が凝らされた素晴らしいものです。チーズになじみのない日本人に向けて、多種多様なナチュラルチーズの製法と楽しみ方を紹介。チーズの専門家、有名人のインタビュー記事は国産チーズに親しみを感じさせます。生産者のインタビューは情熱にあふれ、思わず応援したくなります。

さて、最初のご依頼は「全部英訳」

ん???

ここで新読者確認です。

英語はあまりに世界で広く使われすぎています。誰でも読めるけれど、誰も自分宛てと思わない可能性も大です。英訳の難しいところです。宛名のないラブレターになってはもったいない。

依頼主に確認したところ、主にヨーロッパとのことでした。

そうなると日本人向けの丁寧な説明部分はかえって冗長、不要となります。ヨーロッパのみなさんは先刻ご承知ですから。チーズの専門家、有名人のインタビュー記事もあまり意味をなしません。かえって生産者の声がかすんでしまいます。

優しいイラストからはもうチーズが薫るよう!

生産者の声にしぼることになり、英訳を始めると…今度は生産者の「日本人向け」のメッセージが気になりました。

「おいしさの感度って他国と日本は違います。日本人はきれいな味が好き。だから日本人シェフたちの意見を聞きながら僕は雑味のない味を目指してきました。」

ごもっともです。日本の地に足をつけた見事なお仕事。ヨーロッパ輸入チーズの強い風味が苦手なひとでもおいしく楽しめるのはこういうたゆまぬ努力あってこそです。

でも、ヨーロッパの人たちにはこう聞こえませんか?
「日本のおいしさの感度は特別です。日本人はきれいな味が好き。他国はきたない味でもいいみたいだけどね。だから日本人シェフの意見を聞きました。他国のシェフのアドバイスきくと雑味のあるものができちゃうかもしれないからね。」

大げさかもしれません。でも、この生産者の方はこんないやな意図で話したわけではありません。ならば誤解の芽はできるだけ摘んでおきたい。そこで、誤解の可能性について依頼主に連絡し次のような修整を打診しました。

「おいしさの感度って地域それぞれです。日本人はどうも繊細な風味が好き。(そうした味づくりに慣れた)日本のシェフたちに相談しました。おかげで気になるいやな雑味のない風味が生まれました。」

するとすぐに協会と広告会社で話し合いがもたれ、これで行こう、ということになりました。迅速かつ柔軟な対応はさすが、とありがたく思いました。

また、日本のチーズを喜んでもらえるのは、ヨーロッパでも多数派の風味がしっかりしたチーズが苦手な人たちだということも見えてきました。(ヨーロッパの友人にいます。気の毒…)

英文はこのとおりです。
“Taste preferences vary from country to country and region to region.Japanese people tend to prefer subtle, delicate flavors. To acheive such flavors without any unpleasant distraction, I consulted with servera Japanese chefs.”

将来、納豆のねばねばと苦さが嫌いな日本人のために、ヨーロッパからさらっとして臭くないナッツのようなフレーバーの納豆がやってきたら面白いですねえ。

翻訳は新しい読者を想定して、ゼロから書くつもりで。人間だもの。

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プロは英語で「はしゃがない」!

思わず見とれてしいまいました…。ホテルのレストランで采配をふるうチーフウェイターさん(写真ではぼかしてしまいましたが…)

立ち方、「おはようございます」のあいさつの声の張り、お客さんに席を示す手のしぐさ。全身の動きが明確、自然でお茶のお点前のようにきれいです。これぞプロ。

このホテルには海外のお客さんも沢山滞在しています。

おや?彼は「おはようございます」「Good morning.」 のほか余計なおしゃべりはしません。おしゃべりするのはお客さん同士。

彼は笑顔とお点前のようなしぐさできびきびとお客さんを席に案内していく…。

プロだわあ。

どういうわけか日本の方の中には、英語となると張り切って余計なことまで機関銃みたいにしゃべるひとがいます。人の話にまで割り込む人もいます。 わあわあうるさい割にノンバーバルな表現、つまり表情や身のこなし、声のトーンは一気に下品になる。

この傾向、英会話中級者はおろか、B級の通訳者(まもなくサヨナラだろうけど)にまで見受けられます。

なんのコンプレックスでしょう。あるいは学校で「間違ってもいいから発信してみよう」なんてとんでもない阿呆な励まされ方をしたおかげでしょうか。

プロの仕事に自意識過剰なコンプレックスは無用、身体コントロールは必須です。

学びの過程でも「まず静かに聴くこと」「所作を稽古する」機会を持ってほしいものです。

こういうことを言っているから明治の文豪ぽいと言われてしまうんですかねえ。明日から令和ですが。

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そのポジティブ、ネガティブは違う

「ポジティブ」という言葉はとてもいいイメージで使われているようです。「前向き、肯定的、楽観的」とも通じるのでしょうね。

落ち込んだり、悲しんだりしている人を「ほら、そんなにネガティブにならないで。気を取り直してポジティブに!」なんて励ましている声も耳に入ります。

でも…怒り、悲しみ、落胆がネガティブで、喜び、楽しみ、笑い、希望がポジティブなのでしょうか。

私は違うと思っています。

positiveの語源はpositionと同じでラテン語「posit=定める」に語尾iveがついたもの。negativeはラテン語「neg=否定」です。

私は、ポジティブは在るものを在ると認めること。ネガティブは在るものを在ると認めないこと、と考えています。

哀しむことがふさわしいときには哀しめばいい。
喜ぶのがふさわしいときには喜べばいい。

泣くのがふさわしいときに笑おうとしなくていい。

ただ、ひとつの心情に「居着く」のはちょっと気がかりです。

ずっと哀しんでばかりなのも、年がら年中超ゴキゲンな便所の100ワット電球も等しく心配です。(アメリカの自己啓発は後者が好きみたい)

なぜなら、命あるものは「居着かない」から。
リズムをもって動いているから。

出来事そのものは哀しくても、
時に適った哀しみを心で味わえることを、
ありがたい、と静かに思えたら、と願います。

「天の下ではすべてに時機があり、
すべての出来事に時がある。
生まれるに時があり、死ぬに時がある。
植えるに時があり、抜くに時がある。
殺すに時があり、癒すに時がある。
壊すに時があり、建てるに時がある。
泣くに時があり、笑うに時がある。
嘆くに時があり、踊るに時がある。」
(コヘレトの言葉 第3章)

天では不生不滅、不垢不浄、不増不減なのかしら。

これを書いたのは…筆者プロフィール

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「自分に用がある」感覚―内田樹さんに聞いた、レヴィナスとの出会い

グーグルで関連キーワードなどを調べてちゃらいタイトル考えても、結局違うことばかり書いてしまうようです。今日は正直なタイトルで参ります。

学びは個別、私的な体験

どうも学びというと同学年集団、テストによる競争というイメージが日本では沁みついています。でも、本来学びは個別、私的な体験で二つと同じ学びはないと思うのです。

いまの「小さいうちから英語」は前者の横並び徒競走的で、へんにプライドをくすぐるけれど、大して魂を育てないだろうと思っています。

むしろ、大人になってから個別、私的な出会いを通して自然と外国語を身につけた人たちはなんだか素敵です。なかでも興味深いのは内田樹さんに伺ったお話。

個別の出会いもひとりになる経験から。

内田樹さんはユダヤ系フランス人哲学者、レヴィナスの著作との出会ったとき、「町で見知らぬ外国人に肩をつかまれてわあわあ怒鳴られた感じ。何を言っているのかさっぱりわからないけれど、この人は『自分に用がある』と感じた。」のだそうです。

この「なんだかわからないけど自分に用がある」直感が大事なんです。「わかりやすくてみんながやっている」のイワシの群れの逆です。

内田さんはレヴィナスに会いに行き、声を聞いたあとは翻訳も楽になったとのこと。そう、声が聞こえるって活字の向こうにいる唯一無二の著者本人をありありと感じているということ。

私も思い当たる経験があります。レヴィナスのような個人との出会いとはちょっと違いますが…イギリスの詩朗唱の英語、トマティス博士のフランス語、オーストリアのバイオマス企業のドイツ語。「用がある」感覚は強烈でした。

英語の教科書一生懸命読んだり、付属の音源CD聴きこむのもいいけれど、こうした出会いの足元にも及ばないでしょう。

「これを書いた人は自分に用がある」

自分に用があると思えない情報はあっさり離れる。発信するときは用がある相手を想定する。

情報過多の時代、用のない情報につきあってまごまごしていたら、外国語どころじゃありません。

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英語教育、いつから始めるー③テストで損をしたくないなら

ん。なんかこのタイトル、自分でもちょっと気が進みません。まあ、気を取り直して…

外国語はラーメンと同じ。それぞれに好みがあります。全員が博多ラーメンを好きなわけではありません。明日から喜多方ラーメン以外は販売禁止、なんてことになったら暴動が起きるでしょう。

ラーメンが多様なように、学校で学べる外国語ももっと多様であってほしいものです。

でも、今日明日に学校がラーメン博物館になるとは思えません。

そこで、3つほどおすすめを紹介します。アドバイスは本当は個別にお伝えすべきものですが、「個別化」の部分は皆さんそれぞれにお好きなようにおやりください。

1.いま、夢中になれるものを

いまは学校の授業、教科書の他に映画、音楽といろいろなメディアに触れられます。これ素敵!と思えるものを見つけてください。私は高校時代にカーペンターズCD12枚分と大学時代に映画「いまを生きる」まるごと覚えてしまいました。覚えようと思ったわけではなく、あんまり好きだったので自然と覚えてしまったのです。結果的にテスト勉強はあんまりせずにすみました。英語圏の作品は趣味が合わない…?英語圏といってもアメリカ、インド、アイルランドは随分違うもの。ディズニーは嫌いでもボリウッドやケルト音楽は楽しめるかもしれませんよ。それでも気が進まなかったら…

2.勝手に好みの外国語を学ぶ

学校が情報伝達の中心だった時代はとっくに終わっています。いまは自分がその気にさえなればびっくりするような情報も手に入る。学校はそういう発見を持ち寄る場です。たとえば、「もののけ姫」ブルーレイには日本語、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、フィンランド語、韓国語
ドイツ語、広東語、北京語が入っています。これを片っ端から少しずつ聞いて、「お、なんだか聞き心地が良い~。これ、好き。」と思える言語を探してみては?こっそり独学して学校で披露するとクラスのみんながびっくりするはずです。こういうの、ちょっと気分いいんですよね。

で、ほかの言語にチャレンジした後、英語に戻ってくると「なんだー、こんなに自分はわかってるんだ」と気が楽になるんです。

3.岩波新書・ジュニア新書を読む

「大学入試の英語長文が苦手だ」という高校生の声をよく聞きます。でも、細かく分けてみると、英語の長文が苦手なのではありません。日本語でもろくに知らない話題なのです。そりゃ英語で読んでもチンプンカンプン。まず日本語でものを知らないと話になりません。中学に入ったら、まずは岩波ジュニア新書を片っ端から読んではいかが。新書は他にもいろいろあるので、好みのものでよいと思います。ただ、現代政治関係ではあまりにセンセーショナルで真偽疑わしく、おしゃべり調のものは私は敬遠してますけど。

テストで損をしない…といいながら、結構正統派のことしか書けませんでした。学びって個別の体験。自分で自分の面倒を見る覚悟のある人が伸びるように思います。

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英語教育、いつから始める?ー②

あら、英語を始めるベストタイミングを教えてくれるのかしら?
そして、うちの子も英語がちゃんとできるようになってグローバルに活躍できるようになるのね?

この先の投稿はそう思われた方々のご期待に添うものではございません。貴重なお時間無駄になさいませんように。

国民全員が英語を必修するのは異常

体育、音楽、美術ではさまざまなジャンルに触れます。

もし体育でサッカーだけが全員必修になったら?
音楽でヴァイオリンだけが全員必修になったら?
美術で彫刻だけが全員必修になったら?

バスケやピアノ、水彩に向いている人たちが伸び損ねますよね。

いまの日本の英語教育はそうなっている、ということです。

「いやいや、誰もが英文学者を目指すわけではない。日常会話程度ができれば世界が広がり、仕事にも役立つ」という人がいます。

そんなことはありません。

不可測、不規則極まる日常会話を目指して学ぶのは遠回りもいいところ。よく使うフレーズを覚えても覚えたフレーズに振り回されるだけ。あくまでもきちんと聴け、読めなくてはおぼつかないのです。外国語の日常会話はパン屑。パン屑が欲しかったらパンを焼くしかありません。

また、寺沢拓敬さんの「『日本人と英語』の社会学」にはリーマンショック以降、日本人が英語を使う機会は減り、年収とも関係ないことがデータで示されています。

「あとで役に立つ」「~のためになる」という間違った未来志向の下心では群れのイワシに留まります。

ドナルド・キーンさんがそんな下心で日本文学に近づいたでしょうか。源氏物語が読めたときのキーンさんの驚きと感激が彼を牽引したのではないでしょうか。

身土不二というけれど、言土不二。言語には風土の匂いが色濃く残っています。ひとそれぞれに好みがあるはず。ラーメンだって好みがあるでしょう。

フランスなどは英語必修はもっと短くて、ドイツ語、スペイン語を必修選択できる時間が長くとられています。

私の友人には大学時代にロシア語、フランス語に出会って夢中になり、いまでは通訳、大学の先生をしている人たちがいます。

それぞれのタイミングで出会い、チャンスをしっかりつかんだのです。

ひとりひとりのお子さんにその力があるはずです。

とはいえ、英語は試験科目でもありますよね。そこを無駄なく切り抜ける方法はまたあらためて。外国語を今の大多数の大学ような形で試験科目にするなんて、民間試験を導入しようがしまいが私は大反対なんですけど。

これを書いたあまのじゃくな同時通訳トレーナーのプロフィール

 

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通訳者が展示会に出かける理由

お台場のビッグサイトで開かれているバイオマス展に行ってきました。商談アテンド通訳の仕事?いえいえ、違います。純粋にお客さんとして行ってきました。これも大事な通訳準備なんです。しかも今回はヨーロッパ視察旅行の旅の仲間も日本各地から再集結。現場をもつ専門家と展示会に行けるなんてとてもありがたいこと。

私が通訳者として展示会を重宝する理由は2つです。

バイオマス関連の資料をこんなに沢山入手!

まず、通訳を担当する専門分野、業界を一望できること。展示会には日本を中心に世界各地から第一線の企業が集まります。一社ずつ会社訪問したら旅行だけで大変なことになります。それが何百社と一堂に会して、しかも営業担当の方が控えていて、資料も無料でもらえるんです。

今回は専門家の方の見方を伺うこともできたので、とても勉強になりました。

もうひとつの理由は、通訳者の働く様子を見て、通訳道場で提供するサポートの参考にすること。

展示会での通訳は社員があたることが多いようです。なかには「スミスさんは~とおしゃっています。」と間接話法で話している方も。これはとても疲れます。でも社員として発言を求められる場合もあるので、I=私=自分を指す普段のモードでいないとまぎらわしいのでしょうね。ふむふむ…。そうだ、あれを作ってみよう。

別の展示会ではええっ、と思うこともありました。ドイツのとある企業は日本の通訳エージェントでドイツ語の通訳を手配していました。よし、通訳してもらう側の気分を味わってみようと通訳をお願いすると…楚々としたその女性は控えめに「私、この分野は専門ではないもので…」

専門分野を勉強していないと言うのです。準備が不十分かもしれない、ではなく準備していない、と言うのです。

だめだこりゃ。

依頼主の仕事に敬意と愛着、応援したい気持ちを抱いていれば、その専門分野を勉強せずにいられないと思うんですけどね。

仕事は他者のため、誰かを喜ばせるため。通訳者が学ぶのも他者のため。

いつか、おお、この人はすごい、弟子入りしたい、と思える通訳さんに出会いたいものです。

通訳道場★横浜CATS 第5期は5月から

 

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ボランティア通訳さん、日本語の連語に気をつけて

外国語ができることときちんと通訳できることは別のことです。

それでも、外国語、英語ができる人に通訳を頼む人は後を絶ちません。本来、断っていただきたいところです。

先日も「グループのなかの英語ができる人が通訳をしたけれど、なんだかわかりにくかった。訳し直してほしい」という相談を受けました。

録音を聞いてみると…明らかになったのは、このアマチュア通訳さんの聴く力と記憶する力の不足です。無理もありません。聴く力と訳出するまで記憶する力は通訳訓練で鍛えるのですから。

それらの力が不足すると、聴きとれたもの、覚えていられた単語をよすがに自分の憶測で埋めたくなるのです。

この録音、講師がdistort the memoryと言った場面がありました。

このフレーズではmemoryのほうがおなじみの単語だったのでしょう。アマチュア通訳さんは「記憶」と迷いなく訳しました。ところが、そのあと「薄れる」と続けたのです。

これは日本語の連語、コロケーション=語の組み合わせ、に引っ張られたのでしょう。東日本大震災以降、「記憶の風化」「記憶が薄れる」というフレーズがあちこちで聞かれました。

でも、この録音で講師は「記憶をゆがめる、捻じ曲げる」と言っています。この講演自体、ある集団が政治的な意図をもって社会の記憶をゆがめることに警告を発したい、という思いを土台としています。

それを「薄れる」としてしまっては、ニュアンスが違います。

複数個所でこのような日本語連語での埋め合わせをしていると、つじつまが合わなくなります。

聞いているひとは、わかろうとして聴きますから、つじつま合わせに苦労することになり…「わかりにくかった」「疲れた」となるのです。

通訳者の仕事は、話し手の心の中の風景を聴き手の心の中になるべく歪めず(!)に再現すること。前もってきちんと修行していれば、少しも疲れる仕事ではありません。

通訳道場★横浜CATS、第5期は5月から

 

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その日本語サイト、そのまま英語に翻訳してはもったいない

我が通訳道場のメンバーは、私が言うのもなんですが、優秀です。
私が仕事を回そうとする前に、もう周りから仕事が降ってきているようで。きっと周囲の方にプロの通訳・翻訳スキルを身につけるのを望まれていたのでしょうね。本当に嬉しい、ありがたいことです。

でも、私が「その仕事、いったんストップ!」と言うこともあるんです。

たとえば、ご友人の和菓子屋さんのサイトの英訳を頼まれたというケース。

予算もスケジュールもまったく問題ありません。

でも、既存の日本語サイトをそのまま英語にしたら、ほぼ無駄になる。

そりゃそうです。

pixabayの写真です

だって、考えてもみてください。

日本語サイトは日本人客、それも地元の人たちを対象にしています。町内会や学校のご祝儀引き出物プランまであります。

それをそのまま英語で読むのって誰?

英語情報を読むのは誰?

このお店の場合、インバウンドのお客様の中でも日本の伝統文化に関心のある中高年がメイン。できればお店が主催している英語の茶会や和菓子作りの会にも脚を伸ばしてほしいと願っていました。

日本語情報を読む人と、英語情報を読む人は違うんです。だから必要な除法も違う。両方読んでるひまな人はまずいません。徹底的に相手に合わせて練り直すことをおすすめします。

たとえば、お菓子の由来、原材料(和菓子の鮮やかさがすべてケミカルと勘違いする人もいますよ!)、そのお菓子をいただく風習、季節感、日持ちなどなど。
お菓子の名前の英訳なんて面白いでしょうね!落雁、練り切り、すあま…すあまって何者?

私なら、まず一度お店にヒアリングに伺ったうえで、日本語サイトも参考にしながら、読む人を想像して別に書きます。

昔は翻訳といえば文芸作品が多く、「そのまま訳す」が普通でした。

でも、今は時代が変わりました。ジャンルもメディアも増えました。
変わらないのは「受けとる相手を想うこと」。

それをしないで言葉の置き換えだけするなら、AIで結構。

人間らしい仕事には想像力、マーケティング感覚をお忘れなく。

↓日英翻訳でてんやわんやしています
通訳道場★横浜CATS

 

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通訳になりたいなら、おすすめの学校

専門の情報誌をちらっと見ると書いてありますよね。大学で外国語を専門に学び、その後通訳養成学校に進むといいと。

確かに、そういう経路もかつてはメジャーでした。

私もはじめてサイマルの門を叩いて半年、ぐんぐん力がつくのを感じました。

でも周りを見ると、仕上がりがいかにも「通訳さん」なんです。

なにが違う…?

私がサイマルに助けてもらったのは、それまで持っていたものを結びつける訓練。「持ち物」そのものを足してもらったわけではないのです。

32年前のICU!

その「持ち物」は2つ。

リベラルアーツで文系、理系に偏らず「ものの考え方」を鍛えられたこと。いまは国際教養ナニヤラ学部がいろいろありますが、ニセモノがほとんどです。ホンモノは少人数で、教授と学生が生活を共にし、文理の壁がないこと。国際基督教大学では数学、物理学の美しさに驚嘆しました。私の生涯の学びのふるさとです。

もうひとつは、日本語を鍛えられていること。日本文学の古今の名作はもとより、新聞、理系の論文の文体、聖書、讃美歌の文体にも日々なじみました。これにはフェリス女学院中高に感謝します。世界は文理になどわかれていないことを叩きこまれました。高3の受験間際まで理科の実験を重ねました。牛の肝臓、ユスリカの染色体。

フェリス女学院中高はつまらない面倒見主義とは無縁の学校です。

通訳になりたいなら通訳学校、という考えはあまりに短絡です。AIに抜かされます。

まず人間として言語という文化遺産に仕える覚悟をしてください。ひとさまに通訳を頼まれるのはそのオマケです。

私が主催する通訳道場はこちら

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